‐第182号‐
平成10年10月22日
従来の製品開発や技術開発では、経済性・効率性を追求し、原材料、エネルギー等の枯渇性資源を大量消費し、大量生産によって製品を市場に送り込んできた。しかしながら、今後は、有限な資源を有効に活用し、今後も持続的な発展を可能にするために、これからの材料や製品は、ライフサイクル全体を通して環境への負荷が最小で、リサイクルに優れたものにする必要がある。そのため、我が国の産官学の研究機関における環境低負荷型生産・リサイクル技術への取組の実態を明らかにし、今後の研究開発の推進方策について検討を行った。
本調査は、今後の科学技術政策立案のための基礎資料を得ることを目的として、科学技術振興調整費により平成8年度から平成9年度にかけて実施したものである。今回は、平成9年度の調査結果について報告する。
国立研究機関、大学等における環境への影響の少ない生産・リサイクルシステム技術(以下、環境低負荷型技術)に関する研究開発の現状と課題を調査し、企業における同様の調査結果(平成8年度)とあわせ、今後、国が環境低負荷型技術の研究開発を振興するための重点領域と推進方策について検討を行った。
本調査研究は、科学技術庁から財団法人未来工学研究所に委託して実施した。
調査に当たっては、産学官の有識者から構成される以下の調査検討委員会を設置し、1)調査の方針の検討(調査すべき研究者、研究機関、調査項目等)、2)各種調査結果に関する討議、3)研究開発の今後の重点領域及び推進方策に関する検討を行った。
主査 | 寄本勝美 | 早稲田大学政治経済学部長・環境庁中央環境審議会特別委員 |
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後藤典弘 | 環境庁環境研究所社会環境システム部長 | |
土居敬和 | サントリー株式会社・生活環境室長 | |
中村愼一郎 | 早稲田大学・政治経済学部・教授 | |
馬場靖憲 | 東京大学人工物工学研究センター・教授 | |
中山哲男/td> | 社団法人産業環境管理協会・常務理事 | |
宮内隆輔 | 富士電気株式会社FA機器部長 | |
森山 健 | ニコン技術工房分析センター・技術士・環境計量士 | |
山田 仁 | 通商産業省環境立地局環境指導課長補佐 |
国研、公設試、大学等の研究者を対象に面接調査を行い、環境低負荷型技術の研究開発動向、研究推進上の問題点及び推進方策のあり方について調査した。
表1.面接調査対象研究機関: |
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国立研究機関:通産省工業技術院・大阪工業技術研究所/資源環境技術総合研究所/物質工学工業技術研究所 公益法人研究機関:地球環境産業技術研究機構(RITE) 公設試:和歌山県工業技術センター/大分産業科学技術センター/東京都城南地域中小企業振興センター 大学:福井大学工学部/豊橋技術科学大学/日本大学理工学部/高知大学理学部付属水熱化学実験所 |
国研、公設試、大学で環境低負荷型技術の研究に取り組む研究者を対象にアンケート調査を行った。合計957件にアンケート調査票を発送した。調査項目は1)環境低負荷型技術の研究開発動向、2)研究者の環境低負荷型技術に関する考え方の調査、3)今後の課題の抽出等である。以上の調査結果をもとに環境低負荷型技術の目的とライフサイクル・ステージとのクロス集計をとって、「研究開発マップ」を作成し分析の手段とした。
表2.アンケート調査対象研究機関の種別発送数・返送数:※国研は支所等を含む | ||||||
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研究機関 種別 |
国研※ | 特殊法人 | 公設試 | 大学附置 研究所 |
大学 研究室 |
合計 |
発送数 | 109 | 13 | 551 | 152 | 132 | 957 |
返送数 | 42 | 6 | 219 | 27 | 29 | 327 |
平成8年度調査により抽出された環境低負荷型技術のLCA等評価実施企業に対して、環境低負荷型技術の環境影響を評価するための手法の現状について、1)評価手法構築のための課題、2)広く産業や企業に受容されるための条件等について面接調査を行なった。
(1)~(4)の調査結果をもとに、今後国研、公設試、大学等の公的研究部門が取り組むべき環境低負荷型技術の重点領域と推進方策のあり方を検討した。
以下に調査結果から抽出された環境低負荷型技術の研究テーマと研究体制に関わる現状と課題について記す。
民間から公的研究部門に対して取り組みが期待されていた基盤研究・技術、政策研究、環境影響評価テーマ等への取り組みが廃棄物対策やリサイクル対策と比較して少ないことが、研究開発マップから明らかになった。しかもアンケート調査結果からは、公的研究部門でも技術面での困難な課題のトップに「基盤研究・技術」が挙げられた。
表3.環境対策目的別ライフサイクル・ステージ対応技術の研究開発マップ(件) | |||||||
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環境対策目的 ライフサイクル・ ステージ段階 |
公害対策 | アメニティ対策 | 廃棄物対策 | リサイクル対策 | 資源 エネルギー対策 |
温暖化対策 | オゾン 層破壊 対策 |
設計技術 | 1 | - | - | - | 1 | - | 1 |
原料・素材技術 | 5 | - | 6 | 6 | 5 | 1 | 1 |
生産工程プロセス技術 | 7 | - | 6 | 2 | 10 | - | 1 |
再資源化技術 | 2 | - | 11 | 61 | 1 | - | 1 |
排出物無毒化技術 | 29 | - | 17 | 10 | 2 | - | - |
環境改善・修復技術 | 40 | 2 | - | 1 | 6 | 4 | 4 |
環境影響評価 | 8 | 2 | - | - | 2 | - | - |
政策研究 | 4 | - | - | 2 | 1 | 1 | 1 |
基盤的研究・技術 | 2 | - | 3 | 2 | 32 | 7 | 5 |
そ の 他 | 10 | 1 | - | 2 | 1 | - | 1 |
国研・公設試・大学等の公的研究部門が取り組んでいる環境低負荷型技術の種類は、下表に示す通り「廃棄物・減量化技術」と「リサイクル技術」が多く、「汚染物質代替品開発技術」は少なかった。こうした傾向は民間企業と同様であった。
表4.公的研究部門で取り組まれる環境低負荷型技術の種類(複数回答) | |
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廃棄物・減量化技術 49.8% リサイクル技術 46.8% 省資源技術 24.5% 汚染物質排出抑制技術 23.2% |
省エネルギー技術 18.0% 汚染物質代替品開発技術 5.5% その他 12.8% 不明 0.3% |
基盤研究・技術について問題点として挙げられたのは、環境プロパーの研究機関以外で環境関連の研究テーマに取り組んでも研究者の業績になりにくいので研究が活発にならなかったという指摘があった。環境問題は学際的アプローチを特に必要とする分野であり、その取り組みには環境プロパーの研究者だけでは解決できない問題も多く、広く他分野の研究者とも連携し研究を推進していくことが必要である。
フロン代替物質等の開発は、代替する製品と同等の製品特性を備えていること、コスト面での競争力があること等要求される事項が厳しく、これらの点を克服するためには、多額なコストと長期間にわたる研究が必要であり、多くの研究機関から関連する研究情報、知識を集約できる仕組みが必要であることが指摘された。
環境低負荷型技術研究に取り組む平均研究者数は「2~3人」が51.7%と過半数を占め、研究予算については1件あたり500万円未満が60.2%を占めた。
表5.1 1研究テーマ当たりの予算額 | 表5.2 1研究テーマ当たりの研究者数 |
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500万円未満 60.2% 500~1000万円未満 14.4% 1000~2000万円未満 8.6% 2000~5000万円未満 7.3% 5000~7000万円未満 2.1% 7000~1億円未満 2.4% 1億円以上 3.3% 不明 1.7% |
1人 11.9% 2~3人 51.7% 4~6人 23.9% 7~10人 5.8% 11~15人 1.5% 16~20人 1.5% 21人以上 3.1% 不明 0.6% |
研究成果の民間への移転については「まだ移転されていない」が55.1%であった。また、企業等の他研究機関との共同研究の実績は2割弱であった。
表6.1 研究成果の民間への移転の実績 | 表6.2 研究に着手した経緯 |
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既に移転された 12.2% 近々に移転される予定である 11.3% まだ移転されていない 55.1% 移転されなかった 7.6% わからない 13.8% |
常勤研究者の起案 47.1% 経常研究テーマ 14.4% 国・自治体からの委託 8.5% 企業からの委託 5.8% 共同研究 15.6% その他 8.6% |
研究を進めるリソースにおいて、公的研究部門で不足していた要素は研究人材・研究支援人材が確保できないという点が指摘された。量的な不足もさることながら環境低負荷型技術の研究推進によって生み出されてきた、LCA等の新たな課題に対処できるスキルを持つ人材の不足の声が目立った。次いで予算が十分に確保できないという声が45%あった。これについては、特に環境低負荷型技術に関連する周辺技術に対する予算配分が得にくい傾向があるという指摘が見られた。
技術移転の実績が少ない原因の一つとして、研究者自身の幅広い視野の不足が挙げられた。研究者自身に基礎研究から応用開発研究にいたる総合的見地に立った展望が不十分な場合が多く、シーズ・オリエンテッドな研究に偏りがちであり、折角の研究成果が民間で活用されない場合があるという声があった。また組織的にも成果展開事業が不活発であること、技術移転の支援が不足していることが指摘された。
成果の事業化へ向けた推進策を公的研究部門自身が示さないと、産業移転は円滑に進まないという指摘も見られた。公的研究機関による先導の不足が現状の問題点として国研の研究者からも挙げられた。
共同研究が少ない原因としては、公的研究部門の側で自分達がどのような有望なシーズを持っているかを積極的に企業にPRする努力が足らないために企業の側が乗ってこないためであるという指摘があった。
環境問題自体が複雑系であり、学際的アプローチを必要とするために、従来型の縦割り型研究プロジェクトでは対応困難な課題が増えてきていることが多く指摘された。
今回の調査結果から、主要な生産技術関係学会に環境関連セッションが無いために研究者間の環境低負荷型技術に関する情報流通が不活発であることが明らかになった。こうした情報流通の不活発が冒頭で記した研究の相乗効果が期待できない原因の一つと考えられる。また本調査では、本来、環境負荷低減を目的とした技術開発ではなかったにも関わらず環境負荷低減に役立った技術の事例が、調査対象の研究者から30例以上も挙げられており、こうした事例のより広範な活用には研究情報の流通の活発化が不可欠である。
調査結果からLCA等の環境低負荷型技術評価手法・システムの研究開発を進める上で下記の課題が共通項として明らかになった。
以上の調査研究結果から今後我が国において環境低負荷型技術開発を振興していく上で必要と考えられる施策を以下に記す。
環境低負荷型技術開発は工程上のプロセス技術の比重が大きく、これについては基本的に企業が主体となって取り組むものであるが、企業の研究開発活動を支援補完すべき下記のようなテーマについては、国研・公設試・大学等の公的研究部門の役割が大きいと考えられる。
省エネ型交通システム研究、ゼロエミッション体系研究などの政策研究は中立公正な第三者的立場の公的研究部門で進めることが必要と考えられる。
新技術やシステムなどの環境影響評価については、研究開発の当事者が評価することは適切でないという指摘が多かった。これも中立公正な第三者的立場の公的研究部門で進めることが必要と考えられる。
基盤研究・技術については、個別企業が取り組むのは困難であるという指摘が民間企業の側にあった(平成8年度調査)。基盤研究・技術は1企業、1業種の枠を超えて活用される性格を持つものであり、1企業が単独で取り組むよりも公的研究機関が中心になって研究を推進することが望まれている。以下にそれらの技術の事例を示す。
表7.今後重点的に取り組むことが望まれる基盤的研究・技術の事例 |
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1)電磁波等を利用した水処理技術 マイクロ波、超音波、高圧パルスを利用した高効率廃液処理技術の開発 2)バイオレメディエーション 閉鎖性海域や湖沼、地下水の汚染を原位置で修復する技術の確立 3)環境触媒の開発 窒素酸化物、悪臭を低エネルギーでN2や無臭化できる触媒の開発 4)材料の寿命評価 建築材料、寿命の確定、評価 5)環境物質センシング技術 微量環境物質の迅速定量あるいは半定量法の探索 6)可逆性プラスチック研究 プラスチック廃棄物処理は急務。石油に戻すことが最善策 7)有機材料リサイクル利用カスケード型利用技術 再生産可能な生物資源のリサイクル利用促進技術であるカスケード型利用技術の開発 8)LCAに基いたリユース包装材料の開発 リユース可能な軽量かつ完全な包装素材並びに容器の開発 9)非塩素含有材料研究 有機塩素化合物に替わる材料の開発と塩素を複製しない技術の開発 |
公的研究機関においても、環境低負荷型技術の研究を進める上で様々な技術的困難に直面しており、こうした困難をブレークスルーしていくために必要な科学原理上の課題を抽出した。いずれも複数の研究分野にまたがったり、生物多様性等の課題に見られるような複雑系やカオス等の研究手法・スタイルにおける新しいアプローチを要する課題が多い。以下にその事例を示す。
表8.技術的に困難な課題と対応する科学原理上の課題の事例 | |
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技術的に困難な課題 | 対応する科学原理上の課題 |
1)NOx選択還元技術の未解明 → 還元反応メカニズムの解明 2)溶出試験概念が曖昧 → 海洋の緩衝作用の解明 3)臭気測定法の未確立 → 臭気発生メカニズムの解明 4)生分解性素材の分解期間が予測不能 → 生分解メカニズムの解明 5)光触媒窒素酸化物の酸化メカニズム → 光触媒機能の解明 |
汚染源代替物質の開発は、確かに環境への負荷は低くくなるが、必ずしもコスト面や物性、使い勝手等が良くなるわけではないので、企業の側の取組は消極的である。しかし、その重大な環境影響を考えると、今後こうしたテーマは決しておろそかにできない。具体的事例として、非フロン冷媒、ハロン代替消火剤、非塩素系素材、鉛等重金属フリー素材、臭化メチル代替薬品などの汚染源代替物質が挙げられる。
上記1)~5)と企業調査から望ましい役割分担を検討すると以下の図の通り。
図 環境低負荷型技術開発における公的研究機関と企業の望ましい役割分担
最後に環境低負荷型技術開発推進方策のあり方についての考察結果を記す。
望まれる公的振興策の一つに、企業間共同研究の機会の設置や大学等との共同研究機会の増設がそれぞれ4割近い支持を集めた。先にも記したように環境低負荷型技術は産業の現場で活用されることが前提の研究であることから、初期研究段階から民間のニーズを取り込みすりあわせを行なっておく必要があり、その点でも共同研究は重要である。
研究成果をどう産業に移転していくかという視点、事業化へ向けた展望を公的部門が示して誘導していくといった施策も円滑な成果の産業移転のためには必要であるという指摘も見られた。公的研究部門の組織内に成果展開部門(リエゾン・オフィス)の整備や技術コーディネータを設置するなどの組織的対応が望まれる。
今後、重要になる公的研究部門の研究者の資質としては、基礎から応用に至る研究ステージをマネジメントする能力が望まれる。そうした能力・資質を備えた研究者の育成と確保が急務である。そのために科学技術基本計画に示された国研、大学研究者が研究成果を個人で特許取得できるようにする施策や、研究者自身がベンチャーを起業すること等の規制緩和も、公的研究部門の研究者へのモチベーション付与のために望まれる。
先に紹介した、基盤研究・技術及び科学原理上の研究テーマの探索は重要である。国として研究テーマのモニタリング・サーベイを広く国内、できれば海外も含めた研究機関を対象に定期的に行い、データベース化し、広く公開することで研究支援に資することが望まれる。
廃棄物関連技術、リサイクル技術については、複数の研究機関で取り組まれているが、現状では研究機関間の情報交流が不十分なために、関連する研究テーマによる相乗効果を生み出しがたい状況にある。情報交流活発化や環境低負荷型技術データベース構築及び共同研究の機会増設によって、複数研究機関間の連携を強化し、研究の相乗効果や棲み分けを促進する必要がある。
環境問題自体が複雑系であり、学際的アプローチを必要とするために、従来型の縦割り型研究プロジェクトでは対応困難な課題が増えてくる可能性が指摘された。このため異分野・複数の国研、大学、公設試、企業が気軽に連携できるような「柔らかい共同研究」、例えば、研究コンソーシアムやバーチャル・ラボ等の仕組みを検討し構築していくことも必要と考えられる。
環境低負荷型技術の評価手法・システムの構築については、関連する複数企業間の共同研究を中立公正な第三者として行政が支援推進することが望まれており、企業間共同研究の事務局、公平な評価基準の策定、評価の前提となる用語・定義等の標準化、マクロ経済的な大規模な業種間波及効果の測定等を行うことが必要と考えられる。
また今後は様々な評価手法の構築が予測されことから、「評価手法の評価」が必要になり、評価手法研究の当事者以外の中立な第三者である公的研究部門が役割を担うことが望ましいと考えられる。
問い合わせ先:
科学技術庁科学技術政策局計画・評価課
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電話 03‐3581‐5271 担当:齋藤万佐夫(内線:317)
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