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超伝導体よりのコヒ-レント電子ビ-ム放出 ‐夢の電子ビーム実現に一歩近づく‐[第185号]

‐第185号‐
平成10年12月7日

 早稲田大学各務記念材料技術研究所の大島忠平教授、長岡克己特別研究員(日本学術振興会)らの研究グループは、トンネル現象を利用して、ニオブ超伝導体より単色化した電子ビーム(現在20meVのエネルギー幅)を取り出すことに、世界で始めて成功したと、最新のNature誌(12月10日発行)で発表する。この実験は、過去半世紀、世界の幾つかの研究機関で試みられてきたが、実験技術の困難さから、今まで、実現できなかった成果である。
 本研究は平成8年度から実施している科学技術振興調整費による総合研究「物質・材料の自己組織化機構の解析と制御に関する研究」の一環として行われたものである。

 多くの研究者の期待にも拘わらず、過去半世紀、人類の使用できる電子ビームは、エネルギー幅が200から300meVに広がったものに限られてきた。このため、研究者は電子ビーム以外の電子光学系(レンズやプリズム)の開発により、電子顕微鏡等の性能(空間分解能やエネルギー分解能)の向上を行ってきた。しかし、最近の技術開発より、従来では考えられない極限条件(極低温・超高真空)の利用が電子源でも可能となり、電子ビーム開発に関して新たな研究環境が整いつつある。つまり、従来とは桁違いに高性能な電子ビーム(夢の電子ビーム)の実現の可能性が生まれている。

 早稲田大学では、今回、極低温技術、極高真空技術と高分解電子分光技術を組み合わせた新たな装置(高分解電界放射電子分光装置)を試作し、従来、測定できなかった極低温・極高真空下での電子放射実験を開始した。その結果、超伝導状態のニオブ金属針先端からエネルギー幅の狭い電子ビームが真空中へ放射することを確認した。また、このビーム強度の温度変化から、放射された電子は超伝導現象の主役であるクーパー対からでてくることも確認した。
  この電子ビームのトンネル現象は固体素子内では古くから知られており(1973,Giaever ノーベル賞受賞)、また真空中への放出も理論的に予想されていたが(1969, J.Gadzuk)、実験技術の点で、その実験的検証は著しく遅れていた。現在、観測しているエネルギー幅は約20meVであるが、理論的には0.1meVを切ることが予想されており、今回の成果により、夢の電子ビーム実現の確実な一歩がスタートしたことになる。

1.研究の背景・経緯

 電子ビームはナノメータ領域の物性を探る有力なプローブの1つであり、材料開発・物性研究には不可欠である。現在使われている電界放射電子銃は1960年代にシカゴ大学のCrew教授により開発されて以来今日まで、その性能は基本的に変化していない。この間、レンズや分光器等の周辺技術の改良は著しく進んだ一方、電子ビーム自体の性能のみが取り残されてきた。この現状を打破するため、エネルギー幅が狭く、可干渉性の良い(コヒーレントな)電子ビームの開発が幾つかの研究機関で始まっている。早稲田大学では、超伝導状態で発生するクーパー対の凝縮現象に注目し、従来のビームに比較して単色性・可干渉性の点で格段に優れたビームの開発を試みている。この種の実験は、最近の真空技術の発展により極低温表面を長時間清浄に保てるようになったために可能となった。

 固体表面に強電界を印加すると、表面ポテンシャル障壁が狭くなり、固体内部の電子がトンネル効果によって、物質外へでてくる。所謂、電界放射現象である。通常の金属では自由電子近似で予想されるエネルギー分布(Fowler‐Nordheim理論)が観測されているが、超伝導状態ではフェルミ準位付近の電子はクーパー対を形成し、凝縮するため、単色化した電子ビームの放射が予想される。また、クーパー対全体の運動量は完全にゼロとなるため、不確定性原理より、超伝導の波動関数は、巨視的領域に広がり、SQUIDで知られているように巨視的な距離離れた2点からでてくる電子波でも干渉可能となる。これらの性質は従来の電子源とは全く異なっている。従って、このク‐パ対を形成する電子を真空に取り出した場合、上記の2つの特性(高い単色性とコヒーレント)の実現が期待される。
 図1に示しすように、ニオブ超伝導体から電界放射された電子のスペクトルはフェルミ準位付近に鋭いピーク(幅0.1meV以下の単色電子ビーム)が出現することが予想される。この鋭いピークの検出は、今まで何回か試みられてはいるが、全て失敗した。1950‐1960年代にGomerら(アメリカ)とKleinら(ドイツ)は、それぞれ冷却したニオブとタンタルからの電界放射電子を低温で観測したが、超伝導特有の変化を検出することはできなかった。
 また、1985年にはBergeretら(フランス)は、電子放射の際に起こる加熱現象(Nottingham効果)を観測し、200μAの放射電流まで超伝導状態が保たれることを確認した。彼は、初めてエネルギー分析器を導入したが、分析器のエネルギー分解能が不十分なため、同様に超伝導に伴う変化を検出するまでに至っていない。その後も幾つかのグループが測定を試みたが、同様な結果であった。

2.開発した実験装置

 この単色化した電子ビームの存在を実験的に確認するためには、次の3つの実験技術の向上が必要不可欠であり、これらを満たす装置(高分解電界放射電子分光装置)を開発した。真空装置、測定分析器、分析器制御装置、測定プログラム等、全て自作である。過去の実験と本実験との差は真空条件とエネルギー分析器の性能である。図2に示す装置の特徴は以下の3点である。

(1)極高真空技術‐極低温の固体表面は、残留分子が吸着しやすく汚れやすい。安定な電子放射を実現するためには、極高真空環境が必要である。特殊なステンレス鋼(クリーンZ)で容器を作成し、600度で真空焼きだしを行った。最初のベ‐ク後、真空は2x10‐9Paとなり、液体ヘリウムで冷却すると1x10‐10Pa以下の圧力に下がった。

(2)高エネルギー分解電子分光器‐超伝導体からの狭いエネルギー幅を検出するためには、1meV以下の高いエネルギー分解能の分析器が必要であり、静電円筒型分光器を3段重ねた装置を作った。電子の軌道計算により、角度収差が最小となる条件を求め、製作した。設計分解能は1meV以下である。0.2eV以下の低い通過エネルギーで分析するため、電極の表面ポテンシャルを揃え、かつ漏洩磁場を完全に遮蔽する工夫がなされている。実際、第3分析器に入射した電子ビームのエネルギー幅を測定すると1..5meV(HFWHM)であり、最後のスリットで更にカットするため、概算した分解能は0.8meVである。

(3)極低温電子銃‐ニオブ金属針を超伝導にするために、9.2K以下に冷却する必要がある。熱伝導や熱輻射による熱流入を避けた。ニオブ金属針の周辺は極低温の電極や壁で完全に覆った。ニオブ金属針を銀板で固定し、この銀板を高純度の銅柱を通して直接液体ヘリウムに接触させた。陽極も高純度銅で作り、外側タンクの液体ヘリウムに接触させた。全ての電線は一旦、液体ヘリウム内部を通過したのち、外部へ取り出している。 ニオブ金属針の位置や電子放射パターンは、小さい穴から挿入した内視鏡によって観測し、低温実験の場合は、温度の高い内視鏡は外部へ取り出した。1回の液体ヘリウム補填によって4.2Kが10時間持続し、ヘリウム蒸発によって2.2K台の温度が実現した。

3.研究成果

 製作した高分解電界放射電子分光装置を使って、超伝導転移温度(9.2K)付近のニオブ金属針から真空中へ放射された電子のエネルギースペクトルを観測した。図3に超伝導状態(4.2K)のスペクトルと常伝導状態(25K)のスペクトルを示す。超伝導のスペクトルではフェルミ準位付近(図の原点付近)に、FN曲線(破線)から明瞭に外れた点が3つ出現した。図4にフェルミ準位付近を詳細に観測したスペクトルの温度変化を示す。Tc(=9.2K)以上のスペクトルはFN曲線によく一致するが、Tc以下の温度では、フェルミ準位付近にピーク(現在の幅20meV)が新たに出現した。図4の左上の挿入図内に、このピーク強度の温度依存性を示す。実線はBCS理論によるギャップ・パラメ‐タ‐である。ピーク強度はギャップ・パラメ‐タ‐と強く関連し、Tcより温度が下がると出現し、その強度は低い温度ほど大きくなる。ギャップ・パラメターはクーパー対の密度を表しているので、ピーク強度はニオブ金属針内部のクーパー対密度の増加とともに、増加していることを示している。

4.今後の研究の展開

 今回の実験で観測したビームのエネルギー幅20meVは理論値(0.1meV以下)よりかなり大きく、またその強度も大きい(5倍程度)、この原因については、トンネル現象と密接に関連しており、現在検討中である。今回観測したトンネル電子の存在は固体内部では古くから知られており(1960 Giaever)、真空中での存在確認が長い間待たれていた。超伝導のクーパー対の基底状態は巨視的な領域に広がっており、放出された電子ビームには優れた可干渉(コヒーレント)性が期待でき、この特性についても今後実験を進めてゆく予定である。
この従来のビーム性能に比べ、桁違いに向上した単色性と可干渉性は、光波ではレ‐ザ‐光に相当する。このレ‐ザ‐に対応する夢の電子ビームの実現は電子ビームを使った理化学機器の性能を飛躍的に向上させるものと期待される。用語の説明

用語の説明

[1]トンネル現象

 電子等の古典粒子では越えられない高いポテンシャル障壁であっても、障壁が薄い場合には、電子は波の性質により滲みでてくることができる。エサキ・ダイオードでは半導体素子間をトンネルする電子によって負性抵抗が発生する。電界放射や電界イオン化現象もこのトンネル現象によって起こる。

[2]超伝導

 ニオブや高温超伝導酸化物の温度を超伝導転移温度以下にすると電気抵抗が零となり、磁束を物質外部に追い出す状態となり、この状態を超伝導状態と呼ぶ。強力な磁石や磁気遮蔽および微小磁場の検出に使われている。

[3]電子ビーム

 物質外部の電子の流れ。現在、電子顕微鏡やテレビのブラウン管等広く使われている。

[4]可干渉(コヒーレント)性

 波の干渉する程度をあらわす。波の振動数、波長、位相が異なれば、揃えば、揃うほど可干渉性は大きくなる。

[5]極高真空技術

 現在、地上で発生できる最も低い圧力の真空(10‐10Pa)を作り、計測し、使用する技術。本邦で最近活発な技術開発が行われた。

[6]クーパー対

 超伝導状態は、波数ベクトルとスピンが逆方向を向いたの2つの電子が対(ク‐パ対と呼ぶ)となり、この対が波数ベクトル空間中に凝縮することで起こる。

[7]フェルミ・エネルギー

 0Kの金属の自由電子の最も高いエネルギー

問い合わせ先

 (1)科学技術庁研究開発局 総合研究課 材料開発推進室
 〒100‐8966 東京都千代田区霞ケ関2‐2‐1
 担当者:川口悦生、 谷口 尚
 電話 03‐3581‐5271 ext434  Fax 03‐3581‐0779

 (2)早稲田大学各務記念材料技術研究所
 〒169‐0072 東京都新宿区西早稲田2‐8‐26
 担当者:大島忠平 電話 03‐5268‐3226  Fax 03‐5272‐7507
 長岡克己 電話 03‐5286‐3784 Fax 03‐3205‐1353

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