臨床コミュニケーションのモデル開発と実践

平成16年6月

平成14~15年度
科学技術政策提言
報告書要旨

研究代表者:鷲田 清一(大阪大学大学院文学研究科)
中核機関:大阪大学大学院文学研究科

1.研究目的

 科学技術は、その活用上の有効性やリスクをも含め、広く市民にも理解される必要がある。しかし、原発事故の隠蔽や薬害訴訟などが示すように、専門家や行政による科学技術政策に対する信頼が失われるような事件もたびたび報道され、科学技術への関心の低下、また科学技術への「不信」が高まっている。この「不信」は、正確な知識・情報の伝達だけでは解消せず、政策決定も含めた科学技術に関する「コミュニケートの仕方」が問題なのである。本研究では、そうした科学技術の「コミュニケーション」に対する信頼を再構築するための具体的な方法論を提示することを目的とした。

2.研究内容と成果

 国内外の「科学技術コミュニケーション」の実施諸形態(コンセンサス会議、サイエンス・ショップ等を含む)を調査・検討した結果、次のことが明らかになった。

(1)互いに顔と顔をつきあわせた「対話」(対面的コミュニケーション)を、一時的にではなく継続的に粘り強く実施する場の確保が必要である。対話を(ある時点では)傍観者として観察し、その人が次の対話者になるような「対話のモニタリング」を行うことも重要である。これにより、当該の対話に加わることがなくとも、いつでも乗り遅れの感覚なしに様々な人々との「次の対話」を拡げることが容易になる。さらに、対話によって得られた成果や合意が、何らかのかたちで社会に還元される仕組みが必要である。例えば科学技術に関連して行われた対話の成果が、提言や意見(警告も含む)として政策上の意思決定に寄与すること。具体的には、国会や総合科学技術会議など行政機関からの委託に応じて、政策決定のための資料として「対話」を実施することが考えられる。

(2)さらに、対面的コミュニケーションを必要に応じて企画・組織し、集まった人々の対話を支援・促進する「ファシリテーター」(媒介者)の存在が重要である。このようなファシリテーターを、我々は「科学技術ファシリテーター」と名づけ、その効果的な育成方法について検討した。科学技術についての専門家や市民の対話を活性化・促進する媒介者となるためには、一方でコミュニケーションスキルのトレーニング、他方で科学および倫理の基礎教育を受けることが必要である。その「媒介の専門家」として、科学技術ファシリテーターが社会の中に位置づけられる。

(3)対面的な科学技術コミュニケーションのモデルとして「対話コンポーネンツ」を開発し、一定のテーマのもとにこの対話モデルを試行し、その有効性と問題点を分析した。このモデルは後述の「科学技術コミュニケーション研究所」でその他の対話モデルとともに「対話のプロデュース」に際しての出発点となるべきものである。

3.政策上の提言

 市民・行政・専門家による科学技術コミュニケーションを支援・促進するための恒常的な機関「科学技術コミュニケーション研究所」Institute for Science and Technology Communication: ISTCの設置を提案する。
 「科学技術コミュニケーション研究所」は科学技術コミュニケーションを支援・促進することを目的とする。それは、次の二つの活動を有機的に結び合わせることによって成り立つ。一つは専門家/非専門家や利害関心の異なる人々、および様々な機関を巻き込んだ科学技術に関する「対話のプロデュース」を行い、「継続的な対話の場」を実現することである。様々な対話の場を継続的に実現するためには、それを適切に企画・運営(プロデュース)する組織が工夫されなければならないからである。国会や総合科学技術会議など行政機関からの委託に応じて、政策決定のための資料として「対話」が実施されることもある。もう一つは科学技術コミュニケーションに関する「人材育成・調査研究」、とりわけ「科学技術ファシリテーター」の育成である。「科学技術ファシリテーター」は、科学者や技術者などの専門家と市民などの非専門家とを適切に媒介する「媒介の専門家」として、科学技術に関する知識や社会的意義を理解すると同時に、立場の異なる人々を巻き込んだかたちでの様々な「対話」を組織・促進できる能力を発揮することになる。
 関連して付言すれば、現在大阪大学において、21世紀COEプログラムと連動して、コミュニケーション・デザインを取り扱う新組織(少なくともその1セクション)を設置する方向で検討中であり、これは実質的に「科学技術コミュニケーション研究所」の機能を先駆的に担うことになると思われる。

お問合せ先

科学技術・学術政策局調査調整課科学技術振興調整費室

電話番号:03‐6734‐4017(直通)

(科学技術・学術政策局調査調整課科学技術振興調整費室)

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