平成13年度科学技術振興調整費による研究実施課題等の評価結果について 2.各論(4)


(4)目標達成型脳科学研究

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新たな脳細胞移植法の確立と脳障害機能の再建のための研究

(研究期間:第1期平成11年度~13年度)
研究代表者 西野仁雄(名古屋市立大学医学部)
研究課題の概要
高齢化社会となった今日、種々の脳機能障害で病める人が増えている。障害のある脳機能を再建する手段として脳細胞移植が脚光を浴び、世界各国で臨床応用され成果をあげつつあるが、脳細胞移植にはドナー細胞の確保という大きな課題がある。
本研究では、移植に応用出来るドナー細胞を開発し、また移植法及び評価法に改善を加えることによって、新しい脳細胞移植法を確立する。そして、これによって、障害のある脳機能を再建する戦略を確立すること目的とする。第1期では、1)種々の未分化多能性細胞(神経幹細胞、ES細胞、羊膜細胞、骨髄ストローマ細胞)を分離し、その増殖・分化過程を解析して、神経細胞へ分化制御させるための諸条件の解析、2)ウイルスベクターを用いた遺伝子導入による、トランスミッター及び栄養因子活性の上昇した細胞の確立、3)パーキンソン病モデル動物及びパーキンソン病患者への移植において、移植方法や機能評価法に改良を加えることによる、より良い機能再建を得る移植方法の開発を目標とする。
(1) 総評
    この分野の研究において世界中が直面している壁に当研究も当たっているようであるが、研究全体としてはほぼ順調に進捗していると考えられる。目標達成型脳研究との観点から本研究は臨床応用を最終的に目指しており、個々の研究成果は高いと評価されるが、より臨床応用に繋がる計画や成果も必要となる。
  目標設定に関連して、パーキンソン病を主な研究対象とするだけでなく、ハンチントン病、脳梗塞など他の脳疾患も視野に入れた研究が望まれる。また、脳機能再建の確認手段として物質の発現、運動異常の改善だけでなく、脳機能の細胞間ネットワークが再建されたことが検証できるようなアプローチも必要である。研究体制も前述のような目標に沿って取組める体制とすることが望ましい。これらの要素が取り入れられる事により、さらに優れた研究になると言える。
    以上のような見解から、この研究に関して臨床応用に向けた期待も大きく、今後も研究を継続すべきであるが、一部目標設定を含めた見直しが必要である。
(2) 評価結果
1. 移植に用いるドナー細胞の開発に関する研究
1 幹細胞の制御による移植ドナー細胞の開発に関する研究
    移植に用いられる可能性があるドナー細胞に関して、ES細胞、羊膜細胞、脳由来幹細胞など幅広いアプローチを行っており、その解析も成果が上がっていることから、評価できる。
2 遺伝子導入による移植ドナー細胞の開発に関する研究
    ウイルスベクターを用いて、神経伝達物質等を生産することが確認されたことや、運動障害の改善が確認されたことの成果は特に基礎的研究として評価される。一方、遺伝子導入を行っている研究の性格上、臨床応用に対しては、導入手法の確立、安全性など具体的に一歩踏み入れた研究が期待される。
2. 移植方法・機能評価法の開発及び臨床脳神経移植への応用に関する研究
1 移植方法・機能評価法の開発に関する研究
    当研究においてネットワーク再建が期待されないカプセル化移植法が必要であるかは疑問として残るところであるが、移植細胞の腫瘍化と産生高分子に対する免疫反応への対策としては一つの方策として評価できる。このことから、当研究におけるカプセル化移植法の必要性を再確認した上での発展が望まれる。fMRIを用いた解析法は、脳機能再建の一つの客観的評価法として有用であると評価できる。更には、生体としての他の機能評価法の確立が、臨床応用に向けて望まれる。
2 臨床脳神経移植法の改善及び開発に関する研究
    交感神経節細胞の自家移植は、脳移植法に関する基礎的成果としては一定の評価はなされるが、日常的な臨床評価のみでは当研究の目的に合致しておらず、さらに工夫が必要である。
(3) 2期にあたっての考え方
    第2期では、第1期における研究成果に基づき、神経ネットワーク再建のための基礎的神経科学研究と、更なる臨床応用に向けた研究が必要である。その為には、具体的な最終目標を明確にし、その目標の実現のための研究体制を組むことが重要である。その際、基礎的研究、臨床的研究両面からのアプローチが重要となる。ドナー細胞の開発にあたっては異種由来細胞には限界があり、ヒトとくに自己由来ドナー細胞の開発に重点を置くことが望まれる。

体制移行図


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哺乳類体内時計の脳内発振機構に関する研究

(研究期間:第1期平成11年度~13年度)
研究代表者 岡村均(神戸大学医学部教授)
研究課題の概要
生体時計はほとんどの生命体に備わった基本的機構にもかかわらず、その解明が著しく遅れており、現代の生命科学に残された数少ないフロンティアの一つである。最近の本邦における時計機構の分子遺伝学・分子生物学のパイオニア的開発は、従来からの豊富なリズム生理の研究成果と人材とを結びつけることにより、本領域は格段の発展が期待できる状況となってきた。本研究は、時間生物学の先導的意義を持つ課題を遂行する事により、他の研究領域に大きな波及効果をもたらすとともに、個人の体内時間に即した新しい医療の開発など社会的諸課題の解決に貢献する事を目的としている。
(1) 総評
    本研究は当初の目標を概ね達成しており、順調に進捗していると言える。当初の目標設定も適切であり、今後の目標の変更は不要であると考えられる。研究成果については、科学的価値が高く、波及効果が期待できるとともに、これまでの情報発信についても十分であると判断される。また、研究体制については、代表者の指導性が発揮されており、連携・整合性についても連携して一体的・体系的であると言える。
    従って、本研究は非常に優れた研究であると考えられ、今後も研究を継続すべきであると評価される。
(2) 評価結果
1 時計遺伝子の発現制御に関する研究
    時計遺伝子のプロモーターを解析し多くの発現制御部位を同定するとともに、新しいタイプの時計転写因子の発見により時計の安定化に寄与する多重フィードバックシステムを明らかにし、皮膚の繊維芽細胞の時計が視交差上核の時計と同じ機構で発信されることを証明するなど先駆的な研究成果を得ている。また、ホタル発光遺伝子を用いた時計遺伝子の位相依存的転写制御の研究、微小光ファイバーを用いたリアルタイム検出システムの開発等、数多くの成果が得られており、高く評価される。
2 時計発振の環境周期への同調機構に関する研究
    時計遺伝子の転写制御因子cry1,cry2のダブルノックアウトによりリズムが消失することを証明すると共に、いくつかの条件の下での環境のリズムに対する影響を確認しており、時計発振の環境周期への同調機構の解明にむけた研究成果が得られており、評価される。
3 時計出力機構の研究
    マウス・ラットの脳脊髄液中のメラトニンの連続採取やゼブラフィッシュにおける長期のメラトニン分泌サーカディアンリズムの連続測定および末梢細胞培養系の光感受性発見、脳の「主時計」と「末梢時計」との関連等、時計出力機構の解明に向けた研究成果が得られており、評価される。
(3) 2期にあたっての考え方
    第2期では、第1期で終了する「時間軸での遺伝子マッピングによる時計シグナル伝達機構の解析」、「新規光情報伝達因子に関する研究」、「網膜培養系の時計機構に関する研究」に代わり、新たに、時計遺伝子の機能をより鋭敏に検出するため、「生物に応用可能な高感度フォトニクス・デヴァイスの開発」、「マイクロ-TASを活用したシングルニューロン活動検出システムの開発」、末梢時計の機能解明のため「末梢臓器の生体時間に関する研究」を加えることとしており、社会的貢献度の高い、ライフサイエンス分野での研究機器開発や臨床医学への応用に向け、研究の一層の発展が期待できる。

体制移行図


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視覚系におけるニューロインフォマティクスに関する研究

(研究期間:第1期平成11年度~13年度)
研究代表者 臼井支朗(豊橋技術科学大学教授)
研究課題の概要
脳神経系に関するデータベースとコンピュータ解析・支援環境及び個別の知見を記述・統合した数理モデルを核とする、脳神経系の理解・解明を進めるためのIT時代の新しい研究パラダイムを提唱するものである。すなわち、従来の各分野の研究を縦糸とすれば、ニューロインフォマティクスはそれらの研究を結びつける横糸であり、国内外の関係する研究者と協力・分担しながら、情報ネットワークという仮想空間に仮想動的脳を構築することによって、脳・神経系の総合的理解を目指すものである。
本プロジェクトでは、脳神経系の中でも比較的知見の豊富な視覚系を対象として、実験的・理論的・情報技術的研究を相互促進的に推進するためのニューロインフォマティクス研究基盤を構築することを目的としている。
(1) 総評
    脳のシステム的理解においてニューロインフォマティクスの果たす役割はますます高くなると思われ、本研究では、生理学的研究の最も進んでいる視覚系に焦点を当ててプロジェクトを遂行しているが、将来的には脳内ネットワークへと拡充することが期待される。
    また、本研究は、新たな研究基盤環境の樹立を目指す点において、目標達成型の研究課題として適当であると言える。
    第2期では、単一細胞~末梢神経回路~高次脳神経システムのそれぞれの数理モデルをどのように結合していくかという点について検討すべきである。また、ダイナミックな情報表現とその数理モデルについての検討を加えれば一層良いデータベースとなると思われる。また、特に生物・医学系分野の人が自由に参加できる使い易い環境基盤にして、生物学と物理・工学系の融合が図られるようにする必要がある。具体的には、高次視覚野における研究について生物・医学系分野の研究者の協力を得ることによって、より汎用性の高い研究基盤を構築する必要がある。
(2) 評価結果
1 神経細胞の数理モデル構築に関する研究
    単一細胞における神経回路の形成とそのデータに基づく数理モデルの実現が図られており、生物・医学系分野と物理・工学系分野の融合の成果として評価される。
2 細胞生理に基づく仮想網膜の実現に関する研究
    網膜神経細胞の生理学的な特性に基づく数理モデルの実現が図られており、生物・医学系分野と物理・工学系分野の融合の成果として評価される。
3 ニューロインフォマティクス研究環境基盤の構築
    斬新なアイデアと研究促進体制改善への意欲は評価される。また、神経回路の情報表現という切り口と情報処理レベルの関係を考慮したプラットホームを構築すれば、一層使い易いものとなる。ただし、一部の分野について、研究成果が質量ともに不十分な印象があり、よりよいプラットフォームを構築する上では、生物・医学系分野と物理・工学系分野との間の一層の連携を図ることが重要である。
(3) 2期にあたっての考え方
    第2期では、第1期における研究成果に基づき、インターネット上に公開するVISIOMEプラットフォームを立ち上げ、メンバーの研究成果を登録していくとともに、各国の研究者と協力しながら世界の視覚研究者が日常の研究活動に利用できる実用的研究基盤を構築することが重要である。その際、生物・医学系分野の人の広汎な参加を可能とするとの観点より、特に、高次視覚野分野における研究体制の見直しを図ることが必要である。

体制移行図



 

-- 登録:平成21年以前 --