2.各論 (1)総合研究

1
材料の低環境負荷ライフサイクルデザイン実現のためのバリアフリープロセシング技術に関する研究

(研究期間:第1期平成11年~13年度)
研究代表者 原田幸明(独立行政法人物質・材料研究機構主任研究員)
研究課題の概要
   本研究は材料創成時の環境負荷を低くするため、物質の循環総量を大幅に削減するための革新的なプロセス技術(バリアフリープロセシング技術)の創成を目 的とする。材料に求められる設計上の要求をより効率的な物質・材料消費量で実現するための技術基盤を構築し持続可能型生産様式へ展開する低環境負荷型の材 料技術を切り拓くために、以下の3分野に着目して研究を進めている。
1 循環型原材料対応の素形材化プロセス技術:スクラップ等の低品位回生材料の利用を促進し、資源循環型マテリアルフローを現実化するプロセス技術の開発
2 適合設計対応の高機能材柔軟成形加工技術:材料の使用段階での環境負荷低減のため使用目的に対応する物質・材料効率を向上させるプロセス技術の開発
3 物質・材料効率改善によるライフサイクルデザイン環境負荷低減効果予測技術:材料プロセスのイノベーションが材料の全ライフサイクルデザインに及ぼす効果を予測するための手法の開発
(1) 総評(非常に優れた研究)
     上記3点の研究分野において、具体的な成果としては、鉄スクラップ利用範囲拡大の最大の障害である循環性元素をスクラップ中に残して無害化する手法を開 発して圧延時における循環性元素起因の割れ発生の抑制に成功した。Al合金もしくはMg合金の回生時のエネルギー消費量の低減のためのバルクメカニカルア ロイング技術の開発、および金属間化合物の低温稠密化による室温脆性の改善ができた。また、環境影響度を評価する手法として鉱山データ、資源データの蓄積 に基づく手法に成果が得られている。また自動車、電子機器の設計因子の抽出に目処をつけている。以上により研究は比較的順調に推移しているものと認められ る。
    一方、対象とする材料系によっては若干成果にばらつきが見られるため、バリアフリープロセシングのようなこれまでの材料開発とは異なる新しい分野の構築を目指すとすると、この課題は今後も継続すべき研究であり、第2期では対象をより多くの成果が見込まれる分野に材料系を絞って、厚みのある研究を目指すべきと考える。ここで厚みとは、個別分散的な結果を列挙するだけでなく、後続の研究の指針となるような、バリアフリープロセシング技術の体系的な視点を得ることである。
    第1期は幅広い材料に対して基盤技術構築の研究を展開してきたが、第2期移行にあたっては材料系を絞り、ライフサイクルデザイン確立を目指すべきである。さらには実用面での具体的な成果も視野に入れてほしい。
(2) 評価結果
1 循環型原材料対応の素形材化プロセス技術
     原材料バリア(不純物、異形状、不適合組織、非加工性)に関して、主に組織制御に着目し、リサイクル材活用、不純物無害化の検討を鉄・非鉄材料、木質材 料、ポリマー材料に対して行った。その結果、鉄鋼スクラップ中の循環性元素を溶融精錬すること無しに無害化すること、軽金属スクラップを溶融精錬すること なしに組織制御すること、プラスティックの界面分離技術を確立することなど多岐に亘るマテリアルシステムにおいて回生材料を利用する上でのバリアを克服す る基盤を構築し、当初の目的を達成したものと認められる。今後はライフサイクルデザインの完成に向けて課題を絞り込み、2期移行すべきである。
2 適合設計対応の高機能材柔軟成形加工技術
     材料の加工バリア(成分、温度、速度)を主に結晶構造、組織、脆化層、析出相に着目して、加工と組織制御を同時に達成するインプロセス制御の開発を行っ た。その結果、鉄系焼結材料のメゾヘテロ組織制御技術による強靱化、Mg合金の加工熱処理による動的微細粒化に成功し超塑性化高強度化を達成するなど当初 の目的を達成したものと認められる。2期移行に当たっては原材料バリアに関して研究機関の連携をさらに強め、高機能化を目指しつつライフサイクルデザインの完成に向けた適合設計技術の確立を行うべきであり、必要に応じてサブテーマ間の再編成を行うべきである。
3 物質・材料効率改善によるライフサイクルデザイン環境負荷低減効果予測技術
     物質、資源、エネルギーなどが目的機能実現のためにどの程度投入されたかを表現する物質・材料効率の定量化を目指して、熱力学的諸量や生産統計に基づく 総物質要求量(TMR)などから各種検討を行った。その結果、熱力学諸量は素形材の構成要素や化学成分の状態量を客観的数値として定量化できるようにし た。TMRに関しては従来、客観性、科学性が乏しかったものを科学的客観的数値として定量化することができた。自動車、電子機器、建築に関する要求機能に 対する指標の確立にも成功した。よって当初の目的は達成したものと認められる。この課題は、材料分野に共通する普遍性が重要であり、分野を絞るべき課題と は思えない。「環境にやさしい」程度を計る物差しの開発の一環であるが、最終的には個人の価値観にも依存する深い問題であり、さらに深めてほしいと考え る。今後はより一層科学的で具体的な指標の提示を行うべく必要に応じて課題を絞り込み2期移行するべきである。
(3) 2期にあたっての考え方
     循環型原材料対応の素形材化プロセス技術においては従来溶融精錬によって除去しようとする努力がなされていた不純物を精錬無しに無害化するプロセス開 発、高機能柔軟成形加工技術においては組織変化を利用したプロセス開発などバリアは着実に克服されつつあり、達成度は高い。その結果、幅広い材料系に対し て多岐に亘る加工技術の可能性が示されている。
    一方で2期2年間の研究を睨んだ絞り込みの必要性も認められる。第2期においては課題の絞り込みを行うとともに、1期の要素技術の総合化、応用展開を目指して、「適合設計バリア克服のためのプロセスパフォーマンス向上技術」、「最適ライフサイクル選択のための材料パフォーマンスデザイン」、「材料ライフサイクルデザインの環境パフォーマンス指標」の3つのサブテーマに再編して、1期の成果を融合させつつ、サブテーマ間の連携を密にしながら研究を推進するべきである。

平成13-14年度研究体制

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2
エネルギー半減・環境負荷ミニマムを目指した高炉の革新的製錬反応に関する研究

(研究期間:第1期平成11年~13年度)
研究代表者 石井邦宜(北海道大学大学院工学研究科教授)
研究課題の概要
  本研究は日本のエネルギー消費量の約12%を占める鉄鋼製造プロセスの中で全体の約7割を消費する高炉での、抜本的なエネルギー消費量ならびにCO2排出量の削減を可能とする革新的製錬技術の開発を目指した社会的ニーズの極めて高い研究である。CO2削 減にはスクラップ利用量の増加も有効であるが、この場合にはスクラップ中の不純物元素に起因する鋼材材質の劣化が問題となる。したがって良質な鉄鋼材料の 製造には鉱石から造った不純物の少ないいわゆる処女鉄が不可欠であり、われわれが快適な社会生活を維持するのに必要な鉄鋼生産量を確保するためには、新し い発想に基づく革新的高炉製鉄プロセスを創出し、それによりエネルギー使用量ならびにCO2排出量の可及的 削減が達成されなければならない。エネルギー面あるいは反応面から考えると、高炉に投入されたエネルギーは100%利用されているわけではなく、炉内で発 生したCOガスの利用率は約50%であり、理論的に検討の余地が残されている。高炉法の利点を継承し、さらにエネルギー効率を高めた「低環境負荷型高炉製 鉄システム」を構築するために、以下の4点(シ-ズ)に着目して研究を進めている。
1 高炉内のガス還元平衡制約を解除する低温・急速還元化要件の研究
2 上記要件を満たす低温ガス化炭材及び炭材を含む高強度異相接合構造物の研究
3 酸化鉄と炭材とのミクロン規模の隣接化による急速浸炭法の研究
4 システムとしての総合化の研究。
   本研究でもたらされる高炉全体の低温化はエネルギー使用量ならびにCO2排出量の可及的削減のみならず銑鉄中不純分の一層の低減と精錬処理の負荷軽減を可能とする。
(1) 総評(非常に優れた研究)
    上記4点の研究コンセプトを基に本研究では1還元とガス化反応の高速化に関する研究、2鉱石・石炭原料の性状最適化の研究、3還元鉄とスラグの溶融温度低下に関する研究、4新製鉄法のモデル化および反応解析に関する研究の4つをサブテーマとした分科会を設け研究が進められている。
    第1期の最大の研究成果はガス還元平衡の制約下で現れる熱保存温度を現状よりも約300℃、溶銑温度を約200℃低減できる学術的原理を明らかにした点にある。具体的な成果のポイントは、1酸化鉄と炭材との低温域で発現するカップリング現象の確認、2非晶質炭材の低温域で発現するガス化現象の確認、3構造物の適正化学組成と炭材を含む異相接合法の提案、4複雑融体の溶融メカニズム並びに浸炭・溶融・分離の支配因子の解明、5粒子・熱移動に関する非定常モデルの策定等であり、還元、ガス化、浸炭に関する複合反応の相互作用効果を明らかにした点などは画期的であり、研究は順調に推移しているものと認められる。
    第1期は要素研究的側面が強かったが、今後は研究課題ごとの連携を強めて総合化することに重点を置くとともに、さらに実用面での寄与も視野に入れて第2期移行をするべきである。一方、知的所有権の分野での取り組みが遅れており、この分野にも一層力を入れた取り組みが期待される。
(2) 評価結果
1 還元とガス化の高速化に関する研究
    炉内反応である還元反応、炭素ガス反応、浸炭反応の速度を高速化し、反応効率を格段に向上させるための基礎、探査研究を実施した。その結果、1カップリング現象の確認、2炭素ガス化反応機構の解明、3気固還元に最適な気孔構造の解明、4電顕観察による溶融還元現象の把握、5マイクロリアクター化による超高速還元の可能性、6固体浸炭の導入による還元鉄低温溶解の可能性など、反応の高速化・低温下に関する新しい知見が得られている。第2期では新知見のプロセス化を意識した研究を他分科会との有機的な連携によって進めるべきである。
2 鉱石・石炭原料の性状最適化の研究
  低温下での急速還元を可能とするための粉状鉄鉱石、石炭等の接合構造物について化学組成・組織・気孔構造の最適化、更には接合法の面から基礎研究を行った。その結果、1接合体組織の骨格となる脈石系酸化物の高酸素分圧下での状態図作成、2融液の浸透・拡散速度と溶融に優れたスラグ成分の究明、3多孔質体の強度予測モデルの開発がなされ、化学組成の具体的提示やプロセスの創出など新しい知見が得られている。第2期では得られた基礎的知見を基に一層整合性のとれた形での適正な成分・接合構造体について的を絞って研究が進められるべきである。
3 還元鉄とスラグの溶融温度低下に関する研究
    使用エネルギー削減、銑鉄不純物のカットオフのために銑鉄温度の目標を現行温度より200℃低い1350℃におき、スラグの溶融・分離、メタルの浸炭・溶融などへの影響要因及び低温溶融プロセスに適したスラグ物性などについて研究を行った。その結果、1鉄の浸炭、溶融速度の律速因子の究明、2多元系スラグの効率的な溶融分離を図る化学組成、酸素ポテンシャル域の提示、3浸炭・溶融・分離の挙動を支配する物性値の計算方法やデータベース化などの成果が得られ、低温化への道筋が明らかにされたことで目標を達成しているものと認められる。第2期にはミクロな解析で裏付けをとると共に応用、実用までを見据えた手法の研究が進められるべきである。
4 新製鉄法のモデル化および反応解析に関する研究
    低温操業を前提とするプロセス解析、制御の研究を行った。本研究では、1新多流体モデルによる炉内の物流移動現象の解析、2ガス化に伴うコークス粒子の粉化や羽口先燃焼帯での粒子運動の接触破壊理論、離散要素理論による解析、3CO2排出量半減の条件下での熱収支に基づく熱移動と溶融物形態に関わる解析などが精力的に進められており、当初目標を達成したものと認められる。第2期では他分科会の知見を統一的に取り込んだシステムを策定し、エネルギ-、環境負荷半減の操業成立要件やプロセスイメ-ジを明確にすることに力を注ぐべきである。
(3) 2期にあたっての考え方
    エネルギーを大量に消費し多量のCO2を排出する現在の製鉄プロセスにおいても省エネルギーとCO2排 出量削減への努力が強い社会的ニーズの中で進められてきているが、現状技術の延長だけでは今後大幅な削減は期待できない。本研究は従来の冶金学、製鉄工学 に加えて物理学、化学、基礎工学(熱力学、材料力学、化学工学、流体力学、システム工学)に立脚した新しい多角的視点からエネルギー使用量とCO2排出量の大幅削減の可能な革新的高炉製鉄プロセスの創出を志向した極めてチャレンジングなものである。本研究の第1期においてはガス化反応、石炭・鉱石などの原料、低温化に対する要素技術の開発という目的に対して前述の4つの研究項目において研究開発を行ってきた。その結果、実用化には程遠いものの要素技術に結びつく貴重な情報が得られつつあり、今後の更なる進展が期待される。第2期においては第1期 の要素技術の総合化、応用展開を目指して、「還元とガス化の高速化に関する研究」、「石炭・鉱石性状最適化への組成および構造設計」、「還元鉄とスラグの 溶融温度低下に関する研究」、「新製鉄法の具体的なプロセスイメージの確立と波及効果の定量化」の4つのサブテーマで、第1期の成果を融合させつつ、サブテーマ間の連携を密にしながら研究を推進するべきである。また第2期は実用化を見据えた研究段階でもあるので、知的所有権を十分に意識した研究運営を心がけるべきである。

平成13-14年度研究体制

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3
固相精密合成法によるケミカルライブラリーの構築を基盤とする超機能性材料の創製と評価に関する研究

(研究期間:第1期平成11年~13年)
研究代表者 遠藤剛(山形大学工学部)
研究課題の概要
   本研究では、今後のコンビナトリアル化学の発展の上で極めて重要と考えられるにもかかわらず、十分に研究が進められていない、機能性有機分子、非天然ペ プチド(ペプチドミミックス)、オリゴ糖などのライブラリー化に取り組んでいる。今までのものを越える機能材料創製を念頭におき、固相合成法基盤技術の確 立を目指して、固相精密反応場の設計、適応可能な固相有機合成手法の体系化、適切な機能性評価法確立の3つのサブテーマにおいて研究を推進した。
(1) 総評(非常に優れた研究)
     具体的な研究成果としては、固相(市販の架橋ポリスチレン等)上でサマリウムエノラートを利用して高分子材料精密合成に世界で始めて成功し高分子材料ラ イブラリーの自動合成に目途をつける、官能基化されたオリゴ糖のライブラリー構築法の確立に世界で始めて成功する、液晶を目的とする高速、高純度で合成で きる固相反応合成手法を開発する、高分子材料や液晶材料の評価に展開しうる単分子膜厚の2次元計測法を開発する等が挙げられ、研究が着実かつ大きく進捗し ていると考えられる。また、前述のように世界に先駆けた成果も多く、研究成果の科学的価値と波及効果は大きく、世界における日本の科学技術の存在感という 観点からも大きな貢献となっていると考えられる。
    当初より、第1期では固相合成法に関する基盤技術の確立を、第2期では実際の機能材料創製への展開を目標としており、目的・目標の適切さの観点からは適切であったと判断される。従って、2期移行の進め方の観点からは、固相合成法の機能材料創製への展開に的を絞って第2期に移行すべきであると判断される。
(2) 評価結果(サブテーマ毎に記載)
1 ケミカルライブラリー設計技術に関する研究
     様々な反応性置換基を有するアレン系・アクリル酸系モノマーの開発に成功し、、さらに、これらのリビング配位重合・リビングアニオン重合に成功した。こ れにより、、分子量・末端構造が制御された反応性高分子の精密合成を実現し、高分子材料ライブラリーの自動合成に目途をつけた。ポリスチレンゲル(第一世 代)上でのモノマー類のリビングラジカル重合を行うことにより、、構造制御された第二世代ポリスチレンゲルを精密合成することに成功した。さらに、、多糖 誘導体のゲルへの高効率な担持手法を確立し、、これによって反応性のみならず分子認識能を有する多機能固相担体の開発にも成功した。
    以上のような世界的に高い水準にある優れた結果が得られており、ライブラリー設計の基盤となる精密合成法の確立に大きく貢献し、第1期の目標を達成したものと判断される。
2 ケミカルライブラリ-創製技術に関する研究
     新規リンカーの開発により多彩な官能基化を実現した。固相上での炭素-炭素結合合成反応、糖のグリコシル化、官能基化の手法を開発した。官能基化された オリゴ糖のライブラリー構築法を確立し、分岐糖の多様性、官能基導入の多様性を実現可能として、オリゴ糖を基盤とする生体適合材料創製へと展開する目途を 得た。液晶を目的とする固相合成反応として、多種の非対称ビアリールを高速、高純度で合成できる手法の開発に成功した。
    以上のように最先端の固相合成法の開発に成功するとともに、合成ロボットや新しいセンサー、モニター等を活用した合成、精製、分離の自動化技術に関する技術開発も進めており、第1期の目標を達成したものと判断される。
3 ケミカルライブラリーの機能性評価技術に関する研究
     超機能評価法の開発については、光学的評価法、電気的評価法、触媒評価法、insilico評価法、および生化学的評価法について開発を進めた。この中 で、科学的価値の高いオリジナルな評価法がいくつか開発された。表面プラズモン共鳴(SPR)を用いた単分子膜厚の2次元計測法の開発や、従来は1週間程 度を要していたものが5分程度で可能となるサーモグラフィー熱電材料高速評価法の開発が特筆される。
    以上のように、実際の機能材料創製への展開において不可欠の迅速評価技術の開発に成果をあげており、第1期の目標は、ほぼ達成されたものと判断される。
(3) 2期にあたっての考え方(中間評価対象課題のみ記載)
    本課題では固相合成に基づくケミカルライブラリーの構築と評価を超機能性材料の開発に応用することを目的としている。第1期 では、要素技術を切り口として、固相精密反応場の設計、固相有機合成法の体系化と自動化、機能性評価法の確立、の3つをサブテーマとして構成し、それぞれ において初期の目標を具現化している。これによって膨大な数の新規物質ライブラリーの迅速な自動合成と評価を可能とする基盤技術が整ったと考えられる。た だし、テーマとして拡がりすぎている感のあること、および、各参画機関の成果や達成度にばらつきがみられることは考慮に入れるべきである。
    以上を鑑み、第2期では、ターゲットを、出口である材料として有望なものに絞り込むことが必要である。即ち、創製すべき材料の機能を切り口として、第1期で培った基盤要素技術の最適な組み合わせで体制を再構成することが望まれる。第1期 の成果を踏まえ、目標とすべき具体的な材料としては、「精密制御高分子材料」(次世代レジストや人工臓器につながっていく)、「多分岐制高分子材料」(超 高耐性表面コーティング剤や次世代集積回路封止材)、「オリゴ糖を基盤とする生体適合材料」(ライフサイエンスの主幹材料)、「液晶材料」(情報化社会で の重要性大)等が考えられる。
    第2期の2年という限られた期間で最大限の成果をあげるためには、第1期で大きく拡がったテーマを選択淘汰(大きな成果の期待できる機関に絞り込む等)して目的材料に最適化した体制とすることが強く望まれる。また、計算化学による分子設計を取り入れたり、新たな有効物質の発見を目指すことも考慮に価する。
第1期 第2期

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4
改変遺伝子導入昆虫を利用した環境調和型害虫防除法に関する基礎研究

(研究期間:第1期平成11年~13年)
研究代表者 山元大輔(早稲田大学)
研究課題の概要
   化学合成殺虫剤の使用量を減らし、低コストで安全な環境調和型農業を実現するため、また疾病媒介昆虫の無毒化のため害虫個体群サイズを遺伝子導入によっ て実現する方法を考案、開発する。具体的には、1)個体サイズを縮小するための形質転換用ベクターのデザインとその構築、2)各種昆虫の形質転換法の確立 及びその形質転換昆虫が一般集団に持ち込む導入遺伝子の動態の理論的・実験的解明を行う。
(1) 総評
  「改変遺伝子導入昆虫を利用した環境調和型害虫防除法に関する基礎研究」は非常に優れた研究であり、今後も継続すべきであると評価される。
     個体数制御を目的に単離された遺伝子及びこれらを昆虫に導入するために開発された多数のベクターに関する研究はいずれも新規性が高く、原著論文を中心と したレベルの高い報告が多数なされている点で高く評価できる。また、イエバエの形質転換個体作出に世界に先駆けて成功しており、モデル昆虫としての有用性 が期待できるなど、関連分野への波及効果は大きい。このように、研究は順調に進捗しており、研究成果も高いレベルにあると評価される。また、いずれの項目 においても当初の目標以上の成果をあげていること、最終目標の設定が適切であること、研究者間の連携が密接であり、有効な共同研究体制が築かれていること などから、目標設定・研究体制いずれとも適切であると判断される。
    今後は、実用化に向けた基礎研究をより一層強化するとともに、コンピューターシミュレーションによって予測した遺伝子動態を閉鎖環境での放育実験で検証するなど、個体数制御用遺伝子の実用性の検討も期待したい。
(2) 評価結果(サブテーマ毎に記載)
1 個体数制御用ベクターに関する研究
1. 進捗状況
     目標の達成度については、個体数制御に利用できる可能性のある3種類の遺伝子(脳の性転換に関与するfruitless、温感異常に関与する atsugari、薬物感受性変化に関与するcalreticulin)を含む複数の候補遺伝子を単離したほか、これらを昆虫に導入するためのベクター 14種類を構築し、当初の予定を上回るレベルに達している。しかしながら、前者に関してはより多数の候補遺伝子を視野に入れておく必要がある。
2. 目標設定
    当初の目標自体が高く設定されていたものの、研究者間の連携により目標を越えた成果が得られている。目標設定は適切であり、最終目標を変更する必要はない。
3. 研究成果
     同定された個々の遺伝子の機能解析等の結果はいずれも新規性の高いものであり、応用研究のみならず基礎研究全般においても非常に重要な成果であると評価 できる。また新規ベクターも各種昆虫への遺伝子導入用ツールとして基礎・応用を問わず利用価値の高いものである。原著論文、総説、特許、新聞発表など情報 発信も多数かつ高いレベルで行われており、研究成果の波及効果も大きい。
4. 研究体制
    サブテーマ責任者の指導性には問題はない。テーマ間の連携についてもあらゆる面で緊密な連絡が保たれており、有効な共同研究体制が築かれている。
2 形質転換昆虫作出とその動態に関する研究
1. 進捗状況
     イエバエの形質転換体作出に世界で初めて成功したほか、ミツバチにおいても卵の採取から候補女王の作製までの一連の技術を開発した。また、マリナー因子 のみでは改変遺伝子を集団に導入することが不可能である可能性が高いことをショウジョウバエの閉鎖系実験で明らかにした。一方、コンピューターシミュレー ションによって集団内での遺伝子動態をそれぞれ推定し、特徴を明らかにした。ミツバチの形質転換系確立にやや手間取っているものの、各年度の目標は十分に 達成されていると評価できる。単離した遺伝子の有用性を評価する意味でも、遺伝子動態のシミュレーションを裏付ける閉鎖系実験の強化が期待される。
2. 目標設定
    当初の目標はほぼ達成されており、問題はない。最終目標についても同様であるが、諸外国での関連研究、特に形質転換技術の確立や改良についての動向を踏まえた柔軟な対応を期待したい。
3. 研究成果
     イエバエの形質転換は国内外で初の成果であり、非常に高く評価できる。モデル昆虫として生物学的研究の発展に寄与することが期待される他、技術的に他の 昆虫に適用しうるものであることからも波及効果は大きい。コンピューターシミュレーションの結果は遺伝子改変昆虫などの野外集団に及ぼす集団遺伝学的効果 を推定する手段として有効であると思われるが、閉鎖系実験等による実用性の検証が必要である。
    原著論文及び新聞発表に加え、研究担当者のホームページでの情報発信も行われている。
4. 研究体制
    サブテーマ責任者の指導性は問題ない。研究者間の連携も必要な範囲で密接に行われている。
(3) 2期にあたっての考え方
    第1期においては個体数制御に使用可能な遺伝子候補の獲得と汎用性のあるベクターの基本形の確定を主要な目標とし、それをほぼ達成した。そこで第2期はその基盤の上に立って、実用化に照準を当てたベクター開発に集中する。

「改変遺伝子導入昆虫を利用した環境調和型害虫防除法に関する基礎研究」

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血管壁細胞の人為的機能制御技術の開発に関する研究

(研究期間:第1期平成11年度~13年度)
研究代表者 下門顕太郎(東京医科歯科大学)
研究課題の概要
急 速な高齢化が進行している我が国においては、血管の分子細胞生物学の総合的解析に立脚した新たな循環器疾患の予防・治療法を確立する必要がある。このよう な背景のもと、本研究では血管壁を構築する細胞の細胞死と再生およびそれに伴う機能維持の制御機構を明らかにするとともに、血管壁への薬剤・遺伝子導入法 を開発し、血管壁に機能制御のための薬剤や遺伝子を導入することにより人為的に血管機能を制御するための基盤技術 (VascularTechnology)を開発することを目的とする。
(1) 総評
  糖 尿病、高血圧、高脂血症などの生活習慣病は動脈硬化の発症を促進する点がもっとも重要であり、本研究はその制御をめざす基盤技術の開発を目的とし、血管壁 細胞機能の制御に係るキーとなる分子を見いだすこと、さらにそれらの分子の発現を制御する具体的な方法を開発しようとするものである。本研究においては、 サブグループ1の研究により、いくつかの重要な標的分子が選定され、一方、サブグループ2の研究により、それらを制御する薬剤、核酸医薬を効率良く病変局 所に送り込む方法が開発されつつある。本研究班の目標設定、研究体制は適切であり、さらに所期の目標に鑑み、本研究は全体として順調にすすんでおり、概ね 目標を達成し、その成果を高く評価できる、優れた研究である。したがって、今後も研究を継続すべきであると評価される。本研究は応用的な色彩の濃い研究で あり、その意味から、特許の取得や派生技術の発展などに留意して研究をすすめるべきである。
(2) 評価結果
1 血管壁細胞の死と再生及びそれに伴う血管機能の細胞分子機構の解明とその人為的制御
  動 脈硬化病変の成立に重要と考えられている、血管壁細胞死(アポトーシス)、血管内皮細胞における抗血栓作用、白血球の接着、血流感知機構に焦点をあて、そ れぞれの生物学的現象の制御に係るキーとなる分子を選定することを目的とし、順調に研究をすすめている。その結果、インスリンのPI-3-kinaseを 介する血管内皮細胞のアポトーシス抑制、アポトーシス誘導因子であるcaveolinやsp-1、内皮細胞への白血球接着に係るELAM-1、血流セン サーであるPECAM-1、血管平滑筋細胞の圧センサーであるFAKなどが標的分子として選択された。これらの研究を通じて血管生物学上のいくつかの重要 な発見もあり、第1期に設定された目的がよく達成されている。また、これらの分子の発現を促進または抑制することにより、最終的に動脈硬化を予防、治療しようとする第2期の研究の発展が期待できる。実際、抗凝固因子であるTFPIについては遺伝子導入技術を用いて既に実験的動脈硬化を抑制することも示した点も第2期の計画の実現性が高いことを示唆している。
2 血管壁細胞への薬剤・遺伝子導入法の開発
  血 管壁の局所に、動脈硬化を制御することが可能な薬剤(通常型薬剤、核酸医薬)を効率よく送り込む技術を開発することを目的とし、高分子ミセル型ナノカプセ ルの設計とそのデリバリー効率を高める補法の開発、ウィルスをベクターとするHVJ-リポソーム法の改良、微生物や植物由来の、血管壁に特異的に働く生理 活性物質の発見と応用、新規アルドース還元酵素阻害薬の血管内皮機能改善作用などの成果が得られている。特に、高分子ミセル型ナノカプセルは癌のピンポイ ント療法に応用され、既に臨床試験の段階に入っており、今後、動脈硬化病変の治療への応用が期待される。第2期では、サブグループ1の成果を、実用化に向けて検討するという大きな課題が課せられているが、基盤技術の開発という点で大きな成果が期待できる。
(3) 2期にあたっての考え方
  1期 においては、第1班がTFPIをはじめとする血管細胞機能の人為的機能制御のための標的分子を策定しており、第2班は薬剤や遺伝子を血管特異的に導入する ためのDrugdeliverysystemや血管細胞機能を制御する薬剤の開発にあたり、一部臨床応用にむけての研究が進められるまで発展している。
  2期では、第1期に策定された標的分子を絞り込み、薬剤遺伝子導入技術と組み合わせることにより、血管壁細胞の細胞死等の機能制御を試みる必要がある。そのためには、実用化にむけてより具体的な取り組みを行うため、体制を強化して研究を継続していくべきである。

「血管壁細胞の人為的機能制御技術の開発に関する研究」

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「アクチンフィラメントの構造と動態の解析による筋収縮・調節機構の解明」

(研究期間:第1期平成11年度~13年度)
研究代表者 前田雄一郎(理化学研究所播磨研究所)
研究課題の概要
本 研究では、アクチンフィラメントを静的な構造物ではなく動的なものと捉え、アクチンを取り巻く蛋白質との複合体の構造を原子レベルで明らかにした上で、そ の複合体の動き(動的構造変化)を観察して、筋収縮やそのカルシウムによる制御のメカニズムを解明することを目指している。
(1) 総評
  ア クチンフィラメントは、蛋白質アクチンの線形重合体からなり、ミオシン頭部のモータドメインと相互作用して筋収縮を駆動し制御するモーター蛋白質複合体で あるが、筋細胞のみならずほとんどの細胞に存在し、生命活動にとってきわめて重要な諸機能を担うデバイス(装置)である。
  1期 においては、アクチンフィラメントを構成する蛋白質分子のトロポニン複合体や2種のキャッピング蛋白質の結晶構造の解明、筋収縮に伴うミオシン分子とアク チフィラメントの構造変化の観測、ミオシン機能部位の同定、遺伝子性疾患の原因の解明など多くの知見が得られていることから、研究はきわめて順調に進捗し ており、研究成果は高いと評価される。また、目標設定・研究体制も適切であると判断され、優れた研究であると言える。
  従って、今後も最終目標である筋収縮調節機構の解明に向けて、研究を継続すべきであると評価される。
(2) 評価結果
1 筋収縮における蛋白質分子の構造と動態の解析
  アクチン・ミオシンの立体構造と相互作用の動態、アクチンフィラメント上で相互作用し複合体を構成する蛋白質の立体構造と分子間相互作用の動態に関する研究が実施されている。
  そ の結果、30年来世界の研究者が試みて成功しなかったトロポニン複合体(TnCTnITnT)の結晶構造を解明したことが、まず筆頭の成果として上げられ る。これにより筋収縮制御のメカニズム解明に向けた研究が飛躍的に進展すると期待される。2種のキャッピング蛋白質の結晶構造の解明は、アクチンフィラメ ントのダイナミックな構造構築制御機構の解明に重要な知見を与えるものである。筋収縮に伴うミオシン分子とアクチンフィラメントの構造変化の観測は、筋収 縮メカニズムの解明を大きく推進するものであり、アクチンフィラメントがミオシンの移動の土台として使われるただのレールではなく、モーター蛋白質として 筋収縮力の発生に深く関わっていることを示す重要な知見を提示した。また、肥大型心筋症や拡張型心筋症の発症に関わる心筋トロポニン遺伝子の突然変異の解 明とその発症機構の絞り込みなど、新たな知見を加える成果を得ることができ評価できる。更に、遺伝子組換えによる変異蛋白質発現の基盤技術も確立され、順 調に進展していると判断される。
2 蛋白質の構造・動態解析のための実験系の確立及び装置の整備
  蛋白質発現系及び配向繊維回折実験系など実験試料調整法の確立、物理的測定法と装置の開発・整備に関する研究や技術開発が実施されている。
  そ の結果、機能的欠陥を持つ人工変異ミオシンの作成によるミオシン機能部位の同定、カルシウム感受性ミオシン断片の発現法、蛋白質溶液散乱用X線ビームライ ン等の改良による回折強度分布の短時間収集技術、収縮制御蛋白質サブユニットTnCの94%以上の重水素化及びアクチンフィラメントへの導入技術の確立な ど、基盤技術開発が順調に進展していると判断される。
(3) 2期にあたっての考え方
  2期への移行に当たっては、研究テーマを整理して具体的な達成目標を明確にし、研究実施者全体によるアクチンフィラメントの構造と動態研究とメカニズム研究を集中的に推進することが重要である。
  提案された移行計画についても、第1期の研究の反省の上に立った考慮点は適切である。第2期 の新たな研究目標として、アクチンフィラメントの第三の機能「アクチン・ダイナミクス」、および第四の機能「細胞運動および細胞内オルガネラ輸送」を取り 上げることになっているが、研究資源と研究期間の有効利用という観点から、これらについても研究内容を絞り込み、より高いレベルの目標達成を目指すべきで ある。
「アクチンフィラメント構造と動態の解析による筋収縮調節機構の解明」

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3次元フォトニック結晶の作製、解析法、デバイス展開の総合研究

(研究期間:第1期平成11年~13年度)
研究代表者 川上彰二郎(東北大学未来科学技術共同研究センター)
研究課題の概要
フォ トニック結晶は、従来の光学材料にくらべて光の伝搬特性の飛躍的な改善が期待されるため、超小型光回路やスーパープリズムなど革新的光デバイスの実現に途 を開く可能性を持っている。本課題では、フォトニック結晶の持つ「分散」「異方性」「フォトニック・バンドギャップ」という特徴的な光の伝搬特性をフルに 引き出し、さらに革新的なデバイスを創出するために、作製技術、解析評価技術、およびデバイス展開の総合的な研究開発を行う。
(1) 総評(2期移行)
     通信用光回路、記録装置用光部品を画期的に革新する可能性のあるフォトニック結晶の作製技術、シミュレーション技術、デバイス応用について、実用化も含 めた研究が順調に進捗している。特筆すべき成果として、自己クローニング法を用いたフォトニック結晶の形状・構造制御技術の向上、完全バンドギャップの実 現、シミュレーション技術の進歩、フォトニック結晶応用光回路に向けた群速度遅延、波長フィルタ、120度急峻曲がり導波路の実現が挙げられ、研究成果お よび波及効果は高いと評価される。目標設定や研究体制も適切であり、世界をリードする研究である。この研究分野にはMIT等もベンチャー企業化も含めた取 り組みをしており、競争的であることから、本課題のこれまでの研究成果をさらに効果的なもとのするため、研究担当機関ばかりでなく文部科学省でも積極的な 取り組みを行い、継続的に推進すべきである。
(2) 評価結果
1 フォトニック結晶作製技術と数値解析技術に関する研究
     「バイアススパッタ法によるフォトニック結晶作製技術と完全バンドギャップに関する研究」「金属含有3次元フォトニック結晶作製技術とその薄膜偏光子へ のデバイス展開に関する研究」「フォトニック結晶の光学特性解析と超高速光技術に関する研究」が実施されている。その結果、スパッタリングによる製膜、反 応性ドライエッチング、フォトリソグラフィなどの技術を駆使したSi/SiO2系での3次元フォトニック結晶を実現するプロセス技術の研究において順調な 成果をあげている。また、「自己クローニング法」と呼ぶ技術により、多様な形状、構造を実現する見通しを確かなものにしつつある。さらに3次元フォトニッ ク結晶の特徴である「完全バンドギャップ」を実現し、透過率減少を確認していることに加え、導波路などデバイスの設計に役立つ数値モデルにも計算機能とス ピードの両面で進歩があった。以上のことから、目的、目標の設定はきわめて適切であり、研究成果は高いと評価される。
2   フォトニック結晶のデバイス展開に関する研究
     「機能性物質を含むフォトニック結晶の特性解明に関する研究」「フォトニック結晶を用いた微小回路の創成に関する研究」「フォトニック結晶デバイス機能 に関する研究」が実施されている。その結果、3次元フォトニック結晶による波長フィルタ、120度急峻曲がり導波路などを実現している。以上のことから、 目的、目標の設定はきわめて適切であり、世界をリードする研究成果を得ていると評価される。
(3) 2期にあたっての考え方
     現在の研究はSi系中心に行われているが、レーザ発振器集積化の可能な、化合物系の研究に更なる強化が必要であろう。この分野の進歩は極めて早く、とく にアメリカではプロセスからシステムに至るまで系統的な研究努力が組織されている。そのため、これまでの順調な研究体制を継続する一方、将来的に光回路要 素、光集積回路、光回路システム方式の研究を組織的に推進する方向も見据えて取り組むべきである。

第1期 第2期

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顕微鏡電子分光法による材料・デバイスの高度分析評価技術に関する研究

(研究期間:第1期平成11年~13年度)
研究代表者 富江敏尚(産業技術総合研究所)
研究課題の概要
本研究課題は、微小領域における電子構造の分析評価技術の高度化に資するため、パルスレーザーに基づく光源を用いた我が国独自の着想による高空間分解能の顕微光電子分光 法を実現するとともに、各研究分野におけるサブミクロンレベルの現象に注目し、その顕微光電子分光法による分析評価技術の高度化を図る。この独自の方式の実現により、材料デバイスの研究開発において不可欠な作製現場における分析が初めて可能となり、高空間 分解能化の妨げとなる計測損傷が大幅に低減し、さらに、従来は不可能であった時間分解能が付与でき、超高速現象において1ナノ秒の時間分解能の観測が可能となる。
(1) 総評(2期移行)
     本研究課題は、研究代表者の高い指導性が発揮され、3つのサブテーマの密接な連携により一体的・体系的に確立された研究体制の下、極めて高いレベルに設 定した目標に対して、世界初あるいは世界最高の成果を挙げる等、目標を上回る研究成果を挙げ、研究は順調に進捗していると評価されるが、今後は、特に利用 者のニーズに応え、評価技術の普及が図られるよう研究内容を一部見直すとともに最終目標の変更が必要であると判断される。本研究の成果については、顕微光 電子分光技術の実用化に向けて大きく前進したことから科学的価値が高いと評価され、材料開発、生物研究等広範な分野への応用及び蛍光分析等X線応用技術の 発展の促進による加工技術の高度化による波及効果が期待されるとともに、原著論文55件、口頭発表175件等、情報発信にも十分努めていると判断される。 以上により、本研究課題は非常に優れた研究であると言える。
    従って、今後も研究を継続すべきであると評価される。
(2) 評価結果
1 顕微光電子分光技術に関する研究
     価電子帯励起では目標以上の高エネルギー分解能の実現と高空間分解能との同時達成、内殻励起システムでは実験室規模でのフーコーテストシステムの構築、 高エネルギー電子での磁気ボトルの評価、サブμmX線ビーム照射試料の光電子スペクトル取得の成功という多くの世界初の成果を得た。X線技術では空間ア パーチャーという新着想での狭帯域化の実現、磁気ボトル技術では永久磁石の位置を可変させる構造の設計、スペクトル解析技術では新アルゴリズムの開発等、 世界的な成果を挙げ、各研究項目において目標を達成し、研究は順調に進捗している。
    また、研究成果の光電子分光の要素技術及びシステム化技術は大きく進展し、顕微光電子分光法によるナノメーターレベルの電子状態評価が可能になりつつあることから、高い科学的価値を有し、開発されつつある顕微光電子分光技術は、半導体分野等への利用が期待される。
2 マイクロビームの高度化技術に関する研究
     波長6nmにおける多層膜X線ミラーの反射率が従来のトップデータより2倍以上となったことから、光の利用効率は4倍に高まり、検出精度が向上するとと もに、波長5-7nmにおける応用範囲が拡大した。また、高精密制御可能な集光光学系の開発により、顕微鏡光電子分光の集光特性の向上に大きな役割を果た している。さらに機械的にデブリを除去するストッパー及びコンピュータ制御シヤッターを用いた膜厚分布制御方式の開発等、他のサブテーマとの関係において 部分的な遅れが生じているが、研究の進捗状況は全体としては順調である。
    また、これらの研究成果は科学的価値が高く、ナノテクノロジー、ライフサイエンスをはじめ、エネルギー、計測等幅広い分野への貢献が期待される。
3 顕微光電子分光法による高度分析評価技術に関する研究
     メゾスコピック系半導体の顕微光電子分光測定を世界最高性能の施設において実施し、既存施設の能力と限界を明らかにするとともに試料準備法の開発を達成 し、有機無機界面の測定においては表面上での有機分子の拡散の様子及び光電子スペクトルのバンド幅が異常に狭くなる現象を捕らえた。また、イオン注入高分 子においては各種の高性能機器を利用してイオンの深さ方向分布の測定を可能にするなど、いずれの研究成果も顕微光電子分光法の発展の方向性に重要な情報を 提供し、科学的価値が高く、物質創製等への波及効果が期待される。
    研究の進捗状況は、一部の研究装置の故障等により部分的に遅れているが、全体としては順調である。
(3)   第2期にあたっての考え方
    第2期 移行にあたっては、利用者のニーズに応え、評価技術の普及が図られるよう研究者間の一層緊密な連携により、全体のポテンシャルを高められる研究体制とする ことが望まれる。このことを踏まえ、サブテーマ「顕微光電子分光技術の研究」において大きな進展があった「価電子帯励起顕微システム技術の研究」をサブ テーマ「顕微光電子分光法による高度分析技術に関する研究」に移し、「表面電子状態の高速過渡現象に関する分析評価技術の研究」と統合し、実用化技術の研 究を推進する。また、「間欠現象における光電子分光評価技術の研究」については、レーザーアブレーションの初期過程に関する知見を獲得できたことから、新 たな応用分野を開拓するため、物性の時間変化を精密に評価できる技術の確立を目指して、「電子状態ダイナミクスの内殻電子励起観測」を推進することが適切 であると評価する。
第1期 第2期

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雲仙火山:科学掘削による噴火機構とマグマ活動解明のための国際共同研究

(研究期間:第1期平成11年~13年)
研究代表者 宇都浩三(産業技術総合研究所)
研究課題の概要
1990~1995 年の噴火以来、多くの詳細な観測データが得られ、様々な噴火・マグマ活動のモデル化が進んでいる「雲仙火山」において、科学掘削を中心とする総合的な研究 を実施し、火道の形成過程・脱ガス過程・地下水との相互作用の実証的な研究を行うとともに、火山の成長・噴火過程を支配している広域的な地殻物理構造およ びマグマの進化過程の解明を行う。また、火道掘削と坑内計測に関する技術要素研究を行う。以上の研究により、火山学の飛躍的な進展に貢献することを目指 す。
なお、本研究課題は、科学掘削の国際組織であるICDPの計画の一環としても位置付けられており、国際的に研究を実施する。
(1) 総評
    本研究の第1期 においては、2本の山体掘削の成功とその解析を通じて、背弧における地溝帯に発達した特異な火山体である雲仙火山の発達史を詳細な編年とともに明らかにし た点で充分評価できる。同時にこのことは、火山体の掘削が、火山発達史の解析に如何に有用であるかを証明し、これまでの足とハンマーによる地質調査だけで は不十分であることを示している点で、非常に意義深い研究であると言える。
    第1期 の研究は順調に進捗しており、当初の目標を充分に達成している。また、目標設定は概ね適切であり、最終目標の変更は必要ない。研究成果は、科学的価値・波 及効果・情報発信のどの観点からも充分である。研究グループ間の整合性も十分考慮され、また研究者間の連携も適切におこなわれており、代表者の指導性が十 分に発揮されたことがうかがわれる。
    第2期 研究において特に重要な課題となる火道掘削についての検討は、科学的側面と技術的側面から、詳細に行われている。これまでの科学掘削では経験していない高 い温度での掘削であり世界的にも大変挑戦的なプランであるので、安全性の確保には事前の十分な検討が必要である。従って、火道掘削を遂行し、その成果にも とづいた研究を成功させるためには、充分な時間的な余裕が不可欠である。
    以上のように、本研究は非常に優れた研究であるとみなされる。特に、、挑戦的なテーマを掲げている第2期の研究は通常の2ヶ年ではなく、、3ヶ年の十分な期間をかけて行うべきである。
(2) 評価結果
  <進捗状況について>
     2本の山体掘削を当初の計画通りに達成し、回収コア試料の詳細な解析から雲仙火山の成長史を解明するなど、大きな成果が得られている。データの定量的解 釈について一部途上であったり、当初の目標が高すぎて十分な成果が得られなかった分野も見られるものの、全体としては第1期に掲げた研究目標を充分達成している。
    三次元有限要素法による応力解析を含めた火道形成過程の研究が当初の目標どおりに完成していれば第2期 の火道掘削でその検証が行えるという、地球科学としては画期的なテーマになるはずであったが、複雑な境界条件に見合うだけの観測データがえられていないと いう火山観測の現状からすれば目標の設定が高すぎたと言わざるをえない。そのため、この分野では予定の成果はあがっていない。しかし、火道内での脱ガス過 程や固結機構などについては十分な成果が得られており、単に科学的成果のレベルにとどまらず、火道掘削に際しての突出ガスの可能性など第2期 計画での火道掘削での技術的問題に関わる点まで検討されている点は評価できる。また、火道掘削に向けて、当初予定の計画になかったパイロット孔を掘削する など、技術的側面からの検討も十分に行われている。火道掘削において火道を確実に貫くための工夫等に今後の一層の検討が必要な部分はあるものの、全体とし ては順調に進捗している。
  <目標設定について>
    第1期の目標である、山体掘削と雲仙火山生成史の解明、噴火機構の解明、火道掘削・計測技術の開発及び最適化は、第2期に行われる火道掘削と雲仙火山の総合モデルの構築を行う上で、基礎的かつ重要な目標である。第1期の進捗状況から判断すると、第2期に繋がる重要な成果を得ることが出来たという意味で、当初の目標設定は適切であったと考える。
    第2期に行う火道掘削という目標のための準備は、第1期研究において充分に達成されたと考えられることから、研究の最終目的の変更は不要である。なお、第2期研究は十分な時間的余裕を持って遂行すべき内容であるので、当初計画どおり3年間の研究期間を設定する必要がある。
  <研究成果について>
     本研究は、噴火終了から間もない火山を対象に噴火時の諸観測から得られたマグマ供給系に関するモデルの検証手段として純粋な科学目的で掘削を行うという 点で革新的なプロジェクトであるが、非噴火時に一つの火山を対象に総合的な研究を実施しようとする日本で初めての研究プロジェクトでもあり、世界的にも科 学的価値が高い。火山の基本的理解を高め、将来の火山防災、噴火予知研究に大きく貢献すると期待されることから、極めて高い科学的価値を持つ。
     火道掘削を成功させることによって、日本における科学掘削の重要性をアピールするとともに、新しい事業分野としても今後の展開を期待されている研究であ る。また、本研究の多数の参加者が、本研究で得られた知見を駆使して2000年の有珠火山及び三宅島の噴火において、噴火予測および火山モデルの提唱に貢 献するとともに、世界中の同種の噴火履歴を持つ火山の研究に対して知見を提供しつつある。以上のことから、今後の火山研究をはじめとした多くの分野への波 及効果が大いに期待できる。
    多数の学会講演、 普及講演、普及論文、地元でのワークショップさらには掘削現場の市民への2回の一般公開、多数の新聞およびテレビ報道、ホームページの公開を通じて、本プ ロジェクトの重要性を地球科学の専門家ばかりでなく、市民に対して情報発信している。また国際陸上科学掘削(ICDP)という国際研究組織を通じて研究経 緯を世界に発信し、本研究の高い科学的意義をアピールしている。以上のことから、情報発信は充分に行われているといえる。ただし、国際共同研究をうたいな がら、第1期には外国研究者による顕著な成果がない点にやや不満は残る。計画の構成からするならば、第1期のテーマは雲仙火山という固有の火山の発達史の解明に主要な力点があったためにやむを得ないことであろうが、これから着手される第2期の火道掘削は、より普遍的なテーマが中心となるので、国際共同研究にふさわしい成果を期待したい。
  <研究体制について>
     研究代表者は、文部科学省担当者や各サブテーマ責任者と充分に連絡を取りつつ、プロジェクト全体の連携をはかり、より総合的で優れた研究成果が出るよう にまとめる努力を行っている。全ての分科会、委員会等に出席し、プロジェクト全体の進行状況を常に把握し、円滑な研究推進に努力してきた。また、地元自治 体および関連の政府機関などへの交渉などにも、率先して取り組んでおり、掘削工事という地域社会に対しても少なからぬ影響を及ぼす事業の円滑な推進に努力 している。以上の観点から、研究代表者の指導性は充分に発揮されていると考えられる。
     また科学掘削というプロジェクト全体を代表する事業は研究分担や所属機関、産学官を超えた協力によって実施されており、緊密な連携が保たれている。また 合同分科会、幹事会、評議員会、勉強会、国際ワークショップを通じ、各分担項目の研究進捗状況を相互批判しながら理解を深めるという運営方法は、連携を図 りつつ、整合性を保つという努力を行っているという点で評価に値する。
(3) 2期にあたっての考え方
  1期研究においては、山体掘削を中心とした地質学的研究をはじめ、地震学・電磁気学・岩石学その他のアプローチからも数多くの観測結果や解析が行われた。第2期研究においては、第1期の研究で得られた結果を元に提唱されたモデルを火道掘削により実証するという、より困難な目標に挑むことになる。このことについては、このプロジェクトの開始時に行われた計画策定WGで、第2期研究については、火道掘削に要する工期やその後の研究に要する時間を考慮すると、それらを2年間で行うことは困難であり、第1期研究と同様3年間で計画を策定すべきこと、また第1期の山体掘削に比べ、第2期に行う火道掘削がより多額な経費を要することについて充分に配慮すべきことが、既に指摘されている。今回WGで評価を行うにあたっては、本研究の第2期を(通常の科学技術振興調整費総合研究においては通常2年間であるところ)3年の期間をかけて行うべきかどうかが慎重に検討された。
    火道掘削に際しては、火道の位置推定や安全性への配慮、及び様々な可能性を考慮した掘削計画の策定について、今後より詳細に検討すべき余地が残るものの、第1期の研究結果から、総じて科学的にも技術的にも充分な検討がなされていると判断された。
     火道掘削は、安全に火道を貫通する掘削を行なうことが技術的にも困難を伴い、また掘削の進行に応じてさまざまな対応を講じる必要が生じる。したがって、 確実な掘削とそれによる充分な成果を得るためには、目標認識が容易なこの時期に十分な時間をかけ、さまざまなオプションの検討をおこなう必要がある。その ためには、試行錯誤を繰り返せる余裕を持ったプロジェクトとして進めるべきであると考える。
    火道掘削という、世界でも例を見ない挑戦的なプロジェクトを日本がリードして行うことは非常に意義深いものがある。そのため、充分な期間と支援により火道掘削を成功裏に終わらせるためにも、また充分な検討を行いより大きな成果を得ることを期待する意味でも、本研究の第2期は是非3年間の計画として実施するべきであると結論づける。

「雲仙火山:科学掘削による噴火機構とマグマ活動解析のための国際共同研究」研究体型移行図
    第2期研究では、各個別課題を、対象とする分野別に6つの中項目に分類し、それらを大きく分けて2つのサブテーマに分けた。
     第1サブテーマの「雲仙火山の火道の実体解明の研究」では、この研究のメインとなる雲仙火道掘削の遂行に必要な技術開発と検層、そしてその結果から得ら れるマグマの上昇様式と噴火機構の解明を重点に置く。第2サブテーマの「雲仙火山および島原半島の火山発達史および3次元構造モデル化の研究」では、第1 期で得られた成果や、第2期に行う火道掘削とその検層結果などから得られる情報を元に、地質・地震・電磁気・火山性流体の各分野から、雲仙火山を含む島原 半島全体の3次元モデルの確立を目指す。

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深部すべり過程のモデル化に関する総合研究

(研究期間:第1期平成11年~13年度)
研究代表者 伊藤久男(独立行政法人産業技術総合研究所)
研究課題の概要
陸 域の大地震は、その震源がプレート境界地震に比べて人々の生活空間に近いことが多く、一般にその規模の割に被害が大きいため、その発生予測は地震による被 害軽減のため重要である。一方、現在陸域における大地震の発生予測については、活断層の活動履歴の調査結果に基づく統計的な長期予測手法が行政的に利用さ れている。この方法は発生時期の見積りに数百年程度の幅がある。このため、発生時期をより高い精度で見積もる手法の開発という観点から、現在のところほと んどわかっていない陸域に地震が発生にいたる仕組みの解明が必要である。
と ころで、陸域の地震の特徴は、千年単位の再現期間を持ちプレート境界に発生する地震が百年単位であるのに比べ長いという点、及びほとんどのものが深さ 15km以浅で発生しているという点である。また、最近では日本全国におけるGPS観測網が展開され各地の変位データが蓄積されてきており、ある特定の領 域にひずみの集中、局所化が見られるということがわかってきたという事情がある。
以上の背景・考え方を踏まえ、陸域に地震が発生するに至る仕組みを解明することとし、そのために陸域の断層深部のすべり過程のモデル化が重要との結論に達し、本研究が行われた。
(1) 総評(2期移行)
    本研究は、陸域の大地震の決定論的な発生予測に道を開くため、現在のところまだよくわかっていないその発生過程を物理・化学・物質科学的に解明することを通じてモデル化することを目指し、1下部地殻内の断層のモデル化に関する研究、2断層深部の動的構造モデルに関する研究、3総合的検討の3つのサブテーマにおいて研究が推進された。
    本総合研究は、多くの分野の研究者が参加した研究で連携が緊密にとられており、研究内容が発散することなく着実に進められている。
    第1期 においては、断層の下部地殻への延長部のすべりを実測するには至っておらず、物性実験が遅れている。しかし、「断層深部のすべりモデル」、「断層帯の変形 機構モデル」などのモデル化が順調に進められており、目標・目的の設定や研究体制の観点からも適切であると判断され、非常に優れた研究であると言える。
    GPSによる観測では観測期間がまだ短く確定的なことが言えない状況である。今後の観測によりデータを蓄積して、当モデル以外ではデータが説明できないことを実証することが望まれる。
    研究成果の情報発信については、本総合研究に関連した国際シンポジウムの開催を通して国内外の研究者との交流を深めるなど、積極的に行われてきたと考えられる。
    研究体制についても、代表者の指導性は充分に発揮され、連携も一体的であったと考えられる。
    以上のことから、今後も研究を継続すべきであると評価される。
(2) 評価結果
1 下部地殻内の断層のモデル化に関する研究
     稠密なGPS観測アレイを設置しての連続観測、地球電磁気学的な手法による地磁気地電流法による観測などにより、下部地殻の定常的なすべりにより断層帯 での応力蓄積が発生すること、下部地殻の上部で変形が局所化していること、その原因が断層帯における水の局在化や岩石の粒径の小さいことが推定されるな ど、順調に成果が得られている。但し、GPS観測では観測データのさらなる蓄積により、断層深部の準静的なすべりがあるというモデルの検証が期待される。
2 断層深部の動的構造モデルに関する研究
     制御震源を用いた構造探査により、活断層の下部地殻への延長部を見出した。今後、解析結果をもとに他の分野の研究成果との統合による地震発生へのモデル 化が期待される。また、時間分解能の高い観測システムが開発され、これにより断層破砕帯(数十m程度のスケール)の存在の有無の解析が可能とされた。この 観測の今後の成果が期待される。
3 総合的検討
     本総合研究の仮説を検証するための検討が進められており、既存の大地震発生直前の地殻変動データの解析から、断層の下部地殻への延長部のすべりが大地震 前に加速する可能性が高いことを見出した。今後、上で得られる各種モデルを統合化していくことが必要である。これにより、応力蓄積過程、下部地殻の変形過 程、深部すべりの加速などの観点からの信頼できるモデルの構築が期待される。
(3) 2期にあたっての考え方
     構造地質学者、地球物理学者、岩盤力学研究者、測地学者など、多くの分野が集まって進められている研究であるが、研究内容を統合しつつ目的に向かって進 められている。今後、各モデルの統合化を進める観点で、研究グループ間の連携をさらに強化する必要がある。また、同様に観測の継続も必要である。
  さらに、構造地質学・地震物理学など、外国との研究協力を強めることが望まれる。
    以上のように第1期では「フィールド観測」、「物質学的手法による解析」、「室内実験による物性の解明」、「シミュレーション」など幅広く行われたが、今後は第1期の成果を統合してモデル化することが求められており、また可能であると思われるので、第2期においては各テーマの連携を図りながら研究を推進していくべきである。
第1期 第2期

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構造物の破壊過程解明に基づく生活基盤の地震防災性向上に関する研究

(研究期間:第1期平成11年~13年度)
研究代表者 濱田政則(早稲田大学理工学部教授)
研究課題の概要
構 造物の大規模破壊実験に必要な実験技術、既存構造物の耐震性調査法などの基礎的な技術開発を行うとともに、地盤・基礎系を含めた構造物全体系としての塑性 領域での挙動と破壊過程の解明を行い、構造物の合理的な耐震設計法と既存構造物の最適補強法の確立のために必要な知見と情報を提供し、社会の生活基盤の総 合的な地震防災性の向上に資することとしている。
(1) 総評(2期移行)
  本研究は、構造物の大規模破壊実験のための破壊過程を考慮した実験技術・評価手法の高度化と破壊現象解明に向けた技術的知見の集積を目指し、1耐震性評価のための支援技術の開発、2構造物の破壊過程に関する研究、3基礎・地盤系の塑性領域での挙動と破壊過程に関する研究の3つのサブグループにおいて研究が推進された。
  1期 においては、既存構造物の耐震性評価技術の開発、試験体の動特性等を考慮した振動台加振制御技術の開発、構造物要素の破壊過程解明、新しい橋脚構造様式の 開発、大型模型地盤の振動実験技術の開発、液状化地盤の動特性解明など科学的価値も高く、実用性ならびに実大三次元震動破壊実験施設運用の観点からも高い 研究成果が出ている。このため、研究の進捗度合いに若干の差が見受けられるものの、研究は順調に推移しており、目標・目的の設定や研究体制の観点からも適 切であると判断され、非常に優れた研究であると言える。
  従って、今後も研究を継続すべきであると評価される。
(2) 評価結果
1 耐震性評価のための支援技術の開発
  既存コンクリート構造物の健全度や劣化度等を調査する技術の開発、試験体の動特性が振動台に与える影響を考慮した振動台の加振制御手法の考案など、要素技術の開発においておおむね順調に進捗している。第2期では、これらの成果を基に実構造物への適用、実大三次元震動破壊実験施設での実験を想定した技術への発展に向けた研究を進めるべきである。
  なお、既存構造物の耐震診断・耐震改修に関しては、信頼性を確保しつつ簡便で廉価な方法の開発に対する社会的要請も考慮しながら研究を推進すべきである。一方、研究期間を考慮した場合、人体被災に関する研究については目標をさらに限定して設定することも検討されて良い。
2 構造物の破壊過程に関する研究
  鋼製建物、コンクリート建物における柱、はりとそれらの接合部等の破壊過程解明、高耐震性能を有する新しい橋脚構造様式の開発など、実用面からも重要な研究成果が出ている。第2期では、第1期の成果を構造物全体系における破壊過程解明に向けて統合的に発展させるとともに、実用化を見据えた開発技術の高度化を目標に研究を進めるべきである。
3 基礎・地盤系の塑性領域での挙動と破壊過程に関する研究
  大型地盤模型の作成法や測定方法の開発、液状化地盤の側方流動特性の解明、流動化を考慮した杭基礎の破壊過程の解明など、基礎・地盤領域において創造的な研究成果が出ている。第2期では、他の研究成果との有機的な連携のもと、構造物全体系における破壊過程解明と実大三次元震動破壊実験施設での実験を想定した技術への発展を念頭においた研究を推進すべきである。
(3) 2期にあたっての考え方
  生 活基盤の地震防災性を向上させるためには、現在建設中の実大三次元震動破壊実験施設を始めとした様々な研究手法を活用して構造物の塑性領域での挙動と破壊 過程を解明し、合理的な耐震設計法や補強法を確立するとともに、新構造様式や新材料の開発・活用を図ることが重要である。それに対し本研究は第1期において3つのサブテーマで研究を行いつつ、総合的検討により各テーマの連携や研究成果の統合化を図るなど、効率的な取組みがなされてきた。
  2期においては、より効果的な研究体制のもと、今まで得られた個別課題の各成果を統合的に発展させるため、1実大三次元震動破壊実験施設を想定した実験手法の具体化、2構造物全体系の破壊過程解明と耐震性向上技術の開発の2つのサブテーマに再編成し、引き続き総合的検討による各テーマの連携や研究成果の統合化を図りながら研究を推進していくべきである。
第1期 第2期

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物質・材料の自己組織化機構の解析と制御に関する研究

(研究期間:第1期平成8年~10年度第2期平成11年~12年度)
研究代表者 一村信吾(独立行政法人産業技術総合研究所)
研究課題の概要
物 質・材料の微細構造を加工する技術は新しい機能材料・実用デバイスを開発する基本技術として極めて重要であるが、従来型微細加工の延長線上の技術では微細 化の限界が見え始めている。本研究では、その根本的な解決策として物質・材料が原子分子のオーダーからマクロ領域にかけてその材料に固有な形態・構造を自 発的に形成する自己組織化現象を利用した新加工技術・構造制御技術の開発を行った。
(1) 総評(非常に優れた研究)
     新現象の解析と制御に向けてほとんどの研究項目において有用な知見が示されており、総合的にみて目標は十分達成されたと評価できる。初期の予見以上の成 果や従来困難とされた事象のブレークスルーがみられるなど、個々の研究成果の科学的価値も高い。また、招待講演に招かれるなど専門家からも高く評価されて いる。次世代の産業を創設する可能性が高いにもかかわらず解析が困難な新材料を研究テーマに選択し、約半数以上の個別テーマで理論的裏付けや装置の試作を 行っており、具体的な波及効果も期待される。今後の展開および方向性についても引き続き検討を行うことが望まれる。情報発信(論文発表、講演、特許等)に ついては個別テーマごとに差があるものの、全体としての研究成果は内容および量とも十分である。また、目標設定や研究体制、中間評価の反映状況も概ね適切 であったと判断される。従って、総合的に非常に優れた研究であったと評価される。
(2) 評価結果
1 自己組織化を用いた局所構造制御技術に関する研究
    C60分 子からなるナノワイヤーの作製と電気特性評価、テラス構造を利用してリボン幅を制御したカーボンナノリボンの創製とコヒーレント電子放出の観測、多孔質ア ルミナに金属微粒子を自己組織的に固定化した分子認識触媒の作製など、今後の新規産業への応用も可能と期待される局所構造制御に関する基盤技術が開発され た。他の個別テーマにおいても科学的価値の高い研究成果が多数得られているが、新しい学問的体系としての構築がさらに望まれる。
2 全体配列制御を用いた先進プロセスに関する研究
     自己形成量子ドットの全体配列化、基板に全体配列したDNAネットワークの作製と制御、などの研究成果が得られた。他のサブテーマについてもいえること であるが、幅広い研究でやや焦点がしぼりきれていない面はあるものの、個々の研究成果の多くは科学的価値が高く主要な国際雑誌に多数の論文発表が行われて いる。
3 自己組織化計測・制御技術の応用に関する研究
    化合物半導体表面の仕事関数測定法の確立や収束イオンビームを用いた量子箱の作製などの優れた成果が得られた。本研究課題全体として応用面での結果が少ないため、新技術の汎用化を含めた応用的展開のさらなる充実が今後望まれる。

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「臓器・組織再生システムのための基盤技術の開発」

(研究期間:第1期平成7~9年度、第2期平成10~平成12年度)
研究代表者 近藤寿人(大阪大学細胞生体工学センター)
研究課題の概要
個体の発生において、各臓器・組織は、各種幹細胞の秩序だった増殖・分化、また厳密に制御された細胞間相互作用を介した形態形成によって構築される。これら幹細胞は同時に、我々ヒトをはじめとする動物が潜在的にもつ再生能力のみなもとでもある。
本研究では、臓器・組織の再構築技術の実現に必須である、幹細胞の分化制御技術と組織間相互作用の制御技術を中心とした研究を行う。これらを二極とした諸研究を統合して、臓器・組織を再生・構築するための基盤技術をうちたてることを目的とする。
(1) 総評
  本 研究は、発生過程の幹細胞・形態形成機構に焦点を当てて、基盤技術としての基礎研究を実施した。細胞のレベルと組織・臓器のレベルにおける解析をそれぞれ サブテーマとして連携のとれた適切な研究体制が組まれ、基礎研究ではあるが、目標の設定度は高く挑戦的な研究戦略で実行された。中間評価を踏まえて、テー マの絞り込みと発展課題の強化を行い、短期間のうちにめざましい成果を上げたと評価できる。その研究成果は、発生生物学的に価値が高く、この分野の発展に 貢献したところが大きい。また、近年、再生医学の分野に対する期待が大いに寄せられているが、国内において、この分野の中心的な研究グループとして活動し てきた研究者が、本研究プロジェクトから輩出している。この点を鑑みて、本研究プロジェクトの成果は、基礎研究にとどまらず、社会還元として価値ある応用 研究への発展の礎を築きあげる波及効果があったと評価できる。総じて、非常に優れた研究であったと判断できる。
(2) 評価結果
1 幹細胞の分化制御による組織再生技術の研究
    サブテーマ-1では、幹細胞の成立の機構を解析するとともに、幹細胞の分化が制御される機構を明らかにしていく視点から系統的に研究が組まれ、幹細胞の基本的な性質について、これまでの通念を覆す革新的な研究成果をもたらした。
     発生生物学的に受精卵は体を構成しているすべての細胞の幹細胞である。近年、核移植により体細胞の核が初期化されて発生を行う結果、クローン動物が生ま れることが、哺乳類でも示された。ウシのクローン動物については、本研究プロジェクトの分担研究者による実績である。体細胞核の初期化、つまり全能性の幹 細胞の核として成立する条件を検討して、未受精卵の中にその要因を突き止めた。初期化の因子は、活性化後、6時間以内に消失することが明らかにされた。今 後、具体的な因子の同定まで進展することが期待される。
    受精 卵から派生して来る細胞の中で、生殖細胞は、唯一全能性を維持し続ける細胞である。サブテーマ-1の中では、生殖細胞のもととなる始原生殖細胞を培養する ことが可能となり、減数分裂初期反応を示すことが明らかにされた。この技術的開発は、今後の生殖細胞分化の研究に新しい道を拓いたといえる。
     体細胞の幹細胞については、初期胚から全能性の幹細胞であるES細胞を樹立し、このES細胞から体細胞の幹細胞をつくる試みが系統的に行われた。ES細 胞から神経幹細胞を樹立し、この神経幹細胞から間葉系幹細胞を形成し、さらにこの間葉系幹細胞を軟骨または脂肪細胞にinvitroで分化させることに成 功した。この成果の意義は高く、これまで個体の中で観察されていた結果を培養条件下で、幹細胞間の状態遷移を支配することを可能にしたといえる。再生医学 への応用の視点からも評価できる成果である。このような細胞分化状態の遷移現象の仕組みについて、転写制御機構を視点に解析した結果では、細胞系譜や発生 過程における胚葉の帰属に依存するよりも、転写制御系の類縁関係が重要であることを明らかにしている。そして、転写因子を指標にして成体中の幹細胞を検討 した結果では、脳の中にも幹細胞の性質をもった細胞が存在するが、その細胞が神経への分化を妨げる機構があることも明らかにしている。
     培養実験系を中心に解析されたサブテーマ-1における研究成果は、これまで発生生物学的な観察結果に基づく概念を変えている。成体の中にある幹細胞の性 質が、培養条件下という一定条件において安定化して、幹細胞自身がもつ性質が浮き彫りにされて来たと考えられ、これらの成果が産み出した意義は幹細胞生物 学として新たな分野を開拓した点で評価できる。
    さらに、サブ テーマ-1では、サブテーマ-2における組織・臓器レベルへの構築のモデルとしてプラナリアの再生系を用いた解析結果を示した。プラナリアでは全能性の幹 細胞が組織構築を行うが、その時、幹細胞でない細胞が分泌性タンパク質の活性の勾配を形成して組織構築の極性を産み出し、それに呼応して幹細胞が対応する ことを示した。この原則は、イモリの脚の再生でも確認され、この分泌性のタンパク質は、サブテーマ-2において研究されたものと同一であった。これらの成 果は、幹細胞の細胞レベルから組織・臓器レベルの再生に概念を展開する結果となり、サブテーマ-1が系統的に構築されて課題の解決にあたった成果であると 評価される。
2   組織間相互作用の制御による臓器・組織構築技術の研究
     サブテーマ-2では、幹細胞の多彩な分化によって形成される分化細胞集団が臓器構築に至るまでの過程を、細胞・組織間のシグナル機構とモデル臓器の構築 機構に分けて研究された。生体内の他種類の臓器について個別的な課題を設定したため、個別テーマ間の連携の成果が直接的に顕れた点は少ないが、組織間のシ グナル分子が各細胞の中での転写制御を変化させる機構については、概念的に充実した成果が得られ、科学的に価値の高い評価ができる。具体的に再生医療を展 望した発生・再生研究の基礎となる研究を含み、適切な目標設定のもとに展開されたと言える。
     具体的には、組織の極性の決定機構について、肢芽、網膜、心臓、小脳の器官形成において原理的な機構が明らかにされた。神経系の構築においては、細胞間 相互作用の制御において、リガンドと受容体の不活化機構が明らかにされた。細胞外マトリックスによる組織間相互作用の制御機構においては、エピモルフィン 分子と転写因子、またマトリックスメタロプロテアーゼの分泌の発現誘導調節の仕組みが明らかになり、高次形態形成を制御できる可能性が示された。TGF- betaファミリーと受容体による組織構築の関係においては、細胞増殖因子のシグナル伝達系に関わる結果が得られ、また生物種や組織間でのシグナル伝達系 ユニットの普遍性を明らかにすることが出来た。これらの基礎的成果は、細胞間相互作用の人工的制御を考えていく上で、極めて基本的な概念づくりに寄与した と言える。上皮-間葉相互作用における組織構築においては、FGFファミリーがシグナル分子として働き上皮幹細胞の増殖を調節している可能性が明らかにさ れた。
    組織系形成のモデルとしては、胚発生における組織化の 最初である原腸陥入を始めとして、脳の領域化、消化管の組織領域化、肢芽の器官構築を解析した。組織の部域化の機構は、パターン形成の顕著な例であり、再 生過程においても重要であるといえる。ここにおいても、シグナル分子と転写制御機構の間の制御の循環が見いだされ、部域化の進行過程が明らかにされた。さ らにHox転写制御因子が制御する遺伝子が明らかにされた。これらの分子的な基盤は、再生の仕組みを理解して、再生医療への道を展開する上でも、価値の高 い成果であるといえる。
    関節軟骨の再生制御機構研究は、成体関節の再生修復をモデルとしており、発生生物学に基礎を置く研究が、今後の再生医療に直接的に貢献しうる具体例を示したと言える。

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広域高速ネットワークを利用した生活工学アプリケーションの調査研究

(研究期間:第1期平成8年~10年度第2期平成11年~12年度)
研究代表者 小林慎一(株式会社三菱総合研究所)
研究課題の概要
情報通信技術を基盤とした高度な情報社会の中で、情報化の進展に取り残されることなく、すべての人々がその恩恵を十分に受けられることが可能となるような高度情報通信社会を構築すべく、第1期で得られた要素技術を高度に統合・応用したアプリケーションの研究と、広域高速ネットワーク上でそれらのアプリケーションの高度化を図る研究を実施する。
(1) 総評(非常に優れた研究)
本研究では、中間評価時の答申に伴い、第2期 ではアプリケーションの開発とその高度利用に研究を特化させることを図ったため、要素技術そのものの研究開発はあまり認められなかった。また、公開システ ムの臨床的検証は行われたものの、工学的検証はあまり行うことが出来なかった。そのため、科学的価値は低いとの評価を受けたが、研究開発を行った遠隔コン サルテーション・システム「ほっとママ」は非常に好評であり、今後の日本社会で想定される高齢化や遠隔教育などに関する問題解決に向けた技術応用の可能性 など、その波及効果は非常に高いと考えられる。
よって、本研究は今回 の研究枠だけにおける単なるケーススタディのみで終えてしまっては不十分であり、本研究で得られた成果や課題を次期研究へと繋げていくことにこそ意義があ る。しかし、現時点で本研究の成果を継続させる体制がない点は非常に残念であり、新たな研究支援策を検討し、研究成果を今後に継続させる体制作りが早急に 必要である。
(2) 評価結果
1 遠隔コンサルテーションシステムに関する調査研究
     不登校児・障害児等のカウンセリング・データベースシステムに関するコンテンツ提示方法を検討し、実験環境基盤として仙台市内に遠隔カウンセリングを実 現するシステムを構築した。また同時にマルチメディア・データを高速回線およびインターネットに向けて公開する仕組みを整備し、一年間の実証実験を行なっ た。実証実験においては、オンラインカウンセリングの実施とデータベース公開を通じて得たユーザからのコメントをフィードバックし、コンテンツおよびシス テムの改良と評価を行なった。
    さらに、医療分野における遠隔 コンサルテーションの実施を想定して必要な機能について検討し、医用画像を含めた患者サマリー情報とともに、インターラクティブに回転可能な3D臓器モデ ルをネットワーク上で連携して、2者間で同じ情報を共有することができる「病状説明システム」を構築した。
     この不登校児・障害児等カウンセリング・データベースシステムは専用回線で提供するとともにインターネットに向けても公開した。システムの公開運用を行 なった2000年4月から11月までの延べ利用者は約270000に達し、本記録はシステムが確実に利用されてきたことを示している。なお、実験終了後の 現在も継続的にアクセスされつづけている。
    本テーマについては、システム公開実験は好評を得ており、高い評価が認められる。
2 遠隔コンサルテーションのためのネットワークシステムの管理、セキュリティー及びインタフェースに関する調査研究
     ネットワークカウンセリングシステム「ほっとママ」のQ&Aを対象としたユーザ支援用のインターフェースを設計・実装した。また、地理的に広域にわたる LANの基本管理方式として、ネットワークカウンセリングシステム「ほっとママ」を用いた分散型管理システムの実証実験を行った。さらに、「ほっとママ」 を事業運営することを想定し、その際必要となるセキュリティポリシー・プライバシーポリシーの作成を行い、このプライバシーポリシーは「ほっとママ」にお いて実地での運用実験を行った。
    本テーマについては、将来的な社会インフラへの波及効果の高い成果が得られており、今後の研究の進展が期待される。
3   システムの有用性及び提示技術に関する調査研究
    オンライン・アンケートを収集するシステムを開発し、「ほっとママ」に関するオンラインあるいはCD配布先へのアンケート調査を実施し、利用者にコンテンツの有用性とシステム操作の快適性の評価を求め、結果を収集・分析して、システムの長所と短所を把握した。
    本テーマについては、システム運用面への調査結果のフィードバックを行うことは出来たが、利用者のプライバシー面等に関する詳細な調査を行うことが出来なかった点は残念であった。

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極限環境下におけるマイクロトライボロジーに関する基盤的研究

(研究期間:第1期平成8年~10年度第2期平成11年~12年度)
研究代表者 鈴木峰男(航空宇宙技術研究所)
研究課題の概要
宇 宙空間や極高真空下のような極限環境下で動作させる機器においては、トライボロジー(総合潤滑技術、摩擦学)にかかわる諸問題が顕著に現れてくる。本課題 では、極限環境下の機器に顕著に現れる多くの現象が、表面科学に立脚するマイクロトライボロジーを必要としていることに着目し、マイクロトライボロジーの 基礎研究を加速推進するとともに、これからの社会に大きなインパクトを与える極限環境下で動作する機器の開発に対する技術指針を確立することを目的とす る。
(1) 総評(非常に優れた研究)
     極限環境条件におけるマイクロトライボロジーは、これからの人と社会を支えて小型化する機器の共通基盤技術である。しかしマイクロトライボロジーは、世 界的にも科学技術としての体系化が確立されていない境界領域分野の学術である。本基盤的研究ではその体系化の試みとして、物理場-化学場-生物場のマイク ロトライボロジー相互作用と制御というコンセプトの下で体系的研究がおこなわれた。その結果、1件のNature誌掲載論文および4件の学会賞受賞論文を 含めた成果として、45件の独創型原著論文が世界に発信され、その先端技術と体系化に大きく貢献した。
    これらの独創型研究成果を生み出したマイクロトライボロジーに関わる先端的試験手法の先行標準化および研究成果のデータベース(知的基盤)化を目指すことで、産業とその技術基盤の確立に貢献する研究においても17件の原著論文による成果が世界に発信された。
    さらに、本基盤的研究の成果を実際に応用する研究においても、これからの社会に大きなインパクトを与える宇宙機器、半導体製造機器、高密度情報記憶機器などにおけるマイクロトライボロジー技術の進歩に大きく貢献すると同時に11件の原著論文が世界に発信された。
    以上のことから、本研究の目標・目的およびその達成状況は適切であったと判断される。
(2) 評価結果
1 先行標準・知的基盤の確立に関する研究
  (1)標準的マイクロトライボテスターの開発、(2)低軌道宇宙環境の曝露試験法に関する研究、(3)マイクロ荷重下の凝着試験評価法に関する研究、(4)計算機実験による極低摩耗形態探索・分類手法の開発に関する研究が実施されている。
   標準的マイクロトライボテスターでは、走査プローブ顕微鏡を組み込み、高速摺動、超低荷重、高真空、温度、湿度、各種雰囲気ガスの条件の下で摩擦測定が できるテスタの原型が完成し、次世代の超高密度情報記憶装置のトライボ特性評価に関する先行標準として世界に提案された。低軌道宇宙環境の曝露試験法で は、世界唯一の原子状酸素曝露試験装置を完成させた。そして、国際宇宙ステーション日本担当区域で稼働する機器のトライボ材料設計に有用性を発揮した。マ イクロ荷重下の凝着試験評価法では、原子力間顕微鏡の新しい探針支持機構の開発に成功し、世界初にナノスケールでの凝着力が見かけの接触面積と突起曲率半 径に比例することを明らかにした。この成果は高密度磁気記憶装置における表面形状設計に応用された。計算機実験による極低摩耗形態探索・分類手法の開発で は、計算機シミュレーションにおいて原子スケールと連続体スケールを連続的に結合する手法の開発に成功し、摩耗マップによる解析を可能にした。そして異種 の原子を添加したトライボ材料の摩耗予測を行い、耐摩耗トライボ材料の設計提案を行った。
    以上のように、本サブテーマ(分科会1)では、所期の目標を達成し、その成果は17件の原著論文として世界に発信された。従って、目標・目的およびその達成状況は適切であったと判断される。
2 マイクロトライボロジー場と制御に関する研究
  (1)物理場のマイクロトライボロジー相互作用と制御に関する研究、(2)化学場のマイクロトライボロジー相互作用と制御に関する研究、(4)生体場のマイクロトライボロジー相互作用と制御に関する研究が実施されている。
     物理場のマイクロトライボロジー相互作用と制御では、帯電に対する摩擦力と耐摩耗性の相互作用および帯電と境界潤滑膜分子の挙動と制御と自己修復の相互 作用を解明した。また世界初の静電気力顕微鏡の開発によって、接触帯電および摩擦帯電を素電荷レベルでの計測に成功し、その特性と制御の手法を明らかにし た。この静電気力顕微鏡の開発では学会賞を受賞した。化学場のマイクロトライボロジー相互作用と制御では、マイクロ荷重における境界潤滑膜の動的化学挙動 をその場計測する手法の開発に成功し、ナノ薄膜の構造を制御した新しい薄膜材料を提案した。これら境界潤滑膜の動的化学挙動の研究では2件の学会賞を受賞 した。生体場のマイクロトライボロジー相互作用と制御では、バクテリア鞭毛の回転モータおよびモータ蛋白質の滑り運動の現象の計測法を開発しその特性と運 動メカニズムを解明する手法を明らかにした。
    以上のように、 本サブテーマ(分科会2)では、所期の目標をほぼ達成し、1件のNature誌掲載論文および4件の学会賞論文を含めて、その成果は45件の原著論文とし て世界に発信された。従って、目標・目的およびその達成状況は適切であったと判断される。ただし、生体場については、実用的な研究目的についての目標をさ らに明確化する必要がある。
3 マイクロトライボロジー技術の応用に関する研究
    (1)宇宙環境・真空高温下の長寿命潤滑被膜創成に関する研究、(2)宇宙環境・湿度環境下の長寿命表面創成に関する研究、(3)ゼロ摩耗・超ダストフリー表面創成に関する研究、(4)超クリーン環境創成に関する研究が実施されている。
     宇宙環境・真空高温下の長寿命潤滑被膜創成については、固体の移着膜潤滑が有効であり、二硫化モリデブン・スパッタ膜が長寿命であることを示した。この 方法は宇宙機器の大気圏再突入の高温状態および惑星探査機の潤滑問題への応用が可能である。宇宙環境・湿度環境下の長寿命表面創成については、二硫化モリ ブデンとカーボンの複合スパッタ膜が地上試験で耐湿性を示すことを明らかにした。そこで、宇宙機器の地上トライボ試験によっても、宇宙環境における信頼性 保証が可能であることを示した。ゼロ摩耗・超ダストフリー表面創成については、超硬質膜表層のフッ素処理およびイオン注入による改質がナノスケールのダス ト低減に有効であり、そのためのナノ周期積層膜による表面創成を提案した。超クリーン環境創成については、半導体製造におけるプラズマ・プロセスガスの解 離状態の計測などから、コンタミナントの発生を制御する方法と条件を提案した。
     以上のように、本サブテーマ(分科会3)では、所期の目標をほぼ達成し、その成果は11件の原著論文としても世界に発信された。これらの応用によって、 宇宙機器、半導体製造機器、高密度情報記憶機器などにおけるマイクロトライボロジー技術の進歩に貢献した。従って、目標・目的およびその達成状況は適切で あったと判断される。

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全地球ダイナミクス:中心核にいたる地球システムの変動原理の解明に関する国際共同研究

(研究期間:第1期平成8年~10年第2期平成11年~12年)
研究代表者 石田瑞穂(防災科学技術研究所)
研究課題の概要
本 研究は、コア・マントル境界から地球表層までを対象とし、上昇・下降する大規模な物質の流れ「スーパープルーム」の存在を確かめるとともに、その形態、組 成、温度、さらに物質循環の力学的メカニズムを総合的に明らかにし、地球中心核から地球表層までの全ダイナミクスを総合的に解明することを目的として実施 された。
2期 においては、地球内部ダイナミクスを理解する鍵となる上部マントル表層、マントル遷移層、コア・マントル境界の三つの境界層に特に焦点を当てた学際的研究 を行い、「スーパープルーム」仮説を検証する。その結果を総合して定量的な地球内部物質大循環の力学的及び化学的な時間発展モデルを造り、そのモデルから 予測される現在の地球内部の描像(化学・同位体組成や地震波速度構造)と実データとの比較を通じて、高次な全地球ダイナミクスモデルを構築する。
(1) 総評
     本課題はコアから生物圏までを対象にした壮大な研究課題であり、個性的な仮説の実証に向けて多くの研究者を結集した点がこれまでの日本の研究にないスタ イルとして注目される。新しい分析手法、スーパープルーム直上での地震観測など着実な成果に基づいて問題を解明しており、その意味で適切な投資がなされた といえよう。
    問題設定の壮大さからして、真の成果が得られる までにはさらに数年以上の解析的作業を要しよう。今後の解析の進展に期待したい。また、地球物理観測は長期継続的に行うことが必要であり、本計画で設置し た観測点を今後とも良質のデータが得られる状態で維持することを期待する。
     最終的な目標は、壮大にすぎて5カ年で達成するのは困難であったが、科学的価値、波及効果、情報発信いずれの観点からも研究成果は優れている。研究代表 者は指導性を発揮しており、適切な連携による研究体制であった。中間評価の意見も適切に反映されている。この結果、本研究課題は、マントル遷移層の厚さと スーパープルーム上昇下降運動との関係を明らかにするなど、、その実態をかなり具体的に明らかにしたといえる。そして、プルーム活動の「パルス的活動期」 「通常期」「誕生期」「オーバーターン期」の提唱により、「次なる課題」を明確に提出していることも評価される。
    本研究は総合的に見て非常に優れた研究であったと評価される。
(2) 評価結果
  [1]上部マントル表層のダイナミクスの解明と「スーパープルーム」の検証
     新設されたGPS連続局を加えたデータの蓄積によっても、太平洋プレートの内部変形は検出できず、プレート運動の標準モデルとの整合性が確認されるにと どまった。ただし、表層の地殻変動と重力・ジオイドによる地球深部構造との関係は、必ずしも新たな知見をもたらさなかったが、太平洋下の海底堆積物の酸素 炭素同位体比などからプルーム活動の低下に伴う気温水温の低下など、表層環境変動へのスーパープルーム活動の影響が検証された。
  [2]マントル遷移層構造の解明と「スーパープルーム」の検証
     本計画で新たに設置した地震観測網のデータを加えることによって、410kmおよび660kmの地震波速度不連続面の深さをインドネシアと南太平洋地域 で精度良く求め、マントル遷移層の厚さが有意に異なる結果を得たことは、スーパープルームおよびスーパーコールドプルームの実証に関して大きな成果といえ る。インドネシア地域ではマントル遷移層が厚く地震波高速度領域となっている。これは沈み込んだスラブが滞留し、それによるコールドプルームの形成を示唆 している。一方、南太平洋域では、スーパープルームの上昇域に対応してマントル遷移層が薄くなっていることを明らかにした。平均的なマントル遷移層の厚さ に比べて、西太平洋では20-40km、インドネシアでは20-30km厚く、南太平洋では20-40km薄いことが判明した。これは、それぞれ 200-300℃、150-200℃、の低温と南太平洋では逆に200-300℃高温であることを示唆し、大規模な物質循環の地震学的証拠となる重要な成 果である。
  [3]コア・マントル境界の構造・ダイナミクスの解明と「スーパープルーム」の検証
     地震学的にコア・マントル境界(CMB)の微細構造を求めるには、解析に有効な地震発生を待つ必要があるため、長期に継続的な観測が重要である。本研究 ではCMBについての地震学的な新たな発見はできなかったが、観測点の維持継続によって今後蓄積されるデータから新知見を得ることを期待したい。科学的業 績という意味での成果は顕著ではないが、公開されたデータベースは広く地球内部の詳細な構造の解明に貢献することは明白である。
     また、過去300万年の相対的な地球磁場強度変化の研究は、直接的にスーパープルームの検証には結びつかなかったものの、約10万年の準周期変動が地球 軌道の離心率変動や酸素同位対比による気候変動の周期と一致し中心核内流体運動との相関が高いことを示した点は評価できる。さらに、白亜紀の火山岩による 磁場強度の推定はこのスーパークロン中期の平均的磁場強度が現在の2倍弱であった可能性を示唆しており、スーパープルームの活性化に伴う中心核内での流体 運動の活発化の可能性という新たな課題を提出している点などは、注目すべき成果といえよう。
  [4]「スーパープルーム」と全マントル規模の物質大循環の解明
     大量の岩石資料の採取と新しい分析装置「2次イオンSIMS(同位体顕微鏡)」の導入により、これまで検出が困難であったスーパープルームの発生源につ いての証拠を得ようという意欲的な目標に対して、着実な進展があった。この研究期間内ではハワイと仏領ポリネシアという代表的な「スーパープルーム岩」内 に保存されている未分化マグマの鉛同位体比を決定しただけで、残りの多くの地域のスーパープルーム岩の分析による成果は今後の研究に残されている。高精度 微少領域分析の手法開発という観点からは十分成果があったと見なせる。
     その結果、スーパープルーム岩の大部分を占めるケイ酸塩部の鉛同位体比は不均質であることが判明した。また、沈み込み帯で脱水分解反応を経験した海洋地 殻物質、脱水分解した海洋性堆積物と大陸地殻下部物質の3種が区別でき、マントル深部で貯蔵されてスーパープルームの形成に関与していることが明らかと なった。
    一方、レーザー加熱Ar-Ar年代測定法の改良により、ホットスポット火山の火山活動の時間空間的分布のパターンが地域により異なることが分ったが、スーパープルームの上昇過程と直接的に結びつくものではなく、今後に課題を残したといえよう。
    これらのことから、海水起源の水を伴う海洋性地殻が、マントル下部で蓄積してスーパープルームの誕生に寄与したという仮説の信憑性が高くなった。このことは、目標をほぼ達成する満足のいく成果として高く評価できる。
  [5]数値シミュレーションによる「スーパープルーム」と地球内部物質循環の解明
  中間評価でも指摘されているように、とくに第2期 においては、他のサブテーマとの連携をより強めて、スーパープルームの発生条件やコールドプルームのマントルダイナミクスへの寄与などについての知見が深 まることが期待された。しかし、個々のサブテーマにおける研究成果はそれなりに進展があったと見なせるものの、本研究プロジェクト全体に対する関連が希薄 であるという印象を与えているのは残念である。
  ただし、マントル 遷移層の厚さとプルームの上昇・下降についてタイムスケールの制約を与えたことや対流セルの非線形的な相互作用などは、地震学や物質科学からのデータと組 み合わせて、何らかの実証的なマントルダイナミクスへの寄与が期待される。たとえば、本研究で提起された最近の8億年間でのスーパープルームの誕生とパル ス的活動と地球表層への影響やマントルにもたらされる水の役割などについて、物質科学からの「スペキュレーション」ではなく、シミュレーションのアプロー チからユニークな研究成果が大いに期待される。
  以上の各サブテー マの成果から、地球内部(マントル)の変動が、スーパープルームの「パルス的活動期」と「通常期」、スーパープルームの誕生期とマントルオーバーターン期 に分類され、地球表層環境の大変動期にはスーパープルームが深く関与してきたことなどが示唆され、今後の重要課題として提起された。
     さらに、スーパープルームの誕生にはマントル遷移層に溜められた海水成分が重要な役割を担い、7.5億年前のマグマ活動の活性化とそれに伴う炭酸ガスの 放出を促進して現在の地球表層環境をもたらしたことが示唆された。そして、今後取り組むべき課題として、マントルにもたらされる水の役割の重要性が指摘さ れた。

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南海トラフにおける海溝型巨大地震災害軽減のための地震発生機構のモデル化・観測システムの高度化に関する総合研究

(研究期間:第1期平成8年~10年度第2期平成11年~12年度)
研究代表者 平朝彦(東京大学海洋研究所教授)研究課題の概要
南海トラフにおける海溝型巨大地震発生の定量的な評価を目標に、震源域近傍での観測・調査技術の研究開発、地震発生機構のモデル化に関する研究を行い、その高度化を図るとともに総合的な検討を行った。
(1) 総評
    本研究は、南海トラフにおける海溝型地震災害軽減を目標とし、その基礎研究として南海トラフにおける海溝型巨大地震発生の定量的な評価を与えるため、第1期の評価を受ける形で1震源域近傍での観測・調査技術の研究開発2地震発生機構のモデル化に関する研究3総合的検討の3つを柱として研究が推進された。
     中間評価を受けた形での目標設定は適切であったと考えられる。本研究で得られた成果は現段階で地震災害軽減に直接結びつく形ではまとめられておらず、災 害軽減研究も取り込んで実施すべきであったと考えられるが、一方において、「海底測位のための機器開発」、「南海トラフの付加体及びその延長部についての 構造調査など西南日本の地質構造の解明」については世界レベルの成果を得ており、将来地震災害軽減に貢献する基礎研究として一定の成果が得られたと評価さ れ、応用研究については十分でないものの、総合的には概ね目標を達成したものと思われる。
  個々の研究成果としては、
  ○海底測位手法の確立
  ○プレート境界の3次元構造の解明
  ○南海トラフに発生する地震の発生機構の数値モデルの高度化
  ○既存データと研究の成果を融合することによる南海トラフの地震テクトニクスマップの作成
    などがあり、それぞれ科学的価値の高い研究成果が出ており、波及効果も十分に期待できるものである。研究成果の社会への情報発信については、学会発表にとどまったものも多かったが、一部の研究成果は一般公開も行われ、概ね積極的に発信されたと考えられる。
    研究体制については、代表者の指導性は十分に発揮され、連携も一体的・体系的であったと考えられる。
  中間評価の内容については、そこで示された課題が本研究のサブテーマとなり、おおむね反映されたものと考えられる。
    これらのことを総合的に評価して、本研究は災害軽減にすぐに結びつく研究とは言えないものの、南海トラフにおける巨大地震発生のメカニズムを構造地質学的に解明する上で非常に優れた研究であったと考えられ、将来の災害軽減に対する基礎研究として評価できる。
(2) 評価結果
1 震源域近傍での観測・調査技術の研究開発
     南海トラフで発生する大地震の震源域はすべて海域にあることから海底の活構造や地殻活動の解明が必要であり、地下10km以深で始まる大地震の破壊を捉 えるためには、地下深部での地殻活動をモニタリングする必要があることから、海底における地殻変動観測や地下深部での地殻活動モニタリングのための技術開 発を行い、その高度化を図るための研究が行われた。
    結果、海 底測位手法として、海底地形変形を5cm程度の分解能で測定できる世界最高水準の機器を開発した。また、応力・歪み測定の長期観測技術として、ヒンジライ ン近傍での地殻活動モニタリング技術を開発し、これを用いて応力の空間分布が推定された。歪み蓄積や応力変化についての研究は、時間的な変化を推定するた め今後継続した観測が必要であるが、一定の成果が得られたものと考えられる。深海曳航システムについては、音波の透過が良好な浅い場所については良好な結 果が得られる技術が開発されたものの、深海を観測した場合に、オフライン時における分解能の低下といった課題を残した。ただ、これら全体としては、地球科 学の基礎研究として高く評価される。
    今後は、特に海底測地の技術開発の成果をもとにさらに精度を向上させ、長期の観測を可能にする技術に発展させ、地殻活動のモニタリングなどによる地震発生過程についての解明を進める実用化技術に育てることが重要であると考えられる。
2 地震発生機構のモデル化に関する研究
    大きく地震テクトニクスの解明を目的とした海底活断層構造の3次元構造の把握、地質学的な手法を用いた地震活動履歴の解明、過去の地震資料による地震発生様式の解明と、南海トラフの地震発生機構の数値モデル化の研究が行われた。
     結果、災害軽減という部分では直接的に結びつく成果は得られたとは言えないが、3次元反射法音波探査については、世界で初めてと言える高分解能のデータ が南海トラフのプレート境界構造について得られるなど、地球科学の分野において大きな成果を得ることができたと考えられる。また、地震活動履歴の解明に関 する調査では、津波に起因すると思われる内陸湖沼性堆積物の層相や微化石の調査によって南海トラフ沿いの津波を伴う大地震の周期性について成果を出したと 考えられる。過去の地震発生様式については、昭和東南海地震・昭和南海地震について発生様式を明らかにし、それを元にした地震発生機構のモデル化について 概略的ではあったが成果を得ることができた。数値モデルについては、モデル自身の開発から始まり、地震後の余効すべりの空間的分布、地震発生サイクルのシ ミュレーション手法の開発が行われた。今後、さらに現実的なモデルに近づけることが必要であると考えられるが、高い成果が得られたと考えられる。
     今後は、特に3次元反射法音波探査手法について、構造がさらに明らかになるように成果を活用させていくことが期待されるとともに、地震発生ポテンシャル を有する他のプレート境界部や、内陸活断層の構造探査に際して応用し、3次元構造と地震の発生メカニズムとの関係についての調査研究を進めていくことが重 要である。
3 総合的検討
     南海トラフにおける資料を統合したテクトニクスマップを作成するなど、要素技術の統合化を含む高い成果が得られたものと評価される。また、作成された 「地震テクトニクスマップ」は、国際的な研究発表の会合で公表されるなど情報発信も行われた。一方、統計的な地震発生確率評価手法について精密化が行われ たものの、地震発生機構のモデルを取り込んでの具体的な評価結果を提示するまでには至らなかった。
     今回の研究については、一部成果を得られなかった部分があったものの、上記に述べたように基礎研究として大きな成果を得られたものと評価される。但し、 中間評価において指摘されていた工学、社会学などの分野との連携については、不十分であり、災害軽減に直結した成果が得られなかったと考えられる。
     今後は、ここで作成された地震テクトニクスマップについて活用していくとともに、今回の研究成果等資料整備を進め、災害軽減という目標に向けて工学、社 会学などの分野との連携を積極的に行っていき、研究成果を災害軽減に直結する研究につないでいくことが望まれる。また、本研究は国際的に注目されている南 海トラフにおける将来の地震研究の計画に対しても重要な寄与をすると考えられ、南海トラフの地震テクトニクスの総合的な研究が発展することを期待したい。

-- 登録:平成21年以前 --