平成11年度研究評価小委員会研究評価報告書について 2.各論 (1)総合研究 (k)


超薄膜材料設計技術の開発に関する研究

(研究期間:第1期 平成6年~平成8年、第2期 平成9年~平成10年)

 

 

研究代表者:新井 敏弘(石巻専修大学理工学部教授)

 

(1) 総 評

本研究は、未確立ではあるが将来的に非常に有望であると期待される薄膜設計技術に着目し、これにより創製される新しい構造・物性・機能を持つ薄膜、すなわち「超」薄膜を対象とした設計技術の研究を行うことであった。メゾスコピック超薄膜においてはレーザーアブレーション法により鉄シリサイドおよび他のSi化合物材料の開発とその材料の薄膜作製、加圧毛細管法や低速ビーム法等の新薄膜作製技術の完成とその技術を利用した各種新物質薄膜の作製を行い、分子性超薄膜としては、金基板上のアルカンチオールの成長を中心にして、基板上での反応機構のさらなる解明とその結果を利用した分子配向・配位制御法の研究を進めた。また、反応性超薄膜の分野ではポリ尿素重合膜を主体にポーリングによる焦電率の上昇、直流プラズマ重合法の開発とその技術による光機能性有機材料の作製、蒸着重合法の効率化と光機能性分子分散膜の作製等を行った。フラーレン系超薄膜としてはC60,C70の光重合反応利用薄膜作製および膜構造の解明、フラーレン・シリコン多層膜の発光機構の解明と高効率化およびフラーレン磁性体の薄膜化や超硬炭素材料ネットワーク構造の解明、アルカリ金属ドープフラーレンの作製とその材料を利用したジョセフソン接合素子の試作を行うなど、多くの成果を上げており、目標は概ね達成された。また、上記成果は国際的にも高い評価を得ており、その価値は高く、今後のこの分野の研究に多くの指針を与えると考えられるため、波及効果・発展性が期待できる。従って、総合的には良い研究であった。また、課題設定は適切であった。
 

(2) 評価結果

(a) メゾスコピック超薄膜に関する研究 
レーザアブレーション法を用いてb-FeSi2薄膜を作製し、光学的・電気的・光学的手法で評価した。この結果、当該薄膜製作手法は、高感度の1.5mm帯の光検知器や、高効率太陽電池の製作に極めて有用な半導体薄膜製作方法であることが確認された。この成果を用いて、電総研とユニオンマテリアル(株)を中心に光通信用の高感度・低雑音光検知機を製作する企業体を平成12年度より発足する運びとなった。

劈開面を利用した薄膜毛細管法により、多様な組み合わせのイオン結晶/半導体サンドイッチ構造の製作が可能であることを確認した。この構造を持ったダブルへテロ構造が、電子や光子に対して大きな閉じこめ効果を呈示することを実証されれば当該手法が各種薄膜デバイスの製作に使用されると期待される。また、加圧薄膜毛細管法によりGaSb, Ge等の太陽電池用半導体薄膜の製作が可能であることを確認したが、実際のデバイス製作には、不純物導入により所望の不純物濃度と分布を持った試料が製作可能であることを実証する必要がある。

レーザアブレーション法により製作した3元組成の銅カルコパイライトや4元組成の誘電体薄膜の結晶学的評価を詳細に行ったところ、これらの材料の化学量論的組成比は非常に複雑であるにもかかわらず、ターゲット材料や雰囲気ガスの選択により、厳密に組成が制御された薄膜の製作が可能であることが実証された。この結果は、上述のb-FeSi2の結果と合わして、レーザアブレーション法がポスト・分子線エピタキシャルおよび有機金属化学気相成長技術として極めて有望な技術として位置づけられることが示され、高く評価される。

低速イオンビームを用いたSi/SiO2超格子の光学的性質に関する詳細な研究は、Siの発光に関する研究者に大きなインパクトを与え、Siの発光に関しては、ナノ粒子界面の電子構造の解明が極めて重要であるを明確に呈示した。今後のSi関連物質の発光効率向上のためには、Siナノ粒子界面の制御技術の開発が、是非とも必要である。

(b) 分子性超薄膜に関する研究
分子性超薄膜作製においては、有機分子自体が有する機能・異方性構造を活かした構造制御が不可欠である。界面制御関係では、混晶基板やファンデルワールス場を利用したエピタキシャル結晶成長の実証、分子配向に関しては電界の利用や自己組織化単分子膜での分子レベルでの機構解明等、またコンピュータシミュレーションによる分子性超薄膜の成長様式の解析等がなされている。こうした先駆的成果は、今後更なる研究の進展が望まれるが、総じて高く評価できる。

本研究成果は、今までの経験則の研究展開から系統的な設計指針への展開の基礎を示したことになる。それらに基づき、評価手法の広い物質系への応用やデバイス設計指針への展開につながれば、やや飽和気味の同分野におけるブレイクスルーを与えるものと期待出来る。また、ダイナミックな分子計測技術の開発や有機化学合成を専門とする研究者とリンクした研究展開が望まれる。

近い将来、分子を素材としたデバイス(分子・電子デバイス)の応用が実現化されるとすれば、本研究での成果はその基礎的データ・知識として貴重なものとして位置づけられる。

(c) 反応性超薄膜に関する研究
蒸着重合膜における、分子配向挙動や配向を制御するための要件を明らかにし、高感度・高速応答性を持つ赤外センサーを開発した。本センサーは、従来用いられているセラミック型センサーに比べて、応答速度が一桁以上速く、新たな産業用途開拓へ寄与しうるものと考えられる。これまで、蒸着重合膜はコーティング分野への利用が主な用途であったが、今回、本研究により、蒸着重合膜の新しい応用分野を切り拓いたことは、高く評価できる。本成果をきっかけとして、今後、蒸着重合法を用いた光・電子機能材料開発へ、弾みがつくことが期待される。

また、蒸着重合膜に発光性の有機微粒子を分散させて新たな発光素子を開発する研究は、これまでに例のない試みであり、蒸着重合法の新応用分野として期待される。発光素子の特性は、現時点では、実用レベルには達しておらず、今後の更なる研究の継続が必要である。しかし、本研究で得られた知見は、今後蒸着重合膜の機能化を進める上で重要な知見を提供するものである。

直流プラズマ重合法を用いた発光素子膜の開発に関しては、蛍光に関わるイミダゾール構造の破壊を最小限にとどめることにより、蛍光を発するプラズマ重合膜を作製することができ、分子設計と薄膜作製の考え方の一致を実現させた。更に複雑な光機能発現の課題として、EL発光素子膜開発を進め、その過程の中で、接触角160度という超撥水膜が生成することを見いだした。この膜は交流プラズマ重合と異なり、陽極側の電極上生成し、陰極と陽極が区別される直流プラズマ重合反応の特性を反映している。

本研究は光・電子機能材料、特にEL発光素子開発を各研究グループの共通課題として取り組んだ。機能発現には分子配向の重要性、エネルギーレベル、特にホール輸送、注入あるいはエレクトロン注入、輸送を詳細に検討した分子設計、選択の重要性、さらには薄膜作製に適した分子設計などの知見が各研究機関から見いだされているが、これらの重要な知見を横展開して総合的に研究を推進することがやや不足している。

(d) フラーレン超薄膜に関する研究
合成・シミュレーション技術の開発については、第一原理分子動力学計算コードの開発および専用チップの開発を行ったことは評価される。今後は、フラーレン2分子間の相互作用ポテンシャルを第一原理計算により求め、それを経験的なポテンシャルに焼き直した後、古典的な分子動力学でシミュレーションすることが今後の1つの方向と考えられる。光重合ポリマーのナノ領域での構造や電子状態の発見、電子ビーム照射によろフラーレン分子同士の融合を見い出したことは高く評価される。今後はフラーレン低次元物質相やフラーレンを構成要素とする新しい形態の炭素材料の物性研究へ展開していくことが望まれる。

価数・形態・物性については、フラーレン固体における光励起によるエキシトンの解明は基礎科学的に重要な成果である。また、フラーレンとシリコンの積層混合薄膜からの光誘起発光および電子誘起発光の発見は興味深く、表示材料への展開が今後の1つの方向と考えられる。フラーレンの超伝導作成技術の確立およびジョセフソン接合技術の開発は終了しており、今後はジョセフソン接合の基本特性測定を行なうべきと考えられる。価数制御では、フラーレンの強磁性を実験的に初めて証明し、ナノチューブの微視的観測に成功し、カイラル性と物性との相関に大きな寄与を果たした。

本プロジェクトでは薄膜の新しい素材としてのフラーレンのポテンシャルを様々な角度から検討を行い、以前は素材として未知な部分が多かったフラーレンの素材としての方向性が見えてきた。今後は本プロジェクトで得た成果をもとに物性に重点を置いた研究を展開させていくべきである。



 

-- 登録:平成21年以前 --