平成10年度研究評価小委員会報告書について 2.各論 省際基礎研究 4


4.ヒトヘルペスウィルスによるリンパ球系の機能障害機序の解明

研究リーダー:厚生省国立感染症研究所 倉 田   毅
(研究期間:平成7年度~9年度)


(1) 目 標

 ヒトヘルペスウイルス6・7(HHV6・7)のリンパ球系に対する感染機構およびHHV6・7によるリンパ球系の機能障害機構を解明するため、リンパ球系へのヘルペスウイルス6・7感染・障害機構の研究、HHV6・7のマクロファージへの潜伏感染機構の研究、HHV6・7感染リンパ球の産生するサイトカインの研究を行うことを目的とした。


(2) 成 果

1) リンパ球系へのヘルペスウイルス6・7感染・障害機構の研究

ア.ヘルペスウイルス6・7(HHV6・7)と疾患との関連に関する研究

 小児の突発性発疹患者におけるHHV6・7の動態を研究した結果、HHV6による突発性発疹時にけいれん・麻痺が観察され、急性期の血管炎に基づく脳炎が示唆された。
 HHV6は咽頭ぬぐい液中にウイルスDNAが検出されるが、検出のピークは1才で、成人の約30%においてDNAが検出された。
 HHV7による突発性発疹時に、HHV6に既感染の小児においてはHHV6が再活性化することが判明した。
 HHV7の分子疫学調査の結果、母子間のウイルスの一致が48%、父子間が28%で、水平感染が高率に起こることが示唆された。また、高HHV6・DNA血症の家族では、母子間の遺伝的伝播の可能性が示唆された。
 壊死性リンパ節炎に特異的に出現するplasmacy toid monocyteasの細胞質にHHV6Bの特異抗原が検出された。
 Hodgikin病のリンパ節中のStemberg-Reedの核内にHHV6の遺伝子が検出された。
 HHV6Aをヒト網膜色素上皮細胞に感染させると細胞融合を伴う細胞変性を起こした後に潜伏感染に近い状態に移行した。この上皮細胞からはT細胞へのHHV6Aの感染伝播が容易に起こり、上皮細胞がHHV6Aの感染伝播のリザーバーの役割を果たすことが示唆された。

イ.HHV6・7のウイルス遺伝子の解析に関する研究
 HHV6B(HST株)の遺伝子の全塩基配列及びHHV7(KHR株)の遺伝子の一部の塩基配列を明らかにした。その他の遺伝子についてもクローニングに成功し、プローブの作成や抗体の調整に供した。
 VariantAとBの間には塩基配列上で大きな違いが見いだされた。また、前初期遺伝子IE1とIE2の遺伝子産物が結合する宿主タンパク質を同定した。このほか、U12遺伝子がCCケモカインの機能を、またU53遺伝子はプロテアーゼをコードすることが明らかにされた。
 HHV8による癌化のモデルとして、HVSの癌遺伝子STPC-488は、Ras及びその下流のErk、JNKを介して転写因子を活性化することが示された。

2) HHV6・7のマクロファージへの潜伏感染機構の研究

 腎移植患者から高HHV6血症の親子例を見いだしその解析の結果、母と男子の血球細胞からHHV6・DNAが検出されたが抗体価は陰性であった。このHHV6遺伝子は22番染色体q13部位に挿入されていた。
 ヒト単球系細胞株U937からHHV6Bの感染抵抗性変異株を2株、樹立した。これら変異株はT細胞障害性のサイトカインを分泌することが示された。
 U937由来のHHV6B耐性変異性株は、HIV-1の感染に対しても抵抗性を示し、かつ、多くのHIV-1ウイルス粒子を産生することが示され、HIV-1感染者における憎悪因子としてのHHV6の役割が示唆された。

3) HHV6・7感染リンパ球から産生されるサイトカインの研究

 HHV6感染による小児の突発性発疹患者の急性期及び回復期のペア血清の分析の結果、抗体価の上昇と連動するサイトカインは見いだされなかったが、高熱の患者に高いTNFαが検出される傾向があった。
 HHV6B感染したTリンパ球系細胞株Molt-3において、サイトカインのmRNAレベルの上昇が見られ、IL-2は2.5倍、IL-1β、IL-6、TNF-αは5倍に達した。
 HHV6Aが感染し潜伏化するヒト網膜色素上皮細胞から、無血清培地中での培養により、ヒトT細胞株HSB-2の細胞増殖因子の産生が誘導され、IL-6がその主要なサイトカインであることが示唆された。
 ヒト単球系細胞株U937は、HHV6B感染によって培養上清中に細胞障害性のサイトカインを持続的に産生・放出することが示唆された。
 ヒト単球系細胞株U937由来のHHV6B体制変異株は、親株であるU937細胞及びヒトT細胞に対してアポトーシスを誘導するような、細胞障害性のサイトカインを継続的に遊離することが示された。T細胞障害性因子は分子量10Da以下の蛋白性因子であることが示唆された。
 HHV6・7のT細胞への感染に関与する宿主細胞側因子として、宿主細胞のDNA複製の主要酵素の一つであるDNAポリメラーゼα複合体の遺伝子をクローニングし、解析した。


(3) 評 価

 本研究は、所期の目標に適した研究であり、その成果はたいへん高く評価できる。
 本研究は、1)世界に先駆けたHHV6・7の遺伝子配列の解析、2)HHV6・7と関連する臨床例の解析(突発性発疹患者におけるHHV6・7の伝播ルート、懐死性リンパ節炎やホジキン病とHHV6の関連性など)、3)HHV6・7感染とサイトカイン産生、4)HHV6の潜伏感染機序、など、全体としては初期の目標を達成し、成果は高く評価されるものと考えられる。このような成果が得られた背景として、優れた研究リーダー(国立感染研)のもとに3年間で、大阪大学や岡山大学との共同研究として進めたことが挙げられる。
 今後は、本制度の成果を活かし、特にAIDS患者におけるHHV6・7の動態とその病態関与についての研究を重点的に進展させることを提案したい。
 なお、研究項目ごとの評価は次のとおりである。

1) リンパ球系へのヘルペスウイルス6・7感染・障害機構の研究

ア.ヘルペスウイルス6・7(HHV6・7)と疾患との関連に関する研究

 HHV6・7と関連する臨床例の解析は、この研究班の最も大きな特徴と言える。ややもすると、グループ研究になると個別の内容を並列に、しかも試験管内の現象を追求するものが多くなるが、この班の成果は突発性発疹患者におけるHHV6・7の伝播ルート、懐死性リンパ節炎やホジキン病とHHV6の関連性など、実際の臨床サンプルを用いて、HHV6・7と関連する臨床例を解析することによって得られたものである。このような臨床例におけるウイルス感染の意義を明らかにしようとした点は高く評価できる。

イ.HHV6・7のウイルス遺伝子の解析に関する研究
 HHV6・7の遺伝子配列の解析については世界に先駆けた研究であり、variant AとB間の差異、転写様式、当蛋白や前初期遺伝子の機能、CCケモカイン遺伝子の同定など、既に幾つかの成果を挙げている。これらの点をさらに進展させるとともに、さらに別の興味ある遺伝子の機能解析を進めていくことが重要と考える。

2) HHV6・7のマクロファージへの潜伏感染機構の研究

 ヒト単球系細胞株であるU937を用いて、1)HHV6感染感受性が高く、強い細胞死を招いたこと、2)一部の生き残り細胞からHHV6B抵抗性のクローン細胞株を分離し、これらの細胞株にはT細胞障害性のサイトカインの産生が認められること、3)これらのクローン細胞は高いHIV-1産生能のあることなどを見いだした。これらの一連の研究から、HHV6潜伏モデルとHIV-1感染者におけるHHV6の憎悪因子としての役割を示唆できる、魅力的なモデル系を提唱している。しかし、このクローン細胞内の潜伏HHV6は陰性であり、今後、臨床サンプルを用いて、この現象が生体内で反映するのかどうかを明らかにしていくことが期待される。
 実際、HHV6垂直感染(抗体陰性だが、HHV6遺伝子DNAの染色体への挿入)例を見いだしているが、このような成果の蓄積が重要と思われる。

3) HHV6・7感染リンパ球から産生されるサイトカインの研究

 小児の突発性発疹患者について調べられたが、HHV6・7感染に連動して認められるサイトカインの産生は見いだされなかった。しかし、上記の2)の研究課題とも関連するが、培養細胞を用いた解析では、TNF-αやIL-6などのサイトカインとともに、未知サイトカインの産生を示唆する結果が得られている。今後は、遺伝子クローニングなどにより、このような未知サイトカインの同定と、そのT細胞障害性や潜伏からの活性化能などについて検討していくことが望まれる。


 

-- 登録:平成21年以前 --