平成10年度研究評価小委員会報告書について 2.各論 省際基礎研究 2


2.ワイドギャップ窒化物半導体エレクトロニクス材料の研究

研究リーダー:通商産業省電子技術総合研究所 吉 田 貞 史
(研究期間:平成7年度~9年度)


(1) 目 標

 六方晶及び立方晶の窒化物半導体とその混晶・ヘテロ構造を対象に、励起種を用いたMBE(分子線エピタキシー:molecular beam epitaxy)法等による高品質の単結晶膜作製技術及び構造制御技術を開発すると共に、その過程における結晶成長メカニズムの解明、得られた単結晶膜・ヘテロ構造の基礎特性評価を行い、窒化物半導体エレクトロニクスのための材料基礎技術を確立することを目指した。


(2) 成 果

1) 窒化物半導体及び混晶・ヘテロ構造の作製の研究


 各種プラズマソースの窒素源としての適性を調べ、高い成長速度を得るためには窒素原子励起種を多く含むプラズマソースが不可欠であることを示した。
 六方晶GaNの成長に関して、表面平坦性と成長表面に供給される実効的なV/3原子数比との関係を調べ、平坦表面を得るためにはGaの表面拡散を促進させることが重要で、そのためには窒素ビームを断続的に供給する方法が極めて有効であることを示した。
 六方晶及び立方晶GaN及びAlNエピ膜の成長時の表面構造に関して、表面再配列構造及びその間の転移があることを初めて見いだし、表面再配列構造と成長条件との関係を調べて、表面再配列構造転移線が成長中のストイキオメトリーバランスの良い指標になることを提案した。ストイキオメトリー条件で作製したエピタキシャル膜の特性が優れていることを六方晶及び立方晶結晶で確認した。
 六方晶GaNのMBE成長に関して、成長初期過程としてサファイア基板の窒化プロセスが低温バッファ層プロセスに比べて結晶構造特性向上の点から最も有効であることを示した。サファイア上のヘテロエピタキシャル初期プロセスやエピ膜成長条件を最適化した結果、世界最高の結晶品質を持つエピタキシャル膜の作製に成功した。
 立方晶GaNエピ膜の特性についても、各種成長条件最適化の結果、最高品質のエピ膜を得ることに成功した。
 また、その立方晶GaNエピ膜の表面再配列構造が基板の種類で異なることを見いだし、それが微量の残留Asの影響であること、残留Asはこの他にも各種サーファクタント効果を持つことを明らかにした。
 立方晶AlGaNの成長に関して、全組成域にわたるAlGaN混晶、及び立方晶AlNエピ膜成長に初めて成功した。 サファイア基板上での成長様式を調べ、低基板温度のGa-rich条件で、サファイア(0001)基板上でもGaNエピ膜が成長することを示した。
 これらにより、3族窒化物半導体について励起種を用いたMBE法等による結晶成長技術の基礎を確立した。

2) 窒化物半導体及び混晶・ヘテロ構造の特性評価の研究

 窒化物半導体エピタキシャル膜の構造評価に対し、X線回折におけるpole figure 法が傾斜結晶粒や立方晶/六方晶混在の解析に極めて有効であることを示した。
 種々の光学的測定から、立方晶GaNのバンドギャップが3.27±0.01eVであることを明らかにした。また、これらの温度変化より、立方晶GaNにおいても室温で励起子発光が支配的であることを示した。
 立方晶AlGaNエピ膜について、電子線励起発光を測定した結果、組成全域にわたってバンド端と思われる発光が観測され、その解析から組成全域で直接遷移を示唆する結果を得た。
 また、六方晶GaNエピ膜の2.2eV付近の発光(yellow luminescence)と持続性光伝導度が同一の欠陥に起因するものであることを示した。
 種々の方法で成長させた六方晶GaNエピ膜のHall効果の温度依存性を測定し、特に低移動度の試料では通常のバンド伝導の他に欠陥関与の伝導機構が存在することを示した。また、成長初期過程や成長条件の最適化、SiドーピングやAlN層の挿入等でこれらの欠陥の関与が減って移動度が向上することを明らかにした。
 これらを通して、3族窒化物半導体窒化物半導体のエレクトロニクス材料としての基本特性を明らかにした。

3) 窒化物半導体及び混晶・ヘテロ構造の電子構造の研究

 六方晶及び立方晶3族窒化物の電子構造をバンド計算により調べた結果、六方晶・立方晶GaNのバンドギャップ差に関する実験結果を支持する理論的裏付けが明確になった。更に、六方晶結晶についてバンドパラメータの理論予測に関しては立方晶近似が有効なこと、立方晶GaNについて(001)面内の圧縮歪では六方晶GaN的、引っ張り歪では六方晶AlN的なバンド構造になること、等がわかった。
 これらにより、3族窒化物半導体の電子構造について、ヘテロ構造設計の指針と応用可能性探索の観点から、理論的解析を進展させた。


(3) 評 価

 本研究は、所期の目標に適した研究であり、その成果はたいへん高く評価できる。
 本研究は、窒化物半導体の結晶成長において、結晶成長表面における相図を明らかにして、高品質結晶成長の基礎技術を固めると同時に、立方晶・六方晶の結晶構造制御では、他の研究機関に先駆けてその制御を実証した。さらに、またAlGaN混晶における興味深い光学的性質を見出した。これらの成果は高く評価されるものと考えられる。
 今後は、本研究の成果を活かし、窒化物材料全般、各種ヘテロ構造における結晶成長機構の解明と、得られた物性に対するより深い理解を通して、研究を進展させることが望まれる。
 なお、研究項目ごとの評価は次のとおりである。

1) 窒化物半導体及び混晶・ヘテロ構造の作製の研究

 結晶成長に関しては、比較的厚い層成長をできる装置が信頼性のあるデータを得るために不可欠であり、成長に有効な窒素励起種を多く含む装置の開発の成果は大きい。また、成長表面再配列構造の転位を見い出し、ストイキオメトリーとの関連、および成長結晶の特性との関連を明らかにしたことは、MBEばかりではなく、他の結晶成長手法にも大きな意義を持つと考えられる。 
 当初想定していない成果として、Asサーファクタント効果とそれを用いたエピ膜特性向上法を見出した。今後は、そのメカニズムの解明と、さらに純粋な立方晶の成長制御につなげる技術の進展が重要である。
 結晶成長手法に関して、特に、成長表面モニターによるエピ膜質の改善では大きな進展を見た。また、立方晶の成長制御では、他の研究機関に先駆けた成果を得た。
 当初の研究目標は、適当であったと考えられる。その中で結晶構造の制御に関してはどのような観点から研究を進めるのかで目標の設定に関して不明瞭なところが見受けられた。
 大学や、他の国研の研究者を数多く結集して成長メカニズムや、特性の解明にあたった。また関連ある国際会議での発表も活発で、議論を深めることができたと考えられる。
 結晶成長関連で、MBE研究者を招聘したことによる研究効果が認められた。
 研究開始当時に比較して、短波長光デバイスの実現、あるいは高周波パワーデバイスへの期待などで、窒化物半導体結晶成長を巡る科学技術上の重要性はますます増加している。

2) 窒化物半導体及び混晶・ヘテロ構造の特性評価の研究

 結晶成長の進展により、立方晶と六方晶の制御された成長が可能になり、GaNにおけるこれらの結晶形のバンドギャップの違いを明確に示すことができ、また、立方晶AlGaNを成長して、この特性を評価できた成果は大きい。今後はこれらの特性をうまく利用したヘテロ構造の作製や、それらに伴う新しい物性創出に向けた方向へ研究を進展することが重要である。
 評価手段として、pole fugure法や、持続性光伝導度の測定がなされた。新しい材料のために積極的に種々の評価手法を適用し、解析を行い成果を上げた。窒化物半導体の発光機構に関してはまだ不明な点が多く残されており、新しい評価手法の開発とともに、そのメカニズムの解明を進展させることが重要である。
 予定されていた光学測定、および電気的測定はほぼ予定通り進んだ。今後はヘテロ構造を含めた幅広い結晶、構造での評価を期待する
 当初の目標は概ね妥当であったと考えられる。どのような観点で評価を進めるのか、初期の目標設定で方向性をより明確化することが必要である。測定技術に関しても大学や国研の研究者をうまく結集して成果を上げた。それぞれの測定技術に秀でた外国人を招聘したことが成果に結びついた。
 研究開始当初から見れば、比較にならないほど窒化物半導体物性を巡る論議が盛んになっている。物性評価に関する研究の重要性はデバイスの進展に伴いますます重要性を増している。

3) 窒化物半導体及び混晶・ヘテロ構造の電子構造の研究

 窒化物半導体の電子構造の研究として、バンド構造の知見が不可欠であり、特に立方晶、六方晶の違いを理論的に明らかにすることは実験結果の解釈にとって重要である。この点について基礎的な計算を行い、実験との対応ができた成果は大きい。
 立方晶AlGaNにおいて、予測とは異なる光学特性を得た。この材料は従来ほとんど研究されていなく、この実験結果が示す意味について、今後理論的にも実験的にも解析を進めることが重要である。
 想定していた研究者を招聘できなかったことが進捗をやや遅らせる結果となった。
 窒化物半導体のこの分野の研究はまだ不十分。当初の目標設定としては概ね適当であったと考えられるが、研究者招聘の問題で、新たな展開へ踏み出せなかったのが残念であるが、これはこれからの分野とも言えるので今後の展開に期待したい。
 外国研究者との連携が不十分であったが国内大学、企業の研究者との連携で基礎的成果を得た。
 他の研究項目と同様に、窒化物半導体に対する電子構造解明の重要性は増加している。


 

-- 登録:平成21年以前 --