平成10年度研究評価小委員会報告書について 2.各論 省際基礎研究 1


1.結晶微細構造を利用した新規物質予知技術の開発

研究リーダー:科学技術庁無機材質研究所 堀 内 繁 雄
(研究期間:平成7年度~9年度)


(1) 目 標

 材料内に局所的に出現する新規な微細構造に注目し、それをシーズとして新物質を予知し、創製する技術を開発することを目指した。本研究の遂行上最も重要であり、かつ新規性を求めた点は、試料の合成であり、その試料合成法としては、局所反応法、超高圧力を用いる方法及び超高温を用いる方法(3種)を利用した。


(2) 成 果

1) 微細構造要素の抽出に関する研究


 3種の合成法のうち、局所反応法ではセラミックス系では初めての準結晶Ta62Te38の合成に成功し、超高圧力を用いる方法では高圧相としての単斜晶系BNの合成に成功し、超高温を用いる方法では理論的に予言されていたダイヤモンドより高い弾性率を有する立方晶C3N4の合成に成功した。いずれも電子顕微鏡により構造解析、結合状態の解析に成功している。
 作製導入された電気炉は最高加熱温度2000℃を達成した。しかし、電気炉を用いた2000℃近くでの溶融急冷試料には、不純物の混入が発生したことから、温度を1500~1000℃まで下げて、界面における局所反応により試料合成した。その結果、Ta62Te38という準結晶を得ることができた。これは約10nmの層状で形成されるが、電顕解析には充分の大きさであった。また、導入されたイオン研磨装置は、高圧力下で合成された複雑組織の中からm-BNを探し出す際に威力を発揮するなど、有効に機能した。

2) 熱力学的安定性の検討に関する研究

 電顕内試料加熱装置により、観察のための最高加熱温度は700℃を達成した。電顕で予め観察抽出したナノ微粒子に、電子ビームを照射しながらその変化を調べた。いずれの試料においても、700℃で数時間の観察の範囲では検知しうる変化はなく、これより、この条件下では各相は安定であると結論できた。ポテンシャルマップ作成のための計算ソフトは、イオン結合結晶についてのものが完成し、共有結合性の寄与を考慮したものについては、完成途上である。

3) 新規構造モデルの構築に関する研究

 極微小領域(直径1nm)に電子ビームを照射して、電子線エネルギー損失量を測定することにより、領域内の組成あるいは電子構造を調べることができる電子線エネルギー損失分光計(EELS)を導入した。微小領域の直径は最小値で約1nmである。本装置により、cubic C3N4の組成を決定することができた。また、m-BNでは、π*結合が非常に強くなるという、電子構造に関する新しい知見を得ることができた。

4) 新規物質の合成による検証に関する研究

 微小領域の特性評価装置の開発により、電顕で観察しながら、特定の微小領域の電気伝導性の測定を可能にした。しかし現時点では、このための薄膜試料の形状に、かなり厳密な条件の満足が必要である。


(3) 評 価

 本研究は、所期の目標に適した研究であり、その成果は高く評価できる。
 本研究では、試料作成に関する3つの方法の内、第1、第2の方法で従来明確に同定されていなかった新規な相について、その合成に成功し構造を明らかにすることに成功し、第3の方法では、理論的に予測されているダイアモンドより硬い超硬質と思われる相の合成に成功しており、その研究成果は新規物質の合成・同定という面で世界的に見ても高い水準に達している。この成果が得られた背景には、研究代表者らの高度な電子顕微鏡技術と解析能力、本研究で導入された分析装置(EELS)の活用、優れたポスドクの採用を挙げることができる。今後は、これらの成果をふまえて、新規相を単相として分離する技術を確立し、その物性の解明及び応用開発研究への発展が期待される。
なお、研究項目ごとの評価及び今後の課題は次のとおりである。

1) 微細構造要素の抽出に関する研究

 3種の合成法により、それぞれ、物質科学の観点からも、材料開発の観点からも極めて興味ある物質の合成及び同定に成功したことは非常に高く評価できる。
 界面反応によって作成したTa-Te系準結晶膜やm-BNの探索および同定にはイオン研磨装置が威力を発揮しており、研究計画が妥当であった。しかし、2000℃の高温炉は今回の研究では充分役割を果たす機会がなかった。今後は、もう少し厚い準結晶膜の合成などのために高温炉を用いた熱処理の工夫が必要であろう。

2) 熱力学的安定性の検討に関する研究

 電子顕微鏡内の試料加熱装置は、相変態のその場観察を行い、相変態機構を解明する上で不可欠である。本研究でも、見出した新規相の相安定性の検証に有効に利用されている。研究目標に記載されている、物質内のポテンシャルマップの作成に関する研究は未完成であり目的は達成されていない。新規物質の結合状態をより明確にするためその完成が望まれるが、この種の理論解析を必ずしも本研究グループで行う必要はないのではないか。

3) 新規構造モデルの構築に関する研究

 高分解能電子顕微鏡観察やEELSの測定により、新規に合成された物質に関するモデル構築に成功していることは高く評価できる。
 EELSの導入は、本研究で生成されたcubic C3N4の組成分析、m-BNの結合様式の解明などに威力を発揮し、本装置の導入は極めて有効であった。しかし、cubic C3N4については組成分析は完全に行われておらず、理論的に予測されている格子定数と実験値が異なるなど、構造の解明が完全になされているとはいえない状況にある。今後は、より詳細な解析により、組成等を明確にしていく必要がある。

4) 新規物質の合成による検証に関する研究

 本研究で新規物質として合成された物質は、いずれも薄い層状、微小領域、微小部分に限定されていて、電気伝導や力学的性質などの物性に関するデータは全く得られていない。今後は、ミクロな領域の物性測定を可能にする技術を確立すると共に、発見された新規物質についてバルクの試料を得る努力を行う必要がある。応用の道を拓くためにも、是非、これらの新規物質について単相バルク試料の開発が望まれる。


 

-- 登録:平成21年以前 --