平成10年度研究評価小委員会報告書について 2.各論 総合研究 9


9.広域高速ネットワークを利用した生活工学アプリケーションの調査研究」
(研究期間:第1期 平成8年度~平成10年度)



(1) 目 標

 情報通信技術を基盤とした高度な情報社会の進展により、産業の高度化、生活の利便性向上、教育の効率化等幅広い領域において多くの人々にその恩恵がもたらされると期待されているが、一方では社会の中で情報に対する適応力の格差が急速に広がり、情報化の急速な進展に取り残されてその恩恵を十分に受けられない人々が増大する恐れもある。そこで、すべての人々が得たい情報を入手でき、また、あらゆる人と円滑に情報交換、意志疎通をすることが可能となるような高度情報通信社会を構築することが必要となっている。
 本研究は、情報弱者(情報処理訓練を受けておらず、今後も習熟の可能性のない者)及び情報未熟練者(学生等情報処理訓練を充分に受けていない者)についても高度情報通信環境の恩恵を受けることが可能となるよう、これらの人々を支援する技術の開発に関する調査研究を行うことを目標としたものである。特に第1期においては下記を目標とした。

1) 生活基盤情報のコミュニケーション技術に関する調査研究

 すべての生活者が高度情報通信環境の恩恵を受けることができるよう情報ネットワークを用いたコミュニケーションを円滑に行うための支援技術、及びその高度化のための研究を行う。

ア.生活基盤情報のコミュニケーション技術に関する調査研究
 伝達したい情報をシステムに登録されている画像から選択し、相手と意志の疎通を図る手法に関する研究を行う。また、必要となるピクトグラム (絵文字)の生成技術とその操作技術の研究、ピクトグラムのデータベース化、音声への変換などの他メディアへの変換技術の調査研究を行う。さらに、外国人との間で意志の疎通を可能とする手法の研究を併せて行う。

イ.観測装置等から得られた一次(専門)情報の収集・処理法に関する調査研究
 数値データ、専門的テキストデータ、画像データ、動画データ等の様々な専門データの効率的な収集技術と、データ内容に応じた擬人化やモデル化、可視化等編集技術の開発に関する調査研究を行う。

ウ.情報弱者の感性モデルの構築とそれに応じた情報提示法に関する調査研究
 コンピュータ操作等に慣れていない情報弱者に対し、ネットワークを介した情報内容に対する情報弱者各々の感性に応じた情報提供技術に関する調査研究を行う。また、情報提示技術としてネットワーク上で利用可能なバーチャルリアリティ技術で作成したバーチャル空間を構築し、より有効な情報提供を行う上での生活情報提示技術に関する研究開発を行う。

エ.情報未熟練者のための熟練度に応じた情報提示及び情報入出力法の調査研究
 情報機器未熟練者が、マルチメディア情報ネットワークを操作する際の、認知、判断、動作等における特性の解析を行い、未熟練者が使いやすく、習熟を容易に促進する情報の入出力法に関する検討を行うことにより、誰もが使いやすいコミュニケーション技術の確立に資する。

オ.コミュニケーション技術の統合化に関する調査研究
 個々のコミュニケーション手法を統合するためのソフトウェアに関する研究により、まったく新しいアプリケーションでも情報弱者のような利用者がマニュアルを読んだり操作法を学ばなくとも、社会生活で得た経験や知識を元に類推しながら利用することができるようにするソフトウェアの調査研究を行う。


2) マルチメディア技術によって実現される生活基盤情報の円滑な流通を支援するネットワーク技術に関する調査研究

 生活工学アプリケーションの利用に当たって必要不可欠となる高度なネットワーク技術(管理、配送、セキュリティ、制御、及び品質)についての調査研究を行う。

ア.マルチメディア情報の統一的管理、効率的配送に関する調査研究

 一般生活に係る多種多様な情報を統一的に管理し、情報の唯一性、最新性を保証する技術の開発を行うとともに、マルチキャスト、エニーキャスト、キャッシュ機構等を活用した、情報の流通形態に応じた効率的な配送技術に関する研究により、情報の性質および更新形態等に適したバージョン管理、伝送方式を適用し、効率的でわかりやすい分散データベースシステムの構築を行う。

イ.マルチメディア情報のネットワークセキュリティ技術に関する調査研究

 情報熟練者のほか、情報未熟練者、情報弱者、外国人等を対象とする生活工学アプリケーションにおけるマルチメディア情報を効率的かつ安全に広域高速ネットワーク上で流通するために必要な各リソースやコミュニケーションの状況に適正かつ柔軟に対処するネットワークセキュリティ技術の調査研究を行なう。

ウ.マルチメディア情報のインタラクティブな利用に関する調査研究

 生活に密着した情報、とりわけマルチメディア情報を、広域ネットワークを介して利用者に効率よく伝達し、インタラクティブな利用やリアルタイムでの検索を可能にするための技術を調査研究する。特に、ネットワーク資源が必ずしも十分でない利用者環境にも適用するため、端末性能や回線速度に応じて情報量を制御する「スケーラブルな」情報システムの実現方式について検討を行う。

エ.マルチメディア情報のネットワークコントロール技術に関する調査研究

 計算機ネットワークにおいてマルチメディアを扱うために必要となるインターネット上での多様なデータのトラフィックパターンを解析し、その通信を効率化するための制御に関する研究を行う。


3) 生活基盤情報の利用を支援する生活工学アプリケーションの開発に関する調査研究

 具体的な利用場面を想定し、各場面における情報の現状分析及び予測のモデル化を行う。また、場面ごとに具体的な集団を設定し、生活基盤情報コミュニケーション技術を用いた生活工学アプリケーションの利用事例に関する調査研究を行う。

ア.情報弱者の集団に対し提供する生活ノウハウデータベース及び支援アプリケーションの開発に関する調査研究

 実際に情報弱者の集団(高齢者や中高年主婦)の間で、マルチメディア対応高速ネットワークを構築し、諸種の利活用実験を行うことによって、現状の情報インフラストラクチュアを利活用する場合のハードやソフト上の問題点や、近未来の高齢社会、情報福祉社会において整備されるべき生活情報・環境データベースの骨格を明らかにする。

イ.情報未熟練者に対する生活情報の学習を支援するための生活工学アプリケーション開発に関する調査研究

 研究担当機関が有している情報未熟練者への教育事例をもとに、今後の高度情報通信社会においてネットワークやマルチメディアデータベース等の情報通信技術を介して提供される情報(地域の住民として生活するための情報、教育を受けるための情報、医療を受けるための情報等)を例として、情報未熟練者を教育するのに必要なアプリケーションの開発に関する調査研究を行う。

ウ.極限的状況における一次的情報弱者を支援するための生活工学アプリケーション開発に関する調査研究

 医学・医療に関する生活情報を例として、ある極限的状況下(災害や中毒発生時に、突然特殊な情報が必要となる状況、急激な情報量の増加などにより対応不能となる状況)において発生する一時的情報弱者が必要な生命科学情報を広域高速ネットワーク用いて共有し、一時的情報弱者の知的生産活動支援を行うアプリケーションの開発に関する調査研究を行う。



(2) 成 果

 本研究における主な研究成果は、以下の通りである。

1) 生活基盤情報のコミュニケーション技術に関する 調査研究

ア.生活基盤情報のコミュニケーション技術に関する調査研究

ア)ピクトグラムの作成とデータベース化
 外国人が生活する上で最低必要な語彙数を参考に1500のピクトグラムを作成し、生活上の利用場面を考慮した分類を行ってデータベース化した。作成に当たっては市販のフリーソフトを利用し、特に名詞との違いの直感的理解を狙った動画の作成においては、基準となる絵の一部を部分的に改変する事により効率化を図った。

イ)プロトタイプシステムの社内LAN上での構築とインタネット環境での動作テスト
 インターネットの標準となった感がありそれなりに経験者が増えているホームページ画面をイメージし、伝達する文章の大まかな種類(疑問文、命令文、否定文など)、主部/述部といった枠組みを設定し、そこに場面・種類毎にカテゴライズしたデータベースからピクトグラムを選択・コピーすることにより伝達したい内容を画面化する。これをサーバーに置いて対話者が交互にアクセスし、改変する事によりコミュニケーションを行うアプリケーションを開発し、先ず社内LAN上での動作テスト、次いでインターネットを介してのテストにより動作の確認を行った。

ウ)他メディアによる補完技術の調査
 音声による入出力や、触覚による入出力装置が開発され、実用機として市場に出てきているので、必要となれば導入可能であることが分かった。特にタッチパネルによる操作テストを行い、キーボードやマウスより、より日常的な動作でのコミュニケーション環境を実現した。

エ)外国人とのコミュニケーションの可能性調査
 語順の問題や、動詞が要求する後続要素の特異性などにつき、統語論や機械翻訳などを参考に考察し、画面配列に活かした。

イ.観測装置等から得られた一次(専門)情報の収集・処理法に関する調査研究

ア)マルチスペクトル撮像系による物体識別
 オンラインリアルタイムで2次元データ(静止画像)のマルチスペクトル情報が取得可能な画像入力装置を用い、可視領域から近赤外・近紫外領域までのスペクトル分布を観測し、観測対象の物体の材質固有の成分スペクトルを用いて、物体識別のアルゴリズムの開発を行った。得られた結果より、通常の可視領域の画像からは判別不能な物体識別が可能となり、生活者に対しての情報提供において単なる未加工の画像提示では示せ得ない物体本来の情報(例えば、屋外シーンでは、道路、建物、標識の識別など)を提供することが可能となった。

イ)任意視点の画像生成(3次元画像情報の生成)
 通常の画像入力装置(デジタルカメラ、ビデオ装置)から得られた画像情報(動画、静止画)を再構成し、パノラマ画像を生成し、ここから360度視野のパノラマ動画像の生成を可能とした。得られたパノラマ画像において、各視点からの簡易ステレオ計測により画像中の物体の位置と、視点との位置関係を明らかにし、簡易な3次元画像情報の生成を行った。この成果から、任意の視点からの画像生成と、利用者に対しての3次元画像提示を可能とした。この成果から、生活者が移動しうる空間内での任意の地点から画像提示が可能となった。

ウ)画像中の文字列の抽出と認識・加工(知識構造の抽出)
 屋内外のシーン中にある標識・看板などの文字列を抽出し、ここから文字列認識、他言語への翻訳を行うアルゴリズムの開発と、実際にモバイル環境で実利用可能なシステムをPCベースで開発を行った。
 このシステムを用い、かつ1)、2)の成果と統合することで、未加工の画像情報(一次情報)の提供だけなく、生活者に提供しうる有益な情報(メディア変換)の提示が可能となった。

エ)一次(専門)情報のmobile環境下での収集と、生体信号モダリティーを含めたデータベースに対し、mobilecomputingでアクセスする環境の構築
 心電図、脳波、筋電図などの生体信号は音声よりかなり低周波帯域であり、マルチメディアデータとして扱うことは困難である。これら生体信号を含むマルチメディアデータをデータベースにするシステムの構築を行い、利用できる環境を整備した。心電図に関しては、順調にデータベースに取り込むことが可能となり、生体信号モダリティーに対するアクセスの可能性について検証できた。これらを踏まえ、平成8年度で構築した心電図の生体信号モダリティーを含めたデータベース環境に対し、平成9年度ではmobilecomputingでアクセスする環境を整備した。病院内LANからの参照と比べても良好な通信環境が構築できた。医療情報データベースの参照としてのデータ通信のみならず、全般的なネットワーク環境が効率よく管理できた。これは、物理的、空間的に通常のオフィスとは異なり、病院内では利用者が移動することが前提の作業環境に起因する。セキュリティーに関しては、本研究の通信路が個対個であり、また、事前に利用者を登録可能であることより、インターネットをインフラに用いた場合とは比較にはならない高いレベルのセキュリティーが達成できた。参照系はWEB技術を用いているため、利用者毎にホームページを用意し、別の参照手段を用意することが可能であり、本研究の成果は、今後ますます需要が高まると考えられる病診連携や在宅医療など、医療に関わるほとんどすべての範囲に応用することが可能であると考えられた。平成10年度はさらに心電図取得により得られたノウハウを基礎にして、デジィタル脳波計による生体信号の取得と分析するシステム構築の基礎研究を行なっている。また、前年度までに整備された心電計とPHS・mobilecomputing環境の連携により、mobile環境でのデータ収集の基礎研究を行なった。

ウ.情報弱者の感性モデルの構築とそれに応じた情報提示法に関する調査研究

ア)情報弱者の感性モデルの構築
 本センター倫理委員会の承認後、情報弱者としてがん患者さんを対象として感性に関する調査を行った。具体的には、本中央病院のPerformancestatus(PS)0-2のがん患者さん11名を対象にVisualAnalogueScale(VAS)とHospitalAnxietyandDepressionScale(HADS)と本センター研究所支所で開発された倦怠スケールの主観評価を行った。10例中4例で心電図・呼吸パターン・レーザー血流計による末梢血流量を測定した。結果として、VAS2.27、HADS平均14.2(適応障害:11点以上)、抑鬱スケール5.2であり、このような条件の情報弱者の方への情報提供には抑鬱や不安を加味した情報提供手段が必要であることが判明した。

イ)感性可視化システムの構築
 感性は生体信号(心拍の変化、呼吸パターンの変化、末梢の血流量の変化、脳波のパターン)の変化で反映できるとの仮説を基に、実証に必要なシステムを構築した。生体信号(脳波、心電図、呼吸パターン)から6チャンネル選択でき、それを信号処理して3次元のスプライン曲線に変換させ生体の統合的状態を推定可能なシステムを構築した。

ウ)情報弱者へのバーチャル空間を用いた情報提示システムの構築
 ネットワーク上で提供可能な仮想環境のプロトタイプをPCを用いたバーチャルリアリティ技術を用いて作成し検討を行った。仮想空間上のがんの形状データの表示形式として現状のネットワーク環境ではVRML(VirtualRealityModelingLanguage)での構築がリアルタイムレンダリング法より情報弱者の方への情報提供方法として有用である事が解った。また、今後知覚等の情報提示も重要であることが判明した。

エ.情報未熟練者のための熟練度に応じた情報提示及び情報入出力法の調査研究

ア)視覚的注意反応特性を調査するために、図形探索、課題による実験を行い、反応時間、及び探索の際の視線の動きを計測した。これにより刺激図形の提示手法、ボタン押しによる反応時間の計測、被験者に機器を装着することのない視線計測、視線の移動距離、停留時間、移動経路の計測・解析手法、反応時間計測系と視線計測系の同期手法等を確立した。また、高齢者と若年者の反応時間の違いとその主要因、目標の図形を探索する反応時間傾向、図形の模様の違いによる探索時間の違い、目標の存在する方向と探しやすさとの関連、図形の数と探索時間の相関、視線の移動距離と反応時間の相関、視線の停留する時間と反応時間の相関等を明らかにした。

イ)知識獲得過程におけるサイクリックな学習モデルを提案し、表記法や地図理解における視線の動きから、ユーザーが間違えた際の適切なフィードバックや、速度が大きく影響することを明らかにした。

ウ)ネットワークを利用した情報交換であるWWWで使用されるハイパーテキスト形式のリンクボタンの探索のしやすさの計測手法を確立するために、画面上のボタンの配置、数、階層構造の深さに関する基礎実験を行った。公共性の高い情報の提供に際しての指針として、文字の大きさ、色づかい、画面一枚に入る情報量、速度を考慮した画面構成、わかりやすさ、探しやすさを考慮した情報の階層構造の構成、リンクボタンの配置、数と階層の深さに関する指針等を提案した。

オ.コミュニケーション技術の統合化に関する調査研究

ア)コミュニケーションアプリケーションの分析
 分散システム上における、既存のさまざまなコミュニケーションのためのアプリケーション、サービスの構造、機能を分析し情報弱者にとってどの様な部分が障害となるかを分析した。その結果、分散システムの大規模性、新奇性、多様性が障害となることがわかった。

イ)コミュニケーションのためのメタファーの分析
 多くの人々が実際の社会生活で得た経験だけで十分に活用、利用できるUIの手法としてメタファーを分析し、どのようなメタファーをどのように利用すべきかを分析した。これによりコミュニケーションアプリケーションに対して情報弱者が持っているメンタルモデルを同定し、エキスパートユーザのメンタルモデルとの差異を明確にした。

ウ)コミュニケーションのためのメタファーのモデル化
 コミュニケーションのためのメタファーと分散システムの各機能、構成要素をマッピングするためのモデルの構築を行った。具体的には、分散システム利用およびコミュニケーションのためのメタファーの認知的モデル化(タスクメタファー、アバター)の定式化を行い、記述言語の定式化を行った。

エ)コミュニケーションのためのメタファーUIプロトタイプの作成
 情報弱者にとって大きな障害となる多種多様なアプリケーション、サービスさらにネットワーク利用手法や、それらの関係に対する高度な理解と知識を必要とせず、多くの人々が実際の社会で得た経験や知識だけで十分に活用、利用できるUIのプロトタイプ、すなわちタスクメタファー、アバターを3Dウォークスルー空間上で提供するUI作成を行った。

オ)コミュニケーションのためのメタファーUIの評価
 情報弱者が新しい知識を獲得することなく、既知の知識用いて容易に分散システムを利用できるかの評価を行った結果、本UIにより、まったく新しいアプリケーションでも情報弱者のような利用者がマニュアルを読んだり操作法を学ばなくとも、社会生活で得た経験や知識を元に類推しながら利用することができることがわかった。

2) マルチメディア技術によって実現される生活基盤情報の円滑な流通を支援するネットワーク技術に関する調査研究

ア.マルチメディア情報の統一的管理、効率的配送に関する調査研究

ア)マルチメディア情報の階層的符号化方式
 文献調査・検討の結果、画像および3次元医療画像等、情報量の大きな情報については、解像度、時間分解能等のレベルによって利用頻度等の性質が異なるため、複数階層に分解し、階層的な情報管理を行うのが有利であるという結論に達した。このとき適用する符号化方式としては、2次元画像については既存の方式で十分であることがわかったが、3次元情報については適切な方法がなかったため、octreeを用いた独自の方式を開発した。

イ)情報の性質および更新形態等による分類
 各種の生活情報を収集し、おおまかな情報量、要求される即時性、情報の更新頻度、情報の有効期間等の性質を調べ、これらの属性による情報の分類を行った。

ウ)マルチキャストを用いた情報配布の実験システムを構築し、これに擬似的に発生させた、情報更新、情報アクセス等の疑似トランザクションを与えることにより、通信量、レスポンス時間等について評価を行った。この結果により、マルチキャストによる情報配布が有効であることが示され、また、マルチキャスト配送すべき情報の分類についての指針を得ることができた。

イ.マルチメディア情報のネットワークセキュリティ技術に関する調査研究

ア)ネットワーク環境に適合したセキュア領域管理
 ネットワーク環境に適合したセキュア領域管理を実現するためにセキュア領域管理を行う上で不可欠な認証方式について、使用しているネットワークの安全性、セキュリティツール利用の有無とその有効性、使用アプリケーション、本人確認の強さ、利用者のセキュリティに対する配慮など利用環境を評価し状況に適合して適切な認証を行う方式を開発した。この方式の評価を行うために実験用高速複合LANおよび携帯型移動計算機環境を構築しさらに省際ネットワークを介してインターネットに接続した実験環境を構築し、その上で開発の方式を実証するためのプロトタイプシステムの実装を行い評価実験を行った。

イ)認証子を用いた資源管理方式
 ネットワーク上に散在する多種多様な資源を認証子を用いて管理する方式を開発した。認証子は使用者や使用方法、利用制限などの資源の使用条件の情報をカプセル化し、資源アクセスのためには必ず利用しなければならないので資源に対する不正利用を防ぐことができる。認証子は暗号化されているため改竄や盗み見などを防ぐこともできる。また認証子を持っていて正当な利用を行う限り利用者は特別な意識をする必要はない。さらに本方式の有効性の確認のために利用者が意識しなくともセキュリティを管理するシステムの総合的実験環境として、ネットワークへの接続管理、ブラウザの利用の管理、ログインサーバの利用等のを統一的に行うシステムを試作し、方式の評価を行った。

ウ.マルチメディア情報のインタラクティブな利用に関する調査研究

ア)画像符号化方式および画像転送プロトコルに関する調査
 広域ネットワーク上で利用者の多様な環境に応じて段階的に画像の品質や転送量を制御できる符号化方式や画像転送プロトコルについて調査を行った。その結果、入手可能な高品質画像システムの大半がATMなど高速のLAN上での利用を前提としており、端末側でも製品化されたクライアントソフトウェアの購入が必要であることがわかった。これに基づき本課題では、現在の広域ネットワークでもっとも要求が高いと考えられる大容量静止画像について、一般の生活者の誰もが簡単に利用できる画像サービスの実現を目標とすることにし、その際に用いる符号化方式として、四分木およびprogressiveJPEG等の階層的符号化方式を選んだ。

イ)高精細画像サンプルセットの整備
 実験装置(ビデオ編集装置)を対象として、高精細画像サンプルセットを作成した。なお本課題ではその他のサンプル画像として、衛星画像および医用画像を用いている。

ウ)スケーラブルな高精細画像サーバおよびクライアントの設計と実装
 領域の部分切り出し、拡大、縮小、種々の形式によるダウンロードをインタラクティブに実現でき、かつ、段階的に画像を転送することで多様な利用者環境にも対応可能な静止画像サーバおよびクライアントコードの設計、実装、評価を行った。まず初期の試作バージョンにおいて、四分木符号化方式とprogressiveJPEG符号化方式の2つを、メモリ管理、転送量、クライアント側での処理量等の観点から比較した。開発バージョンでは、クライアント側での処理が簡単な後者について、GUIを含む詳細な設計を行い、2)のサンプルセットを用いて評価を行った。

エ.マルチメディア情報のネットワークコントロール技術に関する調査研究

ア)トラフィックパターンの特徴
 早稲田大学と省際ネットワークとの間で送信トラフィック(早稲田から出るデータ量)と受信トラフィック(早稲田に入るデータ量)を独立に測定したところ、早稲田に入るデータ量が出る量に比べて3~4倍も多いことが判明した。さらに受信トラフィックの大半はWeb(HTTPプロトコル)であることが分かった。ネットワーク上を流れるパケットを収集し、宛先別に集計してみると、全体の約2割の相手方との通信がトラフィックの8割以上を占めることが分かった。早稲田大学と省際ネットワークとを接続する専用回線は平日の昼間に輻輳することが多い。このような輻輳の状態とTCPパケットのフラグの分布の間には相関があることを発見した。

イ)キャッシュによるWebの効率化
 早稲田大学の接続点には、Webのデータをコピーするキャッシュが設けてある。このキャッシュの効果(ヒット率)を実際のデータに基づいて評価した。中でも興味深いのはキャッシュに用いるディスクの容量を無限大と仮定した場合のヒット率である。ディスクの容量を無限大としてもヒット率は100%にはならず、早稲田大学の実測値に基づいたシミュレーションでは65%である。

ウ)マルチメディア情報とネットワークの品質
 NTTソフトウェア研究所と電子技術総合研究所の協力を得て、早稲田大学との三者間でマルチキャストによる音声情報の通信を行い、種々の測定を行った。一箇所から音声情報を送信し、二箇所で受信する。その測定結果を照合するとネットワークにおけるパケットの欠落や、遅延時間の変動をより詳細に分析できる。遅延時間の分布が、ほぼ指数分布(アーラン分布)に従うことが分かった。

エ)トラフィック制御
 IMnetバックボーントラフィックをネットワーク経由でルータから直接集収し、それに対してトラフィックのリアルタイム予測技術を適用した。その結果、平均予測的中率82%という結果を得た。また、IMnetのワークステーションを利用しパケットの高精度集収装置を構成し、これをIMnetNOCに複数台設置し、遠隔からの測定を可能とした。そして、集収したデータに対する各種解析を行ってIMnetにおけるアクセス傾向やパケットのフロー特性等を明らかにし、広域高精度分析が可能となることを示した。なお、集収したデータは、早稲田大学にも提供し、共同で分析手法の検討を行った。

オ)経路制御
 IMnetの経路変動をリアルタイムに集収した。そのデータを用いて、経路フラップなどの問題検出とその原因の予測するアルゴリズムを検証、評価することにより、経路変動をモニタして経路情報をリアルタイムに集収すれば、その原因を推測できることを実証した。また、これらの分析結果を一般のユーザが利用できるようにするためのツールを検討し、データ構造や必要条件などを明らかにした。

カ)情報の最適配置
 IMnetNOCにWWW基幹キャッシュサーバ(Providercache)を設置し、この運用とユーザへの提供を通じてキャッシュサーバの有効性を定量的に評価した。この実験を基に、NOCにおいて安定したサーバを運用するための指針を明らかにした。

キ)QoS(QualityofService)制御
 マルチメディア通信の品質補償技術を確立するため、聴覚障害者を被験者としたQoS評価実験を行い、フレームレートを低くした音声つき画像データの聞きとり実験を行った。また、ビデオサーバの構築を進めた。

3) 生活基盤情報の利用を支援する生活工学アプリケーションの開発に関する調査研究

ア.情報弱者の集団に対し提供する生活ノウハウデータベース及び支援アプリケーションの開発に関する調査研究

ア)宮城県在住の生活者約2000名を対象に、新しい情報ネットワーク(インターネット)への関心、環境問題についての市民の関心の所在、環境問題に関する情報収集・利用の仕方、新しいメディアに対する期待等をアンケート調査し、その結果をデータベース化した。

イ)仙台市を中心とする情報機器未熟練者にパソコンの諸機能、ネットワーク利用習得のため、頻繁に講習会を実施しながら、ネットワークを構築し、E-メールの送受信、インターネットの検索等が自由に行うことが出来るまでになった。また、各モニターのネットワーク利用データ、電子メール利用データ、インターネットアクセス状況のデータを収集し、また、直接聞き取り調査をすることにより、中高年主婦・高齢者のネットワーク利用の問題点・特質を解明することが出来た。

ウ)約700の国内地方自治体ホームページを数段階に分けて評価し、最終的には25のホームページを自治体の規模別に分けて、使いやすさ・内容等の視点から詳しく評価し、結果をデータベース化した。

エ)生活・環境をキーワードとするテキストをネットワーク経由でモニターに提供し、メイリングリストを使用しての意見交換、諸種の質問に回答させることで、遠隔地に居住する一般生活者の生涯教育を担う手段としてインターネットがどのような可能性を持つのか検討し、ノウハウを収集した。

オ)1970年以降に公刊された福祉問題・環境問題を中心とする約7000件の文献タイトルを収集し、データベース化し、財団法人・みやぎ・環境とくらしネットワーク(略称:メロン)のホームページで公開した。

カ)インターネット上で提供されている生活情報を収集してリンク集を作成した。モニターが「障害者と福祉制度」「高齢者とマルチメディア」「産地直送」「リサイクル」「環境ホルモン」「子供のホームページ」「癒し」などの個別テーマを設定し、そのテーマに関する情報を収集した。リンク集作成の際には、モニターの評価を盛り込んだ。このリンク集は上記「メロン」のホームページで公開される。

イ.情報未熟練者に対する生活情報の学習を支援するための生活工学アプリケーション開発に関する調査研究

ア)仙台市、山田町その他において、家族ニーズ・専門家ニーズ・地域ニーズの面接調査やアンケート調査を実施し、その結果について発表した。

イ)東北大学教育学部を拠点にテレビ会議システムによる13県16機関にまたがるテレビ会議システムネットワークを構成し、そのうちの3地点(岩手県山田町役場福祉課と青森の障害幼児通園施設と山形大学教育学部附属養護学校)について重点的に支援実験を行った。その内容は不登校、精神障害者の地域生活支援、障害児発達相談および「問題行動」等の地域精神保健・障害福祉・教育の領域での遠隔支援(社会支援システムづくりを目指してのカウンセリングやコンサルテーション)実験であった。これまでにテレビ電話コンサルテーションによって、1)不登校生徒や精神障害者、発達障害児者(当事者支援)、2)それらの家族(家族支援)、3)地域の専門家(専門家支援)への遠隔支援に関する基本的ノウハウや問題点が明らかになった。さらに、4)岩手県山田町についてはこの地域に期待以上の社会支援システムを構築することができた(地域支援)。総じて、今回のマルチメディア遠隔支援実験は、不登校、障害者の地域生活支援、発達相談等において大きな力を発揮した。

ウ)動画情報を含む支援情報のデータベースの作成試行の第1段として自閉症児者に多くみられる自傷行為についてのCD-ROM(主訴と対処情報を含む内容)を作成した。「言葉の遅れ」「聴覚障害」「不登校(教師向け)」「いじめのサイン(家族向け)」等についても平成10年度12月までに作成する運びである。

ウ.極限的状況における一次的情報弱者を支援するための生活工学アプリケーション開発に関する調査研究

ア)医学系で極限的状況における一時的情報弱者の例として人体組織学のデータを大量収集するシステムを開発し、弱者救済のアプリケーション開発について調査研究をした。まず、顕微鏡・カメラ・コンピュータ・外部記憶装置を統合したシステムをネットワーク上で動作可能なように開発し、広域高速ネットワーク上にシステムを分散することを可能にした。取得した画像データはdrag&dropにより、データベースに登録できるようになった。大量データを蓄えた時に迷子にならないよう解剖学者としての経験を生かし、実世界とコンピュータ上での世界をうまく結びつけられるようにし、後でコンピュータの中のデータから元の実データに戻り再確認ができるようなシステムを考案したのが第一の成果である。そのシステムでは、全体像が見えかつ、どの部分の拡大見えているのかが把握でき、実データの再確認も可能になっている。

イ)ニュースグループJPMEDを通じて、大腸菌O-157感染症が流行したときの一時的情報弱者における問題点について調査し対策を講じた。その結果、ニュースグループを使うことで、情報の一元化やミラーサイトによる負荷分散をある程度まで行うことができた。ところがインターネット上に流通している医療情報の質はまちまちであり、一時的情報弱者にとってはどれを信用したらよいのかわからない。医療情報は影響力の大きいところから、特に信頼性の低い情報を自然淘汰できるような社会的システムや、情報の再確認ができるよう医療系情報発信のガイドラインを広めることの必要性を痛感し日本インターネット医療協議会設立に至った。インターネットで情報が配送される経路は一極集中型で遠方でのトラブルで地域内の通信もとぎれるという問題があるので、アプリケーションレベルでの解決方法を開発し予想外の成果を得た。



(3) 評 価

 1. 評価概要


 本研究は、所期の目標に鑑み研究を実施した意義は認められるが、その成果はあまり評価できない。
 研究目標等に「情報弱者」という表現が用いられていることに関し不適切であるとの指摘があった。すなわち、汎用機器の開発に当たって「使い易さ」、「誰でも利用できる」ということは開発の目標であるべきであり「弱者」を産み出す開発自体に問題があると認識すべきではないかと思われる。
 このため、研究に当たっては、支援技術にとどまらず「情報弱者」を産み出さない機器開発を念頭において研究が進められるべきものと考えるが、第1期の研究では、情報機器を利用する際の支援技術について、技術の蓄積することができたが、実用化に向けどのように具体化するかの方針が明確になっていない。
 このため、第2期移行に当たっては、抜本的な計画の見直しが必要である。
 なお、各研究項目ごとの評価は以下のとおりである。

1) 生活基盤情報のコミュニケーション技術に関する調査研究

 生体信号の解析により、受け手の感性に対応してVR技術を利用した仮想空間情報提供が有効との結果が示された。また、視覚的注意反応の年齢差計測結果から、リンクボタンの配置や数などについての指針を得た。さらに、作成したプロトタイプのメタファーUIは予備知識なしでの利用が可能であることが示され、これらの結果から仮想的な空間での画像表示がインターフェース開発の方向であることが示された。それを実現するための従来にない高度な画像利用の要素技術として、日常のシーン中からの文字列認識、マルチスペクトル情報による物体認識技術、3次元パノラマ画像の生成提示技術の開発が実施され、また、生活に最低必要な数のピクトグラムDBの作成と、この絵文字の選択提示による情報交換技術の開発、さらに都市の中でシームレスに利用するためのモバイル通信環境技術の開発がなされた。

2) マルチメディア技術によって実現される生活基盤情報の円滑な流通を支援するネットワーク技術に関する調査研究

 ネットワーク上で分散して発生・更新される生活情報を、階層化し分類して効率的に管理・配送するための技術開発、セキュア領域管理、認証子による資源管理による生活者に優しいセキュリティ技術開発、端末性能や回線速度に応じて情報量を制御する技術開発、さらにM.M情報交換を効率的にかつ品質を維持して行うためのキャッシュの配置、最適フレームレート検討を行い、N/W設計のためのデータを得た。

3) 生活基盤情報の利用を支援する生活工学アプリケーションの開発に関する調査研究

 高齢者を含む生活者集団、自傷症児の身内関係者、更に緊急時の医療活動支援のケースにつき、期待されるシステムの内容を明確とすることができた。

 2. 第2期の研究計画の考え方

 最近のインターネットの爆発的な普及は目を見張るものがあり、ネットワークを利用した応用技術の研究も様々な方面で行われている。当課題が開始されたころは、インターネット環境の整備が重要視されていたが、一部のユーザの利用にとどまっており、ネットワークを含めた情報環境を、コンピュータ操作の慣れていない国民が利用できる研究は先進的であった。
 その後3年が経過した現在においては、ユーザインターフェースの優れた、使いやすいシステムの開発が、システム開発における一つのポイントとなっている。各々の要素技術については、産業界による開発努力が今後益々増すものと考えられるが、さらに高度な思想を持つユーザインターフェースの研究については、学術研究の面からの開発も必要であり、これからの研究に期待するところが大きい。
 したがって第2期における研究方針としては、第1期で得られた要素技術を高度に統合・応用したアプリケーションの研究と、それを広域高速ネットワークを通してアプリケーションの高度利用をはかる研究に特化することが望ましい。また対象となるアプリケーションは、民間だけでは実施困難であり、かつ学術的にも研究対象として意味のある分野であることが望ましい。
 今回の研究を見てみると、一つの重要な研究テーマとして 不登校等を含む情緒ないしは行動心理的な障害児に対するマルチメディアコンサルテーションシステムのプロトタイプが開発されている。このコンテンツを広域高速ネットワークを用いて遠隔支援できる環境を構築する技術の開発に対しては、広く各方面から強い要望が出されている。不登校等の問題は、現在の大きな社会問題であり、今後なんらかの対策が講じられなければならない分野である。そこでこの分野のための有効な支援システムを構築し、その有効性について研究を実施することは十分に意味のあるものであり、上記の研究開発の方針も満たすものである。さらに、今回の課題の目標である誰でも操作しやすいアプリケーションに関する調査研究を、高度に発展させうる分野として最適なものであるといえる。
 以上整理してみると、本研究におけるビットマップおよび心理的要素を取り入れたコミュニケーション技術や、VRを用いたインターフェースに関する研究成果を踏まえて、使いやすいシステムに関するコンテンツの蓄積とその利用に関する研究が、今後残された課題と考えられる。特に第2期移行にあたり、不登校等を含む障害児及びその家族に対する遠隔コンサルテーションシステムに関する研究は、現在我が国が抱える問題を解決する一つの手法を調査する研究として、意義のある研究であると考えられる。
 上記のことから、第2期の研究計画については、第1期の研究成果及び評価を踏まえ、以下の点に重点をおくことが適当と考えられる。

1) 遠隔コンサルテーションシステム開発

 第1期で調査研究を行った結果を用い、障害児等の精神的問題を抱える家族に対し、遠隔でコンサルテーションを行うシステムを構築する。対象となるユーザは、一般生活者であるため、ユーザフレンドリなシステムであることが必要である。

2) 遠隔コンサルテーションのためのネットワーク利用技術に関する調査研究

 多数のユーザが、同時にネットワークを利用しようとしたときに発生する輻輳や、経路制御等の状況を把握し、問題発生した際にその対処方法を一般生活者にわかりやすく提示する技術の調査研究を行う。また、ネットワーク上で専門家やデータベースを結んで専門家集団を構築するリアルタイム・コンサルテーション・システムにおいて、診断や相談、カウンセリング等を受ける人々のプライバシーを十分に保護するために、適正な権限を持つ適正な利用者を識別し、守秘性が十分に管理されたシステムを構築するための調査研究を行う。

3) 広域高速ネットワークにおけるシステムの有用性及び状況提示技術の調査研究

 フィールド調査により、第2期で構築されるシステムの有効性について実証実験を行う。またユーザニーズの視点からみたシステムの完成度を評価するための基準を作成し、ネットワーク上におけるシステムの提示技術に関する研究を行う。


 

-- 登録:平成21年以前 --