平成10年度研究評価小委員会報告書について 2.各論 総合研究 8


8.がん細胞の標的治療のための先端基盤技術の開発に関する研究
(研究期間:第1期 平成8~10年度)



(1) 目 標

 近年の分子遺伝学や細胞生物学の進歩により、がん細胞には複数のがん遺伝子・がん抑制遺伝子の異常が集積し、その結果として正常な細胞周期やDNA複製修復機構を逸脱した増殖が見られること、及び、がん細胞のみならず宿主の細胞・間質との相互作用により、がん細胞の増殖の特徴である腫瘍形成・浸潤転移性増殖が制御されていることが明らかになりつつある。
 本研究では、がん細胞に特徴的な増殖制御機構、信号伝達系、細胞間・細胞間質間相互作用、および、プログラム死に連なる信号伝達経路を解明するとともに、それに立脚した治療、すなわち、がん細胞の増殖制御機構や浸潤・転移能を標的として、それらを特異的に阻害、あるいは直接死に至らしめるといった標的治療の基盤となる技術の開発を行う。


(2) 成 果  本研究における主な研究成果は、以下のとおりである。

1) 細胞周期と細胞増殖・分化の制御技術の開発


 細胞のDNAがダメージを受けた後にp53が安定化され、転写因子として活性化される際、p53のN末端側のリン酸化が重要であることを明らかにした。さらに、ATM蛋白質が直接にp53のSer15をリン酸化することも証明した。
 TGF-βのシグナル伝達に働く因子として新たにクローニングしたSmad6がほかのSmadと異なり、TGF-βのシグナルを抑制する働きをもつことが明らかにした。そして、その抑制のメカニズムは、レセプターレベルで他のSmadと競合するためであることも明らかにした。
 Rasの抑制因子として知られるRap1の活性化因子として新たに3種類のものを発見した。しかも、これらがカルシウムあるいはDAG依存性に活性化できることを見い出した。

2) がん細胞の浸潤・転移機構の制御技術の開発

 がん細胞の浸潤・転移形質を制御する細胞外基質分子としてフィブロネクチン・アイソフォーム、成人型ラミニン10/11、ヒアルロン酸の解析が進展した。その中のヒアルロン酸と結合する接着分子CD44と細胞運動制御シグナル伝達系との接点に位置する分子ERM、RhoGDIの同定と解析が進んだ。また、腫瘍血管新生についても、血管内皮細胞でのFlt-1受容体からMAP kinaseに至るシグナル経路が明らかとなり、血管新生やがん細胞の浸潤に際して用いられる細胞表面のプロテアーゼMT1-MMPの制御機構が明らかとなった。また、血管内皮細胞特異的に遺伝子発現を誘導できる遺伝子導入ベクターの開発に進展が見られた。発がんから転移までの過程を同一個体で再現できるラットのモデル系の確立が進んだ。

3) がん治療を目的としたプログラム細胞死誘導技術の開発

 Fasリガンドが、直接、細胞死を誘導することに加え、T細胞受容体からのシグナルがキナーゼの活性化を引き起こして、あるいは、がんウイルスによってコードされたタンパク質がp53を介して細胞死に関与していることも明らかとなった。  細胞死の実行因子としてカスパーゼの関与が確立され、かつ、これによって活性化されるDNaseが同定された。また、細胞死の阻害因子Bcl-2に結合する分子が同定され、この分子の作用機構も明らかとなりつつある。  Fasと核内受容体とのキメラを用いて、細胞死をがん細胞に随時起こさせる系も開発された。また、がん細胞へ遺伝子導入するためのアデノウイルスベクターがより使いやすいベクターとして改変され、Fasリガンドなどのがん細胞への導入が試みられた。


(3) 評 価

 1. 評価概要


 本研究は、所期の目標に鑑み極めて優れた研究であり、その成果は極めて高く評価できる。
 各研究テーマのいずれも学問的には素晴らしい成果をあげた。本研究の目的であるがん治療のための分子標的をかなり明らかにすることができたといえる。このような成果をあげることができたのは、各テーマの研究員にこれらの分野の代表的な研究者を集めたからである。しかし、一方では科技庁の目的志向型の研究班というよりは、基礎研究を目指す文部省の重点領域研究のような感を与える。また30人という班員数は、振興調整費による班としては多すぎる。もっと絞り込むべきであった。
 したがって、第2期への移行にあたっては、この研究の目的ががん治療の分子標的開発であることを明確にし、実現の可能性のある分子標的を絞り込む等、研究の一部を再編成することが適当であると考えられる。
 なお、各研究項目の主な成果に対する評価は以下のとおり。

1) 細胞周期と細胞増殖・分化の制御技術の開発

 がん治療の標的となりうるシグナル伝達の分子は数多い。その中でも、p53、細胞周期、増殖因子などは分子標的としては最も重要なものである。第一班がこれらの標的を研究目標としたのは当然であった。p53分子のリン酸化部位の同定、TGFシグナル伝達の抑制系などの研究は国際的にも高く評価されるべき成果である。

2) がん細胞の浸潤・転移機構の制御技術の開発

 がん細胞の浸潤転移を制御するためには、細胞外基質、血管新生などが最も重要な分子標的である。第二班はこれらの分子標的を対象として、8人のよく選ばれた研究者により、優れた業績をあげた。

3) がん治療を目的としたプログラム細胞死誘導技術の開発

 がんの治療にとってアポトーシスの機構解明は、非常に重要である。本研究班は長田重一教授と辻本賀英教授を加えるなど、最強のアポトーシス研究班であるといえよう。その業績は国際的にもトップレベルである。さらに、遺伝子導入のためのウイルスベクターの開発を加えた点も高く評価される。

 2. 第2期の研究計画の考え方

 第1期で、分子標的についての多くの基礎的データを得ることができた。第2期では、重点的に研究を進めるべきである。そのためには、1)この研究の目的ががん治療の分子標的開発であることを明確にする、2)実現の可能性のある分子標的を絞り込む、3)第1期で成果の上がらなかった研究者をはずし、新たに必要となった研究領域の研究者を加えるなど、班員の再編成を行う、3)がん治療に直接関与している臨床家、製薬会社の研究者などを班員あるいはAdvisorとして加え、本研究で開発された分子標的の実現を図る、などを考慮すべきであろう。

1) 細胞周期と細胞増殖・分化の制御技術の開発

 成果があがった一方では、基礎研究に重点を置きすぎた傾向がある。班長が、本研究班の目的をよく理解しまとめていくことが重要である。第2期では、分子標的となりうるシグナル伝達系に絞り込むべきであろう。班員数も第1期の12人から絞り込む必要があろう。

2) がん細胞の浸潤・転移機構の制御技術の開発

 第1期の研究で進めた分子標的をさらに深く追求するべきである。がんの転移・浸潤を標的とする治療法の開発に当たっては、的確な動物実験モデルを開発することも重要である。

3) がん治療を目的としたプログラム細胞死誘導技術の開発

 この班はあくまでもがんの標的開発のために企画された目的志向型の班であることを忘れてはならない。また、第2期の班においても、アポトーシスの中心的メカニズムであるFasについての研究は依然として必要であろう。また、アポトーシス遺伝子導入のためのウイルスベクターの開発、特に生体内へ導入するためのベクター開発をさらに強化する必要があろう。(ベクター開発は別の振興調整費ともなり得るような大きな研究テーマではあるが。)


 

-- 登録:平成21年以前 --