平成10年度研究評価小委員会報告書について 2.各論 総合研究 7


7.物質・材料の自己組織化機構の解析と評価に関する研究
(研究期間:第1期 平成8~10年度)



(1) 目 標

 結晶構造・デバイス構造・原子配列などの材料の各種微細構造を加工する技術は新しい機能材料・実用デバイスを開発する基本技術として、今後極めて重要である。従来の技術は外部から材料に過激な力を加えることによって構造を加工する技術であり、必然的に歪、欠陥などが材料内部に入るため、その技術の延長上の超々微細加工技術だけでは微細化の限界が見え始めている。このような根本的な技術障害を克服するためには、物質材料が原子分子のオーダーからマクロ領域にかけてその材料に固有な形態、構造を自発的にとる自己組織化現象を利用した革新的な新加工技術・構造制御技術の開発が必要不可欠となってきている。
 一方、自己組織化現象を利用して物質・材料の新たな極微形態を発現できればその形態に呼応する構造制御が可能となり、新しい電子現象・材料機能を発現させることも期待できる。
 本研究では、自己組織化機構を利用した新しい材料制御技術を我が国から世界に発信することを目指して、物質・材料に固有な動的特性-物質が表面やヘテロ界面において自ら固有な原子配列・形態をとろうとする自己組織化現象-を解明し、それに基づいて安定構造から不安定構造に至る多くの準安定極微形態を創り出す技術、および極微構造体の相対的な位置関係を自己組織化する技術を開発することにより、同じ物質から全く異なる構造・機能を持った新しい材料を創製する手法、また欠陥の少ない結晶構造・原子配列・デバイス構造を原子分子領域から制御する手法を確立することを目標とした。
 特に第1期においては、物質の各種状態が平衡・準平衡・非平衡状態から別の準平衡状態に至る途中過程を制御する自己組織化制御技術を確立と、原子分子領域のその場観察技術、および極微構造の変化を解析する理論基盤に関して以下の3項目を目標とした。

1) 内発的自己組織化技術による新材料創製に関する研究

 歪み場、電磁場、電場、電流場、界面応力場など内部エネルギー変位をトリガーとして、内発的に発現する自己組織化現象について、機構解明と理論確立、制御技術の開発を行うとともに、その利用により、極微構造や超格子など特異形態を創製して新機能や高機能を発現する金属・半導体材料を開発する。

2) 外誘的自己組織化技術による新材料創製に関する研究

 各種状態にある材料に外部から極微量の「原子・分子」などの活性物質を与えると、それがトリガーとなり極微構造が別の緩和・準平衡状態へ移行する。このような外誘的な自己組織化現象の機構解明と理論確立、および制御技術の開発を行うとともに、それを利用してセラミックス・有機・半導体材料など極微形態を制御した新機能・高機能材料を創製する。

3) 自己組織化の計測と環境制御に関する研究

 自己組織化現象のその場計測技術の確立を目指して、原子・分子及びその集合体レベルでおこる構造変化、量子効果、組成揺動などの発現過程を動的にその場で計測できる計測技術を開発する。併せて、自己組織化を利用した新物質の探索に資する理論解析手法や、極高真空などの環境制御技術を開発する。


(2) 成 果  本研究における主な研究成果は、以下の通りである。

1) 内発的自己組織化技術による新材料創製に関する研究

 自己組織化機構を発現できる内発トリガーとして、電界エネルギー、熱エネルギー、および、歪み応力場エネルギーを含む表面・界面エネルギーが発掘され、また、複数トリガーを併用することで自己組織化が促進されることを明らかにした。準平衡素構造として、主に電界トリガーを用いることで、金原子細線や微小域移動Si微結晶を自己組織化創製することに成功し、また、表面・界面エネルギーをトリガーに用いることで、c軸配向性h-BN層構造、C60分子細線、応力効果量子箱を自己組織化創製することにそれぞれ成功した。
 以下に各項目の個別成果を列記する。

ア.歪みエネルギーをトリガーとして銅基板上への低吸着性六方晶窒化ホウ素膜を自己組織化生成することに成功するとともに、mN台以下での低荷重下で計測できる摩擦評価力装置を試作し、六方晶窒化ホウ素膜が真空中の広い圧力領域で低摩擦係数を安定して維持できることを見い出した。

イ.GaAs微細単結晶がGaAs単結晶表面上で電場トリガーにより自己組織化する現象、C60単分子膜内での点欠陥の応力場トリガーによる周期配列構造の誘起、C60分子細線の自己組織生成、および、Si表面上に分布するSiO2の自己組織化構造の生成をSTMやSHGを用いて発見するとともに、その機構を解明した。

ウ.試作したUHV-STMを用いて Si(111)面上において高温下で蒸着金原子が7x7構造のハーフユニットの2.3mm幅でステップに沿って成長する現象、C60テラスのステップ端にC60の粒子レベルでの自己組織化配列現象、および、金(111)面上のステップ端にC60粒子が局在化する現象を見い出した。

エ.レーザーラマン分光法による応力の定量的評価法を確立し、InAlAs/GaAs半導体へテロ接合に応力を残留させる制御法を見い出すとともに、応力決定自己組織化機構を解明することができた。

オ.集積回路のI-V特性を測定できるマルチプルーブシステムを開発し、Si(111)清浄面上の金の5x2構造について原子スケール電子伝導性を測定するとともに、Si(100)上の微結晶が電子風を駆動力として物質移動する現象を見出し、AFMを用いた探針の微細圧痕法によりポリカーボネイト基板上に40nmx40nm径の微小ピットの形成に成功した。

2) 外誘的自己組織化技術による新材料創製に関する研究

 ある状態に外部から異種原子を与えると、(a)もともとあった原子同士の相互作用、(b)入ってきた異種原子間の相互作用に加えて、(c)その両者の間で相互作用が新たに出現する。そのため新しい状態が誘起され構造が自己組織化的に再構築する。この自己組織化現象について、有機無機混合時の界面相互作用や水素結合、貴金属超微粒子形成時の酸化還元反応、原子状水素による金属・半導体表面の化学修飾、および金属-炭素ナノクラスターの触媒作用に着目して、以下の研究を行った。

ア.有機・無機間の相互作用を利用して、新しいナノコンポジットの創製を試みた。リン酸カルシウム(HAp)/コラーゲン複合体については500nmの領域で自己組織化が起こり骨に近い高強度を実現した。またHAp/コンドロイチン硫酸複合体については150nm領域で整合性のよい自己組織化を実現し新しい軟骨材料の可能性を示した。

イ.超音波とレーザー光を利用して金属超微粒子を調製する装置を開発した。超微粒子の生成過程と形態変化を解明し、金属超微粒子が超音波のcavitaion効果によって粒径分布の鋭い単分散粒子、あるいはアモルファス粒子やエッグ粒子に自己組織化する現象を明らかにした。

ウ.1012Torr台の極高真空で一個一個の元素を立体可視化する3次元アトムプローブ(世界のトップレベル)を完成した。ニッケルの表面酸化層の原子配列を決定し、酸素・欠陥が十数個の水素と分岐状にクラスターを形成することによって水素脆性を押さえることを示した。

エ.原子状水素を用いてガリウムヒ素の表面[(311)B面]を修飾し、高密度・整列性に優れた量子ドットを自己組織化的に配列させた。メカニズムとして、基板温度を制御すると相分離が起こり、その緩和エネルギーが自己組織化のトリガーになることを初めて提案した。

オ.水素原子をトリガーとしてシリコン表面の金属単層(Sb,In)を制御し、その形態が2次元から1次元/3次元へと多様に変化する自己組織化現象を初めて見い出した。この自己組織化が表面-金属-水素間の化学結合変化によって誘起されることを解明した。また、核酸関連分子(アデニンなど)を銅(111)表面に整列させることに成功し、分子付与速度を大きくすると形態が1次元構造→蜂の巣状構造→分子鎖状構造に自己組織化することを示した。この現象が分子間水素結合によって誘起されることを示した。

カ.金属触媒とレーザー蒸発法を用いてカーボン、炭化ケイ素、B-C-N系ナノチューブの自己組織化について検討した。カーボンナノチューブが金属クラスターを固溶したカーボン液滴を介して析出するモデルを世界に先駆けて提案した。また、カーボンナノチューブとシリコンを反応させ、電極として使えるヘテロ接合に成功した。

3) 自己組織化の計測と環境制御に関する研究

 形成された極微構造を観測・解析するための装置開発、及び構造形成に伴う機能発現を予測をするための理論的解析も進められた。
 観測・解析においては、まず形態・組成を知り、その構造・状態を知って発現される機能と関連づけることが必要で、これらの要求を満たす解析手法はすでに実用の域に達しているものも多い。本研究においては、対象がナノ・ミクロレベルの極微構造であることを勘案して、より高精度・高感度化を目指した様々な装置開発が進められた。構造・状態解析に利用できる電子エネルギー分光装置において、従来の電子発生源に代えて超伝導電子源を搭載し、これまでに無い単色(狭いエネルギー幅)のビームを発生して高分解能化を実現した成果がその典型例である。開発された各種装置は、汎用性の高いものも多い。
 理論解析では、本研究に参加した他機関と緊密に連携することによって、極微構造の形態と発現される機能の相関の解明に寄与する様々な成果が得られた。また、ナノ構造に限ってではあるが、より実際の系に適用できる、非平衡開放系に対する第一原理計算法を開発したことも大きな成果である。
 以下に各項目の個別成果を列記する。

ア.レーザーアブレーションにより生成される自己組織化クラスターを、クラスターとCs原子を用いた高電子励起状態原子(リドベルグ原子)との電荷交換による負イオン化で非破壊的に質量サイズ、エネルギー分布等を解析できる、高電子励起計測装置を試作・開発した。併せて、荷電粒子の高感度検出のための検出系も考案した。

イ.第一原理計算法を適用して、走査プローブ探針誘起素過程の量子理論の確立、ナノチューブなどの極微構造における量子伝導現象の解析などを行い、新物質探索・新機能の予測に資する理論解析手法を開発した。

ウ.超伝導状態の金属エミッターから電界放射でビームを引き出すことが可能な超単色電子源の開発に世界に先駆けて成功し、同電子源を搭載した高分解能のエネルギー分析装置を開発して、原子位相をミクロに解析するための装置開発を行った。併せて、マクロな原子位相を解析するための、非線形光学顕微鏡の試作にも成功した。

エ.自己組織化現象のトリガーとして作用する不純物等を高感度に計測するため、イオンビームスパッタリングを併用する新しい超高感度計測装置として、二次中性粒子計測法の開発に努め、高効率イオン化・検出の実現に成功した。

オ.作業分科会の開催、調査研究の実施を通して研究者の意見交換・意見集約を行い総合研究としての研究体制の確立を図るとともに、自己組織化現象の応用基礎技術の開発を目指して、走査電子顕微鏡法による三次元動的観察技術の開発、大規模系に適用できる計算機シミュレーション技法の実験・理論的研究を行った。


(3) 評 価

 1. 評価概要


 本研究は初期の目標に鑑み優れた研究であり、その成果はたいへん高く評価できる。
 本プロジェクトの第1期は物質材料の自己組織化現象を内発性と外誘性の二班に分け、それらの計測手段と若干の理論チームを加えて系統的に研究したものである。研究の段階としては新現象の発見、自己組織化のメカニズム解明、そして新しい材料創製への応用があるが(これらは必ずしも時系列ではないが)、現段階においては新現象の発見に主とした成果が見られ、またこれらの応用にも新しい芽が期待される。他方、自己組織化のメカニズム解明については理論チームが電子状態の解明に向いていることもあって必ずしも十分な成果が挙がっていない。以上の通り、今後の考え方として、応用面とメカニズム解明はさらに強化してグループを再編成して継続することが望まれるから、第2期移行に当たっては第1期の研究評価を踏まえ、研究内容の一部を再編成することが必要である。
 なお、各研究項目ごとの評価は以下の通りである。

1) 内発的自己組織化技術による新材料創製に関する研究

 本項目の第1期の研究は、内発的自己組織化現象を新材料創製のキーテクノロジーと考え、自己組織化現象を制御・利用するために、自己組織化トリガーの発掘と素構造の解明に関する研究を推進したものである。その研究結果として電界エネルギー、熱エネルギー、および、歪み応力場エネルギーをトリガーとして新たな準平衡素構造を創製することに成功した。このように内発的自己組織化を用いて新材料創製への先進基盤技術を構築することができた成果は、世界的に見て高い水準にあるものと評価される。

2) 外誘的自己組織化技術による新材料創製に関する研究

 固体のミクロな形を「自己組織化」の視点から制御しようとする試みは斬新で面白い発想であり、現時点では、応用研究よりは将来の知的財産となるよう基礎研究に徹して研究を行うことが肝要と考えられる。項目では、異種原子を付与したときに起こる化学結合の変化に着目して、ミクロな構造を自己組織化的に生成することを試みている。その結果、グループ全体として、千分の1から百万分の1ミリメートルの微細な領域において、直線・平面・立体的な形をもったいろいろな形態を作ることに成功している。また、いくつかの自己組織化現象について、材料科学からみて興味深いモデルを提出している。とりわけ、新しい有機無機ナノ複合体を自己組織化的に合成する際の「有機無機間の相互作用」、触媒材料の様々な形を制御するための「超音波のcavitation効果」、金属表面に核酸系分子を2次元的に自己組織化させる「水素結合と拡散速度」、およびカーボンナノ構築物の形態制御についての「金属-炭素クラスターの触媒作用」は面白い特筆すべき成果といえる。
 以上のように多岐にわたった自己組織化の研究成果を考えると、本分科会は第1期の初期目標を十分に達成しており、第2期の研究をすすめるのに十分なポテンシャルを蓄えている。総合的に高く評価することができる。 

3) 自己組織化の計測と環境制御に関する研究

 計測と環境制御のグループはその目的から、出発時において他のグループほど統一性が無いのはやむおえないし、それがある意味で基本である。
 他のグループでの計測(観測も含めて)技術の開発が個々の研究の遂行のために開発される単目的的であるのに比べてこのグループの場合、他のグループを支える基盤技術的側面が求められる。理論的サポートもその意味で一つの基盤技術として位置づけられる。しかし、汎用的装置開発だけに研究者が従事することは困難で、具体的な課題をもって開発する側面も当然求められ、それぞれの研究目的にかなった装置、理論解析の開発にならざるを得ない側面があると思われる。
 上記のような背景を考慮に入れてグループ全体を評価すると、自己組織化素構造、あるいは全体構造の静的・動的解析、新しい自己組織化系の作製のための基礎技術、微量(超高感度)解析技術、理論解析手段の開発など、十分な多面性を備えている。他のグループで開発された計測技術も考慮にいれると、今後の自己組織化研究の解析ツールとして十分と判断される。
 全体として、計画全体の中での研究内容に合致し、第2期へ移行するに必要な成果が得られたものと評価できる。

 2. 第2期の研究計画の考え方

 第2期では、第1期で得られた各素構造の形態に基づき、局所構造である平面素構造や立体素構造を制御して新機能を発現するグループ、および、全体配列を制御して先進プロセスを開発するグループへ移行することによって、緊密な意見交換や共同研究的な体制をとることにより、先進機能発現および新材料プロセス開発に関してさらなる研究成果が期待できる。
 また、第1期で完成した計測装置を積極的に利用する体制をとりつつも、視点を計測装置の開発から自己組織化の現象解明にさらにシフトして研究をすすめることが必要とされよう。とりわけ、様々な形を生成する自己組織化モデルをさらに実験的に実証していき、今後わが国に求められる基礎科学に貢献することが強く望まれる。そのため、従来の研究と自己組織化研究の違いを明確にし、将来の技術につながるよう研究課題を整理した上で、全体の連携を密に第2期の研究をすすめることが大切である。
 一方、計測技術の開発を主体にした研究開発は、それ自体重要な研究要素を有することは当然としても、研究全体の流れからすると、計測環境を中心とするグループは第1期で終了することが適当であろう。従って、第2期では他のグループと相互乗り入れ(形式的ではなく、有機的な繋がりをもった)の研究を遂行することが望まれる。
 自己組織化とは非常に良い言葉であり、良い概念を含むと思われるが、そのコンセプトの整理、統合は第1期で十分に成されているとは云えない。第2期への移行に際してはコンセプトの広がりを見据えることは重要であるが、それとともにより明快な自己組織化概念の整理・確認をすることが重要である。
 以上の点に鑑み、第2期の研究計画については、第1期の研究成果及び評価を踏まえ、1)自己組織化を用いた局所構造制御技術の構築、2)全体配列制御を用いた先進プロセスの構築、3)自己組織化計測・制御技術の応用、を目標とする以下の3つのグループに再編することが適当と考えられる。

1) 自己組織化を用いた局所構造制御技術の構築

 外場の印可、物質の供給などをトリガーとして、固体表面や界面で自己組織的に発現する一次元極微構造、二次元極微構造、及び三次元極微構造について、発現機構の解明と理論確立、制御技術の開発を行うことが望まれる。更に発現された極微形態などを利用して新たな機能発現や高機能材料の開発を行うことが期待される。

2) 全体配列制御を用いた先進プロセスの構築

 固体表面や界面で物質供給や場の制御により発現される自己組織化極微構造をマクロに配列するための制御パラメーターを探索し、その配列制御技術を駆使して、従来とは異なるアプローチによる材料プロセス技術の開拓・開発を目標に置く。併せて、マクロ集合体の解析、予測を行うための理論構築を進めることが望まれる。

3) 自己組織化計測・制御技術の応用

 第1期に開発された自己組織化計測手法・装置を、自己組織化により発現される極微構造、及び極微構造の全体配列過程の観察・解析に資することが望まれる。併せて、自己組織化現象を利用した材料・素子開発に関する探索・調査を進め、新材料、新機能の発現の目標実現に向けた制御技術の構築のための支援を更に推進していく必要がある。

 

-- 登録:平成21年以前 --