平成10年度研究評価小委員会報告書について 2.各論 総合研究 5


5.極限量子センシング技術の開発及びその利用のための基盤技術開発
(研究期間:第1期 平成5~7年度、第2期 平成8~9年度)



(1) 目 標

 本研究は、21世紀に向け、材料分析、医療、核融合プラズマ診断、航空・宇宙、地球環境計測等の幅広い分野において量子現象を利用した超高精度な計測・分析(極限量子センシング)技術の確立に資することを目標としたものである。第1期の研究成果を踏まえ、1)極限量子センシングのための全固体化レーザー技術、2)極限レーザー光源・光検波技術、3)量子構造・超伝導素材機能を利用したサブミリ波センシング技術、4)超低温イオンの発生・計測技術、5)X線マイクロビーム化技術に関する研究の基盤技術を確立することを目標とした。


(2) 成 果

 本研究における主な成果は、以下のとおりである。

1) 極限量子センシングのための全固体化レーザー技術に関する研究

ア.全固体化レーザーの高効率増幅技術の研究


 研究開始当時、世界的にも全固体化フェムト秒レーザは存在していなかったが、本研究の遂行により最短10.1fsecの性能を持つ世界で初めての全固体化フェムト秒レーザを出現させた。また、全固体化レーザ再生増幅器技術も確立した。

イ.波長可変全固体チタンサファイアレーザーの高速波長制御に関する研究

 電気的波長同調範囲がたかだか数十nm程度であった従来の方法に比べ、ほぼチタンサファイアレーザーの全波長域である300nm以上の同調に世界で初めて成功した。また、1つの発振器で任意の二波長を同時に同調することは利得競合の点から不可能であったが、非線形波長変換法とコンピュータ制御により独立な二波長発振さらに出力の一定化を成し遂げた。

ウ.全固体化コヒーレント・レーザー・レーダー・システムへの応用に関する研究

ア)全固体化CWレーザーによるコヒーレント検出技術の研究
 将来の日本の衛星搭載型コヒーレント・レーザ・レーダのための基盤技術の確立を目的に研究を進めた。開始当時においては、単一周波数 Tm:YAG レーザとフラッシュランプ励起パルスレーザとの組合せによるコヒーレントライダーシステムが出現したばかりであった。本研究の結果、全固体コヒーレント検出技術の取得、FFT によるドップラー周波数解析法の確立、システム設計に必要な後方散乱係数の実験的取得に成功した。

イ)全固体化パワーアンプレーザーの周波数同期技術の研究
 研究開始の頃は世界的にもようやく出力 20mJ、縦・横ともマルチモードのLD励起Qスイッチパルスレーザが発振した程度であったが、本研究により 10mJ×10Hz の単一周波数レーザの設計試作を推し進め、将来の衛星搭載レーザのためのJ級レーザの設計を検討した。

エ.全固体マイクロチップレーザーの計測器への応用研究

 従来からの視程計は可視領域のシステムで、目に安全な(アイセイフ)波長領域ではなかったが、本研究により世界で初めてのアイセイフ視程計の各種方式を試作し、数々の野外実験を通じて性能を評価し、実用化のめどを得た。

オ.全固体化レーザーによる大気微量分子計測システムの開発

 我が国においては、野外実験でも用いられるような堅牢な全固体化パラメトリック発振器は存在しなかったが、本研究を通じて実現させた。また、これを光源とした相関法による新しいメタン計測用全固体化長光路差分吸収ライダーの試作と評価試験を行い、当初の目的を達成できた。


2) 極限レーザー光源・光検波技術に関する研究

ア.テラヘルツ光デバイスの開発に関する研究


 光オシレーターを非対称衝突パルスモード同期半導体レーザ構造により実現し,最高860GHzの繰り返し動作を確認した。光注入同期を利用することにより100GHzの光オシレーターの繰り返し周波数がkHz以下まで安定化されることを確認した。

イ.超広帯域光周波数チェインの実現

 光パラメトリック発振器の励起光源として,リング共振器を用いた高出力Nd:YAGレーザー(1064nm)を製作し,これにスペクトル特性の優れた低出力のNd:YAGレーザー光を注入同期して増幅するシステムを開発した。またKTiOPO4結晶などを使って発振域を904nmから1284nmの範囲に拡大するのに成功した。光周波数コム発生器の出力を低分散光ファイバに導入し,光ファイバ中での自己位相変調を利用することによって光周波数コム発生スパンをこれまでで最大の50THzまで拡大した。

ウ.波長可変スクイズド光の発生と検出

 波長可変Ti:sapphireレーザーを励起光源とし,外部リング共振器中に配置したニオブ酸カリウム結晶による第2高調波発生を利用して,波長427.28 - 433.76nmの範囲でスクイズド光を発生させた。

エ.能動型画像計測法の研究

 色素レーザーを光源とする波長走査干渉計によって粗面や段差、溝などの表面形状を測定することに成功した。また測定の分解能と範囲を理論と実験で検討した。それにより機械部品の表面形状を非接触で高速測定する装置の開発のための指針が得られた。


3) 量子構造・超伝導素材機能を利用したサブミリ波センシング技術に関する研究

ア.半導体量子構造サブミリ波センシング素子技術の研究


 MBE法による量子細線の形成技術を発展させ、バッファ層の形状劣化を防ぎ結晶性を向上させ高品質で寄生量子井戸構造の存在しない量子細線の作製に成功し、さらにリッジ上量子細線において単一量子細線を使ったFET構造の作製に成功した。電気光学サンプリング法の光導電スイッチの直列アレー化による高耐圧化等の超高周波特性評価法の改良を行い電気特性を測定し、高い伝達コンダクタンス特性を確認した。

イ.超伝導量子井戸ミキサーを用いたサブミリ波セン シング技術の研究

 メゾスコピックSNS接合が、理想的なフェルミオン振動子として動作し、ボソン振動子に関するプランクの黒体輻射の理論と美しい対称性をなすことと、位置-運動量(x,p)位相空間におけるトラジェクトリの面積が、超伝導電極間の位相差が一定の時、断熱不変量(adiabatic invariant)になっていることを一次元ビリヤードモデルにより証明し、超伝導SNS弱結合におけるエネルギー量子化と電流輸送について厳密な理論的解を与えた。またSNSミキサーの実験では多重アンドリーフ反射とエネルギーギャップ、フォトンエネルギーとの共鳴作用と負性抵抗ミキサーの関係を解明し、メゾスコピックSNS接合に関する新しい物理概念を確立した。

ウ.遠赤外およびミリ波分光を用いた大気圏における微量分子種センシングの研究

 ミリ波(75-115GHz)及びサブミリ波(300-1000GHz)を連続的にカバーし同期掃引機能を持つ高精度分光システムを完成し、準光学共振器セルを用いた測定では、従来ドップラー広がりの中に埋もれていた超微細構造を分離観測可能とし、分子のLamb Dip吸収スペクトルを検出した。クラスター分子を高濃度で生成するための分子線発生装置と準光学共振器と組み合わせたサブミリ波帯実験から分子ジェット中のアルゴン-水クラスターに飽和吸収効果による空間ホールバーニングが観測できた。窒素の2量体クラスター分子の理論計算から定説と異なる新しいギヤ運動を発見。


4) 超低温イオンの発生・計測技術に関する研究

ア.低速多価イオンの輸送技術の開発及びビーム損失過程の研究


 減速レンズ等の最適条件を求め107個/秒の低速多価イオン(1価当たり30eVのエネルギー)を得、ビーム輸送技術を確立した。また、低速多価イオンと中性ガスとの衝突による荷電変換の二重微分断面積を測定し、大角度散乱の効果が大きいことを明らかにした。

イ.2種のイオン・中性粒子の共同冷却に関する研究

 中性原子・イオンとの衝突による加熱効果に加え、照射するレーザーの光圧を考慮した共同レーザー冷却理論を世界に先駆けて構築した。この理論は実験結果とよく一致した。イオンの調和振動の周波数に一致するrfを外部から加えることにより不要な同位体を追い出すことができた。

ウ.超低温イオンの反応生成物の光解離の研究

 Ybイオンと残留ガスとの化学反応により生じた反応生成物を特定し、さらにこれらの生成物が紫外光照射により光解離されることを確認し、この現象がイオンからの蛍光の消滅・回復の原因であることを世界で初めて明らかにした。

エ.超低温イオンの狭スペクトル測定技術の研究

 Caイオンをレーザー冷却し、狭スペクトルを観測しそのサイドバンド構造の解析から、イオンはレーザー光の波長以下の領域(いわゆるLamb-Dickeの領域)に閉じ込められていること、及びそのときの温度は5mK であることを確認した。また、超微細構造を有するイオンでもマイクロ波を併用し1本のレーザー光で冷却できることを実証した。Ca、Cdイオンを用いた研究では世界で初めて得られた結果である。


5) X線マイクロビーム化技術に関する研究

ア.高分解能軟X線マイクロビーム形成と利用技術の研究


ア)サブミクロンビームの形成
 軟X線分光器の出口スリット位置にピンホールを配置し、縮小光学系の光源の大きさを決めた。ピンホールの大きさを直径200μm、100μm、50μm、25μmに替えてマイクロビーム化を図った。波長5.2nmの軟X線を用い、最小径約0.9μmのサブミクロンビームを得た。

イ)走査型光電子顕微鏡の製作とその利用
 超高真空(~10-8Torr)試料室に高精度2次元走査ステージ(1μmステップ、8mm×8mm走査範囲)を導入し、走査型光電子顕微鏡システムを構築した。光電子検出能力として空間分解能約5μmを達成した。ピッチ62.5μmのマイクロチャンネルプレート(金蒸着面)の光電子顕微鏡像を得た。

イ.シンクロトロン放射のマイクロビーム形成と応用技術の研究

ア)X線光学素子作製装置を開発し、膜厚モニター等をより精密に計算機制御することにより、これまでより1桁高い精度で成膜できるようにした。多層膜X線ミラー、多層膜ゾーンプレートをより高精度に作成する技術を確立し、チタニウムとアルミニウムからなる位相変調型多層膜ブラッグフレネルミラーを作製できた。これまでの強度変調型に比べて、4倍の高効率で、有効領域も150ミクロンと50%大きなものである。これを縦方向、横方向それぞれに用いることによって(2素子)、12keVの2次元マイクロビーム化に成功した。

イ)ウイグラービームラインに精密2結晶分光器を設置し、XYステージや主軸の精密制御のための計算機制御ソフトウェアをUNIX(linux1.2.13)上で開発した。6~14keVでXYステージの精度、安定性および主軸回転の角誤差を評価し、従来のメカニカルリンク式分光器に比べ高い角度再現性(1000分の6秒)での安定動作が確認された。エンコーダー内蔵の高真空対応マイクロメーターを用いた4点ベンド式精密結晶湾曲機構を開発し、光線追跡法によりサジタルフォーカスの集光特性を評価した。光線追跡法により外側円筒ミラー部分に新しい自由度(ひねり変形)を入れた能動的集光ミラー(特許申請中)の集光特性を評価した。

ウ)アンジュレータ放射の左右円偏光の微小な強度差を除去するためにサーボシステムを導入し、紫外領域においてアンジュレータの偏光変調運転と交流増幅による円二色性スペクトルの測定を世界で初めて行った。また、マイクロビームによる円二色性スペクトルの測定を行い、資料を走査することにより円二色性の画像化を試みた。完成した円二色性画像化装置により、標準的な試料の画像化を行った。これと並行して真空紫外領域の円二色性測定用ビームラインを立ち上げ、直入射型分光器を接続し、特性評価を試みた。

ウ.X線素子の設計・評価および高性能化と光学系への活用

ア)白色X線から極短波長X線(WKal線,波長:0.208992A)のみを取り出すのに最適のモノクロメータ(分光結晶)を検討した結果、反射効率、分光スペクトルの清澄度の点でGe(400)が、最適であることが明らかになった。

イ)広帯域のX線について反射効率、蛍光スペクトルなどを総合的に評価することにより、モノクロメータとしての最適物質を選択する基本ソフトを開発した。


(3) 評 価

 本研究は、所期の目標に適した研究であり、その成果はたいへん高く評価できる。
 なお、各研究項目ごとの評価は以下のとおりである。

1) 極限センシングのための全固体化レーザー技術に関する研究

 本研究では、全固体化レーザーによる世界最短の10.1fsのパルス発生技術を確立し、このフェムト秒パルスをチタンサファイアレーザーで再生増幅するのにも成功した。波長可変全固体化レーザーでは、独自の高速・広帯域同調技術を開発し、コンピューター制御による300nmの波長同調範囲を実現し、また2波長の同時発振および出力安定化の新技術を確立した。
 レーザーレーダーの研究では、CWレーザーによるコヒーレント検出技術として、ヘテロダイン検出、ドップラー周波数解析の技術開発を行い、システム設計に必要な後方散乱係数の実験値取得にも成功した。そしてパワーアンプレーザーの研究の結果、将来の衛星搭載レーザーのための全固体化パルスレーザーの単一周波数、J級高出力化の設計が可能となった。また、マイクロチップレーザーを応用してアイセーフレーザー視程計を試作し、実用的性能を持つことを実証した。試作した大気中のメタン計測用全固体化差分吸収ライダーは、十分な濃度測定精度をもち、耐環境性にも優れている。
 これらの成果は全て、極限量子センシング用レーザーの基盤技術として高く評価される。

2) 極限レーザー光源・光検波技術に関する研究

 光源・検出技術の研究において、テラヘルツ技術の開発には、まず光オシレーターの開発が高く評価される。これは半導体レーザー構造のモード同期現象を利用して、最高860GHzの高速繰り返しパルス列を発生する。その発振モードの2成分を選択した光ビートによりテラヘルツ波を発生し、注入同期法により、その周波数はkHz以下まで安定化でき、小型で簡便なテラヘルツ波発生デバイスとして高い評価がある。
 光周波数チェインの研究では、低しきい値で連続発振する光パラメトリック発振器の周波数制御技術を開発した。光周波数コム発生では、光ファイバー中の自己位相変調効果を利用することにより世界最高の50THzに及ぶ変調側波帯のスパンを実現したことは高く評価できる。
 スクイズド光の研究は、わが国では欧米に遅れてスタートしたが、本研究において、波長可変の振幅スクイズド光の発生とその検出に初めて成功したことは、十分評価される。
 能動型画像計測法は、これまで実験室環境でなければならなかった精密干渉計測を、振動や温度変化のある環境でも可能にした革新的技術であって、高く評価され、その実用化が期待されている。

3) 量子構造・超伝導素材機能を利用したサブミリ波センシング技術に関する研究

 超伝導量子素子では、半導体量子細線を作成し、これをゲートとするFET構造を作成して、そのトランジスター特性を確認したことは創造的デバイス開発技術として評価できる。そして理論的には、SNS(超伝導-常電導-超伝導)デバイスの基礎理論を完成し、超伝導弱結合素子の物理的概念を確立したことは飛躍的進展であって、高く評価される。
 サブミリ波分光を用いた微量分子種センシング研究では、検出感度の改善に成功して不安低分子の検出を可能とし、ラムディップ分光法により高分解能を達成したことは、大気圏環境問題物質の実用的なセンシングの基盤技術としての価値が評価できる。

4) 超低温イオンの発生・計測技術に関する研究

 一般にイオンは物質との相互作用が強く、かつ選択性が著しいので、特異なセンサーとして期待される。しかし、未開発技術であるから、本研究によって必ずしも実用的なセンシングの基盤技術が確立されたとはいえないが、多くの新しい技術を開拓したことは、十分に評価することができる。
 具体的には、低速度・大強度の多価イオンビームの生成とそれによる散乱断面積の測定は、多価イオンによるセンシング技術の重要な基礎となるものである。
 イオンのレーザー冷却の研究では、直接にはレーザー冷却が不可能なイオンまたは中性原子をレーザー冷却できるイオンと共存させて共同冷却できることを実証した。また、冷却イオンと残留ガス分子との新しい化学反応を発見し、その重要性を指摘したこと、電気四極子遷移を観測したこと、超微細構造準位をもつイオンでもマイクロ波を併用することにより1本のレーザー光で冷却できることを実証したことは、低速イオンの発生・計測技術を大きく進歩させたと評価される。

5) X線マイクロビーム化技術に関する研究

 X線マイクロビーム化の研究では、軟X線のマイクロビーム化を達成し、微小部光電子分光分析システムを改良して、卓上型として世界初の走査型光電子顕微鏡を構築したことは高く評価できる。
 シンクロトロン放射のマイクロビーム化の研究では、高性能の位相変調型ブラッグフレネルミラー作成技術を確立したこと、そして縦横2次元のマイクロビーム化に成功したこと、ウィグラービームの2結晶分光器の計算機制御技術を開発して高熱負荷でも広いエネルギー範囲で安定なビームを得られたこと、サジタルフォーカス集光機構を開発したこと、などの要素技術を達成したことは十分に評価できる。また、アンジュレーター放射光の円偏光特性を保持したマイクロビーム化を行い、これを用いて円二色性スペクトル測定に世界で初めて成功したことは、生体物質などの研究に著しく貢献する成果であって、高く評価することができる。
 波長が0.1Aクラスの硬X線はこれまであまり研究されていなかったので、本研究によりモノクロメーター材料の評価・設計などの素子開発が進められたことは、今後、第3世代放射光で本格的に利用可能な技術として評価される。


 

-- 登録:平成21年以前 --