平成10年度研究評価小委員会報告書について 2.各論 総合研究 4


4.システムと人間との調和のための人間特性に関する基礎的・基盤的研究
(研究期間:第1期 平成5~7年度、第2期 平成8~9年度)



(1) 目 標

 社会システムやハードウェアシステムの複雑化・高度化にともなう人間社会活動支援の必要性の増大、科学技術と生活社会との密着化の中で、科学技術に人間や社会の観点の重視が求められている。このような背景の下、平成4年12月に「ソフト系科学技術に関する研究開発基本計画」が内閣総理大臣決定された。
本研究では基本計画に基づき、人間特性を構成する要素のうち、身体的特性、知的特性、感性特性及び精神的特性についての解明・理解を目指して、ハードウェアと人間との調和、生活環境や社会的システムの快適性・安全性の向上、精神的充足を支援する社会構築のための、基礎的な知見の獲得や基盤的技術の確立を目標とした。

 本研究の第1期において、1)大規模システムや自動化システムのもとでのヒューマンエラー防止や作業性、高齢者や未熟練者の能力特性・測定方法・支援方法、障害者の運動機能や介護機器の仕様などの基本的指針を得た。2)メディアと合意形成過程との関係、生活環境整備等における意志決定メカニズムやそれを技術的に支援する手法の開発などについての方向性を見出した。3)学習等のための情報システムや感性情報の表現要素の抽出、余暇活動を支援するシステムの開発などの成果を得た。
 第2期においては、これら第1期での成果を踏まえ、1)人間と調和したハードウェアシステムの設計等のための人間特性の解明、2)ゆとりや豊かさを実感できる社会環境、社会システムの設計等のための感性特性の解明を目標とした。


(2) 成 果

 本研究における主な研究成果は、以下のとおりである。

1) 人間と調和したハードウェアシステムの設計等のための人間特性に関する研究

ア.ヒューマンファクターを考慮に入れたヒューマンインターフェースの設計及び複数メンバー間のエラー伝播の研究


ア)ヒューマンエラー防止のための情報呈示方式の研究
 従来の航空機のコックピットにおけるヒューマンインターフェースの問題点をシミュレーション実験により明らかにし、機器側の推定飛行フェーズに基づいてパイロットの注意を喚起する方式、及び制御モードに対応した将来飛行経路を明確に表示する方式のインターフェースを新たに開発して、運航シミュレーションによりその有効性を確認した。

イ)人的因子を含む大規模システムのモデル化と実験的検証
 宇宙用原子炉の概念設計を具体例として、設計作業における人間の思考形式に調和し、作業を有効に支援する設計環境モデルを開発した。また、各種生体計測情報を活用することにより、人間と計算機支援システムの協調的機能分担によって高次機能を発揮する、相互協調型インターフェースを提案し、その有効性を実験的に確かめた。

ウ)複数メンバー作業でのエラー伝播評価に対するシステム工学的アプローチ
 人間-機械系におけるヒューマンエラーの分類とエラー因子の分析・体系化、作業メンバー間の相互作用や周囲環境との相互作用の考察などを含めて、心理学・認知科学などの知見を参照しながらシステム工学的な手法を用いてエラーの発生・伝播過程を解明し、それらに基づいて具体的にエラー防止策を提案した。

イ.高齢者、作業未熟練者の行動様式に対応したヒューマンインターフェースの研究

 高齢化が急速に進み、また技術革新によって次々と新しい技術が登場してくる現代社会において、高齢者や未熟練者の認知・行動の特性を解明してそれに対処することは、極めて重要な課題である。

ア)各種作業環境下における高齢者の知覚・判断・行動様式に関する研究
 高齢者の基本的身体動作、視覚情報の理解を含む動作、及び指先運動を重要な研究対象として取り上げ、新しく腕・脚・指先運動機能計測装置や視覚情報理解計測法などを開発して、高齢者の知覚・判断・行動様式の基本的特性を把握するとともに、自動車運転における高齢者の特性を具体的に明らかにした。

イ)加齢・習熟効果の解析と個人適応型インターフェースの研究
 自動車運転適性検査データの分析及び脳波計・脳磁計を用いた脳内情報処理過程の計測・分析結果から、加齢の影響は「認識」「動作」よりも「判断・指示」のフェーズにおいて顕著に現れることを明らかにし、それを説明するニューラルネット・モデルを作成した。また、音声/身振り併用意思伝達支援装置等の個人適応型インターフェースを提案した。

ウ)自動車運転シミュレータを利用した高齢運転者の運転特性に関する研究
 実車による実験データを援用しながら、従来の自動車運転シミュレータを改良し、それを用いて高齢運転者のカーブ走行特性、加速・減速特性、前車追従特性等のデータを詳細に収集し、それらの分析結果から自動車及び道路交通施設の設計等に有用な基礎データを提供した。

ウ.生体の運動機能の研究及び障害者にとって適切な車椅子システムの開発

 この研究は、上肢あるいは下肢に障害を持つ人達の運動機能の補完、あるいは機能低下の防止を支援することを目的とした研究である。「豊かな社会」の実現に不可欠な条件の一つは、あらゆる人々に「公正さ」を保証することであり、そのために不十分な身体機能を持った人達に対して適切なバリアフリーの手段を提供することは極めて重要である。

ア)上肢運動の数学モデルとその動力装具シミュレータシステム開発への適用に関する研究
 新たに製作した3次元位置計測装置や筋電位計測装置などを用いて、上肢筋運動系とその制御機構の基本原理ならびに動特性を明らかにして数学モデルを構築し、それに基づいて障害者(上肢不完全麻痺者・切断者)補助のための多自由度動力装具シミュレータを開発した。また、カエルの筋収縮実験を行って、電気刺激に対する基礎特性を計測した。

イ)下肢運動機能維持に必要な筋活動量に関する研究
 新たに製作した下肢運動機能評価装置を用いて、歩行時や座位での膝の伸展・屈曲運動時の筋電図、筋血流中の酸化ヘモグロビン量等を測定し、それらから筋活動量を定量化できることを明らかにした。その結果、健常者の下肢運動機能維持のみならず、障害者の機能回復に必要な筋活動量の目標値を設定することができた。

ウ)不十分な運動機能を補完し、残された運動機能の低下を防ぐ車椅子の開発
 この研究は、上記8)の研究とも密接に関連づけられる。第1期に開発した試作車の機構及び制御装置に検討を加え、第2期には必要な改良を施して第二次試作車を製作し、さらに8)の研究成果を参照しつつ積分筋電図に基づく評価装置を試作して、第二次試作車の有用性を確認した。

2) ゆとりや豊かさを実感できる社会環境、社会シス テムの設計等のための感性特性に関する研究

ア.集団・社会レベルの感性特性の形成に関する研究


ア)コミュニケーション形態を考慮した集団の感性形成過程のモデル化に関する研究
 対話内容に対する知識や興味、対話事態の現実感等を実験変数として、メディアの違いと対話による意識変容との関係を調べ、得られたデータに基づいて感性を考慮した情報処理モデルを構築し、その有効性を確かめた。

イ)コミュニティに基づく集住空間の評価法に関する研究
実際に都市開発のモデル・スタディ地域や建て替え時期の集合住宅を取り上げ、第1期に開発した3次元データ作成手法、コミュニ評価尺度を用い、計画・設計段階での住民による直接評価の有効性を確かめた。

ウ)防犯性能の高い市街地空間の解析及び評価に関する研究
 第1期に行った地域住民、警察関係者や更生した犯罪経験者のアンケート調査や面接調査等のデータに基づく安全な街づくり、家造りの設計基準により、特定地域の模型による町並み改良実験により、道幅、照明灯の街路要因及び街路に対する防犯性の高い家屋の配置等の評価を行った。また防犯性能評定基準にもとづいて設計した家屋模型を犯罪経験者等に評定させ、評定基準の有効性を確かめた。

エ)快適な生活を規定する要因分析と住民の満足度が高いコミュニティ設計に関する研究
 市町村のインフラ整備状況、保健医療福祉計画等の地域特性に対する住民の意識と快適性、満足度などの評定をアンケート調査し、データを多変量解析して、それぞれの都市の特徴的な要因を抽出した。さらに調査対象を15市町村に拡大するとともに、項目の不備を補った調査を実施し、その解析により、快適な街、住みよい町の要因を明らかにし、既存のデータと併せて快適、住み良さ等の感性特性の指標化を試みた。

オ)住工・住商混在地域のサウンドスケープ評価に関する研究
 住工・住商混在地域の住民に対して音環境に対する自由表記による意識調査を行い、表記文章から音環境評定項目を洗い出し、その出現頻度を計測し、音環境と住民意識との対応を詳細に検討した結果、一般には公害と評定される工場騒音も、住工混在地域においては、生活音と評価される等の特徴的な地域特性を抽出することが出来た。

イ.教育等のための情報システムの設計、運用に関する研究

ア)いたわり表現能力を持つエージェントシステムに関する研究
 ワープロ作業を例に、作業者の困り状態、迷い状態を検出し、適切に対処するシステムを開発するため、ユーザの行動をマルコフ行列で表現し、推移確率要素群のパタンからニューラルネットワークによりユーザの意志推定手法を提案し、その有効性を確かめるとともに、迷いについて心理学的知見を得た。またテレビカメラや光学システムを活用してユーザの脈拍、呼吸、血圧、血流等を非侵襲的に計測する手法を開発し、これらのデータからユーザの状態判定によるいたわり表現システムの可能性を確かめた。さらに個人特性を発揮させるため、特定の身振りや指の動きをあらかじめシステムと約束することによる意志疎通システムの構築を試みた。

イ)個性化・自己実現の時代の情報システムによるコミュニティの拡大・教育等のための情報システムの設計・運用 に関する研究
 各種のメディアから自らの興味と動機付けに基づいて素材を選択し、自己実現を果たす新たな教育システムの実現のため、特定の課題に関して学習プログラムを作成し、これを用いて、学習に感性情報を導入することの意義と問題点を実験的に明らかにし、学習支援システムにおける感性情報の表現法等の問題点を明らかにした。また、講義資料の自動作成に必要な画像処理・認識技術を明らかにし、講義から教材を自動作成する手法を提案した。さらに教材配送などのアプリケーションをIPネット上で動作させる際の問題点を明らかにし、広帯域IP/ATMネット上で効果的に動作させるためのプロトコールを実装し、その有効性を確かめた。

ウ.自律分散まちづくりの概念と計画・設計手法に関する研究

ア)自律分散まちづくりのための概念と計画設計手法に関する研究
 自律分散システムの概念と特徴をシステム論的見地から検討し、我が国の都市の問題を整理して近未来における社会状況とライフスタイルの変化について要点を展望し、特定の条件を与えてモデル都市の概念設計を試み、このモデルについてエネルギー、水、木材消費量の算出等、シミュレーションにより各種の問題解決を行った。さらにVR技術により計画設計段階での事前評価の有効性を確かめた。

イ)自律分散都市の保健福祉機能からみた住民の満足度と保健意識の問題
 特定規模の都市を想定し、人的資源、物的資源、経済的資源の3ブロックからなるシミュレーションモデルを構築し、仙台市のデータに基づいて、人口の動勢等の経過と在宅介護ギャップ(=在宅介護者数/在宅介護者必要数)の推移を算出し、保健福祉面での自律分散化の諸問題について検討した。さらにドイツの都市との比較検討により福祉、介護に対する意識の違いを確認した。


(3) 評 価

 本研究は、所期の目標に適した研究であり、その成果はたいへん高く評価できる。
 なお、各研究項目ごとの評価は以下のとおりである。

1) 人間と調和したハードウェアシステムの設計等の ための人間特性に関する研究

 本研究では、急速な科学技術の進歩に追いつけないヒューマン・インターフェースの不備を改善し、新しい技術を開発するために、大きく二つの方向に分けて研究を進め、多くの成果を得てきた。一つは、専門家のためのヒューマン・インターフェースを、ヒューマン・ファクターやヒューマン・エラーの発生、伝播を考慮して、複雑なシステムにおける人間行動のうち、主として認知・判断の誤りを防止しようするもので、大きな成果をあげている。 他の一つは、高齢者等、弱者のためのヒューマン・インターフェースとして、判断・行動の補佐に主眼をおき、幾つかの基礎的・典型的課題において、人間の認知特性・認知過程と、生体機能・行動特性等を定量的に計測し、それらに基づいて適切なインターフェースや支援装置等を開発することに成功している。 両者に対してアプローチの方法は異なるが、いずれも斬新な技術を試み、相当の成果を得ており、所期の目的を達し、極めて高く評価することができる。

2) ゆとりや豊かさを実感できる社会環境、社会システムの設計等のための感性特性に関する研究

 本研究では、感性特性に注目して、社会システムの中の人間のゆとりと豊かさをシステム工学的に追求するユニークな研究を行って、多くの成果を得てきた。主観的でとらえ難い研究対象をわかりやすく客観的にとらえて、手法と結果を示したことは大きく評価したい。 科学技術の進歩と、大規模化または過疎化する社会の中での人間の感性は、本来、社会システムの設計において主役となるべき大事なものであったが、在来から手法が不備であったため、ともすると主観的であるとされて社会システムの設計の中で置き去りにされがちであった。これからの豊かさを追求する社会のなかでは、避けて通れない重要なものである。
 本分科会は、この難しい問題に正面から取り組み、住民のコミュニティ意識の形成に役立つ新たなメディアの効果的な利用法、安全な町並みの評価尺度、設計段階での町並みの評価法、音量観や住み良さ等の主観的な地域の諸特性の定量的計測法などや、一極集中化の行き詰まり打開のための自律分散街づくりに関しても、多角的に問題点を洗い出し、広く、斬新な手法を提示して成果を得てきた。これらの成果は、これからの社会システムの設計に大きな力を与えるものとして、極めて高く評価できる。


 

-- 登録:平成21年以前 --