平成10年度研究評価小委員会報告書について 2各論 総合研究12


12.南海トラフにおける海溝型巨大地震災害軽減のための地震発生機構のモデル化・観測システムの高度化に関する総合研究
(研究期間:第1期 平成8~10年度)



(1) 目 標

 紀伊半島~四国沖の南海トラフ沿いでは,過去において,100~200年間隔でマグニチュード8(M8)級の海溝型地震が繰り返し発生し,その沿岸地域から内陸にわたる広い範囲に甚大な被害をもたらしてきた。同地域では,約半世紀前の1944年(東南海地震,M7.9)と1946年(南海地震,M8.0)に,前回の巨大地震が発生しており,今後地震発生の切迫性が次第に高まっていくものと考えられる。
 一方,阪神・淡路大震災を契機に,長期的な観点から各地の地震発生可能性の評価を実施して,地震災害の軽減のためへの利用など,その成果を広く社会に還元することが,社会的,行政的に求められている。
 さらに,研究的な側面から同地域をみると,南海トラフは,日本海溝や千島海溝と比べて,発生する海溝型地震の震源域が陸域に近く,特にその北端部は陸にかかっていることや震源域が明確に区切られていること,また過去の活動に関する歴史資料をはじめ明治以降の各種機器観測データがかなり蓄積されていることなどから,海溝型巨大地震の発生の可能性を定量的に評価するテストフィールドとして最適の場所である。
 本研究は,南海トラフにおける海溝型巨大地震発生について定量的に評価することを目標に,これまでの知見を整理,統合化しつつ,新たな観測技術の開発等を行い,地震発生機構のモデル化を図るための研究を推進するものである。


(2) 成 果

 本研究における主な研究成果は,以下の通りである。

1) 震源域近傍での観測・調査技術の研究開発

 海底における新しい地殻活動観測手法の研究開発については,マルチビーム音響測深機の合成開口手法の開発と,音響測距を利用した海底測地システムの研究開発を行った。マルチビーム音響測深機の合成開口手法の開発においては,送波アレイの合成開口を実現し,詳細な海底地形計測を可能にした。また,音響測距を利用した海底測地システムの開発においては,音響測距の精度を向上させるための新しい手法を開発し,海底での地殻変動観測の可能性を示した。
 ボアホール利用による地下深部における地殻応力測定及び地殻活動観測技術の研究開発については,ヒンジラインにおける地殻応力測定を実施し,最大水平圧縮応力の方位が南北方向に卓越すること等を明らかにした。また,175m及び500mの孔底において,石井式歪み計を用いた応力開放法による応力測定実験を行った。これは世界でも初めての試みであり,深部での測定に伴う技術的な課題をクリアし,実用に供するまでに至った。ボアホール掘削地点選定のための電気探査比抵抗法の大深度探査用測定システム及び解析システムについても開発を行い,1000m以深の探査を可能にする電気探査用高出力送信機を開発し,測線範囲外の地下構造の影響を低減する解析法(二次元逆解析法)を開発した。
 海底活断層の高分解能調査手法の開発については,探査機を深海曳航することにより,深海においても大陸棚のような浅海での探査と同様の高い分解能で探査できるシステムを開発した。

2) 地震発生機構のモデル化に関する研究

 海底における地震性堆積物の研究については,南海トラフ東部から採取された堆積物資料について分析を行い,地震起源と考えられるタービダイトの再来周期がおよそ100年から600年程度であり,過去数千年間において南海トラフ沿いの巨大地震の発生間隔は大きく変化していないことを明らかにした。
 海底活断層の地下構造の研究については,海底音響画像と海底地形データを組み合わせて海底立体視図を作成し,この立体視図を判読することにより海底における活断層の分布を明らかにできることを示した。また,音波探査データを解析し,南海トラフでの沈み込み面の形状や性質の変化を明らかにした。速度構造,温度構造と変形構造を比較し,断層沿いに流れる流体の活動度が断層の活動度について評価する際に利用できる可能性を示した。
 陸域における第四紀地殻変動の調査については,沈降域および隆起域において調査を行った。沈降域での調査においては,高知県須崎市糺ヶ池において堆積物調査を行った結果,約千年間に6回の津波イベントを認定し,歴史記録で認められている繰り返し周期と同等の時間空隙を確認した。また,隆起域での調査においては,室戸岬周辺での完新世段丘の地震性隆起について調査を行い,地震性隆起と密接に関係するヤッコカンザシ等の石灰質遺骸の精密な年代測定が隆起イベントの認定に有効であることを示した。また,この隆起イベントが1946年南海地震での地震性隆起とは異なる性質であることを明らかにした。
 過去の地震発生様式の解明に関する調査については,1946年南海地震の地震波形記録をディジタル化し,震源過程の解析を行った結果,約20秒の間隔をおいた多重震源であったことを明らかにした。また,地震活動の変化と地殻応力の変化の関係を求め,南海地震前後にも地殻応力の変化に対応すると考えられる地震活動の変化があったことを明らかにした。
 数値モデルによるフィリピン海プレート西北端の地震活動のモデル化については,数値モデルへの摩擦構成則の組み込みにより,地震の繰り返し発生を再現した。また,水平成層モデルと現実に近いプレート構造モデルを用いて1946年南海地震の断層運動後の地表変位を計算し,海溝型巨大地震の余効変動を解釈したり最上部マントルの粘性を推定する場合には現実に即した三次元構造を用いる必要があることを明らかにした。

3) 総合的検討

 南海トラフ周辺について,ボアホール地殻活動観測,第四紀地殻変動,海域における観測,地震発生機構モデル化,確率予測,及び西日本地震総合解析の6つの分野で検討を行い,第1期の成果を基にしたテクトニクスマップの作成の準備とともに,地震発生確率評価に向けて総合的な検討を行った。


(3) 評 価

 1. 評価概要


 本研究は,所期の目標に鑑み優れた研究であり,その成果はたいへん高く評価できる。本研究により,南海トラフにおける海溝型地震発生の定量的な評価に必要な基礎資料収集のための震源近傍での観測・調査技術の研究開発が進められ,適用の可能性が示された。また,地震発生機構のモデル化に関する研究が進められつつある。確率予測手法についても検討が行われ,予測が試みられている。南海トラフという特別な場所で,地震発生機構について総合的に検討されるのは,これらの研究がはじめてであり,非常に評価される。研究項目によっては,所期の成果が得られたものもある。
 本研究は第1期における所期の目標を概ね達成していると認められ,今後もこれまでの大枠を継続しつつ研究を進めることが適切であるが,三次元データを取得することにより,沈み込み面の形状や性質の変化について推定精度を上げることが可能になるなど,研究を取り巻く状況等が変化してきていることから,第2期移行にあたっては,第1期の研究評価を踏まえ,研究内容の一部を再編成することが必要である。

1) 震源域近傍での観測・調査技術の研究開発

 海底における新しい地殻活動観測手法の研究開発については,海底のマルチビーム地形計測において合成開口が実現できたことは成果として評価できる。また,音響測距を利用した海底測地システムの開発において精度向上のための新しい手法を開発したことは成果として評価できる。今後は実測の測地精度評価,更なる精度向上策などを付加する研究が有意義であると考えられる。
 ボアホール利用による地下深部における地殻応力測定及び地殻活動観測技術の研究開発については,南海トラフに発生する地震をターゲットとしてフィールドを設定し,ボアホールを利用した地下深部原位置応力測定を行うのは初めての試みであり,貴重なデータが得られたことは高く評価できる。また,電気探査比抵抗法の大深度探査用測定システム及び解析システムの開発については,高出力送信機の開発及び二次元逆解析法の開発により,1000m以深まで探査可能になったことは重要な成果である。この電気探査システムの開発については,所期の目標を達成していることから,当初計画どおり研究を終了することが適当である。
 海底活断層の高分解能調査手法の開発については,今まで培ってきた深海曳航探査法の技術をベースに,最新の技術を取り込み研究開発を進め,海底下の構造をより鮮明に分解できるようになったことは,地震発生域の構造を解明する上で強力な武器になり,高く評価できる。

2) 地震発生機構のモデル化に関する研究

 海底における地震性堆積物の研究については,深海堆積物中のタービダイトの年代を本研究のように高精度で決定した事例はこれまでになく,初めての成果で,堆積学や地層学的にも高く評価できる。
 海底活断層の地下構造の研究については,海底立体視図を用いて,陸上の変動地形解析と同様の方法で海底活断層のマッピングができることを示したことは重要な成果として評価できる。また,地震発生をモデリングする上で重要な境界面の形状,広がりと物性について詳細なイメージングを試みたことは評価できる。
 陸域における第四紀地殻変動の調査については,沈降域での沖積層の解析により津波イベントとそれに引き続く急激な沈降の証拠が同時に得られたことは,問題とする津波の波源域を推定する上で重要であり,高く評価できる。今後は,堆積物の年代決定精度を上げること,歴史地震と比較検討できる資料を取る必要がある。
 過去の地震発生様式の解明に関する調査については,南海地震の波形のディジタル化により正確な震源過程の推定が可能になったことは重要な成果として高く評価できる。また,精度のよい地震カタログに基づくフィリピン海スラブの沈み込み過程や地震活動と地殻応力の関係についても注目すべき成果が得られており,高く評価できる。
 数値モデルによるフィリピン海プレート西北端の地震活動のモデル化については,南海トラフにおけるプレートの沈み込みに伴う大地震の繰り返し発生やそれに伴う地殻変動のシミュレーションを行うことに成功するとともに,こうしたモデル化を行う際に直面する技術的な困難に対して解決策を見出すことができたことは,今後につながる成果として高く評価できる。

3) 総合的検討

 地質学的な考察により,四国,紀伊半島の地殻変動に関する新しいモデルが提案されるなど,南海トラフについての各研究担当者の個別資料,及びイメージが具体的な成果にまとめられたことは重要な成果として高く評価できる。

 2. 第2期の研究計画の考え方

 第2期の研究計画については,第1期の研究成果及び評価を踏まえ,以下の点に重点を置くことが適当と考えられる。

1) 震源域近傍での観測・調査技術の研究開発

 第2期においては,第1期において開発した海底における地殻活動観測手法の高精度化が重要である。また,地震発生に関連する地殻変動の検出等のため,ヒンジライン周辺において応力と歪みのモニタリングを試みる必要がある。

2) 地震発生機構のモデル化に関する研究

 第2期においては,過去の地震活動に関する知見の蓄積と現在の震源断層の状況把握が重要である。過去の地震活動については,古い地震資料の調査を継続するとともに,特に海域の堆積物,陸域の地殻変動等の双方から検討を行い,南海トラフの巨大地震について歴史時代を含めた過去1万年程度のデータセット作成を試みる必要がある。また,現在の状況把握については,境界面での物性の変化や面的広がりについて推定精度を向上させるために,三次元反射法探査データの取得が特に重要である。また,これらの研究結果を数値モデルに取り込み,モデルをより現実に即したものとなるよう高度化することは,質・量ともに限られる観測を補うためにも必要である。

3) 総合的検討

 災害軽減という目標へ向け,各分野の連携をより緊密に図る必要がある。各分野における研究成果について総合的に取りまとめたテクトニクスマップを作成し,地震発生確率について総合的に検討していくことが望まれる。

-- 登録:平成21年以前 --