平成10年度研究評価小委員会報告書について 2.各論 総合研究 1


1.材料のエコマテリアル化のための評価・設計技術の確立に関する研究
(研究期間:第1期 平成5~7年度、第2期 平成8~9年度)



(1) 目 標

 本研究は、深刻化する地球環境問題に対応し、人間活動の基盤である「材料」の新しいあり方が求められる中で、環境と調和し、環境への負担を軽減した材料及び関連技術の開発を目指したものである。
 第1期では、材料に基本的に要求される機能として、人間活動領域の拡大と利便性の増加という従来追求されてきた側面に、環境との調和性という側面を加えた新しい視点(エコマテリアルの視点)を提起し、このエコマテリアルの概念を普及させつつ、材料の製造から使用、廃棄までの全過程における環境負担性の総合的な評価方法の基盤を確立するとともに、リサイクルを前提とした材料設計技術、自然回帰性の優れた材料・物質創製設計技術等の基本指針を得た。
 第2期では、第1期で確立された環境負担性の評価手法の汎用化・高度化を目指すと共に、材料の使用性能と環境負担性が調和したエコバランスンス改善への適用妥当性の確認、および、第1期で得た設計概念やプロセス技術に基づいて、枯渇資源を原料とする基盤材料である金属材料と複合材料、さらに再生可能資源を原料とする自然融合材料を対象にエコマテリアルの実証を目標とした。

1) 材料の環境負荷と使用性能の総合評価

 環境負担性の視点から、材料開発や社会インフラ、大衆消費財に対する環境負荷評価システムの妥当性を検討し、評価手法の汎用化・高度化をめざすと共に、材料のエコバランス改善への適用の妥当性を検討した。また、データベースのネットワーク化を図り、環境負荷と使用性能に関して調和をとるためのエコバランス評価のためのデータベース構築を検討した。

2) エコバランスに優れた素材設計・開発

 環境負荷と使用性能の観点から特徴的な金属材料、複合材料、自然融合材料を取り上げ、研究推進した。

ア.エコバランスに優れた金属材料では、省元素高性能合金、純組成広範囲性能合金の鉄鋼やアルミの素材単設計・開発に取り組む一方、さらにチタン、銅などのスクラップ利用合金製造基礎技術の開発を目指した。

イ.エコバランスに優れた複合材料では、有機および無機素材の複合化により、再利用、再生、解体等が容易な材料の設計概念の構築と実証を検討した。有機複合材料のリサイクル技術、有機溶媒に可溶なポリマー設計、ポリ塩化ビニルの非有害金属化、建築用および土木用の高機能リサイクラブル複合材料の設計、廃棄容易な窒化珪素系セラミック複合材料の設計などを目指した。

ウ.自然融合材料による新素材設計では、生命体を構成する物質・材料の合成反応、構造、物性、機能を多面的に学び、それらの知見に基づき、環境調和性に優れた物質・材料を設計し、合成する技術を開拓することにより、特異な機能を持つ自然融合材料を創製することを検討した。微生物利用の生分解性・共重合ポリエステル、炭酸イオン含有生体アパタイト、木質材料を対象とした。


(2) 成 果

 本研究における主な研究成果は以下のとおりである。

1) 材料の環境負荷と使用性能の総合評価

 環境負担評価のためのデ-タ-ベ-スを構築し、インタ-ネットにホ-ムペ-ジを開設し公開した。
産業連関表を用いて材料の環境負荷を比較的容易に求めることのできる手法を開発した。これによりSOX、NOX、炭酸ガスを含めた評価を可能とした。この成果を用いて、洗濯機、自動車ホイ-ルに対して評価を行うことができた。MLCA手法を開発し、それにかかわるデ-タ-ベ-スを構築し環境負担評価を材料設計にフィ-ドバックさせることができるようになった。事例研究として、制振金属材料としてのMgとセラミックスのレ-ザ-溶射をとりあげ、環境負担と使用性能の両面からの評価ができるようになった。

2) エコバランスに優れた素材設計・開発

ア.エコバランスに優れた金属材料
 省資源高性能合金では第1期で可能性が検討された最小合金量によって特性を改善する材料設計法の確立を目指し、各種強化機構のモデル計算とクリープ破断試験を行って高温強度向上におよぼす各元素の効果の大きさと主たる強化機構を明らかにした。また、実用耐熱鋼における合金添加量の妥当性を評価し、各合金元素の必要最小量を明らかにした。単純組成広範囲性能合金では、材料のミクロ組織を微細複相化することによって、鉄鋼材料、アルミ合金の特性を向上できることを明らかにした。また、ミクロ組織の微細複合化の環境負荷を評価し、単純組成複相鋼が、特性と環境負荷とのバランスの面から優れていることを明らかにした。さらに、単純組成複相鋼を用いる場合に懸念される、溶接時の結晶粒粗大化を防止するための酸化物微細分散プロセスの最適条件を見いだすことに成功した。スクラップ利用合金製造技術では、アルミニウムを用いて、チタンの主要不純物である酸素を除去できることを明らかにするとともに、その除去機構を解明した。またチタンおよびチタン合金のスクラップを用い、少ない合金添加で加工性に優れた合金を見いだした。さらに、銅系スクラップの合金電析に及ぼす各種不純物元素の影響を系統的に調べ、スクラップの分離精製を有効に行うための指針を得ることに成功した。

イ.エコバランスに優れた複合材料
 エコバランスに優れた素材設計・開発のリサイクル技術において、非ロジウム系コバルト触媒によるポリ塩化ビニルからの塩素ガスの高効率回収法を開発した。また、Pb,Cdなどの有害金属化合物を含まず同等以上の性能を持つCa/Zn複合系安定剤配合のポリ塩化ビニルコンパウンドを開発した。さらに、有機溶媒処理によってリサイクルし易い複合材料のための溶媒可溶性高分子として、ビフェニル骨格を有する全芳香族ポリエステルによって、耐熱性の優れた合成ポリエステルを開発した。建築用複合材料では、熱可塑性FRPのコンクリート中への再利用、コンクリート新補強材への適用とその評価法を確立した。土木用複合材料では、廃ゴム、廃プラ、廃FRPのアスファルト舗装への適用可能性を検討し、特に廃FRP中のガラス繊維などの有用性を実証した。セラミック系複合材料では、意図的に異方性複合組織を持たせ、高温強度、高靭性であり、粉砕容易な材料を開発した。

ウ.自然融合材料による新素材設計
 本研究では、微生物機能を活用した生分解性の共重合ポリエステルの創製、天然素材を模した生体アパタイトの創製、木質材料の長寿命化を対象に行い、以下の成果を得た。
 先ず、ポリエステルの研究では、その生産菌の遺伝子をクローニングして合成酵素遺伝子の単離に世界で初めて成功した。そして、ポリエステルの生合成経路を同定すると同時に、遺伝子組換え技術を応用して安価な炭素源から高い効率で共重合ポリエステルを合成する事に成功した。これらの研究成果は世界で初めてであり、またその研究水準も高く、ここで得られた研究成果は世界中に発表された。そして、さらに平成7年高分子学会の学会賞を受賞している。生体アパタイトに関しては、世界で初めて、カルシューム欠損アパタイトなどの単結晶の合成と、編赤外線スペクトルとX線回折による構造解析に成功し、生体適合性のメカニズム解明に寄与した。木材の長寿命化については、木材の細胞壁へのアセチル基の導入やアンモニアによるセルロースの非晶質化などにより、従来の木材に比べて飛躍的な高耐候性化や高強度化が達成できた。


(3) 評 価

 本研究は、初期の目標に適した研究であり、その成果は高く評価できる。
 まず最初に特記されるべき点は、世界に先駆けていち早くエコマテリアル概念を提起し、その精力的普及活動によって、ひとり材料開発の分野だけでなく、人間社会の物質的基盤である材料のあり方を通して、新しい時代の価値観やライフスタイルの指針確立にも貢献したことである。それは、この研究の開始当時は奇異な響きを与えていたエコマテリアルという述語が、現在では当然のように使用されているという事実自身に見ることが出来る。この点は、萌芽的研究課題に集中的に研究資源を注入して、新しい方向に研究を加速させるという社会的使命を持つ本研究制度の、典型的適用例としても評価されよう。
 本研究の具体的成果は、二つに大別される。その第一は、材料の環境調和性の評価手法の確立と普及に関するものであり、その第二は、エコマテリアルの概念に基づく新しい材料開発の実証にある。
 前者では、材料の総合評価法としての、ライフサイクル評価手法自身の妥当性を、材料開発や大規模社会施設、大衆消費財等への適用を通して検討し、評価手法の汎用化・高度化を試みており、いわば、一介の抽象的概念に過ぎないと思われたエコマテリアルを出発点にして、材料開発やそのエコバランス改善への具体的手法として適用出来ることを示し得た点は高く評価される。さらに、この手法の適用を普遍化するためのインフラとも云うべきマテリアル・データベースの構築を進めており、その成果は、世界的にも注目されている。
 後者では、三つの典型的材料分野を選んで、その特性に応じて、エコマテリアルの実証を試みている。
 最も多様な用途を持つ金属材料の分野では、重量で96%以上という圧倒的シェアを持つ故に、その製造、使用、廃棄におけるエネルギー消費や環境負荷、人間社会に大きなインパクトを持ち得る鉄鋼とアルミのエコマテリアル化や独自の高い材料特性を示すチタンや銅のリサイクル性について検討し、材料開発の新しい展開方向の提示に成功している。
 特殊な性状付与や極めて多様な製造方法の故に、リサイクル性に大きな制約を持つ複合材料の分野では、特にプラスチックスの新しい材料設計法や建築材料のリサイクル性向上の面で重要な成果が得られている。
 さらに、エコマテリアル概念が生み出した自然融合材料では、様々な試みが出され、将来への大きな可能性が提示されているが、中でも、分子生物学的手法を用い、遺伝子操作を組み込んで、生分解性プラスチックスを開発しようとする新しい方向は、世界的にも高い注目を浴びている成果である。
 なお、各研究項目ごとの評価は以下のとおりである。

1)材料の環境負荷と使用性能の総合評価

 本研究は材料の環境負担と使用性能の総合設計において、産業連関表をベ-スに製品を構成する材料から環境負担を定量的に算出できるようにしたことが評価できる。
 環境負担評価のためのデ-タ-ベ-スに関する研究では、LCA実践のための基礎デ-タを集積しデ-タ-ベ-スを構築した。このデ-タ-ベ-スが産業界から広く利用されていることは評価できる。エコバランス評価法の汎用化では、リサイクル方法、処理処分方法の比較評価を定量的に行うことができるようになった。とくにリサイクルでは回収輸送段階が環境負担を大きくすることを明らかにしたのが新しい知見である。これにより最適な回収条件を設定できるようになったことが評価できる。MLCAの手法開発に関する研究では、ここで開発された手法に適用するためのデ-タ-をネットワ-クシステムに載せたところ、海外からアクセスが多数あったことが評価される。材料のエコバランス改善のための事例研究では、新しい加工方法を従来方法と比較検討するための手段として、機能を同一レベルにして原材料製造、加工段階、製品使用段階および廃棄までの各工程のコスト、環境負担を総合的に評価する独創的な手法を案出したことは評価できる。

2) エコバランスに優れた素材設計・開発

ア.エコバランスに優れた金属材料
 いくら環境負荷が小さい材料でも、実際に使用されなければ何にもならない。その意味で、本研究が、環境負荷が小さいと同時に特性にも優れている金属材料の、材料設計・製造プロセス・リサイクルを追求していることで高く評価できる。
省資源高性能合金では、基底クリープ強度の存在とその機構を明らかにし、最小の合金添加で長時間の使用に耐える高温材料の設計指針を与えたことは、国内はもとより国外でも誇れる成果である。単純組成広範囲性能合金では、とくに、鉄鋼材料における成果は、例えば、現在、鉄鋼材料の開発研究において世界的注目を集めている我が国の超鉄鋼研究プロジェクトの中の主要な指針の1つとして取り上げられ、成果を上げるなどして実際に大いに役立っており、国際的に誇れるものと評価される。スクラップ利用合金製造技術では、チタン、銅における研究成果は、いずれもそれらのリサイクル促進に新たな指針を与えるものとして評価できる。

イ.エコバランスに優れた複合材料
 本研究は、エコバランスに優れた複合材料の素材設計及び開発を目的として、有機及び無機素材の複合化、並びに再利用、再生、解体等が容易な材料の設計概念の構築及び実証化を行い、初期の目的をほぼ達成した。
 有機複合材料の液化・ガス化によるリサイクルPVC、FRPなどをふくむ混合廃プラを燃料や化成品にリサイクルする方法の必要性は高いが、このためには、高性能触媒の開発が課題である。本研究ではこの観点からの研究が行われ、今後の展開への基盤が確立された。溶媒可溶型複合材料研究では、有機-無機複合材料実現の基盤となる耐熱性有機材料を見いだした。ポリ塩化ビニルの非有害金属化に関する研究において見いだされたCa/Zn複合系安定剤は、電気特性はもとより熱安定性、熱老化特性、耐候性整形加工性などの性能が従来の鉛系に比べて遜色のない特性を有することが明らかにされた。また、建築材料のエコマテリアル化を図るために、連続繊維強化コンクリート(FRPRC)について長寿命性とリサイクル性の両立を配慮しながら生産、建設使用、廃棄、リサイクル/再利用の生涯過程における環境調和型材料設計と生涯設計の構築を行い、建築用複合材料・部材の環境調和性を配慮した設計に関する道筋をらかにした。これらの成果は初めての試みであり、国際的にも高く評価できる。また、複合材料の土木材料へのリサイクルを促進するために、廃ゴムタイヤチップ、再生ゴム、廃プラスチック、廃FRPのアスファルト舗装への適用可能性を検討し耐久性や安全性に関する信頼性を明らかにし、多くのリサイクル材料が土木材料としての性能向上に繋がることが明らかにされた。セラミックス系複合材料の研究では、窒化ケイ素系セラミックスの長寿命化と環境調和性の両立を図るために、自己複合化配向組織制御による高強度と高靭性を世界で初めて実現できることを見いだした。以上のように、エコバランスに優れた複合材料に関し多くの有益な知見が得られ、今後の展開への基盤を確立したことは高く評価できる。

ウ.自然融合材料による新素材設計
 本研究の評価は次の通りである。まず、微生物機能を活用したポリエステルの研究を始め、世界をリードする成果を上げた点は高く評価できる。各研究毎には、本成果により、大量に生産されている安価な植物油から高い物性を有するポリエステルを高効率で生産する基礎が確立でき、その成果は世界中から注目を集めている。その結果、石油を利用することなく、安いコストでプラスチックを生産することができると同時に、二酸化炭素の排出削減などにも大きな期待ができる。アパタイトに関しては、本研究を実施した結果、炭酸イオンの配置の同定と単結晶の合成などが可能になり、今後の生体適合性材料開発への道が切り開かれた事は意義が大きい。木材はその二酸化炭素固定作用などにより、近年、改めて注目されている材料であるが、本研究によりさらに高機能化、寿命化が図られ、新しい素材として活用できる道が開拓されたと同時に、天然素材に対するこの様な研究の広がりの必要性を知らしめた効果は大きい。


 これらの成果は、今後の材料開発の、新しい発展方向を提示するもので、それらが、日本を発信基地としてなされた意義は高く、今後は、さらに体制を強化することにより、世界を先導する科学技術分野として、発展することが期待される。



 

-- 登録:平成21年以前 --