社会的にインパクトを与えた研究成果の事例

パルスレーザーによる遺伝子導入技術を開発

総合研究:生体膜機能の解析・利用技術の開発に関する研究
【昭和57年度~59年度(第1.期)、60年度~61年度(第2.期)】
研究推進委員長:山川民夫・東京都臨床医学総合研究所所長(当時)

 生体膜機能の解析・利用技術の開発に関する研究は、山川民夫・東京都臨床医学総合研究所所長(当時)を研究推進委員長に、生体膜の機能を解析し、特定の機能を持つ膜を人工的に構成する技術、生体膜の構造または生体膜に作用する物質の構造等を変換することにより、生体膜の機能を改良・制御する技術、生体膜の特異的な物質識別機能、選択的透過機能等を利用する技術の開発を目標に研究を進めた課題。

 この研究課題の大きな成果は、パルスレーザーによる遺伝子導入技術の開発に成功したことだ。当時の技術では細胞内への遺伝子導入は、リン酸カルシウムなどの化学的手段、一つ一つの細胞に針を刺す微注入法・プリッキング法などの機械的手段、あるいは各種の融合法が使用されてきた。しかし、化学的手法は細胞の大量処理に向いているものの、DNAの移入・圧源の効率が極めて低率であり、また機械的手法は発現効率は高いものの労力と熟練を必要とし処理速度は極めて遅かった。

 これに対して、当時開発されたレーザー移入法は、紫外線パルスレーザーを非接触の光の針として細胞を局所的に刺激し、これによって細胞膜に賦与される一過的な透過性を利用して外来遺伝子を外液と一緒に取り込ませるものだ。当時、この研究課題では、細胞の処理能率や遺伝子の発現効率を大きく凌駕すること、さらに従来法にない新しい機能と広範囲の応用可能性を示した。

 一方、平成2年(1990年)、アメリカ国立衛生研究所の医師フレンチ・アンダーソンが世界で最初の遺伝子治療を実施。患者はADA(アデノシンデアミナーゼ)欠損症を患う、当時4歳のアシャンシ・デシルバという少女。ADA欠損症は、リンパ球にADAという酵素がないために生じる病気で、重症の免疫不全を起こし、感染症による死亡率が非常に高いため、無菌室のなかでしか生きていけない。その治療に採用されたのが、患者の体内から取り出したリンパ球にADA配列の部分を遺伝し導入し、正常なリンパ球として体内に戻すという遺伝子治療。この治療が効果をもたらしたことから、その後、世界中で遺伝子治療ブームが起こったが、ADA欠損症など一部の病気を除いて、あまり芳しい治療効果は確認されていない。

 また、遺伝子治療では遺伝子導入に様々な生物由来のベクターが利用されてきた。現在は、アデノウイルスベクターを用いることが主流になっているが、局所的な利用を除けば、その遺伝子導入に伴う安全性は確立されていない。例えば、フランスでは、マウス白血病ウイルス由来のベクターを先天的免疫疾患患者に用いたケースで患者が白血病を発症したという事態が発生している。

 他方、こうした遺伝子治療は先天的な遺伝性疾患だけでなく、後天的な環境素因が大きいガンなどについても用いられるようになってきており、生物由来のベクターを使わない遺伝子導入技術に注目が集まっている。

 そうした背景のもと、この課題で開発されたレーザーによる遺伝子導入技術は、現在、理化学研究所や産業技術総合研究所などで、自由電子レーザーを用いた手法や光増感剤などと組み合わせた手法の基礎技術開発が進められており、遺伝子治療に新たなイノベーションをもたらす可能性がある。

実験動物の基盤を構築

総合研究:実験動物の開発等に関する研究
【昭和57年度~59年度(第1.期)、60年度~61年度(第2.期)】
研究推進委員長:染谷四郎・厚生省国立公衆衛生院顧問(当時)

 ライフサイエンス研究を進める上で、生物を用いた実験は必要不可欠である。しかし、昭和57年当時の日本では、高精度、高品質な実験生物の技術開発は確立されていなかった。また、日本独自に開発された実験生物は極めて少なく、その供給体制、情報交換についても必ずしも満足できるような状況ではなかった。

 この研究課題では、高品質の実験動物、培養細胞等の確保に役立てるため、実験動物の開発と品質管理に関する研究、生物材料の保存技術の開発に関する研究、株化培養細胞実験系の開発に関する研究、実験動物等の情報のシステム化、モニタリング方策、供給方策に関する調査研究などが実施された。

 特に注目すべきなのが、体が小さく飼育取り扱いが容易で繁殖力の高いコモンマーモセット(実験動物中央研究所)、カニクイザルに比べてはるかに小型で扱いやすいリスザル(厚生省国立予防衛生研究所筑波医学実験用霊長類センター)、霊長目に近縁でヒトに近い特性を持つ食虫目トガリネズミ科のジャコウネズミ(実験動物としてはスンクス、実験動物中央研究所)の実験動物化に成功したことだ。

 これらの実験動物は、いまでは普通の実験動物として手に入るようにまでなっている。しかし、科学技術振興調整費によって日本における供給体制が確立しなかったとしたら、海外から高額な実験動物を手に入れる必要に迫られ、また予算も不十分であった時代背景を考えると、日本のライフサイエンス研究のレベルは現在ようにはなっていなかっただろう。

 またこのプロジェクトでは、実験動物に関するデータベース化も試みられている。例えば「ラットとマウスの所在と特性に関するデータベース」を試作し、全国105機関で維持されている延べ486系統のマウス及びラットの所在と特性がデータベース化された。こうした試みは、現在進められているライフサイエンス分野の統合データベース化プロジェクトにもつながるものであり、この点でも科学技術振興調整費の果たした役割は大きいだろう。

核磁気共鳴による機能性タンパク質の立体構造を初めて解明

総合研究:機能性蛋白質の解析・修飾・模擬技術の開発に関する研究
【昭和58年度~60年度(第1.期)、昭和61年度~63年度(第2.期)】
研究推進委員長:厚生省国立予防衛生研究所ウイルス・リケッチア部長(当時)

 機能性蛋白質は、生体内において、酵素による物質代謝制御機能やホルモン等による整体調節機能、抗原、抗体による免疫機能など、重要な役割を果たしており、従来からその利用技術の開発が進められてきているが、当時、こうした利用技術を向上させるため、蛋白質の機能自体を向上させる技術開発を進めたのが、このプロジェクトだ。

 当時、ペプチドのアミノ酸配列と立体構造との関係をコンピュータによって解析する研究等が進展し、蛋白質の構造と機能の相関を解析することが可能になってきた。一方、組み替えDNA技術等の進展により、蛋白質の構造の一部を変換することで機能の向上や新しい機能の付与などを行うことができるようになり、また蛋白質の機能を人工物で模擬する研究も進展してきていた。

 プロジェクトの第1.期では、機能性蛋白質の構造と機能の相関を解析する技術の開発を進めるとともに、ペプチドや酵素等の修飾による機能向上、付与技術および機能性蛋白質の機能を他の高分子等で代替し、模擬する技術の開発を行った。第2.期では、第1.期の成果を踏まえて、自然状態での機能性蛋白質の構造と機能の相関の解析技術、有用なペプチド、免疫原蛋白質および酵素などの修飾、生産技術酵素機能の模擬技術の開発を目指した研究を実施した。

 京都大学理学部の郷信広・教授(当時)らは、蛋白質の動的立体構造に関して、基準振動解析では予測できない非線形の側面が、3次元立体構造内において、「空間に隣接している原子対」の組み替えに着目することで特徴づけられることを明らかにした。また、各磁気共鳴法による実験データから蛋白質の立体構造を決定する手法を開発、蛋白質研究に新たな道を切りひらいた。

 当時、X線結晶構造解析以外では詳細に描き出すことが不可能だった蛋白質の立体構造を詳細に描き出した画期的な成果だといえる。この各磁気共鳴による蛋白質の立体構造解析は現在、標準的な研究手法として使われており、研究社会に与えたインパクトは大きい。なお、余談ではあるが、JST・CREST「たんぱく質の構造・機能と発現メカニズム」研究領域の研究テーマ「ゲノム蛋白質の高効率・高精度NMR解析法の開発」では、この手法をベースに各磁気共鳴による超高速蛋白質構造解析技術を開発し、大学発ベンチャーのSAILテクノロジーズ社が実用化している。

 厚生省国立予防衛生研究所の根路銘国昭・ウイルスリケッチア部ウイルス第3研究室長(当時)らは、インフルエンザワクチンについて、実用的な人工膜ワクチンを開発することに成功した。この人工膜ワクチンは優れた抗体産生能力を持っており、感染の予防にも有効なことが明らかにされている。また、DNAの分子設計によってつくられたキメラDNA分子の蛋白質発現にも成功し、新しいワクチン開発への展望を開いた。

 現行のインフルエンザワクチンは、HAワクチンである。インフルエンザワクチンには、はしかワクチンのように発病をほぼ確実に阻止するほどの効果は期待できないが、高熱などの症状を軽くし、合併症による入院や死亡を減らすことができる。この成果を受けて、現在、より効果的なワクチンとして、世界中で人工膜ワクチンの研究開発が進められている。また、人獣共通感染症のワクチンとしても期待が集まっている。

日本のゲノム科学の基盤を構築

総合研究:DNAの抽出・解析・合成技術の開発に関する研究
【昭和56年度~58年度】
研究推進委員長:和田昭允・東京大学理学部教授(当時)

 このプロジェクトでは、DNAの抽出・解析・合成技術の開発を産学官の協力で推進し、技術水準全体の飛躍的向上を目指して、DNAの特定配列を特異的に識別して作用する酵素等の開発および有用物質等を生産するDNAを細胞内から抽出する技術の開発、DNA塩基配列分析システムの開発、塩基配列の持つ遺伝言語的意味の解析技術の開発、有用物質の生産に関与するDNAの合成技術の開発および構造変換に関する研究、組み替えDNA技術の推進方策に関する調査研究を実施した。

 厚生省国立衛生院、理化学研究所、三菱化成生命科学研究所は、組み替えDNA技術を発展させるため、新しい制限酵素の探索とその分離精製法についての研究が行われた。

 理化学研究所では、パン酵母から特定の部位で2本鎖DNAを切断する酵素を発見し、その分離精製法を確立した。Sce1.と名付けられたこの酵素は真核生物から始めた発見されたDNA切断酵素で、これまで各種の細菌から発見された制限酵素と異なった性質を持っており、その利用によって真核生物の遺伝子の機能の解明などに新しい糸口が切りひらかれる。

 三菱化成生命科学研究所では、好熱細菌の一種サーマス・サーモフィラス111から2種類の新しい制限酵素Tth1111.、Tth1112.を発見した。これらの酵素はそれぞれ新しい特異性を示し、60~70℃の高温で働くという、これまでの制限酵素にはない特徴をもっている。

 国立公衆衛生院では、新しく制限酵素産生細菌検出法を考案し、これによって腸内細菌の生産する制限酵素の探索を進めた。その結果、大腸菌、チフス菌、赤痢菌に、制限酵素を大量に生産する小型のプラスミドが存在することを発見し、多くの種類の新型制限酵素を分離することに成功した。

 これら新たに発見された制限酵素の多くは、日米欧の民間企業から販売されるようになり、世界のライフサイエンス研究の進展に大きな貢献をした。

 セイコー電子工業、東洋曹達工業、富士写真フイルム、三井情報開発などは、DNAの構造解析の自動化装置の開発を進めた。

 塩基配列決定手法の一つである化学修飾法(マキサム・ギルバート法)による作業のうち、最大のネックとなっていたDNA鎖の選択的切断(塩基特異的切断)処理を自動的に行う装置を開発した。試作機1号は、DNAのGのところで切断する反応だけ行うものだったが、試作2号機からはATGC4つの反応を同時に行えるものになり、その成果を元にセイコー電子工業が昭和60年度から販売を開始した。

 塩基配列の決定には、塩基特異的切断の次に、得られた多数のDNA断片を電気泳動によって、断片の長さによって振り分ける作業がある。この時にポリアクリルアミドゲルで作った電気泳動膜を使うのだが、当時は研究者の手作りでやっていたため、面倒で再現性が悪かった。そこで、プラスチックの板の上にポリアクリルアミドゲルを自動的に塗り、膜を量産する技術を開発し、工業化に成功した。

 電気泳動の後、その膜をX線フィルムに感光させると、はしご段が4列並んだような電気泳動パターンが得られ、それを読み取ることでDNAの塩基配列が決まる。当時はこの読み取り作業を人手で行っており、熟練した人でも1週間に2000塩基をこなすのが精一杯だった。プロジェクトでは、パソコンを使った電気泳動パターンの自動読み取り装置を開発し、実用化した。このシステムはその後、改良と多機能化が図られ、高精度の遺伝情報解析システムとして、東大、京大、阪大などの大学、国立がんセンターなどの研究所、味の素や帝人などの民間企業で活用されることになる。

 現在標準的に使われている遺伝子解析装置のベースがこのプロジェクトで作られたと言っても過言ではない。

 このプロジェクトによって、日本におけるDNAシーケンス研究が本格的に始まった。DNAの塩基配列の大量解析を目指して研究開発を進め、埼玉大学工学部の伏見譲・教授(当時)が米国に2年先駈けてDNA解析の4色蛍光法を開発、日立製作所の神原秀記・研究員(当時)が蛍光検出法を開発しキャピラリー分析装置を提案した。研究期間終了後は、理化学研究所での研究や科研費・がん特別研究などに研究は引き継がれるが、産学連携が「悪」として認識されていた時代背景や研究者コミュニティの反対などもあり、DNAシーケンサーの実用化に向けた研究は進まなかった。

 一方、米国では米国国会研究評議会が1988年にヒトゲノム計画を議会に提案し、国家プロジェクトとしてスタートした。2005年までに約30億塩基対からなる未知の遺伝子を解析することを目標に掲げて、各国に呼びかけ、国際ヒトゲノム計画がスタートする。

 カリフォルニア工科大学の研究員だったマイケル・ハンカピラーは、日本の「DNAの抽出・解析・合成技術の開発に関する研究」による成果をベースに基本的なDNAシーケンサーを開発し、ABI(アプライド・バイオ・システムズ)社を設立。その後、ABI社を吸収したパーキンエルマー社が実用的な装置を開発し、セレラ・ジェノミクス社に供給することで、国際ヒトゲノム計画に先駈けてヒトゲノム解析を終了した。

 戦略が足りなかったために、日本での実用化はならなかったが、この研究がなければヒトゲノム解析は数年遅れていたと推察されるため、研究の持つ社会的な意義は非常に大きい。

 和田昭允氏は「当時、これからのDNAの研究には、塩基配列の大量解読のための技術が欠かせない。コンピュータやロボットを得意とする日本ならば、装置開発で世界に先駆けることができるのではという思いで研究プロジェクトを提案した」と話している。

自動翻訳システムの基盤を構築

日英科学技術文献の速報システムに関する研究
【昭和57年度~60年度】
研究推進委員長:長尾真・京都大学工学部教授(当時)

 当時、日本科学技術情報センター、工業技術院情報計算センター、農林水産研究情報センター、大学等では、科学技術文献サービスを全国の研究者に提供していた。その中で、外国語で書かれた科学技術文献は、アブストラクトのみを翻訳者が手作業で翻訳・提供しており、増え続ける文献に対応できなくなってきていた。一方、日本の科学技術水準も徐々に高度化しており、欧米からは日本の科学技術文献情報が求められていた。こうした背景から、このプロジェクトでは、科学技術文献の日英・英日の自動翻訳システムを開発した。

 一つの言語をコンピュータを介して他の言語に翻訳するためには、対象となる文章の構造を解析して、主語・述語の間にある相互関係などを明らかにするとともに、文章の構成単位である品詞の構成を明確にする(構文解析)、それぞれの単語について一つの言語から別の言語に変換する(構文変換)、目的とする言語の文法に適合するような文章を生成する(構文生成)という、解析・変換・生成の3つのステージにより、コンピュータが手順を踏んで作業を行う必要がある。

 プロジェクトでは、科学技術用語辞書データベースを用いて科学技術に関する研究論文などを翻訳するための言語処理ソフトウェアの開発、科学技術分野の言語を収集・整理し、コンピュータで利用可能な形に編集した日‐英科学技術用語辞書データベースの開発、これらを統合して利用するための総合システムの開発を進めた。

 プロジェクトを進めるためにまず、複雑な文章構造に対応可能なソフトウェアGRADE(GRAMMAR DE‐SCRIBER)を 開発。これは、一つの言語に文法構造を表す木構造を別の言語の木構造に変換できる当時としては世界的に最も強力な機械翻訳ソフトである。文法構造を表す木構造とは、文の中に存在する単語相互間の関係を表現したもので、特に動詞に着目して、その動詞が取りうる行為者(主語)、行為の対象(目的格)などを明らかにしている。木構造までに解析された入力原文の内部構造は、次に目的言語の内部構造(木構造)に変換され、最後に目的言語の文法規則に従って一つの文として再構築される。この文の解析・変換・生成の各ステージに対して、GRADEで記述した翻訳のためのルール、つまり日英または英日の翻訳文法が作成された。これをGRADEと合わせて、言語処理ソフトウェアになる。

 科学技術分野全般の日‐英専門用語集の分析、対訳語の抽出、既存の研究論文などからの対訳語の抽出などを行い、これらのデータを基にデータ編集を重ねて、日‐英科学技術用語辞書データベースを開発した。語数は10万語におよぶ膨大な規模のものとなった。機械翻訳システムでは、翻訳文法と相互補遺すべく、文の解析・変換・生成の3ステージについて辞書データベースを作成。また、将来にわたってこの辞書データベースを利用していくため、用語の更新などを継続的に行うための追加・管理システムも開発した。

 さらに、これらの言語処理ソフトウェアと辞書データベースを統合し、ユーザインタフェース機能を付加した統合システムを開発した。

 またこれらのシステムの開発に加え、機械翻訳の訳文の質を評価する方法として、理解容易性および忠実度という2つの尺度を確立したことも成果のポイントとしてあげられる。

 今では標準的に行われている、対訳用例を多数記憶しておき、これらとの類似性を検出することで翻訳するという用例翻訳は、このプロジェクトの過程で生まれたものだ。

 このシステムは、日本科学技術情報センター(現在のJST)で実用化された。またJSTから日英機械翻訳ソフトとして多数販売されるとともに、ウェブ版の翻訳サービスにも利用されている。さらに、多くの企業がプロジェクトに参加したことで、その技術が実質的に移転され、現在、各社から出されている翻訳ソフトウェアの基礎になっている。

日本の気象研究をレベルアップ

北日本太平洋沿岸地方における海霧と山背風に関する総合研究
【昭和55年度~57年度】
研究推進委員長:高橋浩一郎・科学技術庁参与(当時)

 日本付近は、毎年初夏から盛夏にかけて、高温多湿な小笠原気団と冷涼なオホーツク海気団の境界域となるため、この季節特有の気象現象が現れ、北海道太平洋沿岸地方では海霧が現れ、北海道太平洋沿岸地方では海霧が発生、交通機関に大きな影響を及ぼし、東北地方では山背風による農作物への被害をもたらしている。この研究では、海霧と山背風に関して、当時としては最新の観測機器や手法を用いて、その実態を解明するとともに、防御対策についての研究を行った。

 海上の霧をリアルタイムで観測し、その水平分布や濃度などを把握するには気象衛星やライダー、測雲用ミリ波レーダーなどの利用が考えられるが、ミリ波レーダーによる霧の観測については、国内はもちろん外国でもその例はほとんど報告されていない(当時)。しかし、局地的な霧の実況把握は短時間予測のためには分析能や探知距離の関係から、電波を用いたミリ波レーダーが有効である。

 運輸省気象庁気象研究所では、送信波帳 8.6ミリメートルのミリ波レーダーは、これまで主として非降水雲の観測に使用されてきており、霧を観測する場合にはレーダー自身が霧の中に入ることも多いため近くの霧による減衰が無視できなくなってくる。そこで、レーダーの性能を少しでもアップして探知距離を大きくするために、装置を改造。パラボラ空中線を直径1.8メートルから3.0メートルに大きくして受信器の 最小受診感度をマイナス85 dBM からマイナス100dBMに 改善、さらにパラボラ空中戦の方位角を手動で帰られるように改造した。こうした改造によって。レーダー方程式から計算される探知距離を2倍近くまで伸ばすことができるようになった。

 このミリ波レーダーを海抜 30メートルの釧路市紫雲台の海岸に設置し、昭和56年及び、57年夏、海上の霧の観測を行っ た。56年の観測ではパラボラ空中線を天頂に向けて海霧の垂直構造を観測し、霧粒の発生や成長のメカニズムを検討するための資料を得、また57年の観測では、空中線を回転台にのせて容易に方向を変えられるようにすることより霧の分布や移動を調べるためのデータを得ることもできるようになった。

 このような観測の結果、ミリ波レーダーは1立方メートルあたり0.3 グラム程度の霧水量を持つ霧であれば、距離10キロメートル位までは観測可能であることが明らかになった。気象レーダーに比べると距離は短いが、大気境界層あるいは少なくとも接地境界層の気象データと合わせれば、飛行場などでの1時間先までの予測ができる可能性がある。海上のデータを付加すれば、さらに実用性は増大するものと考えられている。また、ミリ波レーダーによる海霧の観測によって、特に重要な沿岸霧の発生機構に関して、釧路の場合、濃い霧が海岸から移流してくるのではなく、海上近くで発生して濃い霧になる場合が多いらしいことも明らかにされている。

 現在、ミリ波レーダーによる雲の観測は、いわゆる天気予報に普通に使われるようにまで普及している。この研究では、当時としては世界的にもまだ実用段階になかったミリ波レーダーを実用レベルまで持って行ったことで、日本の気象研究や天気予報精度の向上に大きな貢献をしたといえる。

 また、農林水産省農業技術研究所、現農業環境技術研究所、同東北農業試験場、青森県農業試験場、岩手県農業試験場、宮城県農業センター、福島県農業試験場は、山背風をもたらすオホーツク海高気圧の本体は背の高い高気圧であるが、その立体構造を解明するため、岩手県北部から青森県東部を流れる馬淵川流域を対象として、二年間に渡る総合的な観測を行った。その結果、オホーツク海高気圧の上空には気温の逆転層があり、さらにその上では乾燥しているという山背風の立体構造が明らかになった。

 この研究による基礎的な知見は、その後の農林水産省特別研究「山背風常襲地帯における農作物安定生産技術」に活用され、地域の水稲や畑作物、果樹などの山背風対策に応用されることになる。

総合防災システムの基盤を構築

総合研究:流域雨量予測による総合防災システムに関する総合研究
【昭和55年度~57年度】
研究推進委員長:小平信彦・財団法人リモートセンシング技術センター事務局技術参与(当時)

 台風や梅雨の末期の局地的な大雨による災害は、都市化への開発が進むとともに被害が多様化している。降雨に対する防災システムを確立するためには、短時間、短期雨量予測技術の開発が必要である。この研究では、気象観測システムの総合的活用により、その開発を行うとともに、降雨の河川への2次流出予測の研究、実験を行った。

 流域雨量算出用に関する研究では、レーダーエコーの発達・衰弱、利根川流域の風の収束・発散、気温の分布状態とその関係を調査いたしました。その結果、調査地域の風をおおまかに三通りに分類することで、特定の地域にほぼ定常的に発散・収束域が出現することが分かった。

 流域雨量予測に関する研究では、1時間から6時間までと6時間から18時間までの雨量予測の開発を目的としたものです。約 100例の予測事例の計算を行った結果、制度の面でまだ問題のあることが分かった。しかし、プログラム化はできなかったものの、開発された技術をプログラム化することで実用化の可能性を見いだした。また短期雨量予測については、基準雨量を設定して、これを超える雨が降る確立を予測し、その確率を確率密分布にまとめる方法で、その方法論の基礎にたどりつくことができた。

 気象・水文情報による流出予測の開発研究では、流出予測モデルが一応の完成をみた。その結果、雨量予測から正確な流出量の値を出すことで、ダム制御への利用が可能になってきた。さらに、都市及びその周辺部の豪雨の短時間予測に関する研究、雨量予測の利用技術に関する研究など、さまざまなシステムをどのように使うかを研究・検討したことで、ソフト開発の面でも成果をあげた。

 様々な研究が行われたわけだが、なかでも短時間雨量予測は大きな成果を上げた。

 この研究(運輸省気象庁予報部、観測部が担当)では、アメダスデータと気象レーダーの合成をすることが試みられた。当時のアメダスは、雨量、気温、風(風向、風速)、日照を監視し、電話回線網を使って60分おきに全国約1,300カ所の データを、アメダスセンターのコンピュータに情報を集めるシステム。

 こうして集められたアメダスと、デジタル化されたレーダーからのデータをコンピュータで合成し、レーダー・アメダス雨量合成図を作成する技術が開発された。この合成図の雨域を前の情報データとして移動を加味すれば、一応の短時間雨量予測ができるわけだが、実際の雨域は時間の経過につれ発達、衰弱することが多いため、データに補正を加えなければならない。

 研究の目的のひとつは、マン・マシン(機械だけでなく人による処理も入る)処理による雨量予測技術の開発(対象地域は利根川流域とした)と、その実用化であった。そのため、レーダーやアメダスなどの数多くのデータを自由に駆使できる計算システムを作り上げた。システムが備える機能は、1.ミニコン、マイコンベースで組めること、2.動画表寿が可能なこと、3.カラー表示、強調表示ができること、4.演算速度が速く、大容量のデータが高速で取り扱えることであった。このシステムを使ったシミュレーションにより東京レーダーのデジタルエコー、アメダス、気象衛星の資料を使って、1~6時間先までの雨量を予測する手法の開発を行った。

 研究の主な成果は、計算時間を短くする計算方法を開発、地形の効果を考慮した補正法の開発、短時間雨量予測図を確率表現が出来たことだった。

 こうした研究で地形効果などによる補正を適切に行えば、レーダー・アメダス合成図を延長し、考えられる要素を取り入れる手法で実用的な予測精度に到達できる可能性が認められた。

 また、流域雨量予測の研究において設計された実験システムにより、画面を見ながら実際に生じている様々な現象を確かめたり予測の改善のために考案された処理方法をプログラム化して実行することが出来るようになった他、その結果を画面に表示して効果を確認しながら操作を行う対話処理の方法も取り入れることが可能になった。

 この成果を基に、気象庁ではレーダーやアメダスなどから得られる膨大な観測処理を組み合わせて加工する高速処理システムの整備を行い、総合的な処理システムを構築し、短時間予報の実用化に向けて研究が進められ、1988年には計算処理システムの完成を受けて短時間予報が実用化された。また、短時間予報の結果は、河川管理システムに伝達され加工の増水の水の量とタイミングを的確に予測する為の入力データとして利用され、ダムなどの効果的な運用と緊急時に素早く避難活動を進めるための重要な情報となっている。

 こうして確立された基礎的なシステムは、現在の天気予報や災害予測など、幅広い分野で応用されており、現在の我々の生活を支えている。

低圧・常温下でダイヤモンド薄膜の合成に成功

総合研究:高性能材料開発のための表面・界面の制御技術に関する研究
【昭和56年度~58年度(第1.期)、昭和59年度~60年度(第2.期)】
研究推進委員長:早川茂・松下電器産業株式会社専務取締役、技術本部長(当時)

 当時、世界中で知られている物質の総数は約 600万種であり、この中で何らかの用途に用いることのできるものは、0.2%に過ぎなかった。その中でも、生の素材をそのまま材料とする例はほとんどなかった。人間は自然界に存在する物質に手を加え、新しい材料を開発してきた。こうした材料の機能を決める大きな要素となるのが、表面の構造と性質である。材料を構成する要素同士が接して作る界面もまたキーポイントで、このプロジェクトでは、表面と界面の構造と質を制御することで、新しい材料を生み出すことを狙った。

 技術的な成果として、材料技術に不可欠な表面清浄化技術や、表面・界面の評価技術、さらに表面・界面を利用した機能性材料実現のための基盤となる、薄膜やセラミック材料の合成に関する基礎的な技術が確立された。

 代表的な成果を具体的にあげると、ダイヤモンド薄膜合成基礎技術、非酸化物系セラミックス焼結基礎技術、金属表面改質基礎技術、表面構造評価基礎技術(直衝突イオン散乱分光法など)などがある。

 これらの研究成果は、学会発表や特許出願などにつながった。学会発表は200件をはるかに超え、しかも国際的に評価が高く、国際学会からの招待も数多く見られた。直衝突イオン散乱分光などは海外からの招待が年間に10回近くあった。当時の真空国際会議でも、プロジェクトに関連した研究成果が紹介され、ダイヤモンド薄膜は米国真空学会で招待講演となった。

 この研究プロジェクトのトピックスは、なんといっても、低圧、常温下でダイヤモンド薄膜の合成に成功したことだろう。

 それまでの人工ダイヤモンドの合成は、超高圧をかけ、高い温度を与えて行うのが常識で、同じく科学技術振興調整費による「大型超高圧力発生システムに関する研究(昭和55年~56年(第1.期)、昭和57年~59年(第2.期))」においても、そうした流れから研究が進められた。ところが、このプロジェクトで目指したものは、高圧下ではなく逆に減圧下で、しかも常温においてダイヤモンドの薄膜を合成するというものだ。

 真空チャンバーの中に原料となるグラファイトの板を置いてイオンビームを照射すると、このビームによってグラファイトからは炭素がたたき出され、これを基板に受け止めると表面にダイヤモンドの薄膜が合成される。この技術は、世界中のコンピュータメーカーや半導体メーカーの注目を集め、研究開発が世界中で活発化することになる。

 現在、弾性表面波デバイスにはダイヤモンド薄膜が応用され、光通信や無線通信のインフラ系幹線などに実用化された他、超高性能発振器などでも実用化が進められている。ダイヤモンド薄膜の研究は現在でも活発に進められており、この研究で得られた基本的な成果が、ダイヤモンドの電子部品への適用を可能にしたといっても過言ではない。

半導体プロセスにおける基盤技術を構築

総合研究:半導体の格子欠陥を利用した材料機能の制御に関する研究
【昭和58年度~60年度】
研究推進委員長:千川純一・文部省高エネルギー物理学研究所教授(当時)

 トランジスタの誕生以来、エレクトロニクスの世界を激変させた半導体。この半導体の結晶にとって、格子欠陥と呼ばれる「傷」はいたしかゆしの存在である。電気を伝える役目を果たす素子作りには、極くわずかの不純物を混ぜて点状の傷を作ってやらなければならない。ただし、不純物を狙って混ぜる前の段階では、徹底してこれを排除し、傷のない完全な状態にすることが求められてきた。しかしこのプロジェクトでは従来の発送を180度転換、逆転の発想に基づいて格子欠陥を積極的に利用する道を探った。

 当時、製造工程の管理もほぼ極限の域に達し、これ以上の詰めを行うことがコストを大幅にアップさせかねないところまで来て、製造工程でどうしても顔をのぞかせる格子欠陥を、逆手に取ることはできないか、との発想が生まれたのである。

 こうした意識に基づいて、プロジェクトでは、東北大学金属材料研究所で、逆転のためのシナリオが探られた。

 研究の第一歩は、熱と力を受ける製造の過程で、どのような格子欠陥がどのように生まれてくるかの解明。特に問題となる線状にできる欠陥は、転位とよばれているが、まずどういった種類の転位が高温下でどのように生まれるかの過程が明らかにされた。さらにこれに引き続いて、これらの転位が示す電気的、光学的な性質を解明した。

 これらの成果をもとに、欠陥を利用してしまうための道筋も明らかにされた。結晶の格子がずれ、線構造の欠陥を作っている転位の箇所では、原子同士を結びつける腕となるボンドが余った状態となっている。この余ったボンドに、混じり込んでしまった不純物を吸着(ゲッタリング)させる。つまり、どちらも元々はマイナス要因である転位と不純物を結びつけ、いわば「毒をもって毒を制する」道が明らかにされたのだ。

 この研究の第一段階で進められた転位が出来る過程の研究を利用し、半導体メーカーではこれを抑えることにも広く利用している。また、最終的に示された毒をもって毒を制す、という独創的な発想に基づく技術は、世界的な注目を集め、東北大金材研ではプロジェクト終了後も、この研究をさらに発展させている。

 また、エレクトロニクス領域への2段階の立方結晶窒化ホウ素利用、つまり、まず放熱基板材料としての道を開き、さらに半導体化への基礎固めを行うための研究が進められた。

 研究にあたったのは、科学技術庁無機材質研究所。比較的容易に実現可能と思われる基板材料に求められる性質は、絶緑性の高さと熱伝導率の良さである。プロジェクトでは高温圧下でしか作り出すことの出来ない立方晶窒化ホウ素に少量の添加物を加え、比較的低い温度において作成する技術の開発に成功。こうして生み出された立方晶窒化ホウ素の焼結体は高い熱伝導率を示し、この技術は新技術開発事業団を通じて住友電工株式会社に斡旋され、基板材料としての実用化された。

 第2段階の半導体利用へと道を開くためには、格子欠陥の利用の前段で、きっちりと格子のそろった立方晶窒化ホウ素の単結晶を作ることが不可欠だ。プロジェクトではこの課題にも取り組み、1.5ミリ径ながら単結晶製造に成功した。この成果を基礎に4~5ミリ程度まで目標を向上させることが可能なところまでこぎつけた。

 この研究課題で産み出された「毒をもって毒を制す」という発想によるゲッタリングは、半導体プロセスにおける基盤技術としてもはや「常識」となっている。この成果が半導体業界に与えたインパクトは非常に大きい。

地球観測技術やレーザー治療法を開発

総合研究:高性能レーザーセンシングシステムに関する研究
【昭和55年度~56年度(第1.期)、昭和57年度~59年度(第2.期)】
研究推進委員長:霜田光一・東京大学理学部物理学教室教授(当時)

 レーザー光線は、従来の他の光にはない性質を持っているため、医療、電子、通信、情報処理、物質の測定、超微細加工など、広範な分野で既存技術では達成し得ない技術革新をもたらすものとして期待され、先進各国で積極的に研究が進められている。しかし、日本のレーザー技術は、光ファイバーや半導体レーザー等、ある一部の分野を除き、多くは海外からの技術に依存している。この研究プロジェクトでは、日本独自のレーザー技術を発展させるため、環境計測用レーザーセンシングシステムの開発、医療用レーザーセンシングシステムの開発、マイクロプロセッシング用レーザーセンシングシステムの開発を行った。

 太陽光は、その温度(表面温度6000度C、中心温度1500万度C)に対応した、様々な波長を持つ電磁波を放射している。この電磁波は、地球大気圏を通過する際、大気ガス中の微量分子の質と量に応じて特定の波長が吸収されるため、地表に届いた電磁波を検出することにより、大気中の微量成分の変化、つまり大気の汚染状態を知ることができる。

 この研究プロジェクトによって開発されたLHS(レーザー・ヘテロダイン・スペクトロメーター)は、太陽からの赤外線に、赤外領域波長可変率半導体レーザー光を局発光源として用い、太陽赤外光をより低い周波数のマイクロ波信号に変換し、増幅・検出することで、大気中の微量分子を好感度・高分解能に測定するシステム。

 LHSの開発は59年までに基礎技術が完成し、それをベースに61年10月には米NASAに次いで世界で2番目となる成層圏オゾン層の観測に成功した。その後も、これをベースにした研究開発が進み、各種の大気微量物質計測装置などが開発されたほか、打ち上げ予定の温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」に搭載された温室効果ガス観測センサ(TANSO‐FTS)にも、その技術は活かされている。

 ガンの治療法には、手術、化学療法、放射線療法などがあるが、いずれも決め手に欠けるのが現状である。その中で最も確率が高いと見られる手術による除去にしても、ガンを取りきれない場合や再発する例が数多くあり、また化学、放射線治療はガン細胞サケでなく、健康な細胞まで破壊してしまう難点がある。

 ガン治療用レーザーセンシングシステムは、アルゴンレーザーの特性を利用し、選択的にガンを消滅、除去するために開発された。

 このシステムは、ヘマトポルフィリン誘導体(色素)が可視領域のアルゴンレーザーの照射で化学反応を起こすという特性を利用したもの。ヘマトポルフィリンは、人体内にはいるとガン細胞に吸着する性質があり、高い濃度を示す。そこに波長514.5ナノメートルのアルゴンレーザーを拡散した状態で、到達深度15 ミリ、0.5ワットの弱いパワーで照射すると光化学反応を生じ、ガン細胞のみを壊死、消滅させることができる。

 このレーザー治療法は、昭和62年1月現在までに20病院で82例の臨床試験が行われ、脳腫瘍、眼球内腫瘍、結膜腺ガン、皮膚ガン、咽頭ガン、舌ガン、胃ガン、直腸ガン、肺ガン、膀胱ガンについて、いずれも顕著な治療効果が認められ、かつ副作用がゼロであることも報告されている。

 現在では、このレーザー治療法は様々な改良を経て、一般的な治療法の一つとして普及している。

 エレクトロニクス技術の根幹となる集積回路については、世界各国が熾烈な開発競争を続けている。当時、最も普及していた256キロビットのLSIで2ミクロン、これが1メガビットになると0.75ミクロン、16メガビットでは0.5ミクロンとなり、わずか数ミリのシリコン基板の上に1600万個もの素子が組み込まれる。

 このプロジェクトでは、従来技術の延長ではなくエキシマレーザーを用いた新規性のある超LSIの量産化技術の基礎がためを目的にスタートした。その成果として開発されたのが「小型電子ビーム励起レーザーセンシングシステム」で、それまでX線や電子ビームでなければ難しいと考えられていた技術の常識を破り、KrF(フッ素とクリプトンの混合希ガス)に電子ビームを直接当て、発生した紫外線領域のエキシマレーザーを使い、0.5ミクロンの技術に成功した。同時にこの装置は、それまで量産化のネックとなっていた、小型化、高効率化、超寿命化といった技術的課題をクリアし、超LSIの量産化に新しい道を拓いた。

 エキシマレーザーによるセンシングシステムは、現代の半導体プロセスにも用いられており、KrFエキシマレーザスキャンは世界市場で年間2兆円以上の市場規模になっている。

土砂災害ハザードマップ作成に貢献

総合研究:土砂災害危険度予測システムの開発に関する研究
【昭和61年度~63年度】
研究推進委員長:福岡正巳・東京理科大学理工学部教授(当時)

 長崎豪雨災害、山陰豪雨災害をはじめ、長野県西部地震におる土砂災害、長野市地附山の地滑り災害など、当時の日本では、自然災害の中でも土砂災害による大きな被害が毎年のように起きていた。こうした状態は、土砂災害危険箇所の膨大さや生活活動の拡大から、さらに続くものと予測されていた。こうした土砂災害に対処し、人名を守るためには、災害発生に係る防災情報の適切な提供による避難態勢等を確保することが重要な課題である。

 この研究では、土砂災害発生の危険度の適切な判定システム、すなわち、表層崩壊に伴う土砂災害に対して、その素因・誘因を定量的に評価することで、空間的・時間的に詳細な崩壊発生危険度予測が可能なシステムの基盤技術の開発を計り、防災情報の活用に役立てることを目標に実施した。特に同システムは、既存の観測網と情報網を活用し、豪雨時において、詳細な降雨量の変化に対応した被災地域の予測を行い、警戒、避難態勢等の指針を与えることが大きな目的。

 建設省土木研究所は、地盤素因の土砂災害危険度予測システムへの同入手法に関する研究を実施し、不飽和浸透解析モデルを用いた山腹斜面安定解析プログラム(山腹崩壊発生モデル)を作成することに成功した。また、山腹崩壊発生モデルを用いて、モデル斜面及び実際に山腹斜面崩壊の発生した地域でシミュレーション計算を行い、実際の山腹斜面においても崩壊予測がある程度可能なことを明らかにした。

 気象庁予報部は、土砂災害危険度解析用降雨量データセットに関する調査を実施し、土砂災害危険度予測システムの開発に必要とされる雨量分布データセットを10分毎100m格子で作成することに成功した。また、5km格子のレーダー・アメダス合成値を利用して、タンクモデルによる土砂災害危険度の判定指数を作成し、その有効性を明らかにした。

 科学技術庁国立防災科学技術センターは、土砂災害危険度予測手法に関する研究を実施し、土砂災害関係素因として地形、地質、植生等のパラメータを取り入れた斜面崩壊の発生位置予測モデルを作成し、実際の豪雨によって発生した崩壊に適用し、シミュレーション計算した結果、予測手法の実用化に有効なデータを得ることに成功した。

 これらの研究は、それまでの雨量のみによる経験的危険度判定とは異なり、物理モデルという定量的手法に基づく斜面崩壊予測という分野を拓いた。また、これらの成果をベースとして、現在の気象予報における土砂崩壊の危険性評価が行われているほか、日本全国を対象とした災害危険度ハザードマップ作成などに役立てられており、社会的なインパクトは非常に大きなものだといえる。

遺伝子操作の基盤を構築

総合研究:染色体の解析・利用技術の開発に関する研究
【昭和60年度~平成2年度】
研究推進委員長:関谷剛男・厚生省国立がんセンター研究所腫瘍遺伝子研究部長(当時)

 真核生物では、遺伝情報の担い手であるDNAは、蛋白質の集合体、染色体として核内に存在している。高次な生命現象は、DNA上の特定の遺伝子群の発現が染色体レベルで包括的に制御されることによって営まれている。この遺伝子発現を適切に制御し、必要な生物学的機能を利用するためには染色体の構造及び機能を解析し、それを有効に利用するための染色体関連技術の開発が不可欠である。

 これらの染色体関連技術は、従来の組み替えDNA技術では対応することが不可能であった高次な生命機能を制御し、利用することを可能にしようというものであり、その開発は新しい技術体系を作り出すものだ。ここで開発された技術は高等動植物をも対象をし得る次代のDNA関連技術の核として、発生・分化・免疫といった基礎生物学分野のみならず、ガンや遺伝性疾患等の解明・治療、また動植物の新品種作出など、保健医療分野、農林水産分野等の広範な領域に大きな波及効果をもたらすものだ。

 こうした観点から、この研究プロジェクトでは、高等動植物等の真核生物における高次な生命現象を担っている染色体を対象として、ライフサイエンス分野における新しい技術領域の展開を図るため、第1.期において、染色体の分離・生成技術、染色体の構造および機能の解析技術、染色体への遺伝子導入技術、細胞への染色体導入技術及びその効率的発現技術の開発を目標に研究を行い、レーザー式染色体切断装置の試作を行うなど、今後の研究発展が期待できる重要な成果がそれぞれの項目で得られた。

 これらの成果を踏まえ、第2.期においては、染色体の分離・精製技術、染色体の構造及び機能の解析技術の研究を引き続き推進する一方、染色体への遺伝子導入技術の開発、細胞への染色体導入技術およびその効率的発現技術を統合し、さらに染色体の複製等染色体本来の有する機能の解析技術、染色体レベルでの遺伝子発現制御技術を各項目に追加した研究を実施し、多くの成果を得た。

 鳥取大学医学部は、種々の動物細胞にヒト特定染色体あるいは染色体部分を移入する技術の開発を行い、それを活用することによって、マウス、ラット、チャイニーズハムスター、ラットカンガルーなどの動物細胞中に、ヒト特定染色体が一本のみ存在する細胞クローンの作製とその保存に成功。さらに、染色体移入の資材となる微小核細胞の凍結保存が可能であることを確かめるとともに、放射線照射と細胞融合との組み合わせを用い、特定ヒト染色体の一部を含むマウスA9細胞を得る手法を開発した。

 国立がんセンター研究所は、遺伝子異常を同定する技術、またDNA多型を遺伝マーカーとして利用するための技術として、DNA断片中の一塩基を検出しうる一本鎖DNA高次構造多型解析(SSCP:single‐strand comformation poly‐morphism)を開発し、ガンのDNA診断や染色体解析におけるアレルの区別等に有用であることを明らかにした。

 農業生物資源研究所は、任意染色体の任意領域を任意の幅で、しかも高再現性で切断できるレーザー染色体切断装置を開発した。さらに、このレーザーマイクロダイゼーションで調整した一個のヒト染色体断片DNAに含まれる全DNAの増幅とクローニングを目的に、新たにシングル・ユニーク・プライマーPCR(ポリメラーゼチェーン反応、SUP‐PCR)法を開発。両者を併用することで、任意ヒト染色体の高純度任意領域特異的DNAライブラリーを7~10日間で作製することが可能になった。

 この研究プロジェクトで開発された方法や装置等は、現在では当たり前のように研究に使われているものだ。これらの成果は、ゲノム解析や疾患遺伝子の同定など、様々な研究開発に適用されている。

超伝導研究の発展の基盤を構築

総合研究:超電導・極低温基盤技術の開発に関する研究
【昭和57年度~59年度(第1.期)、昭和60年度~61年度(第2.期)】
研究推進委員長:山本賢三・(社)日本原子力産業協会常任相談役(当時)

 当時、超電導・極低温技術の開発は、新しいエネルギーとして最も注目されている核融合炉をはじめ超電導リニアモーターカー、高エネルギー加速器、医療用NMR‐CTなどが各分野への応用を目めざして、世界各国で活発に進められていた。

 超電導というのは、ある種の金属を絶対温度(‐273℃)に近い極低温にすると電気抵抗がゼロになる現象であり、この現象を利用すると、電力損失なしに永久に大電流を流し続けることができるので、強磁界を発生するのに非常に都合がよいといわれている。

 この超電導現象を利用するため、3つの重要な基礎技術を開発する必要があった。第1は、性能の高い超電導磁石をつくるために、超電導材料を開発すること。第2は、超電導磁石は極低温に保つ必要があるため、極低温に耐えられる構造材料を開発し、その性能を試験すること。第3は、極低温に効率よく冷却する冷凍機器を開発することだ。

 このプロジェクトでは、上記の3つの重要な基礎技術の開発と超電導応用関連技術に関する調査研究が行われた。第1.期の研究では基礎的研究が進められ、いくつかの世界的に優れた成果があげられた。

 高性能超電導材料の開発研究においては溶解法、蒸着法、粉末法による製造技術が研究され、種々の成果をあげた。

 溶解法については、連続融体急冷法という製造技術を確立し、従来よりもはるかに特性の優れたNb3(Al、Ge )化合物テープの制作に成功。このNb3(Al 、Ge)化合物テープは、 臨界温度臨界磁場、臨界電流密度という超電導特性が非常に優れており、従来より格段に高い磁界を発生できる超電導磁石を作ることができる。

 蒸着法では、CVD法ならびに真空蒸着法による低エネルギー粒子多元蒸着装置を試作。NbGe(ニオブ・ゲルマニウム)系およびVSi(バナジウム・シリコン)系の化合物合成について種々の影響について検討した結果、NbGe系で20K以上の 高い臨界温度をもつ化合物テープを再現性よく作成することが可能になった。

 粉末法については、最高の臨界磁界を持つシェブレル型化合物 PbMo6S8の合成条件ならびに構造組織等の基礎的な研究を行った。また、線材の加工技術について、Moシース材を用いる熱間加工法により、1ミリメートル以下の細線の加工に成功している。

 極低温材料においては、金属材料と繊維強化型プラスチック(FRP)の開発と極低温下での基本的な特性の評価が行われた。

 金属材料では、極低温において強い磁界中の破壊靭性試験装置、疲労試験装置および電磁力のパルスによる衝撃破壊試験装置が開発されている。それに伴って試験技術も確立され、当時、著しく不足している極低温の材料データを系統的に得ることができるようになった。

 一方、FRPでもエポキシ系ガラス繊維強化プラスチック、ポリイミド系ガラス繊維強化プラスチック、炭素繊維強化プラスチックが開発され、基本的特性が確認されている。またFRPの接着研究が進められ、ネジ接着による大型FRPデュワ ーの製作方法が考案されるなど、FRPを含めて極低温機器への適用が確認されている。

 極低温冷凍冷却システムの開発は、超電導利用のためには欠かせないもので、高効率冷凍機あるいは冷凍システムの開発のための要素技術の開発、試作が行われた。

 超流動ヘリウム冷却システムでは、超流動ヘリウム減圧用の極低温排気ポンプの試作と、循環制御特性など重要な基礎特性が得られた。

 高性能極低温小型冷凍装置(スターリングサイクル)の開発については、優れた特性を持つGdRh系希土類化合物を用いた蓄冷器を開発した。液体窒素奏温度から4K(約‐269℃)の冷凍が可能な装置で、最大1.15Wの冷凍能力を持っている。

 磁気冷凍装置の開発では、磁気作業物質として 20K以下でディスプロシウム、アルミニゥム、ガーネットが有望であることを見いだすとともに、この物資野の大型単結晶育成技術を開発している。さらに、伝熱方式、スイッチ方式等要素技術を研究し、20K以下の領域で動作するヘリウム液化冷凍機の試作に成功した。この試作により、世界で初めて磁気冷凍方式によるヘリウム液化を実証した。

 超電導応用、関連技術に関する調査研究では、超電導磁石、極低温材料、極低温冷凍冷却システムについて研究開発の実績調査を行い、当時、新しい冷却法など質的な研究課題に取り組む必要があると指摘している。

 この研究により、高性能超電導材料および極低温材料、極低温冷却システム等を実用化する基盤技術が確立された。

 これらの研究成果は、核融合路、大型加速器、磁気浮上列車、超電導発電機等、その後に生まれる新しい技術分野への開発に大きく貢献しており、社会的に高いインパクトをもたらしたといえる。

日本の電子顕微鏡技術を世界レベルまで向上

総合研究:高性能電子顕微鏡の開発に関する総合研究
【昭和55年度~56年度】
研究推進委員長:川勝久三・通商産業省工業技術院電子技術総合研究所材料部長(当時)

 電子顕微鏡は、電子線が試料にあたり、試料中の情報を受け継いで下にぬけ、この電子線レンズで拡大し、像を結び、その情報を読み取るというもの。当時、電子顕微鏡は、ある種の結晶性材料について原子レベルの構造が見えるところまで発達していた。ところが、材料工学や生命工学といった先端分野では、さらに複雑で、繊細な構造を直接観察できる電子顕微鏡が求められていた。これに応じるため、それまでの電子顕微鏡の技術を超えた高性能電子顕微鏡を開発する必要があった。

 このプロジェクトでは、開発すべき高性能電子顕微鏡の方向を明確にするため、まず超電導レンズ電子顕微鏡を中心とした高性能電子顕微鏡のフィージビリティに関する調査、検討を重点に行った。フィージビリティ調査では、高性能電子顕微鏡の必要性を主眼に、まず現状を分析し、開発していうくうえの問題点をピックアップして、その対応策を検討。また超電導レンズの利点と欠点を調べ、新しい方式に対する展望を考察し、さらに極低温ステージや微細構造観察に適すると考えられている透過型走査電子顕微鏡(STEM)の可能性についても検討を加えた。

 このフィージビリティ調査を元に、電子ビーム源、レンズ系、試料ステージ、画像記録および解析システムに関する要素技術に関する研究も実施された。

 超電導レンズを中心とした高性能電子顕微鏡のフィージビリテイに関する研究では、高性能化の必要性を整理し、その具体的な方策の検討を行い、今後の開発方向にとって貴重な知見を得た。

 電子顕微鏡の高性能化を図るうえでの重要なことは、電子線から受ける試料のダメージをできるかぎりなくすことだ。電子顕微鏡内での電子線照射に対して、一部の耐熱性セラミックを除いて原子配列が変わり、結晶性物質が非結晶質になるなどの理由から長時間の強い電子線照射に耐えることができない。

 この試料が受けるダメージを減らす対策として、照射する電子量の量を少なくすること、試料を低温に冷やすことが考えられた。特に試料を極低温に冷却することは試料の原子の移動が著しく抑制され、結晶構造が安定化するため、有効な手段であることがわかった。液体ヘリウム温度(約‐263℃)の低温に冷やした場合、室温での電子線照射に比べて30 ~400倍、試料の損傷度が少なくなる。

 分解能の向上も高性能化にとって重要なことだ。当時の電子顕微鏡で解像できるのは金属原子だけで、軽い非金属原子を観察するためには、より一層分解能の向上が必要だった。ところが、試料を冷却することと分解能を良くすることは、相反している。すなわち、試料冷却温度を下げるためには、電子顕微鏡内の液体ヘリウム槽から試料ホルダーへの熱伝導率をよくしなければならない、一方、液体ヘリウムの蒸発による振動の影響を試料ホルダーに伝えやすく、このため分解能が振動で低下することになる。したがって極低温研究強において分解能をよくするためには、液体ヘリウムの蒸発による振動の影響をいかに除くかが重要なことで、これが解決できれば、分解能をそれまでの8オングストロームから2オングストロームまで設定できる。

 透過型走査電子顕微鏡(STEM)は、1970年に世界で初めて原子の像を捕らえる事に成功し、当時、原子の動く様子まで観察できるようになった。このSTEMは、入射電子線を数十オングストロームに絞って試料上を走査する方式の電子顕微鏡。通常の電子顕微鏡に比べて、散乱電子線の利用効果が高いこと、データ処理がしやすいこと、試料の局所的な組成分析ができることといった利点があるが、それまでの観察は非結晶生体試料を主対象としており結晶性試料の観察例は非常に少なく、結晶内の微細構造を観察するためには、未知の点も残されていた。

 電子ビーム源の開発では、遷移金属炭化物の熱電界電子放射源(サーマルフィールドエミッター:TFE)について実用化の見通しを得る成果を出した。

 電子ビーム源の輝度(光源の明るさ)の向上も電子顕微鏡の高性能化を図る重要な要素技術。当時考えられた最も輝度の高い電子ビーム源は、電界電子放射型電子銃だが、超高真空が必要なこと。過大電圧や温度上昇によって電子源が変形・破壊を起こす可能性があることが実用上の障害となっていた。これらの問題を解決し得るものがTFEで、電子源の材料として遷移金属の炭化物が最も有望視された。この研究では、炭化物の中から炭化タンタル(Tac)を選び、電子源としての基盤技術の確立をめざしました。そして 。10‐7Pa 1Pa (≒10‐5気圧)以下の気圧が得られれば、高分解能の電子顕微鏡用放射源として有効であることがわかった。

 レンズ系の開発は、分解性能向上の決め手となる電子レンズの球面収差(レンズを通して像を結ばせるときのゆがみ)を、四極子レンズと開口電極を組み合わせた新しい補正方法によって、必要な収差補正が出来る見通しを得た。

 このほか、画像の記録、処理の研究では、試作した画像処理装置が、金属組織の観察に充分応用できる事を確認した。

 極低温に試料を保持し、高い分解能をもつ電子顕微鏡が実現すれば、それまで一部に限られていた電子レベルの観測を無機化合物全般のみならず、金属、鉱物、半導体材料まで拡張できる。また電子線損傷を受けやすい有機物・生体高分子に応用すれば、DNA塩基配列など微細構造の直接観測ができ、生命工学の進展に大きな貢献をするだろう。

 当時、こうした高性能電子顕微鏡の実現への動きは、欧米ですでに行われていたが、日本では始まったばかりだった。その先鞭を付けたのがこのプロジェクトであり、その後、日本の電子顕微鏡開発は大学や民間企業を中心に大きく発展し、今では世界に冠たる電子顕微鏡技術を有するまでになっている。また、電子顕微鏡は様々な研究開発に不可欠のものとなっており、このプロジェクトが与えたインパクトは非常に大きいものだといえるだろう。

海洋生物生産モデルを構築

総合研究:海洋生物資源の生産能力と海洋環境に関する研究
【昭和56年度~58年度(第1.期)、昭和59年度~60年度(第2.期)】
研究推進委員長:水戸敏・水産庁研究部参事官(当時)

 当時、200海里経済水域の設定をはじめとして、世界は新しい海洋秩序の時代を迎えていた。海洋における最も重要な資源の一つである生物資源についても、日本を取り巻く諸情勢は厳しさを増していた。

 この研究は、厳しい状況を踏まえ、日本周辺海域の海洋生物資源の生産能力を把握し、その利用の高度化を図ることが目的。

 研究全体に共通する成果としては、生物生産量をもとに生物生産モデルを作ったこと、また潜水調査船「しんかい2000」が活躍し、深海生物の実態を明らかにしたことがあげられる。

 各栄養段階における生物生産量を推定し、それらの相互関係を動態的かつ定量的に表現する生物生産モデルを構築、シミュレーションを行った。特に、周防灘のような広さの海域で、この研究のような精度でシミュレーションが行われたことはそれまで世界にも例がなく、非常に価値の高い成果だ。

 次に、潜水調査船「しんかい2000」を用いて、我が国で最初の調査先行を実施した。富山湾の深海に生息する生物の生態や生息環境を明らかにするなどの実績をつくった。

 生物生産を支える海洋環境の調査では、海流や沿岸流など物理的海洋環境の研究を行い、海水の動きをつかんだ。

 水温の季節変動、対象水域内の詳細な海水の流動とそれを支配する周辺海域における巨視的な海水の動きを調べ、海水の垂直混合および水平移流拡散の実態を明らかにした。また、化学的に環境については、低次生物生産に直接関与する栄養塩について、対象水域内での収支と海中濃度の季節変化を詳しく調査した。

 基礎から高次に至る生物生産能力の調査は各栄養段階ごとに生物の現存量と生産量をもとに、エネルギーの流れを求めた。植物プランクトンを基礎とする食系列とデトリタン(フン、死骸の非生体有機物)から出発する食系列とに分け、それぞれ栄養段階ごとに生物の現材料と生産量の実測あるいは推測を行った。特に、植物プランクトンとそれを補食する動物プランクトンでは、原存量と生産量の季節的変動を調べ、水域全体の年間生産量を推定することができた。また、動物プランクトンに補食される植物プランクトンの量は、海域によって大きな差があることがわかった。これは、動物プランクトンの餌として植物プランクトンだけでなく、バクテリアの固相の栄養懸濁物も考慮しなければならないという知見を示している。また、動物プランクトンより高次な栄養段階生物へのエネルギーの流れは、水域における漁獲物が利用した基礎生産量によって推定した。漁獲物は種々の栄養段階生物によって構成されているため、漁獲物が利用した基礎生産の量は、同じ漁獲量でも異なり、34~37倍と推定された。低次 栄養段階の生物、例えば貝類の漁獲が多い場合には基礎生産量は低くなる。

 生物生産能力の推計および生産能力推定のための手法の開発では、数値シミュレーションをつくり、検証した。

 低次生物生産から高次に至までの一貫した生態系モデルを想定し、数値シミュレーションにより検討。生態系モデルの要素としては、低次生物生産に関わるものとして、栄養塩、植物およびプランクトン、デトリタス、バクテリア、ベントス(底生生物)とし、高次生物生産では、魚類を食性段階によって区別した。そして、それら食物連鎖を形成する生物および非生物間の相互作用および移流、拡散といった物理過程をモデル化し、時間的、空間的挙動を表現できるよう工夫した。

 低次生物生産サブモデルについてはシミュレーションを行い、実計測に基づき、周年にわたる変化の検証を試み、ほぼ満足する成果が得られた。

 この研究で開発された生物生産モデルは、海域の生物生産の動きを予測することにより、漁業を資源管理型へ導くことに活用できるほか、海洋鉱物資源や海洋空間、海洋エネルギーの開発、利用など海洋に対する人為的活動の影響を評価する基礎資料としても役立つものだ。

 その後の様々な海洋研究の基礎資料として活用され、現在の海洋研究を支えている。

日本の糖鎖研究を世界レベルまで高めた

総合研究:糖鎖の構造・機能解析のための共通基盤技術の開発に関する研究
【平成3年度~8年度】
研究推進委員長:鈴木旺・愛知医科大学分子医科学研究所客員教授(当時)、名古屋大学名誉教授

 糖鎖レベルにおける生体機能調節機構解明のための基盤技術を開発することを目標に、特異的な糖鎖認識能を有する蛋白質素材(酵素、レクチン、単クローン抗体など)の開発、細胞、実験動物レベルで糖鎖の微細構造を操作することによって糖鎖の生理機能を解析する逆向き遺伝学技術、直接糖鎖や複合体そのものへアプローチできる合成化学的手法の確立、さらに、複合糖質及びそれから切り出した糖鎖の精製、分離や構造解析に関する技術の高度化と先導的機器分析技術の開発等を行った。

 サブテーマ「遺伝子工学に連結する糖鎖機能解析技術の開発」では、糖鎖の生合成過程を解明し、さらに糖鎖に含まれる生理活性を解析するための基盤技術となる糖鎖関連酵素、コア蛋白質、糖鎖認識物質の分離、クローニング、大量製造、細胞レベルでの操作技術について研究。「糖鎖の再構成、組換え、修飾技術の開発」では、化学的に糖鎖を修飾あるいは再構成することによって、構造と機能の関係を解析し、さらに、機能的に有用な糖鎖や配糖体を再構成するための基盤技術について研究。「先導的糖鎖構造解析技術の開発」では、糖鎖の分離、精製、構造解析の高性能化、自動システム化を可能とする技術開発の研究を行った。

 この課題では数多くの成果が生まれているが、その中でトピックスとなるものをいくつか紹介する。

 京都大学などの研究グループは、神経系特異的糖鎖抗原HNK‐1の生合成に関するグルクロン酸転写酵素を、ラット脳膜画分のNP‐40抽出物を出発材料として種々のクロマトグラフィーにより精製した。精製酵素の部分アミノ酸配列を基にラット脳cDNAライブラリーから、この酵素cDNAをクローニングした。その塩基配列を決定し、この酵素が新規な2.型の膜貫通蛋白質であることを示した。この酵素cDNAをCOS‐1細胞へ導入したところ、HNK‐1糖鎖抗原を発現すると同時に、神経細胞様の長い突起を延ばすなどの著しい形態変化を示した。

 理化学研究所などのグループでは、糖鎖の固相合成技術の開発に向けて基礎的な検討を行った。その結果、繰り返し構造を有するポリラクトサミン型糖鎖の構築に関して固相合成ルートを確立することができた。それまでのところリンカーの長さに応じて6ないし8糖までの構築に成功している。さらに、ポリラクトサミン型糖鎖の合成に有用なアミノ酸保護基、チオグリコシドの新たな活性化法を新規に開発した。また、オルトゴナルグリコシル化と呼ばれる新たな糖鎖合成戦略の固相合成への応用を目指し、可溶性ポリマーを利用した検討を行い、糖タンパク糖鎖部分構造の短段階合成法を確立した。さらに、高分子担体上での合成戦略を、糖化学において最も困難な立体選択的βマンノシル化に拡張することができた。

 農業生物資源研究所などは、シアル型含有糖鎖を極めて厳密に認識するという、ユニークな特性を持った2種の植物レクチンの分子構造、遺伝子研究をもとに、天然型のものと異なる有用な特性を持った糖鎖認識分子を開発した。

 現在、日本の糖鎖研究は世界トップレベルにある。北海道大学、東海大学、産業技術総合研究所では糖鎖関連の研究施設が設置され、活発に研究が進んでいるほか、経済産業省などでも糖鎖の産業化に向けた研究支援が行われている。糖鎖研究の黎明期にこの研究課題が果たした役割は大きい。

宇宙用材料研究分野を切り開いた

総合研究:短時間微小重力場を利用した材料生成に関する基盤技術開発
【平成4年度~8年度】
山中龍夫・科学技術庁航空宇宙技術研究所宇宙研究グループ総合研究官(当時)

 新材料が新しい技術と産業の基盤となることは共通の認識となっている。新材料の生成を目指して、原子、分子レベルでの詳細な研究開発が各分野で行われている。しかし、微小重力場では、浮力対流が発生しない、沈殿が発生しない、液体内部に清水圧が存在しない、材料製造時に融液を保持する「るつぼ」を必要としないといった特徴があり、地上の材料研究とな異なる環境がある。

 近年、スペースシャトル、小型ロケット、航空機、落下施設等によって微小重力場を容易に利用することができるようになり、それまで得難かった生成時物質の素過程等の現象が理解できるようになった。こうしたことから、材料創製、物理および化学現象の解明等の可能性が微小重力場で拓けてきた。

 しかし、微小重力場を長時間にわたって利用できるのは、スペースシャトル、または建設が進められている国際宇宙ステーションなどに限られている。このプロジェクトでは、より簡便で経済的に繰り返し実験ができる落下施設および航空機利用を前提に、短時間微小重力場の本格利用に向けて、微小重力場利用技術の研究及び短時間微小重力場利用材料生成の基礎研究を行った。

 東北大学などの研究グループは、リアルタイム位相シフト干渉法を利用することで、冷却に伴う温度分布の時間変化が、濃度分布とともに光学的に初めて測定することに成功した。また、結晶成長に伴う濃度勾配の連続的な測定に成功した。濃度勾配は、過冷却度の増加に伴い頭打ちとなることが明らかとなった。これは成長メカニズムと密接に関連する貴重な情報を含んでおり、今回初めて観察された界面過飽和の振動とともに、詳細な理論解析が可能なデータとなった。

 また別のグループは、液滴、液滴群の着火・燃焼挙動を解明するために、高温高圧雰囲気中での単一液滴着火実験、および液滴列燃え拡がり実験を行った。着火時間は、圧力に対して単調に減少し、臨界圧付近での燃焼速度数の特異性とは異なる結果を示した。燃え広がり速度はある液滴間隔で最大値を示した。また、燃え広がり速度は液滴直径の増大に対して減少した。微小重力場では、液滴周りの火炎直径が大きくなるため、燃え広がり速度も増大することが分かり、液滴間隔や空気流速に対して最大値を持つ特性が解明された。

 大阪工業技術研究所などのグループは、落下棟によって得られる短時間の微少重力環境を利用してガラス融液の蒸発・凝固実験を行い、均一で真球性の高い微粒子の作製を試みた。日本無重力総合研究所の落下棟で得られる4.5sec、10‐5gレベルの微少重力下でNa2 O‐TeO2系ガラス融液を蒸発・ 凝固させた。微少重力環境下では、熱対流がなくなるため、微粒子雲は上方向には上昇せず、球形となった。捕集された微粒子の形状・大きさは重力によって大きく影響を受け、落下実験棟で得られた微粒子は、地上で同じ条件のもとに作製した微粒子と比べて、粒径が大きく、ほぼ真球で、かつ粒子1個1個が分離・分散していることが確認された。

 さらに、これらの実験・観察のために、光散乱を用いた結晶成長観察技術、リアルタイム位相シフト法による結晶成長観察技術、生体材料の精密観察技術などの開発も行われた。

 宇宙実験は、国際宇宙ステーションの日本実験棟が完成した現在でもなかなかにハードルの高いものだ。この研究課題で基盤として形成されたその場観察技術、微小重力下での物理・化学現象についての基礎的知見は、ようやく始まった日本実験棟「きぼう」での実験に活用されている。

肝炎ウイルス疾患の解明に貢献

省際基礎研究:慢性疾患を引き起こす持続性ウイルス感染症に果たすウイルス変異の意義解明と特異的なウイルス排除法に関する研究
【平成6年度~8年度】
研究代表者:宮村達男・厚生省国立感染症研究所ウイルス第二部長

 日本の肝ガン患者の80%はC型肝炎ウイルス(HCV)に感染しており、HCVは日本にとっては肝炎の起因ウイルスとして最も重要なものとなっている。このウイルスは感染しても必ずしも全員が発症するわけではないが、発症した場合には非常に高い頻度で慢性化し、肝硬変や肝ガンにも移行することがあるというのが際だった特徴だ。今のところウイルスを効率よく培養細胞で増殖させることはできない。

 この研究では、クローン化したHCV及びE型肝炎ウイルスの全長cDNAを種々の発現ベクターを用いて各種動物細胞で発現して、ウイルス固有のタンパクの構造と機能を調べることにより、肝炎発症のメカニズムをつきとめ、ウイルスの排除を含めた全く新しい治療法の確立を目指すもの。

 国立感染症研究所の研究チームは、培養細胞で効率よくC型肝炎ウイルス(HCV)の遺伝子を種々の発現ベクターを用いて細胞で発現させた。ウイルス固有のタンパクからウイルスプロテアーゼ、ヘリケース、RNAポリメラーゼの活性を示すことができたため、これらの活性を指標に抗ウイルス剤をスクリーニングする途がひらけた。RNAポリメラーゼについては、その中心活性を明らかにした。

 E型肝炎ウイルス(HEV)構造蛋白質を効率よく発現させることができ、空粒子を大量に産生させた。空粒子は感染粒子と同様の抗原性を持つことから、この空粒子を用いた抗体検出系は極めて高感度なE型肝炎の診断系となった。

 この研究成果によって、HCV研究が大きく進展するした。またHEVについては、この空粒子を活用したワクチン開発が進んでいる。

遠隔医療システムの先駆け

生活・地域流動研究:次世代型医用画像管理・診断ネットワークシステムの開発と地域医療への応用に関する研究
【平成6年度~8年度】
研究代表者:前田知穂・京都府立医科大学放射線医学教室教授(当時)

 近年、高度技術を応用した医用危機の発展はめざましく、ますます高度化かつ複雑化の傾向にある。これらの機器から得られた画像の診断には高度な専門知識と的確な治療を行う病診連携が要求される。一般には専門医は比較的大病院に集中しており、地域における医療サービスの偏りが懸念されている。この研究は、これからの高齢化社会において地域住民に均一で迅速かつ良質な医療を提供するシステムの構築を目的とする。

 3年間の研究期間で遠隔医療用画像診断ネットワークを構築し運用検討を行った。その間に社会でのインターネットの普及、ハードウェアの進歩はめざましいものがあり、技術的な問題はほぼ解決された。

 この研究は、遠隔医療の黎明期に行われたチャレンジングな課題であり、ここで得られたノウハウは、その後の遠隔医療の発展に大きな貢献をした。例えば、平成9年から平成15年までに遠隔医療プロジェクトは944件(1病院あるいは診療所を1プロジェクトでカウント)も実施され、現在ではいくつかの遠隔医療ネットワークが実運用されている。

脳科学研究の発展に大きく貢献

省際基礎研究:fMRIを中心とした非侵襲的計測によるヒトの視覚情報処理メカニズムに関する研究
【平成6年度~8年度】
研究代表者:宮内哲・郵政省通信総合研究所関西先端研究センター知覚機構研究室脳機能研究グループ(当時)

 ヒトの脳の活動を、脳を傷つけることなく非侵襲的に計測して視覚化する事は、学習・言語など、ヒトの脳の高次な情報処理機能を探るうえで極めて重要な情報を提供する。1991年、それまで人体の構造を非侵襲的に計測するMRI(Magnetic Resonance Imaging)装置でヒトの脳の活動、すなわち機能が測定できる事が示された(fMRI:functional MagneticResonance Imaging)。fMRIは従来の脳活動計測手段(脳波・PET等)と比べて、格段に優れた空間分解能と非侵襲性を有し、また計測のために特別な機器を必要とせず、当時、世界中で一万台近くあると言われている病院のMRI装置がほとんどそのまま使用できるという利点を有している。したがってfMRIによる計測及び解析システムの確立は、今後の脳科学の発展のみならず臨床医学での治療・診断への応用においても極めて重要である。

 この研究では、まずfMRIによるヒトの脳機能の計測・解析システムを構築し、さらにこの計測・解析システムを用いてヒトの脳の視覚及び運動情報処理に関する種々の計測を行った。

 研究グループは、高磁場中での非磁性化・絶縁対策を施した刺激呈示及び運動反応記録、眼球運動・脳波記録、頭部の固定技術等に関して独自のシステムを開発し、さらに、撮像データに対する種々の解析を可能としたfMRIデータ解析システムを開発し、テスト条件とコントロール条件間のMR信号値のわずかな差(2~3%)を検出して、活性部位を約2~3㎜の空間分解能で同定することを可能にした。

 網膜に入った視覚情報は第一次視覚野→視覚前野→連合野へと伝わる。視覚情報の持つ空間的位置、運動、形、色等のさまざまな情報が、第一次視覚野から視覚前野の種々の領域で並列的に処理され、最終的に、例えば「赤い円が視野の右から左に向かって動いている」という認識が成立する。そのためには第一次視野及び視覚前野で処理された位置・運動・形・色等の情報が再び統合されなければならない。視覚情報の統合に関する研究として、最初に視覚的・空間的注意に焦点をあて、視覚的注意による視覚野・視覚前野の選択的活性化に関する実験を行った。その結果、網膜から入ってくる視覚情報は全く同じであっても、対象の動きに注意したときは運動情報を処理する領域(MT野)が、色に注意した時は視覚情報を処理する領域(V4)がより活性化した。すなわちこれらの領域の活動は網膜からの視覚情報のみに依存しているのではなく(bottom up 処理)、「対象に対する注意」(top down処理)によって、高次領域からの逆方向結合を介して活性化されることが証明された。

 人間は視覚を通して外界から情報を取り込み、手足を動かして外界に働きかけて生きている。人間は瞬時にして、視覚情報から運動情報(手足を制御するための運動司令)への情報変換を行っているが、これと同じことをコンピュータに行わせようとすると、非常に複雑な計算が必要となる。人間は生まれた直後から、このような変換過程を繰り返し学習し、次第に速く正確な変換が出来るようになったと考えられる。研究グループは、視覚運動変換学習中の小脳の活動の変化と、視覚運動学習中の大脳の活動の変化をfMRIを用いて計測した。その結果、小脳の外側部が視覚情報を運動情報に変換する際に重要な役割を果たす内部モデルの学習に関与していることを明らかにした。また、手続き運動学習に際して、補足運動野が運動の遂行自体によって活性化されるのに対して、その前方に位置する前補足運動野は、主に新しい運動パターンの学従事に活性化し、前補足運動野が学習の成立に重要な役割を果たしている事を明らかにした。

 このプロジェクトによって、fMRIを脳計測に応用していくための基礎技術が確立された。fMRIは現在の脳研究に欠かせないものとなっている。また、脳トレに代表されるような様々な応用につなげていくための基礎研究にfMRIは活用されており、その社会的インパクトは非常に大きいといえる。

地震研究の基礎資料を提供

総合研究:インド洋・太平洋プレート境界海域における島孤
・海溝系の地質構造に関する研究
【昭和56年度~60年度】
研究推進委員長:水野篤行・通商産業省工業技術院地質調査所海洋地質部長(当時)

 太平洋プレートが日本の東側で「もぐり込み」を起こし、東北日本弧や日本海溝を形成していることは現在広く知られている。こうした島孤・海溝系は、日本周辺ばかりでなく広く太平洋西縁域にみられるが、これらの地質学的研究は、巨大地震や火山噴火等の原因の解明、海底下に眠る石油、天然ガス、有用金属鉱床等の資源の成因解明に大きく役立つものだ。

 日本列島を含めた太平洋西緑域の島弧・海溝系の地質構造は全てが解明されているわけではない。特に日本周辺の島孤・海溝系の調査研究が比較的よく行われているのに対し、同じ太平洋西緑域に位置しているインド洋プレートと太平洋プレートの境界域についてはあまり調査が進んでいなかった。このプロジェクトでは、インド洋・太平洋プレート境界域からは重要な海域を選び、海底表面から地殻深部にいたる地質学的研究を、オーストラリア、ニュージーランド、インドネシア等関係諸国の研究機構と共同で実施した。調査海域はニューブリテン海域、トンガ海域、スンダ海域で、調査船は海洋科学技術センター所有の「なつしま」を使用した。

 当時、これらの海域の調査研究は国際連合のアジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)等において、国際的にもその実施が強く要望されており、新しい海洋秩序の時代にふさわしい協力として国際協調の推進にも大きく貢献した。

 インド洋・太平洋プレート境界域の島弧海溝系のうち、代表的なニューブリテン海溝、トンガ海溝およびスンダ海溝周辺の総合的な海洋地質学的調査研究に先だって、オーストラリア、ニュージーランド、インドネシア等の関係諸国とともに、これら三海域の既存調査資料の整備・検討を行った。また、海溝周辺の深海底下の地質構造を調査するのに必要なマルチ・チャンネル音波探査装置や曳航式探査装置、海底地震計など各種の調査機器の開発・整備も進めた。

 マルチ・チャンネル音波探査装置は、エアガン(音波発振器)から数十ヘルツの音波を出し海底表面下数キロメートル以浅で反射してきた音波を水中マイクロホンをいくつも連結したハイドロホン・ストリーマ(音波受波器)でキャッチ、海底下の地質構造を調べる装置。また、曳航式探査装置は、もっと波長の短い数十キロヘルツの音波を深海底近傍を曳航する装置から扇状に発振し海底表層の微細地形を調べるもの。このほか、実際の調査では海底地震計やピストンコアと呼ばれる柱状の採泥器、海底の様子を写真に撮りながら同時に採泥できるフリーフォールカメラ、岩石を採取するためのドレッジャー(鉄鎖網)、垂直方向の温度分布が精密に測定できる温度計など、さまざまな調査機器が活用されている。

 三つの海溝系のうち最初に調査されたのはニューブリテン海で、主にソロモン海とその周辺海域が調べられた。ソロモン海域は北をニューブリテン島、ソロモン諸島、南をパプアニューギニア半島、ウッドラーク海嶺に囲まれ、中央部の水深は3,000メートル~5,000メートル。この海域の北部と南部 にそれぞれニューブリテン海溝(水深6,000~8,500メートル )とトロブリアン舟状海盆(同5,000 ~5,300メートル)がほぼ 東西に走っている。研究項目は海底地形、地質構造、自然地震、地殻熱流量の観測や海底からの資料の採取など多岐にわたっている。海底地震観測はニューブリテン島北側のビスマルク海ソロモン海北東部で行われた。

 パプアニューギニアやオーストラリアの研究者によって、ソロモン海周辺の陸上地質については精密な調査がなされており、地震観測も行われている。しかし、海洋観測のデータは少なく北部のニューブリテン海溝に関しては地震観測などから活動的なもぐり込み帯であることが知られていたが、南部海域については明らかではなかった。

 今回の調査でソロモン海南部にあるトロブリアン舟状海盆を横断するような形でマルチ・チャンネル音波探査を行ったところ、水深5,000メートルの海盆の海底下数キロメートルの構造から、海洋地殻が南側の大陸地殻の下へ潜り込んでいることが確認され、この海盆が海溝構造であることが明らかにされた。

 プロジェクトでもぐり込みが発見された海域では、地震活動が非常に弱く、厚い堆積層が平行に厚くつもっていることなどから、現在ではもぐり込み活動をストップしているか、非常にゆっくりとした活動しかしていないと考えられた。

 ビスマルク海は東部海域での地磁気異常の測定から平気 13センチ/年とかなり大きい速度で拡大していることが知られているが、拡大軸の位置や拡大による横ずれ断層系の詳細はわかっていなかった。こうした海底の拡大は地震をともなうものだが、今回の調査では海底地震計を約30キロメートルの感覚で8台配置し、約1か月の間に数百個の自然地震を観測することに成功。これらの地震のうち制度良く震源位置が求められた186個を図示したところ、幅が数キロメートルという非常に狭いジグザグ線状の地震帯が存在することがわかった。そして、この地震帯の分布状態から海底拡大軸(海洋性地殻がつくられていると考えられている部分)や横ずれ断層の位置が明らかになった。海底地震計による観測で、海底の拡大様式がこれほど精密に明らかにされたのは世界でもはじめてのこと。

 地震多発する日本にとって、島孤・海溝系の地質構造を解明することは大きな意義がある。プロジェクトで得られた三海域で得られるデータと、それまで日本列島周辺の地質学的データを比較することで、日本列島が持つ特殊性と普遍性をより総合的に把握することができるようになった。もちろん海溝の発達史という地質学的、地球物理学的に興味深い研究テーマにとっても貴重なデータを提供することはいうまでもない。

 また、このプロジェクトで得られた成果は、地球物理学や地質学といった分野だけでなく、海洋資源調査の点でも活用され、様々な生物が集まっている海底熱水鉱床の発見にもつながっていくことになる。

ナノ領域での異分野融合研究を展開

総合研究:生体ナノ機構の解明のための基盤技術の開発に関する研究
【平成4年度~6年度(第1.期)、平成7年度~9年度(第2.期)】
研究推進委員長:大島泰郎・東京工業大学生命理工学部教授(当時)

 この研究課題は、タンパク質を中心とした生体分子複合体の機能を生み出すナノメートルレベルでの構造メカニズムの解明を目標としたものである。生体ナノ機構とは、生体分子集合体におけるナノメートル領域の構造と分子間相互作用に基礎をおく機能発現のメカニズムのことである。

 具体的には、生体ナノ機構の解明のための基盤技術の開発を目指し、機能状態にある生体ナノ集合体の直接観察・操作技術の開発、直接観察・操作技術に基づいた生体ナノ集合体研究のための実験系の開発を行った。

 この研究課題では、生体ナノ機構を解明するためには、個々の(1個の)生体分子複合体の構造と動きを、機能している状態、さらに生きている細胞内で、ナノメートル精度で直接的に観察・操作するための方法が極めて有効であることが示された。これらを実際に行うための方法、装置などが集中的に開発されたばかりでなく、それらを用いて実際に生体ナノ機構を解明するためのパイロットプロジェクトとなるような実験系が、タンパク質複合体、タンパク質‐DNA複合体、生体膜系で開発された。直接観察・操作技術の開発と実験系の開発は相補的・相互促進的に進行し、新技術の開発が進み、それぞれの実験系で新知見が得られるなどの成果が得られた。

 機能状態にある生体ナノ集合体の直接観察・操作技術の開発では、電気力の局所的検出に基づく操作力顕微鏡である走査型マクスウェル応力顕微鏡を開発し、さらに水中での動作を可能にした。また水中で蛍光観察可能な近接場/原子間力複合顕微鏡を開発した。水中での細胞や1本のアクチン線維の観察に成功したが、透過光観察の場合の空間分解能は35nm、蛍光観察の場合には150nm程度であり、光学顕微鏡の分解能を大きく上回ることが出来た。ナノ秒間隔で連続撮影できるカメラを開発した。まず、2枚の画像を0.3~2ナノ秒 の時間間隔で取れる装置を完成させた。さらに、偏向中心結像・掃引ゲート方式により4枚の画像を連続撮像する装置のプロトタイプを開発した。

 先端曲率半径が 2.5nmのAFM用スーパーティップを再現性よく作製する方法を開発した。水中でのタンパク質の2次元配列の高分解能観察が可能になった。バイオコロイド(タンパク質・細胞)を人工基材の微小領域に配列・固定化する様々な方法を開発した。これらは、表面光化学および自己組織化の化学を駆使した方法であり、新しい分野を創出する結果となった。膜タンパク質の1分子ダイナミクスを、サブミリ秒の時間分解能とナノメートルレベルの空間精度で直接観察する方法を開発した。この方法を用いて、膜骨格が膜タンパク質の運動・会合・集合を制御する機構がわかってきた。また、時間分解蛍光顕微鏡法、蛍光寿命イメジング顕微鏡法(flimscopy)を発展させ、ナノメートルレベルでの分子間距離に基づくイメージングの基礎が確立された。分子動力学計算の超高速化を可能にする専用加速ボードと計算法を開発し、原子数10万以上の系でも通常のワークステーションでの計算が可能になった。このボードは、プロジェクトの他の課題でも広く使われ性能の優秀さが確認された。

 さらに極低温電子顕微鏡法による電子線回折データに基づく構造解析法の開発を進め、X線結晶学と同程度の精度が得られるようになった。大きな良質の結晶が出来にくいタンパク質試料も多いので、これは極めて大きな貢献である。

 また、この研究課題は、機器の開発以上の力点を、生物学への応用というソフトに置いたところが特色であり、新手法は単に優秀な仕様を公表しても普及しないと言う事情に対応したものだ。この目的から第2.期に於いては、タンパク質、生体膜の2分野を選び、その動態と形態の解析を、転写の動的過程、酵素の構造・機能相関、タンパク質・ペプチド複合体の構造・機能相関、能動輸送系、プロトンポンプの反応中間体、機械受容チャネル、生体膜自体の動的構造、生体膜に基づくナノマシン構築に集中して研究・開発をおこなった。

 転写における生体ナノ機構の実験系の開発においては、直視技術で明らかにされたDNA上のタンパク質のスライディング運動から、新しい遺伝子発現調節機構が提案され、また、分子生物学的手法と組み合わせて開発された新手法によって、転写開始の機構に修正が必要なことが明らかになり、ナノバイオロジー的手法の有効性が証明された。酵素の構造と機能の相関では、遺伝学的方法、生理学的方法、分子動力学計算を融合させる新しいスタイルを追求した結果、耐熱性や低温特性を改良するための設計法で、マルチドメインタンパク質に適用できるものが開発された。ペプチドライブラリーのスクリーニング法においては、その問題点の洗い出しがなされ、可逆的結合のアッセイに於いては、現状では溶液系によるものが、固定法よりも優れていることが示された。融合タンパク質による新プローブの開発が能動輸送系において試みられ、設計法の問題点が探求され、多面的解析の必要性が見いだされた。

 走査プローブ顕微鏡によるイメージングの実用性について厳しい検討が行われた。電子顕微鏡技術を相補するものとの結論がでた。生体膜の高分解能観察では、レプリカ法のZ軸方向の解像度をSTMで上げることが試みられ成果が得られた。プロトンポンプの反応中間体の構造解析技術の開発においては、低温でのAFMイメージングが検討され、機器と技術の開発がなされた。いずれも、AFMとSTMの過去のバラ色の空想的未来像に決別し、現実的な限界と正確な能力評価がなされた。X線結晶構造解析における結晶調製にAFMが利用できるなどの新用途も開発された。

 機械受容チャネルの研究では、細胞への機械刺激と形態形成という新たな動的、形態的切り口が開発され、従来の情報伝達の細胞生物学の領域を拡大した。非常にテクニカルな多くの工夫の集積の元に可能になった研究である。膜の動的構造と機能の相関に於いては、形態学と遺伝学を組み合わせて、オートファゴソーム膜の動態を規定する遺伝子群が単離され、今後のナノバイオロジー的発展の基礎を与えた。人工膜に基づくナノマシン構築法開発では、リポソーム形状を、生体高分子で制御する手法が開発された。タリンタンパク質による膜穿孔、アクチンやチューブリン、MAPs、フィラミンなどによる変化が解析され、その機構が検討され、生物学的な示唆もなされた。

 このプロジェクトで最も評価されるべきことは、ミクロとマクロを結びつける「ナノ領域」に世界に先駆けて注目した点である。また、物理、化学、生物、工学それぞれ異なった背景を持つ研究者・技術者が一体的に取り組んだことで、異分野融合で新領域を切りひらいた点も時代を先取りしたものだ。

 さらに、それらを「測定手法開発」と「測定・解析研究」という、とかく乖離しがちな二つの研究フェーズの一体化の重要性に注目し、「研究のための装置開発」、「装置開発のための研究」という一つの研究プロジェクトとしてまとめた。この研究・開発戦略も、ハイテク日本の強みを生かして、世界の流れを先取りしている。

生活習慣病の発症関連遺伝子を発見

先導的研究等の推進:久山町における生活習慣病のゲノム疫学研究
【平成14年度~平成16年度】
研究代表者:飯田三雄・九州大学大学院医学研究院病態機能内科学教授

 この研究では、過去40年間にわたり生活習慣病に関して精度の高い疫学調査が行われている福岡県久山町において、生活習慣病のゲノム疫学研究のための新たな追跡集団を設定するとともに、過去40年間の臨床・追跡・剖検記録と新たに得られる遺伝情報を一元化したデータベースを構築することを目指すものである。そして、このデータベースをもととしてすでに報告されている生活習慣病の関連遺伝子等の情報を比較しながら、該当遺伝子の役割・影響力を検証する。さらに、バイオインフォマティクスの手法を活かして膨大な臨床・遺伝情報の解析法を開発するとともに、ミレニアムプロジェクトなどで見出される関連遺伝子の影響について、我が国の一般住民のレベルで検証する。あわせてゲノム疫学研究に参加する住民の臨床・遺伝子情報を保護するセキュリティシステムを構築するのが目的。

 プロジェクトでは、脳梗塞患者1126人と同数の久山町の健常人について、全ゲノム上の5.2万ヶ所のSNP(一塩基多型)を比べた結果、プロテインキナーゼCエータ(PKCη)という遺伝子の中の1つのSNPが脳梗塞と関連していることを世界で初めて明らかにした。このSNPの塩基にはGとAがあり、ヒトにはGG、GA、AAの3タイプがある。脳梗塞患者では健常人に比べAのアレルを持つ人が1.7倍多く認められた。このSNPのGがAに変わると、作られるアミノ酸がバリンからイソロイシンに変わり、PKCηの活性が1.6倍上昇することがわかった。さらに福岡県久山町の一般住民を14年間追跡した調査では、このSNPがAAの人では、GGの人に比べ追跡期間中の脳梗塞発症率が2.8倍高くなることが明らかになった。久山町住民の剖検例を用いた検討では、PKCηは動脈硬化の程度と密接に関連していることもわかった。

 ゲノム疫学研究の手法によって、生活習慣病の発症に関連する遺伝子を一般住民レベルで発見できることが世界で初めて実証された。疾患関連遺伝子を発見しその機能を明らかにすることは、医学の進歩と医療技術の向上をもたらし国民の健康増進に大きく寄与するとともに、ゲノム創薬などにつながると期待される。

DNAチップでうつ病やストレスを診断

産学官共同研究の効果的な推進:こころを映し出すDNAチップの開発と実用化
【平成14年度~16年度】
研究代表者:六反一仁・徳島大学医学部教授
共同研究機関:株式会社日立製作所

 ストレスは精神疾患のみならず、生活習慣病などの多くの疾患の増悪とも密接に結びついている。このため、ストレスによる人的・経済的損失は経済発展を妨げる大きな要因となっており、こころの健康管理は21世紀の最重要課題の一つである。この研究では、白血球に反映された「こころのゆがみ」をとらえる新しいバイオ・メディカル技術として、集団検診の場でこころの健康管理に使用する、精神疾患の早期診断、予後判定、治療評価に応用できる安価で高精度のオリゴヌクレオチドチップの共同開発を目指した。

 具体的には、健常人の非ストレス下での末梢血白血球遺伝子の発現情報及び精神的・身体的ストレスによる発現変化のデータを蓄積。同時に、うつ病、分裂病、及び小児自閉症を中心に、遺伝子発現パターンと臨床データの相関解析を行い、精神疾患診断プログラムとその指針を作成。さらに、最重要遺伝子を300程度搭載した集団検診用合成オリゴヌクレオチドチップ、精神疾患に特異的な遺伝子群を選別し、精神疾患に特化した合成オリゴヌクレオチドチップを作製。これらを総合してストレス解析のための遺伝子発現データベースを構築し、総合的なストレス・精神疾患診断システムの技術基盤を完成させることが目的。

 身体的、心理ストレス及びうつ病の診断を、末梢血白血球遺伝子発現変化としてDNAチップで行おうとするユニーク、かつ挑戦的な研究だ。結果として、いくつかの特有なマーカー遺伝子を用いることにより、健常人、ストレス下にある人、更にはうつ病の人を識別できる診断法の可能性を示した。

 その後、科学技術振興機構の社会技術研究開発事業研究開発プログラム「教育支援のためのバイオメンタル技術の開発」などで研究開発を進め、ほぼ診断可能なレベルまできている。現在、数多くの臨床データを蓄積していることから、実用化は近いと思われる。

実験室レベルで高度な分析が可能に

産学官共同研究の効果的な推進:新型X線光電子放出顕微鏡の開発
【平成14 年度~16年度】
研究代表者:朝倉清高・北海道大学触媒化学研究センター教授
共同研究機関:日本電子株式会社

 薄膜成長、結晶成長、触媒作用、電気化学的挙動、表面物質相形成など表面におけるナノ領域の化学過程を理解し、新規材料創製や新規化学反応制御を行うには、原子・分子間の相互作用の結果、自己組織的に形成されるナノメートル~マイクロメートルの大きさを持つ高次構造を階層的に把握することが重要である。このような高次構造の化学過程を解明し、制御するためには、定常反応条件下、表面の化学種を同定しながら、その空間分布と変化を追跡できる手法の開発が必要となる。走査型トンネル顕微鏡(STM)、原子間力顕微鏡(AFM)などの走査探針顕微鏡や透過型電子顕微鏡(TEM)、走査型電子顕微鏡(SEM)などの電子顕微鏡は、空間分解能が原子レベルに達しながらも、化学状態分析ができなかったり、表面にダメージを与え、化学反応に誘乱を加えたりするため、上記の要件を満たしていない。一方、エネルギー選別X線光電子放出顕微鏡(EXPEEM)は、X線で内殻電子を励起して、放出された光電子を電子レンズにより拡大し、更にその電子エネルギーを分析することで、元素ごとに特有の運動エネルギーを持つ光電子を選別し、投影・結像することができる手法である。すなわち、表面の化学情報に基づく顕微鏡像を化学反応条件下で得ることができるものであり、現在の顕微鏡の内包する困難を克服する可能性がある。しかし一方で、その感度が小さいため、EXPEEMの利用は、超強力X線源である放射光を必要とし、大型の加速器の利用が欠かせない。このことが、EXPEEMが汎用的な表面化学プロセス解析手法となるための大きな障害となっている。

 この研究では、これらの問題を解決することにより、EXPEEMを現在のものに比べ、2桁から3桁高感度化し、実用化する事を目指した。

 次世代の新しいナノ材料創製に必要な表面化学プロセスを解析するために、EXPEEMの感度、分解能等の性能を向上し、実用レベルにするため、コイルオンリーウィーンフィルター、新型対物レンズ及び高輝度X線源を開発した。さらに、化学反応のその場解析を可能とするシステムを構築し、エネルギー選別X線光電子像を得ることで、放射光を使わずに実験室レベルで表面化学種を同定しながら、空間分布と変化を追跡できることを実証した。

 現在、ウィーンフィルターの多極化により、高感度、高分解能を達成することを目指した研究開発が進められており、近い将来の実用化も期待できる。

IPCCの地球温暖化予測に貢献

総合研究:炭素循環に関するグローバルマッピングとその高度化に関する国際共同研究
【平成10年度~12年度(第1.期)、平成13~14年度(第2.期)】
研究代表者:川幡穂高・通商産業省工業技術院地質調査所海洋資源環境研究部門および地質情報研究部門研究グループ長(当時)

 地球温暖化に影響を及ぼす炭素の循環機構を解明するため、海域と陸域においてプロセス研究を行い、衛星データを基にした一次生産の全地球規模のマップを作成した。リモートセンシングデータの有用性を確認した。具体的に海域においては、200点以上の測点で一次生産及び関連諸量を測定し、衛星データを用いた一次生産推定アルゴリズムを開発した。また陸域では、生産効率に基づくアルゴリズムを検証し、植生タイプ毎に生産効率を与え、また衛星データを利用して植生分類を推定することによってモデルを改良した。このようにして確立したアルゴリズムを用いて、年平均・毎月の全球一次生産図を作成し、全球的規模での一次生産の変化を明らかにした。これらのデータを基に海・陸の全域にわたって一次生産の解析を行った結果、地域及び時間が炭素循環量に及ぼす影響を定量的に明らかにした。

 更に、温暖化に関係した炭素の挙動と気候変動との関係を解析するため、周期的気候変動として全球的な気候にも大きな影響を及ぼすエルニーニョ・南方振動と炭素循環量との呼応を、精査海域として設定した赤道域を対象に解析した。その結果、水塊の構造・海洋からの二酸化炭素の放出量・プランクトンの群集組成・沈降粒子の組成及び量は、エルニーニョ・南方振動に対して鋭敏に呼応していることが明らかになった。

 このプロジェクトで開発したアルゴリズムを用いて作られた全球炭素一次生産図は、IPCCの報告書等にも反映されている。

リボゾーム工学を構築

開放的融合研究:「リボゾーム工学」の構築と生物の潜在能力開発
【平成10年度~14年度】
研究代表者:佐々木堯・農林水産省食品総合研究所所長(当時)

 この研究は、微生物生理学分野で実績の高い食品総合研究所と分子生物学・構造生物学分野で優れた成果を創出する理化学研究所が開放的かつ融合的に連携し、全生物共有の細胞器官であるリボゾームに隠された未知の機能の探索・解明を進め、リボゾーム改変による潜在機能の発現機構を解明する。それにより生物が持つ潜在能力の開発及び制御、並びにリボゾームを合目的的に改造する新しい技術を開発する。更に、得られた改造技術を駆使して、高性能な無細胞系タンパク質合成システムを構築し、細胞系と無細胞系両面にわたる新しい技術「リボゾーム工学」の構築を目的とする。

 研究成果として、リボゾームに関連する様々な発見がなされ、「リボゾーム工学」の確立に向けた基礎が構築された。それらの成果は、タンパク質、抗生物質、生理活性物質生産など、有用物質の大量生産が可能になり、医薬・農薬・環境・食料分野への多大な貢献が期待できる。

 生物は、環境ストレスあるいは栄養源欠乏を察知した時、二次代謝と呼ばれる独自の代謝系を発動する。また、二次代謝産物は抗生物質のように強い生理活性を有することが多いため、人類にとって極めて有用である。一方、微生物は多彩な潜在機能を有しており、これら有用機能を発現させ、その能力を引き出してやることは、重要課題のひとつとなっている。

 この研究では世界に先駆けて、微生物の形態分化と二次代謝の誘発機構を、遺伝生理学的に解明してきた。その結果、栄養源欠乏というストレスから始まる誘発メカニズムを、グローバルに理解するための基盤形成に成功している。とりわけ、これまで蛋白質合成という側面からのみ研究されてきたリボゾームを、微生物における環境応答器官として位置付け、微生物アラーモンppGpp(グアノシン4リン酸)と二次代謝誘 発のメカニズムに深く切り込む事に成功した。

 この成果をベースにして、“リボゾームを積極的に改変することにより潜在能力を発揮させうる”という全く新しい概念「リボゾーム工学」を創出し、その理論と実際を明かにした。

 リボソーム工学を創出したことで、生物学的基礎研究から工学的研究になり得る事を示した点で特筆に値する。すでに、育種や新物質探索のための新技術として活用されており、医療、食品、農林水産業などへの研究展開が期待できる。

北太平洋亜寒帯循環の解明に貢献

総合研究:北太平洋亜寒帯循環と気候変動に関する国際共同研究
【平成9年度~11年度(第1.期)、平成12年度~13年度(第2.期)】
研究推進委員長:杉ノ原伸夫・東京大学気候システム研究センター教授(当時)

 北太平洋亜寒帯海域は人類が直面する緊急課題である気候変動予測において鍵となる海域の一つである。従って、表層から深層に至る北太平洋亜寒帯循環の実態を把握し、その結果を気候変動予測モデルの検証に供すること、大気の変化に対するこの海域の応答をモデル化すること、二酸化炭素等の吸収・輸送過程を量的に評価することなどが強く求められている。

 この研究課題では、北太平洋起源のオーバーターンの構造と強さの解明を目指し、北太平洋亜寒帯循環の全体像把握に関する研究、北太平洋中層水の形成・変質・輸送過程に関する研究、北太平洋亜寒帯循環域における二酸化炭素の挙動に関する研究を実施して、従来の気候モデルにおいて不明の点が多かった海水の循環や温室効果気体の循環に関して基礎となる事実の蓄積を図り、気候モデルの高度化に資することを目的としている。

 亜寒帯循環は気候変動や二酸化炭素の吸収などの観点から極めて重要な研究対象である。この研究課題は、北太平洋起源のオーバーターンに関する多くの新しい知見を観測とモデルの両面から明確にし、これまでの亜寒帯循環の描像を塗り替える新しい理解へと導いた。重要な観測を実行し、北太平洋亜寒帯循環と熱および二酸化炭素の輸送量を定量的に明らかにしたという成果は大きく、まとめられたデータベースとともに次のステップに大きな意味を持っている。この点でこの研究課題は国際研究の一端を担って亜寒帯という海域で観測データを補う、対外的にも重要なプロジェクトであったと言えよう。

 このプロジェクトで得られた研究成果は、その後のIPCC第4次報告書にも反映されており、そうした意味でも世界に与えたインパクトは非常に大きい。

睡眠リズム解明に貢献

生活・社会基盤研究:日常生活における快適な睡眠の確保に関する総合研究
【平成8年度~10年度(第1.期、平成11年度~13年度(第2.期)】
研究代表者:早石修・大阪バイオサイエンス研究所所長(当時)

 この研究は、現代人の社会生活の中の睡眠に関わる諸問題を解決し、国民生活をより快適で質の高いものとするために、日本の睡眠に関するトップレベルの学際的研究チームを組織して研究開発を行なう。

 人間の睡眠習慣と睡眠の役割の解明に関する研究、睡眠と睡眠覚醒リズムの調節機構を活用するための研究、睡眠・覚醒障害の治療法及び予防システムの開発、質の高い日常生活をおくるための休息・睡眠法の開発と普及の4課題について研究を実施した。

 人間の睡眠習慣と睡眠の役割の解明に関する研究では、疫学を中心とした基礎的研究として、一般住民・高齢者・女性の日常生活における睡眠問題とその調整法、男女の日勤・夜勤勤労者の労働環境における睡眠問題とその健康対策及び仕事上のミスの防止、日中仮眠による事故発生の実体・病態生理・予防に関する研究を実施。良質な睡眠の確保は夜型社会で必須であり、興味深い内容だ。

 睡眠と睡眠覚醒リズムの調節機構を活用するための研究では、睡眠調節機構の解明に基づき調節機構を活用するための先駆的研究に取り組んできた。その結果、睡眠不足の解消のための快眠技術の開発(睡眠調節物質の開発、睡眠研究用モデル動物の開発と応用、脳の修復過程としての睡眠の役割)、概日リズムの位相設定メカニズムを利用した快眠技術の開発(概日リズムの発生機構の解明、高照度光照射とメラトニン服用による調睡眠節法の確立)に関する研究を実施。睡眠の調整機構に関する研究成果は世界的に見てもトップクラスである。

 質の高い日常生活をおくるための休息・睡眠法の開発と普及では、日常生活に密着した開発研究として快眠技術の確立と普及(寝室環境の制御による快適睡眠構築技術の確立、体温上昇を利用した普及型快眠技術の確立)、眠気予防技術の確立と普及(居眠り運転の予測及びその回避方法の確立、短時間仮眠法による日中の眠気防止技術の確立、眠気予測シミュレーター・システムによる事故防止対策)に関する研究を実施。このような平易な手法を用いた快眠技術については、より一層生活者に対する普及を行う必要がある。

 睡眠・覚醒障害の治療法および予防システムの開発では、睡眠・覚醒障害の臨床的研究として、高照度光及びメラトニン関連物質による治療技術の開発、早期障害発見システムの開発、障害予防システムの開発、生体内睡眠制御物質のヒト睡眠制御への応用、睡眠中の自律神経機能評価法の応用研究等広範囲に渡る研究を実施した。

 研究代表者である早石修・大阪バイオサイエンス研究所理事長は、脳内の睡眠ホルモンであるプロスタグランジンD2の発見者としても世界的に知られる研究者である。この研究では、日本における睡眠のトップ研究者が集結し、脳内でのホルモンの動きから臨床応用までの幅広い研究が展開された。その成果は、日本の睡眠研究を加速しただけでなく、臨床現場における睡眠治療にも幅広く応用されている。

高感度な分析技術を実現

総合研究:顕微光電子分光法による材料・デバイスの高度分析評価技術に関する研究
【平成11年度~13年度(第1.期)、平成14年度~15年度(第2.期)】
研究推進委員長:原田義也・聖徳大学短期大学部教授

 材料・デバイスなどの機能や性質は電子の状態変化により発現される。近年、物質の電子状態がその機能性の理解に不可欠であるという認識が高まり、光電子分光法が基礎研究のみならず研究開発の現場でも広く注目されつつある。さらに、材料・デバイスなどの微細化技術の開発の重要性の認識の広まりから、ナノテクノロジーの重要性が謳われるようになる中、微小領域の分析・評価技術の高度化の要求が強くなっている。ところが、微少領域の光電子分光法の研究は大型放射光を用いて研究が進められているものの、実用的に有用な研究室もしくはデバイス作成現場レベルでの顕微光電子分光技術は未発達な現状にある。

 この研究は、微小領域の電子構造の分析・評価技術の高度化に資するため、パルスレーザーによる光源を用いた我が国独自の着想による高空間分解能顕微光電子分光法の実現を目指すとともに、さまざまな研究分野におけるサブミクロンレベルの現象に注目し、それについて顕微光電子分光法を応用した分析・評価技術の高度化を目指すものである。

 顕微光電子分光技術、マイクロビーム高度化技術、高度分析・評価技術のそれぞれにおける要素技術において、多くの世界初或いは世界最高の成果をあげており、これにより独自の優れた顕微光電子分光法を確立している。この方法は、放射光施設を用いることなく、物質構造と電子状態の微細解析を可能とするものであり、日本の科学技術・産業技術への貢献は大きく、非常に優れた成果が得られた。

 具体的には、「時間分解能ナノ秒、空間分解能サブμmの高感度な分析技術を実現する」という、振興調整費課題としては異例の数値目標を掲げて開始した。数値も極めてチャレンジングな値であり、実現にはかなりの困難が想定されたが、各担当者の努力により、第一期にそれを達成した。これを受けた第二期では、実用化に向けた開発を進め、一層の進展があり、多くの世界初あるいは世界最高の成果を得た。その極く一部を紹介する。

 100fs/250KHz のTi:S レーザー光の高調波140nm(8.9eV)を用い る価電子帯励起システムでは、第一期に、光電子エネルギー分解能30meVと空間分解能 0.3 μmを同時に達成する装置を 開発した。第二期では、これを用いて、銅の多結晶の顕微画像を得た。(111)結晶面に特有な表面準位と考えられるスペクトルが観察された。また、銅フタロシアニン薄膜の電子状態が基板の影響を受けて顕著な場所依存性を示すことを捉え、さらには、フェムト秒での超高速な電子緩和過程の情報を得た。この課題で開発した手法により、新たな分野の開拓が始まった。イタリアの放射光施設で行った結像型光電子顕微鏡(PEEM)での架橋単層ナノチューブの光電子顕微鏡観測に成功し、また、準安定原子をプローブとする電子分光装置を用いて、PTCDA薄膜上のIn 金属ミクロ構造がIn の 10 μmに及 ぶ異方性拡散によって変形することを測定するなど、顕微光電子分光法により初めて得られる、重要な物性を明らかにした。

 10nm前後の波長の光を励起光源にする内殻励起システムでは、第一期で、磁気ボトルで電子を捕集する方式で1μm弱 のマイクロビーム照射で良好な光電子信号を得るまでに至ったが、第二期では、試料の大きさを制限しない短飛行管方式を考案し、十分に大きな信号が得られることを示した。これにより応用分野が飛躍的に拡大する。これまでに、1000メッシュ試料の光電子信号による一次元画像取得ができている。飛行時間型電子分光で高エネルギー分解能を得るための線スペクトルのサブ ns化も実現した。磁気ボトルを拡大レンズと する電子エネルギー分析器では、残留磁気などの制御で、20‐30倍の拡大光電子画像を得た。

 内殻システムのマイクロビームを形成するシュバルツシルト集光光学系(SO)に関しては、第一期で、波長6nm用の多層膜に関して、従来の3倍もの高反射率を実現した。第二期では、これを SOに適用するため、多層膜面内で周期長を変化させる傾斜周期多層膜ミラー成膜技術を開発するとともに、深さ方向に周期長を変化させた広帯域型多層膜を実現した。周期長の絶対値が制御できる成膜速度モニターを開発し、その場計測を可能にした。また、多層膜鏡基板の研磨加工技術に於いて形状精度0.28nmRMSを得、組立調整完成後の波面収差でも0.85nmRMS を達成し、 0.1 μmマイクロビームを得るのに充分なレベルの光学系の開発に成功した。

 これらの成果は、ナノ・材料研究分野におけるブレークスルーをもたらし、日本における当該分野の飛躍的な発展に貢献するとともに、その一部は産業界によって既に実用化されるまでになっている。

光通信・情報処理系の基盤を構築

総合研究:3次元フォトニック結晶の作製、解析法、デバイス展開の総合研究
【平成11年度~13年度(第1.期)、平成14年度~15年度(第2.期)】
研究推進委員長:池上徹彦・会津大学副学長(当時)

 この研究は、フォトニック結晶のもつ「分散」、「異方性」、「フォトニック・バンドキャップ」という特徴的な光の伝搬特性を最大限活用し、革新的光デバイスの創生を目指すものである。具体的には、自己クローニング法をコアとして、新たに反応性イオンスパッタプロセスを導入することにより、結晶の形状自由度を向上させるとともに、結晶特性の異なる領域を混在させた「ヘテロ構造フォトニック結晶」を再現性よく作製する研究、光通信用デバイスとしての導波路、アイソレータ、発光部品などの各種光デバイス開発手法の推進とその評価を行う研究を進め、三次元フォトニック結晶の有用性を実証することにより、多くの産業への適用を目指した。

 このプロジェクトが開始された1999年春から2004年春までの5年間は、世界規模でフォトニック結晶の技術が大きく飛躍した5年間と重なっている。その間に、フォトニック結晶に関する知見は一新されたといって良い。世界の地域,国ごとの特徴も鮮明になったと見られる。この分野全体の技術の趨勢、進歩に貢献した国・地域を概観し、その中にこのプロジェクトの成果、貢献を(Pj)と注記して位置づける。

 新規物理現象としては、スーパープリズム効果(Pj)、「負 の屈折」効果、フォトニック結晶におけるスミスパーセル効果(Pj)など。現象の発見は日本、深化は欧米という傾向が見られる。

 解析・数値解析法では、数値計算法としてはFDTD法(時間領域有限差分法)が標準となった。導波路の物理の理解(曲がり、共振器など)も顕著である。このプロジェクトは群論の応用、解析的基準解、変分法による数値計算負荷低減などで貢献した。

 作製法としては、2次元フォトニック結晶の作製法としてはSOI(酸化物上シリコン)へのリソグラフィー、ドライエッチによる方法が世界中に普及している。3次元周期構造に関してはホログラフィー法、オパール法など従来の方法が引き続き研究されているが、3次元周期構造の作製法としては自己クローニング法(Pj)が最も優れている。自己クローニング法を実行しているのはプロジェクトメンバーの機関にほぼ限られており、日本がこの分野で独自の地位を確立しているのは間違いない。

 また、産業への応用については、このプロジェクトによって、設計通りの特性をもつ複数の人工誘電体をワンバッチで望みの位置に作製できるプロセスが出来上がり、広く光産業のインフラストラクチャーになる可能性を示した。

 具体的には、光通信デバイスでは、光アイソレータ用薄型偏光子、アレイ化偏光子を用いるSOP(偏波状態)モニタ。将来の可能性としては平面導波路形波長多重ADM (Add‐DropMultiplexer)も視野に入っている。

 また、投影型ディスプレイ機器応用の面では、液晶プロジェクタの制御エンジンの重要部品である偏光子への応用開発が終盤に入っている。さらに、軸方位の異なる多数の部分からなるフォトニック結晶のアレイを一括集積することによって、光並列処理を能率良く行うことができる。

 具体的な応用としては薄膜計測(新しいエリプソメトリー)があり、急速に実用開発が進められている。

 この課題は、自己組織化という独自の手法を発展させることで、21世紀の光情報処理時代における基盤技術を開発した。

 一般家庭にまで光通信網が整備されるようになった現在、このプロジェクトの成果は光通信・情報処理系の様々な分野での応用が拡がりつつある。

ほ乳類の生体時計リズムのメカニズムを解明

目標達成型脳科学研究:哺乳類体内時計の脳内制御機構に関する研究
【平成11年度~13年度(第1.期)、平成14年度~15年度(第2.期)】
研究代表者:山口瞬・神戸大学医学部教授

 生体時計はほとんどの生命体に備わった基本的機構であるにもかかわらず、その解明が著しく遅れており、現代の生命科学に残された数少ないフロンティアの一つである。脳がいかにして時間を創み出し、その時間情報を処理し統括しているかを解明することは、精神活動や高次脳機能の基礎を理解する上で欠くことのできない課題と言える。生命のリズムである24時間周期のサーカディアン振動は一種の永久運動であり、脳の深部にある視交叉上核にある中枢時計で起こり、これが全身の細胞にある末梢時計に伝わると考えられる。

 この研究は、生体態計遺伝子レベルの発振メカニズムを解明するとともに、遺伝子、細胞、局所回路、神経回路、脳(個体)、に至るリズムという現象を追求することにより、細胞内の遺伝子振動がいかにして全体としての行動にまで至るかを解析する脳機能の統合機構を探るもの。具体的には、時計遺伝子の発現制御に関する研究、時計発振環境周期への同調機構に関する研究及び生体時間と生体時計に関する研究に取り組む。

 この研究課題では、生体リズムの研究分野に分子生物学的方法のみならず細胞の利用という新たな方法論を開拓し、優れた成果を出したことから、その科学的・技術的価値は十分高い。特に、時計遺伝子の発現制御に関する研究では、新しい時計転写修飾因子であるPARとE4BP4の作用機構の発見、 末梢細胞での時計遺伝子のコア・フィードバックループの発見、マウス脳の遺伝子転写リアルモニター系の開発等、国際的にも優れた独創的な成果を産み出した。

 これらの成果を要約すれば、体内時計の主要遺伝子およびその機能を発見し、哺乳類における時間伝達の機構を分子レベルではじめて解明したということになろう。これにより、生体時計の研究は飛躍的に進んだ。

トマトやキュウリのワクチンを開発

先導的研究等の推進:植物ワクチン開発とその利用システムの確立
【平成13年度~15年度】
研究代表者:小坂能尚・京都府農業資源研究センター主任研究員

 トマトやキュウリでは、近年、ウイルス病が多発し、大きな経済的被害をもたらしている。この研究は、これらトマト、キュウリのウイルスに有効なワクチン株(弱毒ウイルス接種株)を開発し、それぞれの接種苗の大量安定供給システムを構築することを目的としている。目的を達成するために、ワクチン株の作製及びワクチン接種苗の諸特性、ワクチン株の遺伝子保存とその病原性・干渉作用の解明、ワクチン株の製剤化に関する研究、及びワクチン接種苗の大量育苗法に関する研究を行った。

 これまで、植物ウイルスのワクチンを得るためには、野外の作物や雑草などに感染している弱いウイルスを探す、高温処理や化学的処理などでいったんウイルスの突然変異の頻度を高めてから病原性が弱まったものを選ぶ、といったかなり時間と労力がかかる方法が行われてきた。しかし、これらの方法を用いたからといって優秀なワクチンが確実に得られるわけではない。

 研究チームはまず、この課題に取り組んだ結果、ウイルスに感染した植物を15℃の低温に2ヵ月ほど当てることと、モ ザイクと呼ばれる濃緑色と黄緑色が入り混じった症状を現している葉の濃緑色部分からウイルスを分離することを組み合わせると、有望なワクチン候補のウイルスが効率よく選抜できることを発見した。

 次いで、ワクチンの予防接種技術の開発を目指して産学官連携で研究を進め、キュウリの生育にほとんど影響しないワクチンをわずか1年足らずで作成することに成功した。

 また、世界で初めてワクチンの製剤化にも成功。さらに、このワクチン製剤を多くのキュウリ苗に手間をかけないで接種できるように自動接種装置を開発した。さらに、これらの新しい技術を取り入れてワクチン接種苗を安定して育苗できるシステムを完成させた。

 通常は5年かかるウイルスワクチンの開発を3年間で実用レベルまでもっていったことは、日本の植物研究のレベルの高さを内外に照明する非常に優れたものだ。さらにワクチンの製剤化や接種苗の安定供給システムを構築するなど、日本の農業、ひいては各家庭の食卓に与えたインパクトは非常に大きいといえる。

タンパク質の水素・水和構造を決定

開放的融合研究:水素・水和構造を含めた新しい構造生物学の開拓
【平成11年度~15年度】
研究代表者:新村信雄・日本原子力研究所先端基礎研究センター研究主幹(当時)

 生命現象の中で水素原子の果たす役割や水分子との関わりは大変重要であり、水素を直接観測することは非常に意義がある。

 この研究は、日本原子力研究所における中性子回折実験技術の更なる高度化及び関連する基本技術の開発を行うとともに、農業生物資源研究所におけるこれまでのX線解析やNMR分光による構造解析手法に加え、中性子回折法を適用してタンパク質の水素・水和構造を決定し、食品産業や医療に役立つ薬理活性物質や新機能タンパク質の開発に活かすことを目指すもの。

 プロジェクトでは、世界に先駆けて開発した中性子イメージングプレートを装備した中性子回折装置(BIX‐2,BIX‐3,BIX‐4)を用い、基本的なタンパク質を高分解能で全水素、全水和水決定を行うことに成功した。これらの水素・水和構造を含めたタンパク質構造を総合的に評価し、タンパク質や核酸の水素・水和構造に関する種々の構造情報を抽出することに成功した。また、中性子回折実験では大型結晶育成が必須で溶解度曲線を含む相図を作成することでタンパク質や核酸の大型結晶育成を系統的に育成する手法を開発した。

 完全重水素化タンパク質は中性子回折実験用試料として重要なことから、遺伝子組換え技術を利用して、3種類のタンパク質の完全重水素化に成功した。また、遺伝子組換え技術法としては、in vitro タンパク質合成系、Pichia pastoris系、大腸 菌 in vivo系によるタンパク質の完全重水素化法を確立した。一方、分解能 1.0Åを超える高分解能X線解析法により、差フーリエ図からタンパク質の水素原子位置を部分的に決定することに成功した。また、タンパク質複合体のX線解析から分子間に存在する水分子が複合体構造の安定化、分子認識に関与していることを見出した。

 水素原子の位置及び水分子の配向は生物学において重要な問題であり、これを直接解析できるようになった成果はきわめて大きく、世界的な水準を超える成果だ。

 現在、タンパク3000プロジェクトが終了し、ターゲットタンパクプロジェクトが進行しているが、これらの研究プロジェクトの成果の一端はこの研究課題がなければ生まれなかったものであろう。また、動き始めたJ‐PARCでは、中性子線による蛋白質やDNAの水素・水和構造解析が進められることになり、新しい構造生物学が生まれ始めている。

 また、日本原子力研究開発機構では3月5日、中性子によるHIV‐1プロテアーゼとその機能を阻害するKNI‐272の複合体結晶を作製し、水素原子を含む全原子の構造解析に世界で初めて成功した。HIV‐1プロテアーゼの機能に重要な役割を果たしている水素原子の配置情報を初めて明確に捉えたものであり、より治療効果の高いエイズ治療薬の開発につながるものと期待されている。こうした成果も、このプロジェクトによる基盤技術をベースにしたものである。

世界に先駆けて話し言葉コーパスを構築

開放的融合研究:話し言葉の言語的・パラ言語的構造の解明に基づく『話し言葉工学』の構築
【平成11年度~15年度】
研究代表者:古井貞煕・東京工業大学教授

 この研究は、自発的な「話し言葉」の情報処理技術の基盤を確立することを目的に、通信総合研究所(現・情報通信研究機構)の有する自然言語処理技術と、国立国語研究所の有する言語学的知見を、古井貞煕・東京工業大学教授(研究総括責任者)の有する音声情報処理に関する知見の下に統合し、話し言葉基礎技術の研究、大規模な話し言葉コーパスの構築、話し言葉認識・要約システムのプロトタイプの構築を目指した。これにより、世界的にも例がない大規模かつ各種分析データの付与された話し言葉コーパスの構築と公開を行い、また、このコーパスをもとに世界最高レベルの認識率を持つ話し言葉認識・要約プロトタイプシステムを世界に先駆けて構築する。

 この研究プロジェクトでは、目標を上回る 752万語からな る「日本語話し言葉コーパス(CSJ:Corpus of SpontaneousJapanese)」を完成させ、質・量ともに世界最高水準の話し言 葉コーパスを構築し、詳細なマニュアルとともにCSJを国内外の研究者に広く公開した。話し言葉の音声認識に関しても 、CSJを用いて作成したモデルと新しいアルゴリズムにより、当初50パーセント程度であった認識率を80パーセント程度 まで向上させた。世界に先駆けて音声自動要約プロトタイプシステムの構築にも成功している。

 これらの研究成果は、現在の音声認識分野の基盤となっており、研究を活性化させている。

生体融合材料研究の基盤を構築

総合研究:QOLを指向した生体融和材料の新創出に関する研究
【平成9年度~11年度(第1.期)平成12~13年度(第2.期)】
研究推進委員長:高木俊宜・株式会社イオン工学研究所取締役研究所長(当時)

 分子・タンパク・細胞・組織・器官のあらゆるレベルにおいて生体と融和する新しい医用材料を開発し、医療技術の高度化、高齢者や身障者のQOL(Quality of Life)の向上に貢献することを目標とする。そのため、有機・無機・金属・生化学・細胞工学・医学の研究者を総合して、生体の分子・細胞・組織レベルで生体融和材料の創出及びその実用化を目指す。とりわけ、生体融和性の理解の深化を通して、生体が示す免疫・細胞活性・細胞接着などの生物情報を考慮した新しい材料の組み合わせの探索、表面・三次元構造・組成を制御した材料の開発、細胞培養工学や組織誘導に有効な新材料の創製について系統的な研究を行う。

 金属やポリマーには、長期間生体と融和し、その機能を代行する材料がある。生体組織と長期間融和する材料に関する研究では、アモルファス化やイオンビームによる表面改質・加工などよって、それら材料の融和機能を一層高度化し、実用化に近づけることが目的。金属材料では、合金のアモルファス化やその製造プロセスの違いにより生体融和性が大きく異なることを動物実験などで実証し、用途別の材料設計の指針を示した。ポリマーでは、生体血管と類似の力学的特性を有する人工血管の新しい概念に基づいてプロトタイプのデバイスを設計し、これを応用して人工血管の作成と移植実験を行った。これらは、医療応用へ可能性を示した。また、これらの研究過程では、生体と長期間融和するために必要な材料特性の要素である耐食性と機械的耐久性について、新たな評価方法が考案・確立された。一方、材料の表面改質については、長期間の生体融和性を支配する重要因子であることは示されたが、それが臨床応用への展望を拓くまでには至っていない。

 生体組織を短期間で誘導する材料に関する研究では、成分を制御した複合材料を用いて細胞・組織を活性化し、欠損した生体組織を短期間で再生したり、周囲組織と結合する材料を開発し、その医学応用を検討した。硬組織誘導性の有機/無機複合材料では、コラーゲン/水酸アパタイトやポリ乳酸グリコール酸カプロラクトン共重合体/リン酸カルシウムについて検討され、出発物質濃度や架橋率と自己組織化や生分解性との関係を明らかにし、骨誘導能のある再生材料としての有用性を動物実験で確認している。また、キチン・キトサン/アパタイト複合材料が骨充填材として有用であることが示された。有機複合体の医療応用では、高分子ミセル型ナノカプセルの遺伝子ベクター機能が確認され、ドラッグ・デリバリーシステム、がんの標的治療への臨床試験の実施を達成する成果を挙げている。いずれも動物実験から臨床試験へと進んだ段階にあり、実用が非常に近いレベルに達している。

 細胞分化・組織形成の生体工学的促進技術に関する研究では、生化学的側面ではなく物理的側面から、細胞分化・組織形成を促進する技術の確立を目指した。具体的には、ハイドロゲル物質の拡散現象を応用した骨形成因子(BMP)の量とその生体内作用時間とを変化させる技術(徐放化技術)、生理的に負荷されている静水圧(力学的刺激)により軟骨細胞を誘導する技術、電気刺激による神経細胞の分化制御の技術、高圧酸素の局所負荷による靱帯の損傷治癒の促進技術の開発が試みられた。これらの外的刺激要因がそれぞれ組織分化・形成の促進に有効でありかつ制御可能であることが細胞ないし動物レベルの実験で確認され、これらの組織再生反応を生体外で実行し制御し得る可能性が示された。

 これらの成果は、その後の人工骨の開発や生体融合膜の開発に基礎的な知見を与えており、基盤を構築したという意味で大きな成果である。

タンパク質大量蓄積のメカニズムを解明

省際基礎研究:新規なプロテアーゼによるタンパク質の大量蓄積系の制御機構とその遺伝子発現に関する研究
【平成7年度~9年度】
研究代表者:深澤親房・農林水産省食品総合研究所タンパク質分子設計チーム上席研究官(当時)

 高等植物が物質生産能を最大に発揮する登熟期において、その初期にのみ発現される遺伝子の探索を行い、その生理的理由を探ると共に、11S型貯蔵タンパク質の翻訳後のプロセッシングに関わる酵素を同定し、その構造と酵素的特徴を明確にする。更に、なぜ貯蔵タンパク質がこの様なプロセッシングを受ける必要があるのかに対する知見を得ることを目的として研究を開始した。

 登熟初期に発現する遺伝子の探索に関しては、2種の SODの発現は貯蔵タンパク質の生合成が増加する前に最大に達した。同様の発現パターンはエポキシド水解酵素(EH)でも認めた。EHはダイズ種子から高度に精製し部分アミノ酸配列の決定からオリゴヌクレオチドを合成し、cDNA並びに遺伝子のクローニングに成功した。大腸菌でcDNAを発現させ酵素を精製した。抗体を用いたEH の発現パターンもmRNAのそれ と一致して登熟初期に最高に達した。

 また、ダイズCCT ‐サブユニットのcDNAおよび遺伝子の クローニングに成功した。大腸菌で当該サブユニットを合成したが不溶性であった為、抗体を作成した。本抗体を用いて種子からCCT複合体を精製し、この複合体が動物と同じ二重リングを持ち、ドーナツ型の形状を示すことを明らかにすると共に変性ルシフェラーゼの活性化を行うことを示した。更にチアミン合成酵素は種子での発現と茎での発現はmRNAの分子種が異なることが明らかとなった。

 内在性タンパク質として V型キチナーゼとβ‐アミラーゼをとりあげた。植物体をカビや昆虫の攻撃から防衛するキチナーゼを種子から精製し部分一次構造を決定し、クローニングに成功した。このキチナーゼはV型であるが、これまで他の植物で知られている V型キチナーゼとはC‐末端領域が著しく長いことなど異なる点が多い。そこで、エチレン処理をしたダイズ茎から別のV型キチナーゼをクローニングした。

 β‐アミラーゼについては、遺伝子の植物組織における発現の仕方が異なること明らかにした。又、酵素が基質からはずれることなく連続的に作用する、いわゆる繰り返し反応機構を説明する作用機作について新しい仮説を提唱した。

 ダイズ 11S型貯蔵タンパク質を構成するサブユニット(5種類)の内の1つ、グリシニンA2B1aのcDNAを用いて大腸 菌での発現系の確立と発現前駆体タンパク質の精製法の確立に成功した。このグリシニンA2B1a前駆体タンパク質は、分子内にS‐S結合を持ち、ダイズ抽出液により、正しくAsn残基のところで切断されて酸性サブユニットおよび塩基性サブユニットのペアとなった。これを基質にレグマチュレインの精製法を確立した。又、グリシニンA2B1acDNAの特異的位置を変換し、種々の変異体を作成して大腸菌で発現させ、これらを基質にした一連の切断実験から、レグマチュレインのAsn残基切断のためのルールを確立した。更に、精製レグマチュレインの部分一次構造の解析からcDNAおよび遺伝子のクローニングに成功した。これらの研究からレグマチュレインは初め不活性型で生合成された後液胞に運搬され、おそらく液胞内に存在するリジン残基特異的なプロテアーゼで活性化された後ダイズグリシニン前駆体の成熟化を行うものと考えた。

 大腸菌で生産したグリシニンの前駆体タンパク質は3量体のほかに6量体をとることを見いだした。この6量体を分離して精製レグマチュレインを作用させると、構成サブユニットはただ一カ所、酸性サブユニットのCー末端で切断された。すなわち、天然で見いだされる成熟型グリシニンと同様にプロセスされた。この成熟化グリシニンは溶解度が著しく低下して希薄塩溶液では容易に沈殿した。3量体も同様な結果であった。これらのことから、グリシニンの成熟化は、6量体になるために必須なプロセスではなく、むしろ液胞というプロセスの場から、プロダクト(成熟化されたタンパク質)を沈殿という現象で系外に出し、プロセス効率を上げるという自然の妙手と考える。

 ダイズの貯蔵タンパク質欠損系統と栽培種を圃場で育成した。登熟中の種子を経時的に採取し、欠損が転写レベルで起こっていることを明らかにした。また、登熟中の種子でのレポーター遺伝子のトランジェント発現から、グリシニン遺伝子の転写に必要なトランス因子に問題はなく、グリシニン遺伝子がクラスターを作っている領域の欠落のためと結論づけた。

 この研究プロジェクトは、ダイズ種子の登熟初期に発現する遺伝子群の検索と貯蔵蛋白質グリシニンの成熟化に直接関与する酵素の同定とその分子生物学的解析を主要テ‐マに進め、登塾期に遂次的に発現する遺伝子群の分子的制御機序を新しい概念で説明したものである。具体的には11S型貯蔵蛋白の成熟期に必須なアスパラギン(Asn)特異的プロテアーゼ(レグマチュレイン)遺伝子のクローニングによる全一次構造の決定と詳細な酵素学的解析を世界に先駆けて行った。また、CCT型シャペロニンの発見、抗酸化酵素群(SOD、エポキシド)の発見等は世界的にも優れたものだ。

 現在、これらの成果を基盤に、農林水産省で高蛋白蓄積性などの改良を行った大豆の育種が進められている。

世界レベルの海洋観測基盤を構築

総合研究:世界海洋観測システム構築に資する革新的ブイシステムの基盤技術開発研究
【平成5年度~7年度(第1.期)、平成8年度~9年度(第2.期)】
研究推進委員長:寺本俊彦・神奈川大学理学部長、教授(当時)

 この研究では、時間的・空間的スケールが大きく観測自体に困難が伴う海洋の諸現象の観測を定常的に観測する体制を早急に整備するために、各種観測機器の自動化を進めて効率的な観測システムを構築するとともに、取得されたデータの高度処理手法を開発することを目標にしたものである。第1.期においては、新しい通信手段を用いた漂流ブイ・自己位置を制御するブイ・定期的にデータを送信する係留ブイの開発、ブイ搭載用の二酸化炭素・懸濁粒子・化学成分観測センサの試作、及び、海洋観測データ管理・提供サービスシステムの開発研究が行われた。第1.期で開発されたブイとセンサを組み合わせてブイシステムとして実海域で実験を行いその実用性を検証することと第1.期で開発されたデータ管理・提供サービスシステムをさらに高度化することを目標に、第2.期においては、革新的ブイシステムの海域総合実験、ブイシステムで得られた複合データの高度処理手法の研究を行った。

 革新的ブイシステムの海域総合観測実験では、ヨット型自己移動ブイの動力源・位置精度向上、地上局との双方向通信を可能にし、センサの高機能化・安定化を図った。清水港三保沖にて移動観測実験をし、ブイの性能検証・モニタリングの有用性を確認した。海中懸濁粒子センサの小型化・省電力化を図り軽量小型の海中レーザープロトタイプ製作に成功した。定点保持型ブイを完成させ、三陸沿岸から沖合海域において基礎生産センサ・栄養塩センサを搭載した総合海域実験を行い、ブイ・センサの機能の検証の結果、良好なデータが取得されたことを確認した。第1.期で開発した二酸化炭素センサを気象ブイロボットに搭載して実海域実験を行った結果、半年以上のメンテナンスフリーで正常に作動することを確認した。さらに、台風通過というアクシデントがあったにもかかわらず、正常に作動するなど耐候性の高さが示された。取得記録は海上における二酸化炭素データの連続取得記録という点では世界初であり、新しい知見が提供された。

 流星バースト通信を用いた表層観測用漂流ブイについて、改良型アンテナを設計・製作しブイの大幅な小型・軽量化に成功した。海上での動作・漂流試験を行い、陸上基地から600km離れた地点で夏季の流星が多数発生する時期には10分 ごとのデータがほぼもれなく受信できることを確認し、陸上基地から最大1500km離れた地点からのデータを収集できた。メッセンジャーフロートを用いた深層観測用係留ブイについて、データ送信の容度を増す等の改良を行ったブイを実海域に設置し、データの受信状況及びその値の検討を行った。その結果、観測データが準リアルタイム取得できることを確認し、黒潮等の海洋変動予測の精度向上に極めて有益なデータ取得技術となる目途が立った。

 ブイシステムで得られた複合データの高度処理手法研究で は、自動受領・変換システムの開発し、システムをJ‐DOSS上に移行し、インターネット上で実験を行い、稼動が可能である見通しがついた。海洋物理・化学データの高度管理システムについては、Webインターフェースを開発し、Webブラ ウザからのアクセスが可能になったとともに、海底地形データへの対応により、観測データと海底地形を組み合わせて比較検討することができるようになった。

 漂流ブイデータの流速データと衛星から統計的に推測される水温・塩分構造を同化する手法を開発した。また、漂流ブイなどのデータを基に中規模渦を推定し、モデルに埋め込む手法を検討した。その結果、海表面だけでなく3次元的に実用モデルにおいて多種類データ同時同化を実現した。

 この研究で開発したプロトタイプブイは、海象条件など一定の制約はあるものの、三陸沖の海域において生成、移動、消滅を繰り返す暖水塊の観測など、任意の定点に復帰あるいは移動可能な特徴を活かした海洋観測システムである。この成果の一部は、海洋研究開発機構のトライトンブイ(m‐TRITON)にも活かされており、世界の海洋地球環境観測に貢献している。

免疫システム解明に向けた基盤を開発

総合研究:免疫・造血システムの体細胞改変による制御技術の開発に関する研究
【平成6年度~8年度(第1.期)、平成9年度~11年度(第2.期)】
研究推進委員長:谷口克・千葉大学医学部付属高次機能制御研究センター教授

 この研究課題は、体細胞の機能を改変するため、対象とする体細胞へ特異的にしかも効率よく遺伝子を導入する技術の開発を目標とし、遺伝子の導入及び安定化技術の開発、免疫細胞機能発現制御技術の開発、及び免疫・造血病態制御のための基盤技術の開発を行った。

 遺伝子の導入及び安定化技術の開発では、小型化したハンマーヘッド型リボザイムが二量体を形成して機能する高活性型マキシザイムが開発された。また造血系細胞へのアデノウィルスベクター導入効率が改善され、またSDF‐1組み込みウィルスが生体内へ投与され、生体内での遺伝子の発現に成功した。更に造血幹細胞への特異的遺伝子導入を可能とするベクターの開発が種々試みられた。

 免疫細胞機能発現制御技術の開発では、造血幹細胞のクロナールな分化、自己複製解析のシステムが確立された。また、造血幹細胞の自己複製を促すin vitroのシステムを確立するこ とに成功した。またリンパ球初期分化と増殖及び T細胞分化(ポリコーム群蛋白複合体)や、Bリンパ球の成熟(Bcl‐6) を制御する転写因子、及び腸管上皮間 T細胞の発達器官(cryptopatch)が発見されるとともに、B リンパ球生存(ras)、成 熟・活性制御(lyn,Fas)等のターゲット因子が同定された。またGM‐CSF 、IL‐6サイトカインを介したシグナル伝達と機能発 現に関与する因子とそのカスケードが明らかにされた。

 免疫、造血病態制御のための基盤技術の開発では、マウスの自己免疫病モデルにより自己抗原ペプチドを用いて疾病予防が可能であることが証明された。また、胆がんモデルマウスで腫瘍特異的なペプチドを同定し、成長過程の腫瘍を拒絶させることに成功している。さらに、劇症肝炎や移植片対宿主病などの重要な難治性疾患の病態形成にFasリガンドが関与していることが示唆された。一方、アロ反応性制御技術に関し、アロペプチド抗原のスクリーニングの系を開発し、また遺伝子治療モデル小型霊長類動物が開発された。

 リンパ球分化、動態シグナル、応用面での HIV受容体、リボザイム、幹細胞自己複製、自己免疫性T細胞の成果は注目すべきものであり、その後の当該分野の研究発展に大きく貢献した。

ダイヤモンド薄膜電子デバイスの研究を加速

総合研究:ナノスペースラボによる新材料創製に関する研究
【平成6年度~平成8年(第1.期)、平成9年度~平成10年(第2.期)】
研究推進委員長:山田公・京都大学工学部長、イオン光学実験施設長(当時)

 この研究は、ナノメーターサイズの空間(ナノスペース)が示す特異な現象に注目した新しい量子材料科学による次世代社会を支える材料開発に関するものであり、研究目標の観点からは、個々の研究において優れた成果が得られており、多くの成果の内のいくつかは、新しい研究プロジェクトへの展開が図られた。さらに得られた研究成果は、知的所有権化が行われ、企業化への展開が図られてた。

 サブテーマ「光・光機能探索ラボを基調としたナノ構造特異点利用材料の創製に関する研究」、「フォトリフラクティブ効果の探索による構造特異点利用材料の創製に関する研究」、「電子スピン共鳴効果探索による結晶構造特異点利用材料に関する研究」、「フォトキャリアの運動制御による画像記録材料に関する研究」、「ナノ構造特異点における光閉じ込め効果効果を利用した層状ナノ空間材料に関する研究」、「ナノ構造特異点における非線形光学効果を利用した有機クラスター材料に関する研究」を行った。

 その結果、二重るつぼ法を用いたストイキオメトリック・ニオブ酸リチウム結晶の成長に関する成果は、国際的に高い評価を受け、世界の標準となっている。事実、この研究で得られた結晶は、フォトリフラクティブ材料を用いたホログラフィック光メモリーや、電気光学効果を利用した光変調器、疑似位相整合方式の導波路型波長変換素子などの諸特性において、従来のコングルーエント結晶に比べ優れていることが証明された。特許も多数提出されており、今後一層の発展が期待できる大きな成果を達成した。

 サブテーマ「電子・光機能探索ラボを基調としたナノサイズ効果利用材料の創製に関する研究」では、「量子閉じ込めサイズ効果の探索による無機クラスター材料創製に関する研究」、「粒子サイズ効果の探索による固相クラスター材料創製に関する研究」、「光電変換サイズ効果の探索による有機・無機ヘテロ界面材料創製に関する研究」、「クラスターサイズ効果の探索によるナノ凹空間材料創製に関する研究」を行った。

 その結果、界面ナノ空間配列操作・評価装置を開発し、化合物半導体の結晶成長の原子レベル観察の成功や、格子不整合系にのみ適用可能であった量子ドットの自己形成法を整合系にも適用できる方法を世界で初めて開発したことは、高く評価できる。この方法により作製したGaAsやInGaAsの量子 ドットは、強い発光を示しており、今後これらを用いたレーザや赤外線検出器の研究開発への展開が期待される成果である。

 Ge固相クラスターの結晶構造の相転移の確証は、新しい固相クラスターの結晶構造の解析手法を確立したものであり、高く評価できる。また、Ge固相クラスター薄膜の電流・電圧特性においてクーロンブロッケード現象の室温観察に成功しており、新規なデバイスへの展開が期待される。さらに、SiOx固相クラスター薄膜は、比誘電率が1.8以下と低誘電率を示し、Si‐ULSIの配線間材料としての将来性が高く評価できる成果である。

 金属・有機色素結晶薄膜ヘテロ界面における光電子増倍現象は、ショットキー機構に基づくことを明らかにしている。有機結晶薄膜形成にイオンビーム蒸着法を用いて、光電子増倍のピーク位置の制御を可能とし、室温動作を可能としたこと、さらに、電荷分離機能と光電子増倍機能を別々に持つ素子構造の開発し、S/Nや増倍特性の向上を図ったことは、高く評価できる。今後、生物模倣型のセンサー開発、等への展開が期待される成果である。クラスターイオンビームの特性を利用して、従来法では困難であったダイヤモンド表面の平坦化に成功したことは、ダイヤモンドの実用化を大きく前進させたもので、高く評価できる。また、ホウ素クラスターを用いたクラスターイオン注入法を開発し、数nmの極浅接合を形成することに成功し、さらに、この技術を用いて世界最小の 40nmp‐MOSFETの試作に成功したことは高く評価できる。

 サブテーマ「電子・電子機能探索ラボを基調としたナノ界面・接合効果利用材料の創製に関する研究」では、「フェルミピニングフリー効果の探索による金属・無機界面材料創製に関する研究」、「粒界電導バリアサイズ効果の探索による界面ナノ空間材料創製に関する研究」、「クーロンブロッケードの探索による結合型クラスター材料創製に関する研究」、「ナノスペース材料のバイオを中心とした新分野応用に関する研究」を行った。

 ナノスペースラボの概念による新材料創製の具体的適用例として、電子デバイスに適用できる高品質単結晶ダイヤモンドCVD薄膜合成に成功している。これは従来のダイヤモンド CVD薄膜と比較して、原子レベルで平坦で有り、シリコン半導体と比較しても遜色ない電気的・光学的特性が得られている。この成果は、ダイヤモンド薄膜が実際に電子デバイスに適用できる可能性を示した。

 金属/SiC の系でのフェルミピニングフリーの実現は、SiC系 電子デバイスプロセスとして、SiCのデバイス開発・研究に導入されたことが評価される点である。また実用上最も重要な金属/Siの系においても、界面特性の大幅な改善が達成され、実用レベルからも注目される結果を得ている。酸化物半導体での金属との界面特性の制御に関する研究では、オゾンによる表面処理を施すことにより、従来の界面特性と比較し、ダイオード特性として、数桁以上整流特性の良いショットキー接合特性を得ることに成功している。この結果は、酸化物半導体が、従来のSやGeに比較しても遜色ない界面特性を有す ることを実証した点で評価できる。

 この研究での成果は、今後の SiC、ダイヤモンド、酸化物半導体などのワイドバンドギャップ半導体の実用レベルでの電子デバイスの応用の可能性を示した。この時、最も注目されたダイヤモンド薄膜の合成とその界面特性の制御に関する研究は、その後、ダイヤモンド薄膜電子デバイスの研究を加速した。

量子コンピュータ研究の基盤を構築

総合研究:物質・材料の自己組織化機構の解析と評価に関する研究
【平成8年度~10年度(第1.期)、平成11年度~12年度(第2.期)】
研究推進委員長:吉原一紘・科学技術庁金属材料技術研究所精密励起場ステーション研究主幹(当時)

 物質・材料の微細構造を加工する技術は新しい機能材料・実用デバイスを開発する基本技術として極めて重要であるが、従来型微細加工の延長線上の技術では微細化の限界が見え始めている。この研究では、その根本的な解決策として物質・材料が原子分子のオーダーからマクロ領域にかけてその材料に固有な形態・構造を自発的に形成する自己組織化現象を利用した新加工技術・構造制御技術の開発を行った。

 「自己組織化を用いた局所構造制御技術に関する研究」では、C 60分子からなるナノワイヤーの作製と電気特性評価、テラス構造を利用してリボン幅を制御したカーボンナノリボンの創製とコヒーレント電子放出の観測、多孔質アルミナに金属微粒子を自己組織的に固定化した分子認識触媒の作製など、今後の新規産業への応用も可能と期待される局所構造制御に関する基盤技術が開発された。「全体配列制御を用いた先進プロセスに関する研究」では、自己形成量子ドットの全体配列化、基板に全体配列したDNAネットワークの作製と制御、などの研究成果が得られた。「自己組織化計測・制御技術の応用に関する研究」では、化合物半導体表面の仕事関数測定法の確立や収束イオンビームを用いた量子箱の作製などの優れた成果が得られた。

 これらの成果は、現在、世界中で研究開発が進んでいる量子コンピュータを生み出すための基礎技術の一つとなっている。

再生医療の発展に貢献

総合研究:臓器・組織再生システムのための基盤技術の開発
【平成7年度~9年度(第1.期)、平成10年度~平成12年度(第2.期)】
研究推進委員長:江口吾朗・岡崎国立共同研究機構基礎生物学研究所教授(当時)

 個体の発生において、各臓器・組織は、各種幹細胞の秩序だった増殖・分化、また厳密に制御された細胞間相互作用を介した形態形成によって構築される。これら幹細胞は同時に、我々ヒトをはじめとする動物が潜在的にもつ再生能力のみなもとでもある。この研究では、臓器・組織の再構築技術の実現に必須である、幹細胞の分化制御技術と組織間相互作用の制御技術を中心とした研究を行った。これらを二極とした諸研究を統合して、臓器・組織を再生・構築するための基盤技術をうちたてることが目的だ。

 「幹細胞の分化制御による組織再生技術の研究」では、幹細胞の成立の機構を解析するとともに、幹細胞の分化が制御される機構を明らかにしていく視点から系統的に研究が組まれ、幹細胞の基本的な性質について、それまでの通念を覆す革新的な研究成果をもたらした。

 発生生物学的に受精卵は体を構成しているすべての細胞の幹細胞である。近年、核移植により体細胞の核が初期化されて発生を行う結果、クローン動物が生まれることが、哺乳類でも示された。ウシのクローン動物については、この研究プロジェクトの分担研究者による実績である。体細胞核の初期化、つまり全能性の幹細胞の核として成立する条件を検討して、未受精卵の中にその要因を突き止めた。初期化の因子は、活性化後、6時間以内に消失することが明らかにされた。

 受精卵から派生して来る細胞の中で、生殖細胞は、唯一全能性を維持し続ける細胞である。今回の研究の中では、生殖細胞のもととなる始原生殖細胞を培養することが可能となり、減数分裂初期反応を示すことが明らかにされた。

 体細胞の幹細胞については、初期胚から全能性の幹細胞であるES 細胞を樹立し、このES細胞から体細胞の幹細胞をつくる試みが系統的に行われた。ES細胞から神経幹細胞を樹立し、この神経幹細胞から間葉系幹細胞を形成し、さらにこの間葉系幹細胞を軟骨または脂肪細胞にinvitroで分化させることに成功した。

 培養実験系を中心に解析された「幹細胞の分化制御による組織再生技術の研究」における研究成果は、それまで発生生物学的な観察結果に基づく概念を変えた。成体の中にある幹細胞の性質が、培養条件下という一定条件において安定化して、幹細胞自身がもつ性質が浮き彫りにされて来たと考えられ、これらの成果が産み出した意義は幹細胞生物学として新たな分野を開拓した。

 さらに、組織・臓器レベルでの構築のモデルとしてプラナリアの再生系を用いた解析結果を示した。プラナリアでは全能性の幹細胞が組織構築を行うが、その時、幹細胞でない細胞が分泌性タンパク質の活性の勾配を形成して組織構築の極性を産み出し、それに呼応して幹細胞が対応することを示した。この原則は、イモリの脚の再生でも確認され、この分泌性のタンパク質は、このプロジェクトのサブテーマの一つである「組織間相互作用の制御による臓器・組織構築技術の研究」研究されたものと同一だった。

 「組織間相互作用の制御による臓器・組織構築技術の研究」では、幹細胞の多彩な分化によって形成される分化細胞集団が臓器構築に至るまでの過程を、細胞・組織間のシグナル機構とモデル臓器の構築機構に分けて研究した。

 具体的には、組織の極性の決定機構について、肢芽、網膜、心臓、小脳の器官形成において原理的な機構が明らかにされた。神経系の構築においては、細胞間相互作用の制御において、リガンドと受容体の不活化機構が明らかにされた。細胞外マトリックスによる組織間相互作用の制御機構においては、エピモルフィン分子と転写因子、またマトリックスメタロプロテアーゼの分泌の発現誘導調節の仕組みが明らかになり、高次形態形成を制御できる可能性が示された。TGF‐betaファミリーと受容体による組織構築の関係においては、細胞増殖因子のシグナル伝達系に関わる結果が得られ、また生物種や組織間でのシグナル伝達系ユニットの普遍性を明らかにすることが出来た。上皮‐間葉相互作用における組織構築においては、FGFファミリーがシグナル分子として働き上皮幹細胞の増殖を調節している可能性が明らかにされた。

 組織系形成のモデルとしては、胚発生における組織化の最初である原腸陥入を始めとして、脳の領域化、消化管の組織領域化、肢芽の器官構築を解析した。組織の部域化の機構は、パターン形成の顕著な例であり、再生過程においても重要であるといえる。ここにおいても、シグナル分子と転写制御機構の間の制御の循環が見いだされ、部域化の進行過程が明らかにされた。さらにHox転写制御因子が制御する遺伝子が明らかにされた。

 これらの研究成果は、発生生物学に基礎を置く研究が、今後の再生医療に直接的に貢献しうる具体例を示した。

障害者支援ネットワークを構築

研究情報整備・省際ネットワーク推進:広域高速ネットワークを利用した生活工学アプリケーションの調査研究
【平成8年度~10年度(第1.期)、平成11年度~12年度(第2.期)】
研究代表者:野口正一・財団法人仙台応用情報学研究振興財団理事長

 情報通信技術を基盤とした高度な情報社会の中で、情報化の進展に取り残されることなく、すべての人々がその恩恵を十分に受けられることが可能となるような高度情報通信社会を構築すべく、第期で得られた要素技術を高度に統合・応用したアプリケーションの研究と、広域高速ネットワーク上でそれらのアプリケーションの高度化を図る研究を実施した。

 サブテーマ「遠隔コンサルテーションシステムに関する調査研究」では、不登校児・障害児等のカウンセリング・データベースシステムに関するコンテンツ提示方法を検討し、実験環境基盤として仙台市内に遠隔カウンセリングを実現するシステムを構築した。また同時にマルチメディア・データを高速回線およびインターネットに向けて公開する仕組みを整備し、一年間の実証実験を行なった。実証実験においては、オンラインカウンセリングの実施とデータベース公開を通じて得たユーザからのコメントをフィードバックし、コンテンツおよびシステムの改良と評価を行なった。

 さらに、医療分野における遠隔コンサルテーションの実施を想定して必要な機能について検討し、医用画像を含めた患者サマリー情報とともに、インターラクティブに回転可能な3D臓器モデルをネットワーク上で連携して、2者間で同じ情報を共有することができる「病状説明システム」を構築した。

 この不登校児・障害児等カウンセリング・データベースシステムは専用回線で提供するとともにインターネットに向けても公開した。システムの公開運用を行なった2000年4月から11月までの延べ利用者は約270000人に達し、この記録はシステムが確実に利用されてきたことを示している。

 「遠隔コンサルテーションのためのネットワークシステムの管理、セキュリティー及びインタフェースに関する調査研究」では、ネットワークカウンセリングシステム「ほっとママ」のQ&Aを対象としたユーザ支援用のインターフェース を設計・実装した。また、地理的に広域にわたるLANの基本管理方式として、ネットワークカウンセリングシステム「ほっとママ」を用いた分散型管理システムの実証実験を行った。さらに、「ほっとママ」を事業運営することを想定し、その際必要となるセキュリティポリシー・プライバシーポリシーの作成を行い、このプライバシーポリシーは「ほっとママ」において実地での運用実験を行った。

 このプロジェクトで構築された障害児支援サイト「ほっとママ」は、実験運用を開始した2000年4月からの1年間で50万件を越えるアクセスがあり、その必要性と効果が実証された。なお、「ほっとママ」は、子育て支援サイト「マザーズ・オープン・カレッジMOC」に拡大し、その後も運用が続けられた。

研究者の流動性向上に貢献

流動促進研究:結晶粒界のナノ解析法の確立とその利用による粒界の構造・組織および変形・破壊特性の解明の研究
【平成9年度~平成11年度】
任期付研究者:高橋稔彦(科学技術庁金属材料技術研究所)

 この研究は、結晶粒界の組織と粒界近傍の力学特性とをナノスケールで定量的に解析する手法を確立し、さらにこの手法を用いてバルクの力学特性の発現に粒界組織が関与する機構を明らかにすることを目的として遂行され、目標以上の成果が生まれた。また、原子間力顕微鏡やナノ硬さ試験機を用いるナノ粒界解析手法の開発に成功し、この手法を用いて焼戻しマルテンサイト組織の新強度発現機構や粒界破壊抑制の指導原理の構築にも成功するなど、分野の研究水準を学術・技術面で大きく飛躍させると共に、ナノ粒界解析という新研究領域を開拓した。

 一方、高橋氏は新日本製鐵からスカウトされ、金属材料技術研究所のフロンティア構造材料研究センター評価ステーション総合研究官へ採用された。平成9年6月4日に施行された「一般職の任期付研究員の採用、給与及び勤務時間の特例に関する法律(平成9年法律第65号)」に基づく、招へい型任期付研究員として国立研究所研究員として採用された初めての例である。この任期制の活用の効果は、若手研究員の活力向上、超鉄鋼プロジェクトの加速等、想定以上の効果が上がったことから、招聘研究者の採用が各研究機関で拡がったきっかけともなった。

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科学技術・学術政策局 科学技術・学術戦略官付(推進調整担当)

(科学技術・学術政策局 科学技術・学術戦略官付(推進調整担当))

-- 登録:平成21年以前 --