長寿社会における生涯学習政策フォーラム2013 in 東京議事録(冒頭~基調講演)

【司会】  大変長らくお待たせいたしました。定刻となりましたので、ただいまより「長寿社会における生涯学習政策フォーラム2013 in 東京」を開催いたします。
 本日は、お足元の悪い中、御参加いただきまして、まことにありがとうございます。
 私は、本日の司会進行を務めさせていただきます文部科学省生涯学習政策局社会教育課企画官の新木聡と申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします。
 本日のフォーラムでは、「学びが引き出す『シニア力』~長寿社会の輝く未来を目指して~」をテーマといたしまして、基調講演、行政説明、事例発表、グループディスカッションということで、大変盛りだくさんの内容を行う予定となっております。ほぼ丸一日と長時間にわたりますけれども、このフォーラムを通しまして、参加者の皆様が新たな気付き、あるいは示唆を得まして、それぞれの地域、あるいは団体におきまして、更に活発な取組につながっていくということを期待しております。
 それでは、このフォーラムを開催するに当たりまして、主催者を代表いたしまして、文部科学省生涯学習政策局長の清木孝悦から御挨拶申し上げます。

【清木】  おはようございます。ただいま紹介ございました文部科学省生涯学習政策局長の清木と申します。
 開催に当たりまして、一言御挨拶申し上げたいと思いますが、お忙しい中、全国から多数御参加を頂きまして、まことにありがとうございます。また、皆様方は日頃から全国で高齢者の学習活動や社会参画活動の推進に御尽力を頂いておりますことに、この場を借りまして厚くお礼を申し上げたいと思います。
 さて、先月、総務省統計局が統計から見た日本の高齢者動向をまとめたレポートを発表いたしました。それによりますと、いわゆる団塊の世代のうちの昭和23年生まれの方々が高齢者入りしたということもあって、今年の9月15日現在で日本の65歳以上の人口は前の年の112万人増の3,186万人、そしてまた高齢化率は0.9ポイント増の25%ということで、過去最高、初めて4人に1人が高齢者ということになったわけでございます。
 また一方で、これまで高齢者はどちらかというと社会に支えられる人という見方がされてきたわけですけれども、実際には介護保険制度における支援や介護を要しない高齢者の方々は、65歳以上で約8割となっておりまして、地域活動で活躍されていらっしゃる方も多数おられます。
 また、先頃、文部科学省が発表いたしました平成24年度体力・運動能力調査では、12年前と比較いたしまして、高齢者の体力はおおむね5歳程度も若返っているという結果も出ております。
 そしてまた、これも先頃、OECDの国際成人力調査(PIAAC)が発表されましたけれども、読解力・数的思考力の2分野においては、平均得点で3か国中1位と。そして、どの年齢層で見ても世界トップレベル。これはプレ高齢世代も含めて世界トップレベルで、諸外国に比べて、年齢が高まってもそんなに下がっていかないという傾向も把握できたところでございます。
 こういう状況を踏まえますと、これからの超高齢社会における様々な社会的課題を解決していくためには、元気で高い能力を有しておられる多くの高齢者の方々が地域社会の様々な場面で活躍できるような環境を作っていくことが大事だというふうに考えております。
 文科省では、平成23年度に超高齢社会における生涯学習の在り方に関する検討会を開催しまして、基本的な考え方を取りまとめております。
 また、昨年9月には、高齢社会対策基本法に基づきまして、高齢社会対策大綱の見直しが行われまして、その中では、高齢者が年齢や性別にとらわれることなく、社会の重要な一員として生きがいを持って活躍し、学習成果を生かすことができるよう環境を整備し、高齢者の社会参加活動を促進することが大事だということが示されております。
 本日のフォーラムにおきましては、この大綱の見直しに当たって高齢社会対策の基本的在り方などに関する検討会の座長も務められました慶應義塾の清家篤塾長に「生涯現役社会に向けての生涯教育」と題して、基調講演を頂くこととしております。
 また、超高齢社会を抱える諸課題を解決していくためには、政府の各省庁がしっかりと連携していくことも大切だと考えております。今年度は、厚生労働省で高齢者の就労の在り方の観点から、また、総務省では超高齢社会に対応した社会の構築の観点から、それぞれ検討会や会議の報告もまとめられておりますので、各省の担当者の方々からその御説明を頂く予定としております。そして、その後は、先ほども案内がございましたが、各地域で様々な優れた実践をされている方々からの事例発表や、参加者の方々全員によるグループディスカッションと盛りだくさんの内容となっておりまして、長時間にわたりますけれども、高齢者の学びや社会参画の推進について、様々な分野での議論や実践事例を交えながら協議を深めていただいて、その成果を皆様がそれぞれの地域や団体に持ち帰っていただき、多様な活動が促進されることにつながることを願っているところでございます。
 最後になりましたけれども、このフォーラムを契機としまして、高齢者を対象とした生涯学習の機運が全国的に高まることになれば大変有り難いというふうに考えているところでございます。
 以上で開会の御挨拶とさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。

【司会】  それでは、早速、プログラムの方に移らせていただきたいと思いますけれども、1点留意事項がございます。これから行います基調講演につきましては、講演後10分程度、質疑応答の時間を設けたいというふうに考えておりますけれども、そのほかの行政説明あるいは事例発表につきましては、今回、講演、事例発表が盛りだくさんとなっているということもございまして、大変恐れ入りますけれども、個別の質疑応答の時間を設けていないところでございます。お話をお聞きになりまして、様々な感想、あるいは御意見等があろうかと思いますけれども、そちらにつきましては、午後の部で皆さんが参加される形でディスカッションの方を御用意しておりますので、その場におきまして参加者の皆様方との御交流、あるいは意見交換という形で生かしていただければというふうに考えております。
 それでは、最初のプログラム、慶應義塾長、清家篤様による基調講演を行いたいと思います。
 まず、簡単ではございますけれども、清家塾長の経歴を御紹介させていただきたいと思います。清家篤様は、1992年慶應義塾大学商学部教授、2007年より商学部長、2009年より慶應義塾長を務めておられまして、専攻の方は労働経済学ということになっております。また、現在、日本私立大学連盟会長、経済社会総合研究所名誉所長などを兼務されておりまして、この8月までは社会保障制度改革国民会議会長も務めておられたところでございます。近年の著作におきましては、『60歳からの仕事』講談社2009年、『エイジフリー社会を生きる』NTT出版2006年、『高齢者就業の経済学』日経新聞社2004年、『労働経済』東洋経済新報社2002年、『生涯現役社会の条件』中公新書1998年、『高齢化社会の労働市場』東洋経済新報社などがございます。
 本日は、「生涯現役社会に向けての生涯教育」ということをテーマにいたしまして基調講演をしていただきたいというふうに思っております。
 それでは、清家塾長、よろしくお願いいたします。

【清家】  ただいま御紹介いただきました清家です。きょうは、このような機会にお招きいただきまして、ありがとうございます。
きょうのテーマは、長寿社会における生涯学習を考えるということで、私が申し上げたい話の結論を最初に申しますと、この長寿社会というのは、生涯現役社会にならなければならず、そのために生涯学習が必要だということです。
御承知のとおり、この長寿化に伴って、日本は今、世界に類を見ない高齢化を経験しつつあります。日本の高齢化は三つの点で世界に類を見ないものとなっています。一つは、高齢化の水準の高さです。先ほど清木局長からもお話がございましたように、日本の65歳以上の高齢人口比率が、今年の8月に25%を超えまして、人口の4人に1人が65歳以上の高齢者になっています。25%というのは、今世界のどんな国よりも高齢人口比率が高い国になったということを意味しています。しかし、これは単なる通過点でして、今年生まれた赤ちゃんが成人する頃の2035年には、この比率が33%を超えて、日本の人口の3人に1人は65歳以上の高齢者になります。さらに、今世紀の半ばぐらい、ちょうど今年大学を卒業した人たちが65歳以上の高齢者になる頃には、日本の人口の40%、すなわち5人に2人が65歳以上の高齢者になります。恐らくそのあたりまでは日本の高齢人口比率というのは、常に世界のトップを走る。世界に類を見ないということの第1は、この水準が高いということです。
二つ目は、日本の高齢化はスピードが速いということです。高齢化のスピードとは、通常は、今申しました65歳以上の高齢人口比率が7%になったところから14%になるまで何年かかるかで測ることになっています。日本は、この高齢人口比率が7%を超えたのが、ちょうど1970年です。きょう、この中に大阪からいらした方、あるいは大阪出身の方がいらっしゃるかもしれませんが、1970年というと、ちょうど大阪で万国博覧会が開かれた年です。   今はオリンピックが話題になっていますが、1964年に東京オリンピックがあった頃に日本が先進国の仲間入りをしたという見方もありますけれども、その頃、私は小学生になっておりまして、今から振り返ると、1964年の東京オリンピックで日本が先進国になったかというと、ちょっと苦しいところがあるかもしれません。私は東京の大田区で育ちました。東京の西の外れの方ですから都心ではありませんが、しかし23区内ではありましたけれど、私が生まれ育ったところの家の前のバス通りはさすがに舗装されていましたけれども、家の周りの道はみんな砂利道でした。あの頃、まだ日本が先進国になったとは言えなかったかもしれません。しかし、さすがに1970年に大阪で万博が開かれた頃になりますと、私ももう高校1年になりまして、新幹線に乗って万博を見に行ったりしまして、今から振り返っても、あの頃は日本もようやく先進国の仲間入りをした頃だったと思い出すわけです。そういう面では、日本が高齢人口7%を超えた高齢化社会となった頃、ちょうど日本も先進国の仲間入りをした。別の言い方をすれば、先進国の仲間入りをすると大体高齢化社会になってくるということです。高齢人口7%を超えた高齢化社会は、英語で言いますとaging societyと表現するわけですが、この比率が14%を超えますと、その社会はもはや高齢化社会ではなくて高齢社会、英語で言いますとaged society、ageという言葉にedという完了形が付いた世界になるわけです。日本ではこれが1994年のときでした。ということは、日本は高齢人口比率が7%から14%までいくのに24年間かかったということです。実はこの24年というのは、国際的に見ると際立って短い年数です。日本よりも一足先に高齢社会になって14%を超えた国々のヨーロッパほとんどは50年前後、50年から100年ぐらいかかっています。一番長いフランスの場合には、19世紀の後半に7%を超えて20世紀の後半に14%を超えるまで115年かかっています。ということは、日本はフランスと比べれば4分の1の期間で、逆に言えば、4倍のスピードで高齢化を進めたということになります。ほかのヨーロッパ諸国などと比べても2倍から3倍のスピードで高齢化を進めてきたということになります。この高齢化の水準が高い、スピードが速い、これが世界に類を見ないと言われる日本の高齢化の特徴です。
そしてもう一つが、日本の高齢化の奥行きが深いということです。これは、これから特に顕著になってくるわけですけれども、高齢者の中でも特に年をとった人たちの比率が高くなってくるということです。現在、ちょうど65歳以上の高齢人口比率が25%になったというお話をしましたけれども、その内訳を、65歳から74歳と75歳以上という、65歳以上の中でも比較的若い層の高齢者たちと、より年をとった人たちに二分しますと、現在は65歳から74歳の人が12.2%、それから75歳以上の人が12.8%という形で、12.8%対12.2%ということで、ほぼ1対1になっています。ところが、今生まれた赤ちゃんがちょうど大人になる2035年頃、日本の人口の3分の1が65歳以上の高齢者になるという頃で見ますと、65歳以上人口のうちの13.3%が65歳から74歳で今と余り変わらないのに対して75歳以上が20.1%、つまり比率でいうと、比較的若い高齢者3に対して、それ以降の超高齢者5という比率になってきます。さらに、今世紀の半ばぐらい、今年の大学卒業生が自ら高齢者になる頃で見ますと、先ほど言いましたように、40%が65歳以上の高齢者になるわけですが、そのうち65歳から74歳は13.3%でほとんど変わりません。それに対して75歳以上が26.1%、つまり65歳以上の高齢者の中で比較的若い高齢者1に対して超高齢者2という比率になってくるわけです。つまり、いわば高齢化の奥行きが深くなってくる。このように、日本の高齢化というのは水準が高い、スピードが速い、奥行きが深いという点で世界に類を見ないものとなっています。
もちろん、こうした高齢化をもたらした要因は、最初に言ったように長寿です。人々が長生きをするようになった。ちなみに、日本の平均寿命は戦後ものすごい勢いで伸びたわけです。終戦直後の1947年に終戦後初めて正確な人口動態統計がとられましたけれども、ちょうど団塊の世代の1期生が生まれ始めたこの年の日本人の平均寿命は男性が50歳、女性が54歳です。これは人口の統計について詳しい方は御存じだと思いますが、平均寿命というのは、正確にいうと、ゼロ歳児平均余命です。オギャーと生まれたばかりの赤ちゃんが今から何歳まで生きるかということについての統計的期待値、これをゼロ歳児平均余命というわけですけれども、これを通常は平均寿命と言っています。ですから、皆さん方の中にもし1947年生まれの人がいたとしたら、その人たちが生まれたときに、男性であれば50歳まで生きるということが平均的に期待されていた、女性であれば54歳まで生きるということが平均的に期待されていた、そういう社会だったということです。
なぜそんなに寿命が短かったのか。それは日本が貧しかったからです。つまり、平均寿命50歳というのは、50歳になるとみんな死んでしまうということではなくて、実はゼロ歳とか、1歳とか、2歳とか、幼い頃に死んでしまう人がたくさんいるので、平均をとると50歳とか54歳になる。つまり乳児死亡率が非常に高かったわけです。昔は栄養状態がよくなく、本当に生まれてしばらくの間に、赤ちゃんが栄養失調で死んでしまいました。栄養失調で赤ちゃんが死ぬだけではなくて、最近ではもう本当に死語になっていると思いますけれども、産後の肥立ちが悪いといって、お母さんも生命の危機にさられるような栄養の水準が非常に低い状態だったわけです。それから、衛生環境が非常によくない。小さな子供が簡単に消化器系の感染症で死んでしまう。それから、住環境が貧しい。暑さ、寒さがしのげるような住環境でなかったわけで、特にちょっと年をとった方は、夏の暑さ、冬の寒さに耐えられず、夏を越せない、冬を越せないという形で亡くなってしまう。そして、何といっても医療の水準が立ち遅れていたわけです。このように栄養の状態がよくない、衛生の状態がよくない、住環境がよくない、医療が立ち遅れている、これらが全て複合的に作用して日本人の終戦直後の平均寿命は男性50歳、女性54歳というレベルであったわけです。
それが今、どうなったかというと、御承知のとおり、男性の平均寿命は79.9歳、これは世界第5位ぐらいですけれども、日本の上にいる国は、アイスランドとかルクセンブルクといったようなヨーロッパの一部の人口が少ない小国などでして、日本のような一定規模の人口がある国では、男性の寿命は世界一と言っていいわけです。女性の場合は86.4歳、これは日本の上にはどんな国もありません。世界断トツのトップとなっています。これは、さっき言った日本人の寿命を短くしていた要因が全て克服されたからです。栄養状態がよくなった、衛生環境がものすごくよくなった。日本人が最近海外に行きたくない一つの理由は、海外に行くとトイレが日本ほどきれいではないという理由さえあると言われているぐらい、日本はものすごくきれいになった。それから、住環境がものすごくよくなったわけです。今年も夏が暑かったですが、何かの理由でエアコンが止められて、お年寄りが熱中症で亡くなったというようなことが時々ニュースになりますね。ニュースになるということは、普通はそういうことはないということでしょう。しかし私が子供だった1960年代の東京オリンピックがあった頃、私の小学校の同級生の家へ行って、エアコンがある家はなかった。もちろん学校にもエアコンがなかった。会社とか役所にはあったのかもしれませんが、少なくとも普通の家にエアコンなんかなかったんですね。それがいまや、エアコンがない、あるいはエアコンが止められたというのがニュースになるぐらい普及している、そのぐらい住環境がよくなっている。そして、全国津々浦々に医療サービスが提供できるようになった。これらが全て相まって日本人の寿命をここまで延ばしたわけです。ですから、これはまさに日本が豊かになった結果、長寿化が実現されたわけで、その結果として、我々が高齢化を経験しているということを忘れてはいけないということです。
少子化の方も最近ちょっと行き過ぎておりますが、長い歴史のスパンで見ると、実は貧しい社会は多産多死、赤ちゃんがたくさん生まれて、乳児死亡率は高いですから、たくさん死ぬ。これが豊かな社会になると少産少死、少なく生まれ、また死んでしまう赤ちゃんも少ない。赤ちゃんはめったに死なない社会に変わっていくわけでして、日本もそういう人口転換を戦後経験したわけです。ただ、最近、少しそれが行き過ぎまして、特に若い人が子供を産み育てにくい状況が出てきてしまったことが少子化に拍車をかけておりますので、ここのところはしっかりと少子化対策をとって、特に女性が子供を育てながら仕事などを続けられるような環境をつくっていくことが大切です。
今、日本で出生率を下げている最大の要因は、未婚率の上昇です。結婚しているカップルが産む子供の数はそんなに減っておりません。結婚しない人が増えているんです。皆さんの周りでもそういう方がいらっしゃるかもしれない。これはいろんな理由がありますけれども、一つの大きな理由は、女性が結婚、子育てによって失うものが非常に大きくなっているからなんですね。例えば大学を卒業した女性が生涯、普通にお勤めをして定年まで働いて得られる生涯賃金、これはいろんな前提を置いて計算されておりますけれども、最近の推計ですと大体2.5億円になる。ところが、この女性が働き始めてから10年ぐらいで結婚、子育てのために仕事を辞めたとしましょう。そうすると、最初の10年ぐらいで稼げる生涯所得というのは、年功賃金で最初は給料が安いというせいもありますが、たかだか5,000万円ぐらいです。残りの2億円は、そこでもし仕事を辞めてしまったら、経済学の言葉でいいますと、放棄所得ということになるわけですね。本来稼げるはずだった2億円を放棄する。私は、私のゼミにいた女子学生、みんなちゃんと就職をして仕事をしているわけですけれども、彼女たちに忠告するのは、君たちが将来、誰かに結婚を申し込まれて、もしその男性が、自分は仕事がものすごく忙しいので、悪いけれども、君が家庭に入って家事、育児を全部やってくれというようなことを言われたら、よく考えてごらんなさい。相手の男性にもし2億円以上の価値があると思ったらいいと言ってもいいけれども、そうじゃない場合はよく考えないといけない。もちろんこれは冗談ですけれども、経済的な計算からいえば、たしかに女性にとって大きな機会費用になるわけです。
そこで、特にこれから女性にももっと働いてもらわなければ社会がもたないわけですので、その中でしっかりと子供が産み育てられるような育児支援をしっかりやる必要があると思います。今、安倍内閣が待機児童ゼロという政策を掲げて、子供・子育て支援に重点的に資源を投入されようとしております。税と社会保障の一体改革の中でも、これまで子供・子育て支援に恒久財源がなかったわけですけれども、消費税の引上げ分を充当する形で7,000億円の恒久財源を子供・子育て支援のために投入するようになる予定です。ただそれが効(こう)を奏して、急に出生率が回復したとしても、今生まれた赤ちゃんが日本の経済社会に貢献できるようになるまでには、あと25年ぐらいかかるわけです。もちろん、長寿化というのは元に戻してはいけない。ということは、当面は、やはりこの少子化、高齢化によって進んできた、そしてこれからも進む人口の少子高齢化を前提に、それでも大丈夫なように社会の構造を変えていかなければいけないということになります。
そのためには、先ほど清木局長がおっしゃったように、これから増えてくる高齢者自身にこの高齢社会を支えてもらえるような仕組みを作っていくことが大切になってくるわけです。それが、長寿社会では生涯現役社会が必要であり、そのために生涯能力開発が必要に、あるいは生涯教育が必要に、あるいは生涯学習が必要になってくるという趣旨です。
年をとった方がもっと長く様々な形で社会に貢献してくださる、仕事をする、あるいは地域社会においてより年をとった方々の介護のサポートに回ってくださる、そういうような社会を実現することができれば、若い人1人当たりの社会保障の負担の増え方をぐっと抑えることができますし、また、年をとった方が働き続けることで生産活動が活性化される、あるいは年をとっても働くことで収入を得られるということは、それだけ年をとった方の消費も活性化されますので、これは生産の面においても、消費の面においても、経済成長を促す、経済成長のためのいわば原動力にもなるわけです。その意味では、働く意思と仕事能力のある高齢者ができるだけ様々な形でその能力を発揮し続けることができるような社会、これを私どもは生涯現役社会というふうに言っているわけですが、これを実現することが大切になってきます。
このときに、実はとても我々にとっては有り難い好条件があります。それは、日本の高齢者は年をとっても社会に貢献したい、あるいは仕事を続けたいと思っておられる方々の比率が高いということです。例えば労働力率という統計があります。これは当該人口グループの中でどのぐらい働く意志を持っているかを示す労働統計ですが、日本では、高齢者になる直前の、60歳から64歳の男性で見ますと、75%以上の人が就労意思を示しておられます。すなわち60代の前半の男性の4分の3はまだまだ働き続ける意思があり、実際に働き続けている、あるいは働こうとして仕事を探しておられるわけです。これに対して高齢化が一足進んだヨーロッパでは、例えばドイツ人は比較的働き者ですが、それでも50%ぐらい。フランスなどになりますと、これはもう20%ぎりぎりぐらいのところまで低下しているわけです。皆さん、御記憶にあるかもしれませんけれども、フランスでは日本と同じように高齢化が進んでおりますから、数年前に年金の支給開始年齢を引き上げようとして、サルコジ大統領がその引上げの提案をした途端に労働組合が猛反発をして、なかなか実現ができなかったというニュースがありました。ヨーロッパなどでは非常に引退志向が強いわけですけれども、日本ではまだ年をとった方々が働き続けたい、あるいは様々な形で社会に貢献したい。ゆっくり引退生活を楽しむのもいいけれども、それ以上に、自分たちが何らかの形で社会の役に立ちたいと思ってくださっているわけです。これは大変に有り難いことでして、この高齢者の高い意欲を何とか生かすということが、これからの我々にとって大きな課題になってまいります。
もう一つ、この高齢者の方々は非常に高い能力を維持しておられます。先ほども清木局長のお話にございましたように、日本人の高齢者の体力は経年的に向上しております。5歳若返ったというようなお話が先ほどございました。それから、これもお話にございましたように、OECDの国際成人力調査によりますと、高齢者も含めた日本人の大人の知的能力が世界一と評価されております。つまり、日本の高齢者というのはもともと就労意欲が高い上に体力も知的能力も高い、いわば人材の宝庫であると言えるわけです。
特にこの人材の宝庫にこれからなっていかれるのが団塊の世代の方々です。団塊の世代の方々は、1947年、48年、49年の3年間、1950年まで入れるケースもありますが、この3年、4年の間に生まれた方々です。1948年から49年までの間、毎年赤ちゃんが270万人前後生まれていました。ちなみに、今毎年生まれてくる赤ちゃんの数は110万人弱ぐらいです。ですから、ざくっとした比率でいえば、今、生まれてくる赤ちゃんの3倍ぐらい、団塊の世代の人たちが生まれていたわけです。この人たちが今でも650万人ぐらい元気にしておられて、そして先ほど言いましたように、働く意欲も、社会に貢献したい意欲も満々に持っておられるわけです。特にこの団塊の世代の人たちは、それぞれいろんな御不満もあるでしょうけれども、世代的に見ると、かなり恵まれた人生を送ってきたと言えます。
まず、団塊の世代の人たちは就職がとても楽でした。団塊の世代は、何といっても毎年270万人生まれているわけですから、普通だったら競争相手が多いために就職難になってもおかしくないわけです。実際、就職までは大変でした。授業も二部授業、それから入学試験も大変でした。ところが、就職のとき、1947年生まれの人が、例えば昔は中学卒業で就職した人もかなりいましたから、中学を出て卒業する最初のウエーブが1962年です。団塊の世代の最後の1950年までを入れるとして、50年生まれの人が大学まで卒業して就職するのが1972年です。ですから、いわば団塊の世代の人たちの就職シーズンというのは、1962年から72年の間の10年間と見ることができます。そうしますと、皆さんすぐにお気づきのように、1962年から72年というのは、日本の高度成長期のまさに真っただ中ですね。毎年二桁の経済成長があり、そして、春闘の賃上げ率が毎年二桁を超えるというような、今、政府が賃上げをお願いしていますけれども、全く今昔の感があるわけです。そういう時代、人手不足で猫の手も借りたいというようなときに、この団塊の世代の人たちは次々と就職していったわけです。本来、就職難になってもおかしくなかったような人たちが比較的容易に就職することができた。そして、ちょうどその頃、高度成長期ですから、日本の企業もようやくしっかりと若い人に人材教育をすることができるようになった、企業の教育訓練能力が高まった時期にも当たっています。ですから、団塊の世代の人たちは比較的容易に就職できた上に、若いときにしっかりと教育訓練を受ける機会にも恵まれたわけです。
その人たちが、実は日本経済の黄金期に働き盛りを迎えたわけです。日本経済の黄金期というのは、日本が2回にわたるオイルショックを克服してバブル経済が崩壊するまでの1970年代の後半から90年代の初めぐらいまでの間です。エズラ・ヴォーゲルという有名なアメリカの社会学者が『Japan as Number One』という本を書いたのが1979年ですが、その後、80年代には日本的雇用制度を礼賛する本が山のように出てきた。まさにそういう時期に最前線でばりばりと仕事をし、仕事の経験を積み、人脈なども広げていった、これが団塊の世代の人たちです。その意味では、ものすごいポテンシャルを持った人たちがこれから大量に高齢者になっていかれるということです。
そういう人たちに続く形で高齢者がこれから増えていくわけですけれども、その人たちが、やはりこれから生涯現役でいるために生涯能力を磨き続ける必要があるわけですが、実はこれまで人々が能力を磨くというのは、大きく分けて、まず学校で基本的な能力を磨き、そしてその後、企業で能力を磨くというのが基本的なパターンでした。先ほど清木局長がお話になった国際成人力調査で、日本の成人の知的能力が高いことの最大の理由は、日本の企業内教育訓練が非常に充実している。これは企業だけではなくて、役所などもそうですが、要するに職場における、仕事を始めた後の教育訓練が非常に充実しているということです。これは、とてもすばらしいことなんですね。
皆さんの多くもそうだと思いますけれども、日本の就職の仕組みというのは、新規学卒の一括採用というのがこれまでずっと一般的でした。これからもそうあってほしいと思います。新規学卒の一括採用とは、どういう仕組みかというと、特徴が二つあります。一つは、学生が、これは高校生であれ、大学生であれ、学校を卒業する前に就職先を決めているということです。これは非常に大切な特徴です。二つ目は、企業にしろ、役所にしろ、仕事経験のない人を学校から直接採用しているということです。これが二つ目の特徴です。これが実は日本の若者の雇用状況を、国際的に見て際立って良好なものにしている条件なのです。
例えばヨーロッパの就職の仕方はどうなっているかというと、基本的には、学校を卒業してから仕事を探します。そうすると、学校を卒業してから仕事を見つける期間は仕事がなくて、仕事を探している期間ですから、これは労働統計の定義上、失業者になるわけです。だからヨーロッパの就職の失業率、特に若者の失業率は極端に高いわけです。もう一つ、そういうタイプの就職の場合には、企業は空きポストを採用することが多い。当然そこでは即戦力が求められ、仕事経験がある失業者が優先的に採用される。ですから、仕事経験のない若者は後回しになってしまう、これもまた若者の失業率を高めるわけです。そういう意味で、もちろんいろいろな問題もありますが、私は、この新規学卒の一括採用の仕組みは日本で若者の雇用情勢を他の先進国に比べて際立ってよい状況に保っている最大の環境であって、これは是非、これからも守っていく必要があると思っております。
そこではどういう仕組みになっているかというと、企業は必ずしも即戦力を雇うわけではない、役所も必ずしも即戦力を雇うわけではない。基礎的な能力の高い、学ぶ能力のある、あるいは自分の頭で考えることができる能力のある者を採用して、そして実務は仕事をしながら企業の中で、あるいは役所などの中で先輩が後輩を鍛える、あるいは上司が部下を鍛えるというような形で身につけてもらうということです。私は専門が労働経済学ですけれども、労働経済学を勉強してきた者から見ると、非常に合理的な仕組みです。なぜならば、仕事能力というのは、実はその仕事をする上での技術ですとか、あるいはマーケットですとか、あるいはルールですとか、そういうようなものが前提に決まってきます。ですから、技術の構造が変わったり、お客さんのマーケットの構造が変わったり、あるいはルールが変わったりすると、当然、仕事の能力というものも変わってきます。ですから、学校で覚えた能力だけで長い職業人生は対応できないのです。長い職業人生に対応するためには、常にその時々の新しい技術のもとで、あるいは新しいマーケットのもとで、あるいは新しいルールのもとできちんと仕事ができるように仕事能力を身につけ直していかなければならない。いわゆるオン・ザ・ジョブ・トレーニングという職場訓練が重要になるゆえんであります。
しかしながらその一方で、基礎的な能力、しっかりと新しい状況のもとで自分の頭でものを考えて学ぶことができる能力というのは、今度は学生の間にじっくり身につけておかなければいけません。そういう意味で、学校で基礎的な学ぶ能力、あるいは自分の頭で考える能力を身につけた上で、仕事をしながら実務能力を身につけていくというのは極めて合理的な仕組みであるわけです。そして、それぞれの企業や組織が手塩にかけて若い人を育てるということは、実は若い人のキャリアの上でもプラスに働きますけれども、組織にとっても、組織に対する忠誠心の高い、帰属意識の高い労働者、従業員、職員を獲得することができるという意味で、プラスが多いわけでして、そういう意味で、私はこれまで日本の企業や組織が培ってきた企業内の教育訓練制度、新規学卒制度で人を育てるという仕組みは、これからもしっかりと維持していく必要があると思っています。
問題は、それをわざわざ崩す必要はないんですけれども、その企業内における人を育てる力が残念ながら少し弱まってきているということです。一つは、企業間の競争が厳しくなってきて、教育訓練に支出することができる財政力が弱くなってきた。これは労働統計で見ますと、過去10年ぐらいの間、90年代の終わりぐらいですけれども、企業が支出する企業内訓練費用がじわじわと低下してきています。もう一つは、これもちょっと残念なことですけれども、皆さん、忙しくなっています。特に企業、役所もそうかもしれません、職員の数を絞ってきていますから、先輩や上司がじっくりと後輩や部下を指導する時間がなかなかとれない。先輩や上司自体も忙しいし、忙しいから部下にもしっかりと仕事を覚える前に実際の仕事をやってもらってしまっているというような状況が実は出ています。この企業内訓練をするコストがだんだん削られているということ、同時に、企業内訓練の担い手である上司や先輩が忙しくなっていること、この二つの理由でだんだん企業内の教育訓練力が低下しています。私は、このままでいいとは思いません。しっかりと元に戻していく必要があると思いますが、しかし、実態としてそういうことが進んでいます。
また、これも最近の一つの課題ではありますけれども、若い人の離職率が高くなっている。これはタマゴとニワトリの関係で、しっかりと仕事を覚えさせてくれないから離職するというのもありますけれども、企業としては、離職率が高くなるとお金をかけて人を育てても、みすみすよそにとられてしまうのなら、ばかばかしいのでやめておこうという判断が働きますので、その面でも、企業内の教育訓練力が低下する状況が出てきます。その分だけ企業の外で教育訓練をする機会がないと、日本全体の教育訓練力、人材力が低下してしまうことになるわけです。
そこで、やはり今まで企業が担っていた実際の仕事をする上での能力の向上についても、部分的に企業などと協力しながら、例えば大学だとか専門学校だとか、あるいは公的な職業訓練機関だとかいうようなものが、もう少し出張っていく必要が出てくるわけです。特に、これから職業人生が長くなっていきます。少なくとも65歳までは現役で働く。更にもう少し、70歳近くまで現役で働くということになると、若いときに集中的に教育訓練をやって、あとはそのときの能力で比較的早い引退まで突っ走る。若いときに集中的に教育訓練をして、あとは長時間労働でそのとき磨いた能力をフルに発揮して、比較的短い職業人生を送るという、いわば短距離競争型の職業人生から、中年になっても、場合によっては年をとっても、自分自身に新しい知識だとか技能だとかを身につけ直しながら、長丁場の、65や70までの職業人生を走り抜く、いわばマラソン型といいますか、長距離競争型の職業人生が必要になってくるわけです。その意味でも、実は生涯学習のニーズが高まってくるわけでして、企業内における教育訓練の良さというものをしっかりと残しながら、それを補完する形で大学だとか専門学校だとか、あるいは公的な訓練プログラムだとかいったような生涯学習のための環境を、もっと補完していくことが日本全体での人材力をこれからもキープし、また、高めていくためには必要になってくるわけです。
問題は、そのようにして生涯学習によって能力が高まっても、それを生かせなければいけないわけでして、生涯学習で高まった能力が生かせるような職場、あるいは生かせるような社会にしていく必要がある。これを逆に見れば、職場で生かせなければ、あるいは社会で生かせなければ生涯学習をする動機も生まれてこないわけですから、いかにして我々は生涯学習をしていくことが報われる、あるいはそれがきちんと生かせる職場、あるいは社会にしていくかということがこれから大切になってまいります。
その意味で、一つ大切なのは、やはり高まった能力を生かせる職場にするために定年を延長していくということだと思います。現在、高年齢者雇用安定法という法律がありまして、日本の企業は少なくとも定年は60歳にしなければいけない、60歳未満の定年は違法状態になっています。さらに、年金の支給開始年齢が65歳に引き上げられるのにあわせて、高年齢者雇用安定法が改正されまして、日本の企業はどこでも65歳まで雇用を確保する措置を講じる義務、法律の用語ですからちょっと堅苦しいですが、要するに65歳まで何らかの形で雇い続けなければいけませんよと法律で義務づけられたわけです。もちろん、一番いいのは65歳まで定年を延長する、それができなくても、再雇用の形で65歳まで雇用をしてくださいということです。
もう一つ、やはり社会においても様々な能力を発揮できることが必要だろうと思います。定年退職後、あるいは仕事を退職した後、いろんな活動をしていただきたいわけですが、皆さん方もそういう経験もおありの方がいらっしゃるかもしれませんが、日本の、特に大企業は親切ですから、定年前になると、定年準備セミナーなんていうのをやったりするところがあります。これは労働組合なんかがやることがあるんですが、年金のもらい方とか、様々な説明に加えて、大抵定番であるのは、仕事を辞めた後、1日をどういうふうに過ごしましょうかというプログラムです。1日の円グラフ、小学校の夏休み前に書きましたよね。6時起床、6時半ラジオ体操とか、ほとんど実現しないような計画を立てたわけですが、そういうのを作ってもらう。そうすると、女性の社員や男性社員の配偶者の方はあれもやりたい、これもやりたい、1日はどうして24時間なのかしらとすぐ埋まるそうです。ところが、えてして男性社員は、6時半起床、庭に水まき、朝食、新聞、それでもまだ9時45分。あともう真っ白になってしまって、どうしていいか分からない。やはりこれは困るわけですね。
私の存じ上げている方で、神戸で高齢者施設を経営している女性がいますが、彼女のところは、とにかく寝たきりゼロ。死ぬまでは起きていてもらうという方針だそうです。ところが、ここでも困るのは、できるだけ起こしていろんな活動をしてもらおうとするのだけれども、えてして、おじいさんの場合は「さあ、起きましょう」と言うと、関西弁で「起きて何しますんねん」と言われるそうです。確かに起きて何かすることがないと、寝たきりになってしまう。そういう面では、仕事を辞めても起きて何かする能力が必要なんですね。余暇を楽しむ、あるいは地域だとかNPOだとか、コミュニティに貢献する能力をしっかりと磨いていく必要があるわけです。
そういう意味で、生涯学習というのが大切になってくるわけですが、特に高齢者の場合は、一つは、生涯学習の場において、教える立場になってもらうことも大切です。何といっても、年をとった人はいろんな蓄積があるわけですから、教えてもらうよりは教える方がどっちかといえば得意なはずですし、いわゆる比較優位があるはずですので、企業の中では、年をとった人がいかに若い人に技能だとか経験を伝承したりするという形で活躍しているわけですが、地域社会などにおいても、そういう役割を果たすことができるかどうか。
もう一つは、年をとっても新しい知識だとか、あるいは技能だとか、あるいは様々な人間関係などを新たに身につけることによって実は高齢者の方が既に持っている能力が更に高く発揮できる。せっかく高い能力を持っていても、人間関係がうまくいかない、あるいは人をよく知っていないためにそれが生かせないということがあるわけです。あるいはせっかく高い能力を持っていても、それを今うまくITで生かすことができない、IT技術がちゃんとあれば、もともと持っている様々な技能や知識を生かせるというようなことがあるわけですので、そういう意味で、全くゼロから新しいことを学ぶというよりは、持っている能力を生かすためにも新しい知識だとか技術を学ぶことが年をとった方の場合には必要になる。つまり年をとった方は、一方で教え、一方で学ぶという、半学半教と言いますけれども、こういう仕組みがこれから大切になってくる。
半学半教というのは、特に生涯学習で大切なんですね。私ども慶應義塾も、学校がはじまったときにはお金がなかったので、専任の教員を雇うゆとりがなかった。だから、塾生が自分の得意なことをほかの塾生に教える、またほかの塾生から得意なことを教えてもらう、半学半教という仕組みではじまったと言われておりますが、特に私は生涯学習の場においては、この半学半教の精神で、お互いに教えてもらい、また学び合うことが大切になってくるのではないのかと思っております。
日本は、世界に類を見ない高齢化を経験しつつある、高齢化における先進国です。この先進国として日本が世界に誇ることができるモデルを作る。そのためには生涯現役が必要であり、生涯学習が必要である。先ほど申しましたように、団塊の世代の人たちがこれから高齢者になってきます。ちょうど2020年にオリンピックが日本に来るわけですが、今から7年ぐらいの間、団塊の世代の人たちが60代の後半から70代の前半になっていくわけなので、そのときに日本がしっかりとした生涯現役、生涯学習の仕組みを作っていく、あるいはそれがきちんと軌道に乗っていく形で長寿社会のモデルを示すことができれば、オリンピックのときに世界の人たちにそれを見てもらえるのではないかと思います。きょうここに来ておられる方々も、是非、少なくとも7年は長生きしていただいて、それに貢献していただきたい。
最後に一つだけ、これは皆さん読んだことがあるもしれませんけども、最近の研究成果を御紹介いたしますと、アメリカで『THE LONGEVITY PROJECT』という本が出ました。これはフリードマンとマーティンという2人の研究者の共著で、要するに長生きの調査です。1921年にルイス・ターマンという人が、そのとき子供だった人を調査し始めた追跡調査です。1921年に子供だった人、今は90とか100とかになってきているわけですけれども、その人たちの長い間の経験だとか、あるいはその人たちがどのようなことを考えたかということを1921年から90年以上にわたって調べ続けた結果の集大成が出たわけです。その中で、長生きをした人の条件、長生きをした人たちの経験だとか考え方だとかの相関をとる。一番強い相関があるのは何かというと、性格では、物事をくよくよしない気楽な性格の人が長生きすると思いがちですが、実はそうじゃないんですね。物事をくよくよしない気楽な人は不注意だから、結構早く死んでしまう。実は長生きの人は何かというと、英語で言いますとConscientiousness、conscientiousというのは、要するにまじめということです。まじめな人ほど長生きする。これは当たり前といえば当たり前なのですが、まじめな人は用心深い、それからお医者さんの言うことなんかもよく聞く、だから長生きする。
もう一つ、この調査で分かったのは、他者を助けてきた、あるいは他者に何か援助を与えてきた、あるいは今でもやっている。これも原文でいうと、help and provide support for others、つまりほかの人を助けたり、ほかの人に支援を与えてきた人は長生きをしているということなんですね。よく善人は早死にするとか、いい人ほど早く死ぬと言いますけれども、そうでなはいということがここで分かるんです。つまり、誠実で、まじめで、ほかの人を助ける、あるいはほかの人に援助を与える人ほど長生きするのです。恐らく善人ほど早死にするというのは、死んだときに惜しまれるのは善人だからなのではないでしょうか。因果関係が逆なんですね。善人でない人は余り惜しまれないから、早く死んだとは言われない。しかし、早く死んだことが印象深く残るのは、善人だから残るわけで、だからいい人は早く死ぬと言われる。でも、実際は、因果関係からいえば、要するにconscientiousで、人をhelpして、supportする人が長生きをする。そういう意味で、是非、これからは、人々が互いに学び合い、そして助け合い、そして最後まで様々な形で社会に貢献することによって健康寿命が延びていく社会にしていくことが大切でして、そのために実は生涯学習が鍵になるというのが、きょう私が申し上げたかったことです。
質問時間を10分残せるかどうか分かりませんけれども、少し質問時間を残すために、まだちょっと申し上げたいことがありますけれども、私の話はこのぐらいにさせていただきます。
どうも御清聴ありがとうございました。

【司会】  清家塾長、ありがとうございました。
 それでは、早速でございますけれども、質疑応答の方に移りたいと思います。質問があります方は挙手の方をお願いしたいと思います。せっかくの機会ですので、ただいま講演された内容等を含めて、様々な観点から。

【藤原】  すいません、トップバッターでお尋ねいたします。東京都健康長寿医療センター研究所の藤原と申します。ありがとうございます。
 先生の御示唆いただきます高齢者の就労という、再雇用もいろいろあるかと思うんですが、そういった問題と、若い人の就労のいわゆるバランスの問題というのをどのように基本的に考えていくべきかというのを御示唆いただければと思います。

【清家】  これも実はOECDのとても有名な調査があります。その中で、OECDのレポートはとても面白いことを言っています。それは高齢者の就労が進むと若い人の雇用機会が減るというのは「lump of labor fallacy」、要するに、労働一くくりの誤びゅう、つまり典型的な誤びゅうだと分析の結果、言っています。OECD加盟国のデータを使った横断面分析で高齢者の就労率が高い国ほど若い人の就労率も高いという結果が明らかに出ているわけです。典型的には、例えばギリシャは50代前半ぐらいで引退する人も少なくないわけですけれども、若者の失業率は30%を超えるような形です。スペインも同じ。これは当たり前といえば当たり前ですけれども、雇用というのは経済生産からの派生需要ですから、高齢者の就労率が高いところは若い人もしっかり働いている。もう一つは、高齢者と若者の間の代替というのはそんなに簡単なものではないということです。高齢者が辞めたからといって、代わりに若者を雇って仕事になるという仕事がそんなにないことを表しているのがOECD調査の結論です。これは、私は基本的に正しいと思っています。ですから、余り高齢者の就労の促進と若者の雇用のトレードオフを強調するのはよろしくないと思います。
ただ、次のような場合には両者の間にトレードオフがあります。例えば、日本の大企業とか、あるいは役所などもそうかもしれませんけれども、特に年功的な賃金が根強く残っていて、そして高齢者の雇用を延長すると、企業や組織としてのトータルの人件費がそれぞれ膨らんでしまう。そうすると、そこで急激な売上げとか経済の成長がないと、若者を雇用するための賃金原資が個々の企業では減ってしまうことがあり得ます。ですから、その意味では、高齢者の雇用の促進と若者の雇用の間のバッティングを防ぐためには、やはり年功賃金の見直しというのはどうしても必要です。
これも私どもの経済分析から明らかになっていますけれども、年功賃金のカーブがフラットなところほど高齢者の雇用も進むし、若者の採用も活発です。典型的なのは、中小企業です。御承知のように、中小企業は定年がない会社がたくさんあります。それから、定年があっても70歳ぐらいまで働き続けてもらう会社も少なくありません。一方で、若い人をとりたくてもとれないぐらい、若い人の募集をすごくかけています。ですから、規模別に見ると、小さいところの、例えば大卒でいうと、300人未満のところの求人倍率は今でも3倍以上あるわけです。それはなぜかというと、賃金カーブが大企業に比べてフラットだからです。年をとった人を雇い続けてもコスト高にならないし、若い人も雇える。ところが、大企業とか役所は賃金カーブがかなりまだ急勾配ですから、そのまま年をとった人を増やそうとすると、若い人を雇うことが難しくなる。
これは新聞等に出ていますから固有名詞を出してもいいと思いますけれども、例えば大企業だとNTT、従業員が何十万人もいる日本を代表する電気通信会社では、65歳まで雇用を延長するために、労使が合意して賃金カーブを40代ぐらいから少し寝かせるようにするようです。若いときは年功賃金の方がいいんですね。先輩が後輩に仕事を教えている期間は仕事を教える先輩の方が後輩よりも賃金が高くなければ、そういう仕組みがスムーズに機能しませんから、若い人が会社に入ってから10年ぐらいはかなり機械的な年次管理でいいと思うんですね。しかし、その後はもう少し賃金カーブをフラットにしていく。そのことによって高齢者の能力も活用する、若い人の雇用も増やしていく。
もう一つ大切なのは、さっき言ったような人口構造の変化の中で、若い人を増やそうと思っても増やせる企業はそんなにありません。よっぽど人気のある企業以外は、若い人はそんなに安い賃金では雇えませんので。いずれにしても、若い人の労働条件も高めながら年をとった人の賃金を少しフラットにしていく、これが鍵ではないかと思っています。

【藤原】  ありがとうございました。

【司会】  そのほかに御質問ある方はおられますでしょうか。

【藤田】  きょうはありがとうございました。甲子園大学の藤田と申します。
 一つ御質問させていただきたいんですけども、高齢者の中で仕事をしたいという人は非常に日本では多いというお話は、そのとおりなんですけど、もう一方、社会貢献をしたいという人たちをどう育てるかというのが非常に難しくて、余暇を過ごすというところに落ちついて、貢献というところまでなかなか、私も高齢者大学なんかに絡んでいるんですけれども、そこをどうステップアップしていくのかというのは、先生はどういうふうにお考えなのかというのを教えていただければと思います。よろしくお願いします。

【清家】  私は労働経済学が専門ですので、なかなかそちらの方は不案内でして、それはむしろ私が先生に教えていただきたいことです。先ほど申しましたように、私が申し上げられますのは、仕事にしても、あるいは社会貢献にしても、それをするために能力がいるということです。仕事をしたい、あるいは社会貢献をしたいという気持ちはもちろん大切ですけれども、それだけでは実際に貢献することができない。そういう面では、これは本当に先生に教えていただかなければいけないわけですけれども、仕事については、若い頃から仕事をしながらその能力を蓄積していくわけですけれども、社会貢献についても、恐らく、高齢者になっていきなりではなくて、その前から社会貢献をするためのノウハウというか、土地勘というか、それを蓄積していく必要があって、実はそのためにもワークライフバランスというのでしょうか、若いとき、あるいは中年のときにも少し仕事以外に地域社会とか、NPOとか、あるいは学校の同窓会とか、そういうところで仕事以外の形で貢献する経験とか能力を蓄積していただくような機会がもっと増える、あるいはそういう仕掛けを社会の中で培っていくということが必要ではないかと思いますが、どうでしょうか。先生、教えていただければと思います。

【藤田】  これからの高齢者になっていく人たちには、若い頃からそういうものの経験を積み重ねていく、介入をしていくということがあるんですけども、今、高齢者になっておられる人たちがそういう経験がなくて、働き詰めで働いてきて、そういう人たちにどうやって、社会貢献していくのは社会が求めていることだと思うんですけれども、かなりの人たちに、そういう人たちもおられるんですけども、大方の人は、何でそこまでしなくちゃいけないんだというようなものを、どうそこに育てていくのかということを、全体の高齢者教育の中でとても困っているというか、問題に……。

【清家】  これはもう本当に先生などにお願いしなければいけないと思うんですけれども、やはり人間のモチベーションで一番重要なのは褒められることだと思いますから、そういう社会活動、あるいは社会貢献はすてきなんだと啓発活動をすることが大切だと思います。東日本大震災以降、社会貢献に対する評価は高まってきていると思います。そういう面でいうと、きちんとそうなるかどうか分かりませんけれど、例えばオリンピックも、団塊の世代の人たちは、例えば1964年のオリンピックを10代で経験しておられるわけですから、その人たちが2020年度の東京オリンピックでいろんな形で社会貢献したいと考えてくださって、これはいろんなレベルの社会貢献があると思うんですけれども、まさに東京だけではなくて、日本全国で、外国から来るお客さんにおもてなしするサポートのようなこともあるのかなと思います。いずれにしても、先生などにもっと啓発活動を活発にやっていただくことがよろしいかと思います。

【藤田】  ありがとうございました。

【清家】  ありがとうございました。

【司会】  すいません。それでは、もう1名の方、後ろの方。

【志藤】  国際長寿センターの志藤と申します。
 今の藤田先生のお話伺ったところもあるんですけれども、生涯教育の中の一つとして、清家先生もそういうふうにお考えになっておられるんですが、定年後の新しい働き方における発想の転換といいますか、意識変革というものも必要だというふうに、私、思っております。と申しますのは、今、藤田先生のお話とも重なりますが、コミュニティというか、自分の隣近所というか、働き方の中で、経験してきた仕事の仕方をそのまま続けていける人というのはほとんどいらっしゃらないと思うので、その後、自分が自分の地域、あるいは近所でどういう形で社会と関わって生涯現役でいられるかということを考えたときに、成長とか発展路線の中での、企業人としてのそのものの考え方というのを一旦リセットする必要もあるんじゃないかと思うんですね。その中で、今、清家先生おっしゃったような、他者との関わりとか、自分が抱え込んで全部利益を得るだけじゃなく、それをほかの人と分かち合うとか、それは藤田先生がおっしゃったようなことと重なると思うんですが、そういうふうに一旦リセットすることができないと、特に男性の場合は、喪失感からの回復というのが非常に難しいというか、喪失感との折り合いの付け方が余り上手でない方が多くていらっしゃると思うんで、その後、新しい自分の生き方、働き方、社会との関わり方が難しいという気がしておりますので、そういう中で、自分の住まいのある地域、コミュニティでどう生きていったらいいかということのリセットの学習というのも是非必要じゃないかなと思いまして、質問というよりは、意見を述べさせていただきました。

【清家】  ありがとうございます。志藤さんは、以前から伊部先生、バトラーさんの関係で私もいろいろ勉強させていただいておりますし、全くおっしゃるとおりだと思います。そういう面でも、広い意味での啓発というのでしょうか、政府、学会、あるいは様々な団体が啓発活動を行う、リセットするということが、皆さんが地域に貢献できるための一つの鍵だと気付かない人が圧倒的に多いわけですから、あるいは知らない人も多いわけですから、少なくとも知らないという状況がなくなることが、今、志藤さんが言われたようなことが実現するための最初の一歩だと思いますので、そういう面では、是非、東京都の方もいらっしゃいますし、局長もいらっしゃいますが、国と地方の政府の、私はそういった役割、実際にいろんなプログラムを提供するということも大切ですけれども、啓発活動を通じて人々に気付いてもらう、あるいは動機付ける、これは決して強制するわけではなくて、教えてくれればやったのにという人がたくさんいるわけですから、そういう人たちを動機付ける活動が必要なのではないかなと思っています。きょうもそういう機会になればいいと思います。
志藤さん、どうもありがとうございました。

【司会】  まだまだ質問、たくさんあろうかと思いますけれども、この後もプログラムもございますので、これで質疑応答を終了したいと思います。
 清家塾長、このたびは大変有意義な基調講演、ありがとうございました。会場の皆様、清家塾長にいま一度大きな拍手をお願いいたします。
                                                                               

お問合せ先

生涯学習政策局社会教育課環境・高齢者担当

(生涯学習政策局社会教育課環境・高齢者担当)

-- 登録:平成25年12月 --